ピノコニーラストです。
時系列的におかしいですが、尺の都合ということで。
調和セレモニーを無事に終えることはできたが、星穹列車はいまだにピノコニーを下車していなかった。
色々とごたついていたのでもう少しピノコニーを満喫したい、という理由もあるにはあるが、本当の目的は別だ。
ある乗客を列車に乗せ、故郷へ送り返す。
それが列車がいまだにピノコニーにて停泊している理由。
乗客の女性は一度、故郷へ戻る前に気持ちの整理をしたいということで、列車の者たちと共に"黄金の刻"を楽しんでいる。
「今日は運良かったなぁ」
一方、その頃、悠仁はスロットを回して様々な景品を手に入れウハウハの状態であった。
オーク家が隠した「繁殖」で溢れかえっていた歪んだ夢についてファミリーやカンパニーからの聴取や生き残ったスウォームの後処理。
そのついでに近くにあったスロットに寄り道をして大勝ちしてきた。
手元に大量のスラーダやエディオンコイン、クロックボーイの人形などを抱え、穹たちに合流しようと黄金の刻を歩いていたそのとき……
「ん?……あ、ヴェルトだ」
道の端で見知らぬ誰かと会話しているヴェルトの姿があった。
どういうわけか、彼の眼光は鋭く、いつにもまして険しい顔つき。
何かトラブルでも発生したのだろうか、会話をしている三人の場に彼はゆっくりと向かっていった。
「おーい、ヴェルトどしたん?トラブルでもあったか?」
「ああ、悠仁か。いや、何大した問題じゃない。こちらのオムニックの女性があちらのショッピングエリアに行こうとしていてな。あちらは今、ハウンド家が騒がしいから気をつけたほうがいいと伝えただけだ」
そう言って、ヴェルトの視線は目の前のオムニックとピピシ人に向いた。
黄金の仮面をつけた無機生命体と頭にたんぽぽの綿毛を生やした小人族の男性。
ピノコニーではそれほど珍しくもない種族であり、ヴェルトが警戒するような理由はない。
ところが、悠仁の眼には別の人物の魂が見えていた。
「あれ、デーじゃん」
悠仁は以前、ドリームリーフでロビンと会った際に「調律」をさせてもらっているため、夢の中に入ってきた最初のころとは異なり、魂の観測を問題なく行える。
いかに隠蔽に特化した「秩序」の「調律」であろうと、魂の色までは誤魔化せない。
「やはりか……」
どうやらヴェルトの方も違和感を感じていたのか、悠仁の言葉に納得し改めて姿を偽っているサンデーの方を見つめた。
「秩序」による偽装をやめ、彼は逃亡者としての装いに身を包んだ姿を晒す。
オーク家当主の頃に着用されていたシミひとつない高級感に溢れる純白さは消えてしまったが、逃亡者の身でありながらその気品の高さは隠しきれていない。
「……やはりお二人の目を欺くのには無理がありましたね」
「ど、どうするんだよ!この二人、只者じゃないぞ!」
「逃走など元から不可能でしょう、ワーヴィックさん。むしろ、頼れる方たちが増えたと認識したほうが正解かもしれません」
隣にいたピピシ人の男性——ワーヴィックの焦り様とは相反して、サンデーの態度はむしろ落ち着き払っている。
彼はすぐに「秩序」をもう一度復活させようとする目論見はないと言い、捕えられた自分がどうしてこの場所にいるのかについて説明してくれた。
「つまり、カンパニーの人間が君を助けたのか?」
「妹がカンパニーと何らかの協定を結んだのでしょうね。そして今ピノコニーで自由に動けているのは、こちらのワーヴィックさんのおかげです」
ロビンが協定を結んだ相手はおそらくあのジェイドだろう。
契約に関しては義理堅い彼女がどういう意図があってサンデーを逃したのかはわからない。
が、今はそれを考えても仕方ない。
サンデーは隣にいるピピシ人の男性を紹介したが、どういうわけか悠仁の顔は怪訝な表情を浮かべたままだ。
「なあ、デー。こいつって……いや何でもない。今は聞かない方がいいか」
「お気遣い感謝します。現在の彼の容姿については周りからの目もありますので。ご覧の通り、ここに戻ってきたのは故郷に別れを告げるため……お願いします。今回は目を瞑り、ワタシに悔いを残さないチャンスを与えてはいただけないでしょうか」
「……どうする?」
「別に問題ないと俺は思う。ただ、このことは穹やなのかにも伝えておいたほうがいいな」
二人はサンデーの申し出を承諾し、条件としてピノコニーに滞在している間は彼らと行動を共にすることを提示した。
「他の方達もピノコニーにいらっしゃるのですか?」
「ああ、一緒に会いに行こう。ワーヴィックさんもお願いできるだろうか?」
「わかってる。……これは賑やかになりそうだ」
穹たちは近くにあるドリーマーズ商店街で故郷へ送迎する乗客の女性との買い物を楽しんでいるはずだ。
二人はサンデーとワーヴィックに列車が停泊している理由を説明し、その乗客の元へと辿り着く。
「なるほど。もしや乗客というのは……こちらの方たちのことでしょうか」
「そうそう、あの孤族の……ん?」
星穹列車が連れた同行者というのは仙舟・羅浮の孤族の女性だ。
その名前は————停雲。
かつて建木の下で相対した最悪の絶滅大君の一人、幻朧が成り変わられてしまった被害者張本人である。
彼女は商船で羅浮へ戻る途中に絶滅大君の襲来に会い命を落としかけた。
だが、間一髪のところ命だけはなんとか助かり、宇宙に漂っている最中を通りがかったある商人が保護した。
その後、天才クラブ所属のルアン・メェイという人物の元で治療を施され何とか健康状態を取り戻したのである。
かつての活力はすでに取り戻せてはいるものの、刻まれた壊滅の因子はそうやすやすと消えてはくれない。
怠ることなく手入れされていたはずの尻尾の毛並みは荒れ、九尾のように枝分かれしてしまい、首元にはその凄惨な厄災の傷跡が残されている。
はずなのだが……
「なんか姿違くない?というか……多くね?」
明らかに今の彼女の姿は仙舟・羅浮で見た商人の時と同じ装いで、列車と合流した時の見た目ではない。
いや、それはまだいい。問題は……
「あら、虎杖様!今日も逞しく勇猛果敢なお姿でございますね!」
「呪力を使った新商品の開発にご興味はございませんか!?もしこの新商品の開発に成功し、収入を得た際には虎杖様に手取りの二割を差し上げますよ!」
「こちらのクロックピザ、おひとつ食べてもよろしいですか?」
「好き、嫌い、好き、嫌い、好き……」
「お兄様!」
「そんな、バカな……」
「今変なのいなかった?」
停雲がたくさんいる。
それはもう、商店街の道の端から端、手前から奥までもうわんさかと。
動揺を隠しきれない二人の前に、大量発生した停雲の群衆からなのかと穹が顔を出した。
「やっっと戻ってきた!聞いて二人とも——なんか大変なことになってるの!」
「そりゃ見ればな」
「……誰か説明してくれるか?」
なのかによれば、別行動をした際、どこからともなくやってきたピピシ人が食べたら爆笑するという怪しげなキャンディーを手渡してきたらしい。
そんな怪しいもん食うなと言いたいが、運の悪いことにその場にいたのはピノコニーのことを詳しく知らない停雲に、ちょっぴりおバカななのかに、開拓精神豊かな穹だったため、ためらうことなくそのキャンディーを口にした。
穹となのかの二人は食べたら床に転げ回るように爆笑し続けたが、停雲が食べたキャンディーは効果が違ったらしく、大きなくしゃみをしたのちになんと分裂してしまったらしい。
「……原因に心当たりは?」
「夢境は憶質でできた世界ですから……おそらく刺激を受けた記憶の断片が、体から抜け出して実体化したのでしょう。ですが心配することはありません。美しい夢の中では珍しくないことです」
「えっと、この人は……?」
ヴェルトの問いかけに対しサンデーは丁寧な説明をしてくれたが、二人が突然連れてきた見知らぬピピシ人とオムニックに穹となのかは困惑する。
「そろそろ、変装を解いてもいいじゃないか?」
「……そう、ですね。ワーヴィックさん、ワタシの仮面を外してください」
無機生命体の輪郭がぼやけ、色づき、次第に隠された陰陽が表に浮き彫りになる。
突如として現れた天環族の青年に彼らは臨戦態勢になってしまう。
「サササササ、サンデー!?」
「どういうこと!?なんで、アンタが二人と一緒に……」
「落ち着け、二人とも。事情は俺が説明しよう」
これまでの経緯をしっかりと説明すれば、二人は安堵のため息をつきながらすぐさま警戒心を解いてくれた。
理解が早くて助かるばかりだ。
サンデーのことはひとまず置いといて、急いで停雲を元に戻さなくてはいけない。
だが面倒なことに、分裂してしまった停雲たちとはうまく意思疎通が取れていないらしい。
でかいことを成し遂げようとする停雲、お花が大好きな停雲、美食家の停雲、八方美人な停雲、etc……。
残念なことにどれも意思伝達できるような状態ではないようだ。
「すべての停雲を集めたら封印されし究極の停雲が出現するとか?この停雲を場に出した時、プレイヤーは必ず勝負に勝つ!」
「えっと何の話……?」
「全然関係ないから気にすんな」
以前、心得領域で遊んだカードゲームのことだ。
いまは関係ないので割愛しよう。
「どうやら停雲さんの状態は、ワタシの推測通りのようですね。キャンディーの影響を受けた彼女はバラバラの音符になってしまったのでしょう。つまりここにいる『停雲』さんは全員、彼女のさまざまな面が具現化したものということです」
「「なるほど、わからん」」
「とにかく、これは夢の中で前例がありましたから、『調律』を行えば解決できるかもしれません」
「調律」を行うためには停雲本人にしっかりと確認を取る必要がある。
意思疎通の取れそうな停雲をなんとか見つけ、サンデーよりも「調和」に対する造詣が深いというワーヴィックに「調律」を頼んだ。
「とりあえず彼女にすればいいんだな?」
「ええ」
「旋律」がワーヴィックの脳から停雲へ流れ込む。
安寧、友好。その「調律」に害はなく、分裂した停雲はただ為されるがままに一つになっていく。
そのほとぼりで————
おや、虫が入ってきおったな?
「————!?」
彼は塵芥の炎を垣間見る。
停雲の奥底で眠るソレはこちらを視認してくるなり、薄ら笑いを浮かべ手を伸ばした。
蛇に睨まれた蛙のようにワーヴィックには動くことができず、周囲の者にその異常は感じ取れない。
意識が「壊滅」に飲み込まれかけるその最中で……
「虫ケラはオマエだ。立場を弁えろ」
王がそよ風のようにその途方もない悪意を払い除けた。
停雲の奥底で眠りについていた幻朧の残響は虎杖悠仁の殺気によって怯み、どことへもなく散っていく。
「うぅっ……ふぅ……」
「ワーヴィックさん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。そこの兄さんのおかげでなんとかな。……危うく死にかけたよ」
「見て!分裂していた停雲が!」
倒れかけたワーヴィックを介抱している傍で異変は起こる。
花弁が渦を巻いて一匹の龍のように夢の中を駆けていく。
集まった花びらはやがて巨大な一輪の華を咲かせ、蕾の中から一人の女性が萌芽する。
「皆様にお会いするのは、いつも窮地に立たされた時なのですね。失礼がなければいいのですが」
幼さやあどけなさを残していた顔は大人び、肌の色は化粧よりも白く。
結んでいた髪は下ろされ、目を離してしまえば消えていってしまいそうな儚げなさを醸し出している。
「停雲!戻ってきたんだね!」
「ヴェルトさん、彼女は一体……」
「そうだな、説明すると長くなるんだが——」
ヴェルトは停雲の身に起こった悲劇をサンデーたちに簡潔に説明した。
絶滅大君に遭遇してしまった普通の仙舟人。天才の協力によって生き永らえることに成功した彼女を故郷へ送る依頼を受け、今は療養中ということを。
「申し訳ありません。夢の中にいれば他の方に迷惑をかけないと思っておりましたが……予想外のことが次から次へと起こってしまい……」
「お気になさらず。このような事態を招いたのはファミリーの、ひいてはワタシの責任でもありますから。お怪我がないようで何よりです」
「君……僕の精神的負担は無視かよ」
先ほどの騒ぎでかなり注目を浴びたことを考慮し、彼らは一度場所を変えて今後の方針について話すことにした。
「停雲さんの問題は解決しましたし、これから他の皆さんに会いに行きますか?」
「いや、ワーヴィックさんの体調も芳しくないようだから、先に君たちと別れの挨拶回りを済ませるよ」
「俺も念の為サンデーたちについていくつもりだ」
「ええ?もうすぐ先週の使者が来るのに、二人はウチらと一緒に会いにいかないの?」
「まあ、二人なら大丈夫だろ。なあヴェルト」
「ああ、それに姫子もいる。何かあったら彼女の判断に従えばいい」
最後に彼らは停雲に向けて別れの言葉を述べる。
「停雲さん、もし困ったことがあればいつでも列車に来てくれ。たとえどんな状況であろうと、俺たちは君の味方だ」
「無事で良かった。早く御空と会えるといいな」
「ありがとうございます。お二人もどうかお元気で」
そうしてサンデーを連れた二人は停雲、そして彼女を見送る穹となのかと別れ、ドリームボーダーにまでやってきた。
ここを訪れた最終目的は、サンデーが最初で最後の別れを告げるため。
オーロラのような空の向こう岸。
サンデーの視線の先にいたのは、自身の妹——ロビンの姿が。
彼女は夢の銀河をただただ眺め、物思いに耽っている様子だ。
「よくここに彼女がいるとわかったな」
「ただの運任せですよ。彼女が行きそうな場所にはいくつか心当たりがあったので……どうやら今回は幸運に恵まれたようです」
「こんなことを運に任せるなんて、君らしくないな」
「……ワタシも変わろうとしているのでしょう」
「なら俺たちは邪魔しないほうがいいな。そら、さっさと行ってこい」
「……この機にワタシが逃げるとは思わないのですか?」
二人は顔を見合わせ、同時に首を横に振った。
「そんなことをロビンの前でするようなヤツじゃないだろ、オマエは」
「そうだな。君にはすべてを利用しようとする意欲と、それを可能にする力があるが……その『すべて』にロビンさんは含まれていないのだろう?」
「……お心遣いに感謝します」
「それで、ワーヴィックさんは?」
「当然、僕も行く」
むしろサンデーは外部の者である彼についてきてもらいたいようだ。
どんな理由だろうと、逃亡犯と彼女が接触するべきではないのだとか。
「彼女の前でも明かさないつもりなのか?」
「……はい。ワタシの我儘のために彼女にリスクを背負わせるわけにはいきませんので」
「そんなことをリスクだと思ってるのはオマエだけだっての。はあ……相変わらず難儀な性格だな」
「助言をいただいたのにも関わらず申し訳ない。ですが、どうやらこの性分だけはどうしても変えることができなかったようです」
「ま、現実で一人取り残されて別れも告げないままなんてサヨナラしようとしてた時よかマシか」
悠仁もヴェルトもサンデーの判断には納得していない様子だが、渋々その意志を尊重することに決め、ロビンの元へ向かう彼を止めることなく見送っていった。
「しかし意外だな」
「ん?何が?」
「君とサンデーさんの関係だ。君たちの間柄はそれほど親しくはなかったはずだ」
ヴェルトは当初、「秩序」の力で姿を偽っていたサンデーをとても警戒していた。
彼自身が一度、夢の主の罠に嵌り、囚われてしまったこともあり、少なくとも停雲と別れを告げるまで気を緩めてはいなかった。
だが、悠仁はサンデーと遭遇した際、ひどく穏やかでまるで長年の付き合いがある友人のように話しかけていたのを思い出す。
「むしろ俺としては、ヴェルトがここまで付き合ってくれるとは思ってなかったけど」
「俺も故郷を出た時はバタバタしていて色々と手をつけられないまま出ていってしまったからな。故郷に別れを告げたいという彼の気持ちに同情しただけに過ぎないさ」
「そんな難しく考える必要はねぇだろ。俺たち二人とも、バカがつくほどのお人好しだったことでいいんじゃないの?人を助けるのにいちいち理由なんか考えてられないだろ」
「はは、だんだんとナナシビトらしくなってきたじゃないか。いや元々君には素質があっただけか。……ここに『時計屋』がいたとしても、俺や君と同じ選択をしたに違いない」
ナナシビトは特定の人物を指す言葉ではない。
「開拓」に対する考え方は人それぞれだが、状況が許す限り、彼らは己が信じる「開拓」の道を全力で突き進む。
そして、過去と決別すると決めた時、人は初めて自分と向き合えるようになる。
今のサンデーと同じように。
だが、それでもその軌跡が「記憶」の中にしか残らないのは少し勿体無い気もするので。
「とりあえず写真だけでも撮っておこう。せっかくの記念に」
「俺のスマホを貸そう」
レンズが顔を向ける先には二人の兄妹の姿が。
彼女は空へと羽ばたき、人々へ歌声を響かせ続ける。
そして彼は歌声が響かない遥か遠くの未知へと突き進む。
それでも二人はいずれ、群星が輝く星々の下で再会することになるだろう。
たとえ翼が折れようとも、確固たる決意をもって
「いくら顔を隠しているとはいえ、ファミリーの立ち入り禁止エリアに侵入するとは……流石に大胆すぎるんじゃないか?」
「ご心配なく、そう時間はかかりません」
ロビンと別れを告げたサンデーが最後に訪れたのは、かつて星核が埋め込まれていたとされるピノコニー大劇場。
舞台幕の後ろから漏れる光は、夢の地を導く啓蒙の光のように輝きていたが、それが「万界の癌」によるものと知ったのはサンデーがオーク家当主になったその日だった。
「今度はここで何をするつもりなんだ?」
「旅たちの準備です。人が旅立つ場所は、その者の終着点であるべきだと考えていますので」
誕生する時、逝去する時、人類は旅の始まりと終わりの二度、虚空に手を伸ばし羽を広げる。
その機会は赤子であろうと老人であろうと平等に訪れるのだ。
「そしてワタシもここで『昨日の自分』に別れを告げる」
視線を向ければサンデーの背後にいたワーヴィックの姿が、純白で高貴な正装に身を包む天環族の青年にいつのまにか変わっていた。
それはオーク家当主の装いに身を包んだ厳粛で慈悲溢れるかつての「サンデー」の姿だった。
「……再会した時から『調和』を象徴するヘイローがなかったことは気がかりだったが、やはりか」
「ええ、お察しの通りです。もっとも、虎杖さんには最初から見破られていたようですが」
ヘイローは天環族が賜った祝福でもあるが、捨てられないものではない。
逃亡犯としてファミリーに見つかるリスクを排除するため、そして翼が折れ地に落ちた時のような苦痛を味わうために「調和」と「秩序」の祝福を捨て、初めて凡人に成り上がった。
「分裂こそしちゃいたが、二人の魂は完全に同じだったからな。たぶん、二人に別れた原因は停雲と同じ感じか?」
「その通りです……一般人として夢境を歩き回っていたところを、ピピシ人のイタズラに引っかかってしまいまして」
「まったく、いくら弱っていたとはいえ元当主様がこのザマじゃこっちまで恥ずかしくなってくる」
停雲を分裂させた飴をヘイローを外し弱っていた彼は食べてしまったらしい。
つまり、ワーヴィックはサンデーの一部でもあるということだ。
「頑固で馬鹿真面目なオマエから真逆な性格のヤツが生まれるなんてな」
「たしかに。共通点なんて無いように思える……」
「そうだそうだ、もっと言ってやれ悠仁さん!」
「ワタシも子供の頃は、さまざまな思いを心の奥に秘めていましたから。彼もまた、『サンデー』の別側面なのかもしれません」
生真面目なサンデーの雰囲気がひっくり返ったような皮肉屋でひねくれ者のワーヴィック。
幼い頃、少しでも違った選択をしていれば、サンデーも彼のようになったかもしれない。
これが彼の最後の別れ。
停雲にしたように、サンデーは自分自身に調律を行い、完全な自分へと戻る。
それはすなわちワーヴィックの完全な消滅を意味し、本当の意味での故郷との別れにもつながるのだ。
「もしかしたら、消えるのは君の方かもしれないぞ?」
「それはありないことだと、すでに結論を出したではありませんか。しかしまあ、今となっては予想外のことが起こらないとも言い切れませんね。心の底では、ワタシもそうなることを願っているのかもしれません」
その発言は昔のサンデーであれば、耐えられないような発言だ。
未知なる旅に出る以上、変化はつきもの。
自制心と葛藤の繰り返しの生活から離れた時、彼に訪れるのはきっと恐怖に近い変化が訪れる。
だがより多くの人を救うため、人々が何のために生き、何のために死ぬのかを理解するために彼は初めて人々と共に大地を歩み始める覚悟を決めた。
「どんな結果になろうと、俺たちがすべて見届けよう。観客席で待っている」
「あんま気負いすぎんなよ」
そう言って、座席の方へと行く二人の背中をサンデーはじっと眺め、隣にいたワーヴィックは嗤った。
「あんま気負いすぎんなよ、だとさ。ほんと、悠仁さんは君の本質をよく理解できてる。君以上にね」
「はあ……アナタ達から見てワタシは余程融通の効かない頑固で未熟な子供のような存在なのでしょうね」
「その通り!ようやくあの頭カッチカチなデーさんにも真の意味で啓蒙が開けたみたいでヨカッタよ。でも子供の方がまだ可愛げがあるな」
「——やはりアナタのような軽薄な人間は嫌いです」
そうして二人——いや一人の青年が壇上へ向かう。
墜落とは飛翔の別名。
弱者に成り上がった彼は天に向かって手を伸ばし続ける。
——宴の星 夢の地 今 故郷に別れを告げる。
——幕を引きたいのなら、ますは舞台に上がるのだ。
それは夢のように儚く、僅かな時間で幕を下ろす。
一秒のように短く、一日のように長く、巨大な天人が銀河に調和の音色を響かせる。
もう一人の自分が指先をワタシへと伸ばす。
啓蒙を開く書物を携えたアナタの指先が触れ、壇上に黄金の波紋が広がる。
——この8日目はワタシ自身に、旅たちを授けましょう。
アナタは何処かへ消え、最後に残されたのはワタシだけ。
黄金の灯火となって消える仮初の命を胸に抱き、頭上に浮かび現れた天環が朝日となり劇場を照らす。
「調律」が終わりを告げた。
「お二人とも、ここまで同行してくださってありがとうございました。この別れの旅はこれで終わりです」
「念の為聞いておくが、ピノコニーを離れた後はどうするつもりなんだ?」
「ここまできたら、隠す必要もありませんね」
サンデーによれば、ピノコニーの星核は夢の主が使用したものではあるが、それを夢の地まで持ち込んできたのは別の人物の可能性が高いらしい。
彼には思い当たる節はあるようだが、それを探るのには時間があまりにも足りない。
今回の件で宴の星は「調和」と「存護」が互いに牽制し合う場所となってしまった。そこに「開拓」が入り、より多くの勢力を招き入れることができればピノコニーは銀河で誰もが自由に出入りできる星となるだろう。
「動機こそ違えど、皆さんは同じように人々を救う道を進んでいる。それも、ワタシよりも遥か先を……お互いの『運命』を歩んでさえいなければ、ワタシたちが対立することもなかったかもしれませんね」
「だからそうやってすぐ自分を卑下すんなって」
「悠仁の言う通りだ。それに、サンデーさんは夢の主の前で手加減してくれただろう。きっと君は最初から俺たちが決して相容れない存在ではないことを分かってたんじゃないか?」
サンデーは黙ったまま肯定も否定もしなかった。
対面でしっかりとした決着をつけようとしたその生真面目さこそ、彼の敗因でもあり、彼の背中を後押しする要因ともなる。
「今日同行したのはあの時の礼だと思ってくれ。何と言われようと——君は俺の『開拓』対象の一人だからな」
「俺も、ヴェルトと同じ意見だよ」
「…………お二人のおかげで、ワタシは多くのことに気付けました。人類こそが万物の尺度であり、唯一の救世主など存在しないということを」
楽園を創ることは今でも彼の目標であることは変わりない。
だがその旅路を彼は一から築いていかなければならない。
「大変、不躾なお願いであることは重々承知しています。ですが、今のワタシに最も必要なのは苦行ではなく勉強……ですのでピノコニーを離れたら……星穹列車に乗り、皆さんに同行させてもらえないでしょうか?」
と、いうわけで。
「以上が彼がここに来た理由だ」
夢の地を離れ、現実空間から戻ってきた列車の一行。
次の行き先を決める講和会議を開く前にヴェルトはことの顛末を彼らに説明し、サンデーを列車に乗せても良いかを尋ねた。
「ヴェルトと悠仁が信頼できる理由で連れてきたのであれば異論はないわ」
「以下同文!」
「俺も異論はない」
「ウチもウチも!」
結果は満場一致の賛成。
反対する者などいないと分かりきってはいたが、これでもう憂いも禍根も吹っ切れた。
「じゃ、デーさんが末っ子ってことだな!」
「まだ正式加入じゃないんだから、アンタの地位は変わんないよ」
「そんなぁ!」
「皆さんの寛大な判断に心からの感謝を。いつか旅の途中で答えを見つけ、列車を降りる時が来るかもしれませんが……それまでは全力で仲間としての責任を果たしましょう」
これにてピノコニーの旅は完全に終わった。
サンデーの件についての話は終わり、次に列車の航路について話さなければいけない。
「次の目的地は……『海洋惑星』ルサカと『アゲートの世界』メルスタインの可能性が高い。問題は燃料の消費スペースが想定より早いことだな。このままだと2回の跳躍で限界が来る」
「なら……私から一つ提案があるわ」
何もない無の空間から、見知った女性が一人姿を現す。
「あ、ブラックスワン」
「お久しぶりね、皆さん。結局、虎杖さんは穹さんの中に戻ることにしたのね」
「ま、こっちの方が居心地がいいんでな」
穹の瞼の下から、一つ目と口がひょっこりと浮かび上がる。
夢の中で得たミームの肉体も悪くはないが、現実世界での呪力の効率や出力が低下してしまうことや「記憶」の力を使うメモキーパー相手だと不利になってしまうことを考慮した結果、悠仁は穹の肉体に戻ることを決断した。
せっかく手に入れた体なのに勿体無いという意見もあったが、悠仁にとっては元々それほど自分の肉体などにこだわりはなかったし、宿主が少し寂しそうにしていたのもあり、躊躇いもなく戻っていった。
あと、ミームの肉体を作った張本人であるどこかの妹が怪しい動きをしていたのもある。
「でもなんで列車にいるの……?」
「それは虎杖さんから『記憶』をもらうため、っていう理由もあるけれど……」
「あ、そういえばそんな約束してたな」
「…………列車の燃料が足りないのでしょう?エンジンの『動力』を補充するためには特別な開拓の旅をしなければならない。それなら適した場所がある。あの名高いアキヴィリですら到達したことのない世界に行けばいいの」
彼女のいう通り、もしその世界を切り拓くことができれば、「未知」を「開拓」する列車の運行に必要なエネルギーを大量に獲得できるかもしれない。
問題はアキヴィリですら行ったことのない世界にどうやって行くのかだ。
「宇宙の大多数の人が存在を知らない世界。外部からは観測することが難しい、ガーデンの鏡にしか映らない世界……三重の運命によって縛られ、運命を予測できない世界————『永遠の地、オンパロス』」
ワーヴィック、再登場しないかな……
追記:コラボイベやりました。マジかよ
次回オンパロス入ります。
設定が今までより難し目なので投稿に少々時間がかかるかもしれません。