奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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急いで書き上げたので少し雑かもしれません。


スウィートドリームフィナーレ

 

 ピノコニーで起きた事件は真の意味で幕を下ろした。

 人々は眠りから醒め戸惑いながらも、本来の暮らしを取り戻していった。

 

 

調和セレモニーは表向きには「未知なる星核の災いに見舞われた影響で中止せざるを得なくなった」ということで声明が出された。

 「秩序」のことを公にするわけにはいかず、オーク家以外の者たちが事件の影響を抑えるためにあちこちを駆け回っているそうだ。

 

 そんなこんなで列車もファミリーとカンパニーの会議に証人として出席することになり、彼らはその会場たる——輝長石号に向かうことになった。

 

 夢の空をかける空挺。

 泡の湧き出るドリームプールや一攫千金を手に入れることができる賭博会場に、スラーダに限らずさまざまな物品を販売している出店まで出揃っている小さなテーマパークのような船だった。

 重要な会議というからにはもっと控えめな場所だと思っていたが、まさかここまで豪華な舞台を用意しているとは。

 とはいえ穹やなのかに交渉ごとなど向いているはずもなく、その会議には姫子が代表として赴いてくれたので、残りの者たちは自由に散策を始めることにした。

 

 今回中止されたピノコニー大劇場での調和セレモニーはこの船の上で行われる予定に変更されたため、セレモニーが行われるまでの時間潰しを船の上で探さなければいけない。

 

「そういえば悠仁は?」

「悠仁ならスロットを回しに行くってさ。なんか台?がどうのこうの珍しくちょっと難しいこと言ってたよ」

 

 そういえば悠仁は賭け事が趣味だったような。

 心得領域でパチンコなるよくわからんものを使って遊んでいたのを見て、自分もやりたい!と申し出たのだが未成年はダメなどという理由で断られた。

 

「俺って未成年だからもしかしてギャンブルやっちゃダメ?」

「ウチもそこら辺はよくわかんないんだよね。結局アンタって何歳ぐらいなの?」

「うーん……いっちゃい!」

 

 夢の中限定ではあるが、せっかく自分の肉体を手に入れることができたのだから、好きなように遊ばせてあげよう。

 とても価値の高そうな絵画を眺めたり、店のスラーダの在庫を空にしたりなどして「黄金の刻」とはまた違う楽しいひと時を過ごしたのだった。

 

「チュンチュン…オリガミノ コトリィ」

「ちょっと早く降りてよ!みんな見てるじゃん!」

 

 なんかおかしなものが映り込んだ気がするが気のせいだろう。

 まさか、あのピノコニーを救った名だたる英雄のナナシビトが船の先端で腰を落として裏声でへんな言葉をくちばしっているとは誰も思わない。

 

 そんな話は置いといて。

 

『おや、星穹列車の大英雄、ピノコニーで最も輝くナナシビト君じゃないか!』

「おお、アンタも来たのか、久しぶりだな!」

 

 バーに行けば、通信越しのホログラム体を使っているアベンチュリンと巡海レンジャーのブートヒルがいた。

 随分と珍しい組み合わせだ。

 何せ、ブートヒルはカンパニーから懸賞金をかけられているお尋ね者である。

 

『ところで穹くん、調和セレモニーでファミリーが正式に列車に謝意を表明するって聞いたよ。すごいじゃないか!はあ……その場に立ち会えないのが残念だ』

 

 アベンチュリンは黄泉の手によって「死」んだあと、ドリームリーフの近く、オーク家の歪んだ夢境に閉じ込められていたらしい。

 そこを通りすがりの純美の騎士に救出してもらし、ことなきを得たのだとか。

 だが「虚無」の一太刀を浴びた影響は免れなかったのか、ホログラムによるリモートでの参加を余儀なくされてしまった。

 

「今回のことがあって、オレら巡海レンジャーもまた動き出した。これから先、アンタも色んな『巡狩』の同志に会うかもしれねぇな。そん時はよろしく伝えておいてくれ」

「なんで二人が一緒にいるんだ?」

「そうだな……ま、教えてやるか。オレはオスワルド・シュナイダーっていうカンパニーの幹部と確執があるんだ。この派手な野郎は、そいつを見つける手助けをしてくれるってわけさ」

『市場開拓部と戦略投資部の確執については銀河中に知れ渡っているけど、まさか巡海レンジャーまで関わってくるとはね。これから、面白くなりそうだ』

 

 何やらブートヒルにとってもアベンチュリンにとっても因縁深い相手らしい。

 利害の一致によって出来上がった即席のコンビだが、自然と相性は悪くないように思える。

 

「セレモニーを楽しんで」

「サンキュー!アンタも楽しめよ、ピノコニーの大英雄!」

『僕は遠慮しておくけど、君は楽しんで。よかったら、また一緒に遊ぼう!』

 

 こうして見知った顔の知人たちと別れを告げ、いよいよセレモニー本番間近にまで時間は迫ってきていた。

 

 「秩序」は絶え、セレモニーの邪魔をする者は誰一人としていない。

 唯一、気がかりなのはホタルの姿が見当たらないことだ。

 すべての夢境を壊し、命を燃やしながら穹を運んでくれた彼女をなんとか夢境で探し回ろうとしたが、時間がなかったため安否は結局確認できずじまい。

 スマホでの連絡も取れず音信不通のままだった。

 星核ハンターである彼女がそう易々と捕まるはずもないため、「秩序」の夢が崩壊した直後に帰ってしまったのかもしれない。

 

 せめて別れでも告げたかったのだが……

 

「ご来場の皆さん、ファミリーの皆さん、紳士淑女の皆さん、銀河各地からお越しの皆さん————」

 

 そうこう考えているうちに調和セレモニーの開会式が始まってしまった。

 主催のロビンが客人の皆の前に顔を出し、柔らかな言葉で挨拶を行う。

 

「まず始めに、ピノコニーのファミリー並びに五大クランを代表して……そして、私個人としても、ご来賓の皆さんを心より歓迎いたします!」

 

 小さな拍手から大きな拍手まで、多種多様の種族の祝福がはびこる。

 喝采が鳴り止んだ後、ロビンは今回のセレモニーの経緯を粛々と説明する。

 

 ファミリーの不手際、「秩序」の暗躍、「繁殖」の侵攻などによって不況の状態に陥ったピノコニーで何が起きたのかを。

 サンデーの件についてはぼかされたが、それ以外のことは包み隠すことはなく明かされていった。

 

 そして彼女は今回の出来事の救世主はナナシビトたる「時計屋」だと説明した。

 宴の星が混乱の最中にあった時代、仲間と共に「開拓」を通じて今日の「調和」の楽園を築き上げ、その「時計屋」の「開拓」の精神のおかげでピノコニーおよびファミリーは「調和」を多く広めることができたのだ、と。

 

「今回美しい夢が正常に戻ったのも、『開拓』の大いなる助けがあったからに他なりません。星穹列車の皆さんがいなければ、この調和セレモニーも無事に開催できなかったことでしょう。そこで五大クランの全会一致を得て、ピノコニーのファミリーは全銀河のメンバーを代表して、ナナシビトの皆さんに贈り物をすることに決めました——」

「おお!いよいよかな!?」

「星玉1000000個ください!!」

 

 今大事なところだから静かにしててくださいね。

 

「輝長石号の所有権を星穹列車に譲渡いたします!ほんの気持ちにすぎませんが、どうぞお受け取りください。——さあ、皆さん……勇敢で畏れ知らずのナナシビトたちに盛大な拍手と喝采を!」

「「「ナナシビト!ナナシビト!」」」

 

 周囲の観客たちの声援が渦を上げ、称賛と拍手の嵐が会場を呑み込んだ。

 気分の浮き上がった人々の熱気によって、会場の雰囲気はすでに大盛り上がり。

 彼らは皆、一斉にスラーダの入ったグラスを掲げ、これまでの苦しくも楽しい旅路に祝杯を示す。

 

「それでは、一緒に乾杯しましょう。『調和』、『開拓』、ピノコニーと銀河の未来、そして快く協力してくださったルーサン家当主、オーディ・アルファルカさんに——乾杯!」

 

 拍手が絶頂に達する。

 船の各地から祝砲が上がり、空に舞うちり紙の中で夢の泡が踊り出す。

 誰もが気持ちを一つにし、祝福の笑顔を向けていた。

 途絶えることのない拍手に、列車のナナシビトも加わる。

 何はともあれ、こうして無事にセレモニーを開催できたのだ。これ以上の————

 

「ハッピーエンドはない……そうでしょ?」

 

 時が停滞した。

 視界は酔狂を起こしたようにふわりふわりと赤く染まり、金魚鉢の小魚が泡の中で遊泳していく。

 

「————でも芦毛ちゃん、誰か忘れてない?」

 

 たった一人を驚かせるための即興芝居の中で彼女は穹の耳元に向かって囁く。

 踊り狂う群衆の中にポツリと取り残された青年の目の前で享楽者は口笛を吹きながらスイッチを押した。

 

「この船に爆弾を仕掛けたんだぁ。10分あげるから見つけてごらん?」

「——!待て!」

 

 至近距離で爆破予告を繰り出した彼女を捕まえるために振り向くももうそこに姿はない。

 群衆は変わらず喜びの舞をあげ、すぐそこに「仮面の愚者」がいたことにすら気がついていなかった。

 

 彼を除いたすべての人の頭上には見知らぬ青い蝋燭の炎が浮かび上がっている。

 そしてつい先ほどまで隣にいたはずのなのかの姿もどこかに消え、手元に残っていたのは小さな地図の描かれた紙切れだけだった。

 

「いつの間にこんなものを……!?」

 

 それは船の見取り図であり、いくつかの場所には花のマークが記されている。

 どれかに本物が混じっているのか、はたまたすべて本物あるいはその逆の可能性もある。

 

「急いでみんなに……」

 

 スマホを開き、列車の仲間や知人にも連絡を取ろうとするが、送ったメールはすべて送信取り消しとなり音信不通。

 もし、このまま爆弾が作動すれば何も知らないままセレモニーを楽しんでいる人々に被害が出てしまう。

 それを防ぐため急いで地図に書かれた場所へ直ちに向かおうとしたその時……

 

「穹!」

 

 この場にはいないはずのよく見知った人物の声が聞こえた。

 

「ホタル!無事だったんだな」

 

 飛び跳ね喝采をあげるだけの動作を繰り返し続ける群衆をかき分けて彼の元へと訪れたのは紛れもなくホタルであった。

 どうやら彼女の元にもあの仮面の愚者は姿を現し、爆弾があることを伝えてきたそうだ。

 

「ごめんね、ちょっと色々立て込んでてすぐに顔を出せなかったんだ」

「大丈夫そうでよかった」

「うん………………あたしも。よし、とりあえず今あたしたちにできることはこの爆弾の箇所を見つけて探し出すことだね」

 

 ホタルの言う通り、今は再開を喜び合っている場合ではない。

 制限時間は10分。

 それまでに爆弾を解除できなければ、せっかくもらったこの船もなんとか開かれた調和セレモニーも台無しになってしまう。

 

「なんで俺たちだけ催眠にかかってないんだ?」

「わからない。……けど『愉悦』の愚者の行動に理由を探してたらキリがない。とりあえず、船の中にどのくらい爆弾があるか確認しに行こう!」

 

 設置された爆弾は合計四つ。

 ひとまず彼らは一番近くの船内に記されたマークの元へ向かった。

 周囲にが何人もの観光客がいるが、誰もその場に爆弾があるとは気づいている様子はなく、それどころか穹とホタルのことさえ感知出来なくなっているようだ。

 

 これといって爆弾のような危険物の姿はない。

 代わりに置かれていたのは花火の姿を模したような小さな人形だけだった。

 危険物とまでは言えないが、明らかに怪しいその不審物に二人の視線が集まる。

 

 すると花火人形の目が怪しく光りモゾモゾとその綿糸でできた体が動きこちらに視線を送った。

 

『お待ちしておりやした、芦毛ちゃん様!おいらはここの与力、今は爆弾を演じてるんでさぁ』

 

 何やら花火は爆弾に変なキャラ付けをしたらしい。

 なぜか江戸っ子の口調に困惑を隠せないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

『でも残念、おいらは本物の爆弾じゃありやせんぜ!とりこし苦労のなんとやらってやつですぜ!』

「他のも偽物の爆弾なのか?」

『おーっとと、そりゃ言っちゃあいけねぇお約束ですぜぇ、おまいさん。そんじゃ、おいらはここで。バイバイ〜!』

 

 人形は完全に沈黙した。

 人形の中身をのぞいてみたが、遠隔操作のできるスピーカーが仕込まれていることを除けばただのおもちゃであった。

 

「急いで他も探そう!」

「ああ!」

 

 その後、どんだけ見つめても返事すらしない愛想の悪い人形や自称名探偵の人形を見つけていくもどれもこれも偽物ばかり。

 やはり本物の爆弾などは仕掛けられていないのか……いやあの仮面の愚者が何を考えているのかわからない以上油断じゃ禁物だ。

 

 船の先端まで来たはいいものの、結局あるのは空っぽの人形だけ。

 難航している爆弾探しの最中に空挺の中から花火の声が聞こえた。

 

『ピンポンパンポーン!迷子のお知らせです。星穹列車でお越しの芦毛ちゃん様。お連れの爆弾様がプールでお待ちです。急いで来ないと周りのみんなも一緒にドッカーンだよ?』

 

 よりによってここでここの対極側にまで連れ戻させるつもりか。

 面倒だが仕方ない。

 

 二人はすぐさま船の尾部に設置されたプールへと向かい、最後の爆弾の設置場所にたどり着く。

 先ほど調和セレモニーが開かれたその会場は……驚くほど閑静でまるで初めから誰もいなかったかのように人の気配はすっかり無くなっている。

 あれほど騒がしかった人々の喝采はいったいどこに消えてしまったというのだろうか。

 

「ここにいた人たちはどこに……」

「穹、あそこ!」

 

 ホタルが指差す先に見えたのは一つの花火人形だった。

 さきほどまでは群衆に隠れて見えていなかったのだろう。

 その人形は特に何か小芝居をうったりする様子もなく、カチカチと小刻みに振動を鳴らしている。

 

「気をつけて進もう」

「ああ」

 

 ホタルは青色の剣を穹はバットを構え、勇み足でその爆弾人形へと近づいていく。

 もうすぐ推定爆破時刻の10分に迫ろうとしている。

 

 警戒心を露わにしながら進んでいた矢先、なにかに気がついたホタルが足を止めた。

 

「下がって!上から何か来る!」

 

 その声に反応してすぐさま後方へ下がったその時、空から流星のように一つの影が落ちてきた。

 立ち込めていた粉塵が消え、影が一人のある男の姿を形作る。

 

「え!?悠仁!?」

 

 そこに立っていたのは、変わらず黒の学生服に身を包んだ悠仁の姿が。

 しかし、どういうわけか、普段は持っていないはずの赤く鋭い槍を携え、目元を黒い帯で覆い隠している。

 

「何その姿。イメチェン?」

「違ウ。オレハ超人無敵グレートティーチャーノサトル・ゴジョー。虎杖悠仁トハ別人ダ」

「安易なキャラ改変はファンに怒られるよ!」

 

 悠仁の様子がおかしい。

 少なくとも他の乗組員の命が危険かもしれない状況下でおちゃらけるようなふざけた人間ではないと断言できる。

 なら別人?もしくは花火の変装?

 いや、それならわざわざ彼に化ける必要性は無いだろう。

 二人を動揺させるためだと言うのなら、こんな変なカタコト喋りをする必要もない。

 

 それに彼が持つ槍には呪力が宿っているのが見えた。

 

 よくわからない状況に戸惑う中、ふと彼の頭上に青色の蝋燭が灯っているのが目に映る。

 

「あれは……」

 

 あの青炎はホタルにとってよく見覚えのあるものでもあった。

 星核ハンターの協力者のフリをしたメモキーパーの裏切り者にして永火官邸「壊滅」の子でもあるダリアの「記憶」の力。

 

「……ダリアがまた裏切ったのかも」

「えっ、あの妹が?」

「うん……え?妹?」

 

 虎杖悠仁が操られることはない、という保証は今の状態ではできない。

 何せ今の彼の肉体はミームで構成されており、「記憶」を操るメモキーパーにとっては格好の餌。

 そこに「愉悦」の力が加えられたのであれば、洗脳されてしまった可能性は十二分にあった。

 

「考エ事ヲシテル場合カ?」

「「————!!」」

 

 甲板の上にいたはずの悠仁の姿が蝋燭の火を消すようにふっと消えた。

 脊髄反射で武器を構え、自分の身を守ろうとしたところに悠仁の槍の一振りが入り込む。

 槍にしては随分大雑把な振り方だが、呪力の込められた槍先は岩石のように重くのしかかり、捌ききれずに二人の体を弾き飛ばした。

 

「くっ、硬い!」

 

 受け止め切ったはずの腕はいまだに小刻みに震えている。

 ミームの肉体にここまでのは筋力や膂力はない。ならばこの力は彼の槍先に込めた呪力の練度が異常なまでに高いのだろう。

 薔薇の装飾がついた槍に流している呪力にはいっさいの無駄がなく、その洗練さは格別だ。

 

 刃が頬を掠め、つぅ……と血がこぼれ落ちる。

 間一髪とまではいかないが油断すればすぐさま顔のど真ん中に大きな穴を開ける羽目になると理解した。

 

 悠仁の猛攻は止まることを知らず、こちらに反撃の隙すら与えようとはしてくれない。

 彼自身、武器の扱いにはそれほど長けていないとは言っていたが、あれもおそらくは謙遜だろう。

 数百年間最強を維持し続けた男の武術が卓越していないわけがないのだから。

 

「ふんっ!」

「遅イ」

 

 彼を相手に手加減などできるはずもなく。

 バットを振り下ろそうにも息つく暇もなくかわされ、むしろ追撃を加えられる始末。

 むしろその手練手管な手腕に徐々に徐々にと押され始めていた。

 2対1という数的有利がありながら崩しきれないその防壁にホタルはいよいよ最後の切り札を切ろうとした。

 

 しかし……

 

(……SAMはあと一回しか発動できない)

 

 命の炎を燃やし、穹を夢境へと送り届けた影響でホタルの身体はすでに限界を迎えていた。

 いまここでサムを起動すれば、ロストエントロピー症候群が急速に促進され、彼女の存在そのものが泡のように消えてしまう可能性もあった。

 彼女がすぐさま輝長石号にて穹に会いに行かずに隠れていたのにはそういった事情がある。

 

 だが花火爆弾の起爆時間はすでに1分をきっており、ここで悠仁を止めることができなければせっかく再開できた調和セレモニーが再び台無しになってしまう。

 それだけは絶対に避けなければいけない。

 

「…………!」

 

 ホタルは意を決し、デバイスを取り出した。

 陽炎は頬を照らし、彼女の病を示すひび割れが痣のように広がっていく。

 灼熱は超過点を超え、青藍に染まり、少女は鉄騎を——

 

「オワリダ」

 

 手に握っていたデバイスが弾き落とされて地面に落ちようとしていた。

 なんとか空中で掴み直し、体勢を立て直そうとしてももう間に合わない。

 

「ホタル!」

 

 ガラ空きになったホタルの胸に真紅が突き刺さり、そこから泡血がまろびでる。

 手を差し伸べようにもその槍の刃はすでに彼女の胴体を貫いてしまっていた。

 どすり、という生々しい音とともにホタルは自身がようやく槍で刺されたのだとわかり、その張本人を見つめる。

 

「ごめんな」

 

 その目元は覆われていたため、どんな表情をどんな感情で表しているのかはわからない。

 だが、彼はどういうわけかカタコトの喋りをやめて謝罪をしてきた。

 

 意識が次第に薄れ、胸に刺さった槍が引き抜かれたのが彼女が見た最後の光景。

 重力に従ってその遺骸は静かに甲板から落とされる。

 

「そんな……」

 

 親しい者の手によって、親しい者が殺されてしまう光景に穹の思考が完全に停止した。

 

 それは明らかにできた隙。

 ただただ落ちていくホタルを上から眺めていた悠仁がこちらに顔を向ける。

 だが彼は動かず、小さく口を動かし何か言葉を発していた。

 

「あれれー、こんなとこでぼーっと見てるだけー?直接見にいってあげなよ?」

 

 呆然と立っているだけの彼の背中に聞いたことのある悪戯っ子の微笑みが聞こえる。

 

「はいどーん!」

 

 背中に大きな衝撃が走り、自分がようやく鈍器で殴られ彼方へと吹き飛ばされたのだと理解する。

 

「うわぁっ!?」

 

 甲板から放り投げられ、空を飛べない青年は足をジタバタさせながら堕ちてゆく。

 だがその視線の先に、よく知っている少女の姿を目の当たりにして熱くなっていた思考回路が次第に冷静になっていった。

 上昇していくのは夢の雲と血の泡。

 そんな彼女に何度も手を伸ばし、青年はようやくその手を掴む。

 

「くっ!」

 

 いつまでもどこまでも落ちていくだけの体を空中でなんとか抱え、守るためにその体に覆い被さる。

 その終点が次第に見え始め、地表を埋め尽くすビル群の先端が雲の中から顔を出し始めた。

 もしあれらのどれか一つにでも当たれば、それだけでタダじゃ済まない。

 

 ごくりと唾を飲み、その時が訪れるのを目を閉じながら待ち続ける。

 

「……?」

 

 だが骨が砕けるような、全身の血や臓物がぶちまけられるような激痛はいつまで経っても訪れない。

 

 暗闇の中で感じたのは次第に強まっていく浮遊感と炎の温かみだけ。

 ゆっくりと目を開くと、穹の瞳に無数の花火とその中を駆ける銀色の甲冑の姿が。

 輝長石号から無数のくす玉が砲弾となって発射され、渚の空に花を咲かせては静かに消えていく。

 

 仮面の下で彼女は笑い、それは活力に満ちていた。

 

「ホタル!」

『——!』

 

 喜色に満ちた声音で彼はその鎧の手をよりギュッと握りしめた。

 一条の流星は色鮮やかな燃えゆく花々の街を過ぎ、より高く、より空へと舞い上がる。

 雲海をかき分ける船を境にして、羽ばたく鳥たちはるか彼方を指差した。

 

 地平線の中で顔を出した朝日が真っ白な雲海の上に二人の影を映し出しながら、人々は今日も明日を待ち望み続けている。

 

——生命体はなぜ眠るのか。

 

 確かな答えを見出せずとも、人々は夢から覚めるためにその一歩を踏み出し続けている。

 

 

 

 

 

 

 


 

「これで……ようやく一件落着ですね」

「まぁな」

「それじゃあ、今回一緒に演じてくれたエキストラの人たちも含めてー……かんぱーい!」

 

 思うがままに盤上をひっくり返し続けた共犯者たちは、蛍のように儚くも美しく散ってゆく花火をいつまでも眺め続けながら、船の端でスラーダを分け合い祝杯をあげていた。

 今回の実行犯の花火、共犯者のダリア、そして首謀者の悠仁はだれに目にもつかないような船外で一仕事を終えた職人のように屯っている。

 

「ほんと、殺した瞬間に生き返らせるとか、小指ちゃんは無法すぎるよ」

「そんな難しいことじゃねぇって。俺の先輩も普通にやってたし」

「ソレって絶対、そのセンパイも無法だっただけでしょー?」

 

 目隠しを外し、気持ちよさそうにスラーダを飲み干す悠仁に対して花火は訝しげな視線を送った。

 

 虎杖悠仁がホタルに施したのはかつて恩人の一人が自分を生かすために行なってくれた延命措置だ。

 反転した正のエネルギーを使い人体を回復させる呪術師にとっての高等技術。

 すでにそのアウトプット方法を会得している彼は、ホタルの心臓を貫き殺し、すぐさま反転を流し込んで生き返らせた。

 それには途方もない呪力量を要するが、彼は持ち前の呪力効率によってそれを無理やり可能にした。

 

 

「槍貸してくれたアルとか船使わせてくれたロビンたちにも感謝しなくちゃな」

「わざわざ許可など取らずともよろしかったのに、相も変わらずお兄様は生真面目なお方ですね」

「そーそー、花火だったらそんなめんどくさいこと気にせずどかーんってできたのに!」

「でも愉しかったろ?」

「もちろん!」

 

 満面の笑みで返す花火に対して悠仁は呆れたように苦笑をこぼした。

 だれもが満足する結末を手に入れるために彼は現実に好き勝手影響を与える「愉悦」と夢のなかで自由に力をふるえる「記憶」の力を持つ二人に協力を申し出た。

 

 結果として脚本に書かれた三度目の「死」を消すことまではできなかったものの、そこに至るまでの過程や結末には大きな影響を与えられたに違いない。

 

「でも一つだけ言わせてね。——小指ちゃんの演技下手くそすぎ!」

「……その、それは、すんません」

「いくらなんでもカタコトすぎるし素人すぎる!純粋無垢なあの二人は運よく騙せたけど、他の人だったら失笑ものだよ!」

「しゃーないでしょ。俺、まともな演技とかやるの幼稚園のお遊戯会以来なんだし」

「あら。でもあの時の演技はとてもお上手だったとお爺様も認めておりましたよ」

「オマエいなかったよね?」

 

 よくよく考えたら勢いとノリに任せて恩師の名前を無断使用してしまったし、ここまで演出する必要性はなかったなど、反省点はいくつも挙げられる。

 

 まあ……終わりよければ全て良しだ。「愉悦」が悪いよ「愉悦」が。

 「記憶」の力で別空間に隔離していた人々も戻り、船の中は再び賑わいを取り戻している。

 空に咲く花火は今もなお輝き、銀翼は朝日の先へと向かっていった。

 

「あーあー、二人だけの世界に入っちゃって。いいの?今回のMVPが誰か完全に忘れてるみたいだけど」

「ん?あー…………ははっ」

 

 空瓶を捨て、新たなスラーダを取り出しながら、彼は遠くへ羽ばたく若人たちの影を見ながら快活に笑った。

 

 

「————いいんだよ、忘れて」

 

 

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