突如として宣告された尋問。
答えを間違えれば死刑になるかもしれない状況で、緊張感のある空気が漂っていた。
ことの発端は、ある探検家に写真を撮ってもらったことが原因であった。
遠くにあるケファレの像を一緒に写真に収めるために、その青年になのかのカメラを手渡したのだがそれがいけなかった。
カメラに記録された天外での写真を見た彼は周囲の人間に天外の存在があることを吹聴して回ったのだ。
結果として、ほとんどの人間が彼の言っていることを信じなかったものの、やはりアグライアにはバレてしまった。
「お前の言うとおり、俺たちが不注意で約束を反故にしてしまったことは否定できないが、『天外の世界』の存在を明らかにした場合、どういった悪影響があるのかを説明されたことは一度もない」
丹恒の言い分は最もだ。
こちらが一体どれほどの罪を犯してしまったかを知る権利がこちらにはある。
背後に立ちすくんだキャストリスはアグライアの指示があるまで動かない。
彼女こそ、今回彼らの命を消すことになるかもしれない死刑執行人だ。
「合理的な要求です。もっと早くにすべてを伝えられなかったのは、こちらの不注意でした」
オンパロスでは昔から天外に憧れる人々が後を絶たず、その中には蒼穹を突き破り、星空を目指す者もいた。
旅立とうとしたその瞬間、例外なく「天空」のタイタンたるエーグルの神罰が下され、都市国家諸共焼き尽くされてしまったそうだ。
どれほど星々を目指す志を持っていたとしても、神の怒りに逃れた人間も国もいない。
「そこは決して足を踏み入れてはならない……禁断の領域なのです」
アグライアの言い分は納得できた。
しかしだからとはいえ、死刑宣告というのはいくらなんでも強引すぎるのではないか。
「俺たちはオンパロスに悪意を持ってるわけじゃない……」
「神罰は公正ではありません。かく言うオクヘイマの守護者たる私も、自分の意志のままに行動することはできないのです。これがタイタンによって支配される世界であり、黄金裔によって覆されなければならない世界」
そのためにできることは、外部者たる星穹列車に悪意がないかを確かめなければならない。
「今から4つの問いであなたたちを試し——」
「いや、その必要はない」
穹の指先が勝手に動き、身動きすら取れなかったはずの頑丈な金糸が切断された。
悠仁の「解」により金糸が途切れ、解放された丹恒は槍を持ち構え、背後のキャストリスへと向ける。
殺意のない彼女に刃を向ける理由はないが、濃密に香る死の気配には警戒しなければならない。
ノーモーションで糸を断ち切り、その表情には紋様が浮かび上がっている。
若々しく活力に満ちた表情とは違う。
老齢でほのかに苛立ちの残った表情。
同じ顔でありながら迫力や雰囲気がまるで違う人物を相手を前に、キャストリスは驚く仕草を見せた。
「あいにく、そちらの要求にぜんぶ従う道理はないんでな」
「やはり、あなたは危険ですね。虎杖さん」
自らの金糸が平然と切られたことにそれほど動揺を見せず、アグライアはすぐさま攻撃を開始した。
数百、いや数千本の金糸が悠仁を捕らえようと迫るも、彼の衣服に付着するすんでのところで糸は不可視の斬撃に弾かれ塵と化して消えていく。
「静粛に」
上空から彼女が召喚した2体のトルソー型の人形——ラフトラが鋭い刃を向けて迫り来る。
斬撃を纏った手のひらで剣先を掴み掛かり、両者を迷わず床に叩きつけた。
呆気なく破壊されてしまったラフトラを横目に、紅瞳は支配者を見つめる。
「おいたが過ぎたな、アグライア」
残骸と化したラフトラを投げつけ、アグライアはすぐさま黄金の長剣を取り出して華麗に切り裂いた。
しかし、それは攻撃ではなく単なる目眩し。
目が見えないとはいえ、正面から投げつけられたラフトラに気を取られたアグライアは悠仁の気配を探るために金糸を張り巡らせた。
だがすでに彼の気配は消えている。
「上だ」
空から投げかけられた声に反応したものの、わずかに動きが遅れ、その攻撃を許してしまう。
上空から降ろされる踵おとし。
もろに喰らえば黄金裔でさえ重傷では済まされないその攻撃をアグライアは受け止めることができなかった。
だが、そこに一つの巨大な両手剣の刃が入り込む。
「すまない、悠仁!事情はすでに聞いている。今回の件は全面的に僕たちが悪い!どうか戦意を抑えてくれないか!」
「……ファイノンか。安心しろ、元々殺す気なんてない」
ファイノンの仲介で、その場はなんとか落ち着くことができた。
悠仁は再び穹の中に引っ込み、丹恒も槍をしまう。
戦いは収まったが、剣呑な雰囲気まで消えたわけではない。
必死に止めようとしたファイノンや、丹恒に槍を向けられても微動だにしなかったキャストリスの様子からも、今回の行動はアグライアの独断であった可能性が高い。
だがタイミングがあまりにも良すぎる。
「アグライア、彼らに最初に出会ったオンパロス人は僕だ。だから君のその決断に対して、少しだけ意見をさせてくれ」
「……ええ、構いません」
「深淵で彼らと出会ったとき、君と同じように警戒していたし、聖都に戻る途中も油断なんてしてなかった。だけど、オクへイマを守るために肩を並べて戦って、彼らの信念が分かったんだ。僕は自分の背中を彼らに預けてもいいと心の底から思っている」
ファイノンは戦い抜いた者の直感として彼女を説得しようとした。
それに追随するようにキャストリスもまた……
「私も……『死』は罰ではなく、静かなお別れであってほしい。このような結末はあまりにも早期すぎるかと」
「それに先ほどの悠仁の攻撃には殺意が全くなかったんだ。もし、彼が本気を出していれば僕の体は剣ごと貫かれていただろうしね」
「丹恒様も槍を向けはしましたが、戦意は見られませんでした」
キャストリスとファイノンの説得にアグライアは少々考える仕草を見せた後……
「2人の黄金裔を味方につけるとは……ふふ、どうやら私の独断で事を急ぎ過ぎたようですね。ファイノン、主人としての務めを果たし、客人をきちんともてなしてくれますか?」
「形式的なものはあまり得意ではないけど、最善を尽くすよ」
「それから、キャス。……次からはもっと正直に話してほしいです」
「はい、そうします」
なんとか納得していただいたようだ。
「創世の渦心は新たな訪問客を迎えました。それほど2人の異郷人を信用しているのなら、渦心の秘密をしっかり教えてあげてくださいね」
「結構だ。俺たちは不当な扱いを受けた。これ以上力を貸すつもりはない」
「まあまあ、丹恒。何はともあれ納得してもらえたんならいいじゃん」
「しかし、今回は俺どころかお前たちも危害を加えさせられかけた。黙って見過ごすわけには……」
「「まあまあまあまあ」」
「……はあ、お前たちがいいならそれでいい」
そのまま話を続けようとしたアグライアに不満を感じた丹恒が珍しく機嫌が悪そうな態度をとるが、穹と悠仁はなんとか宥めた。
「どんな選択をされようとも、黄金裔は神託による宿命の道を歩み続けるだけです。ファイノンの説得に応じて、命を奪うことはやめておきましょう。ここを去るか否かは、あなたたちで決めてください」
そう言って、アグライアは創世の渦心から去っていった。
残されたファイノンはあらためて彼がここに訪れた理由を説明してくれた。
なんと創世の渦心に到着する前にキャストリスがあらかじめファイノンを呼び寄せてくれていたそうだ。
尋問が始まる前にアグライアを止めてほしいと願い出た。
だが誤算もある。
まさか悠仁が金糸を断ち切れるとは思っていなかったのか、慌てて2人の戦いを止めに入ったのだ。
「アグライア様を説得できる方は少ないですが……ファイノン様はそのうちの1人なのです」
「ファイノンってそんなに偉かったんだ」
「からかわないでくれ。アグライアは……オクへイマのために、心を氷のように冷たく、硬くしたんだ。それこそ『半神』というべきかな」
「半神」
タイタンという世界を支える柱を打ち砕き、世界の秩序を再構築するのが黄金裔の務め。
だが、神を倒した後、創世の日が訪れるまでの間は誰かが柱の役割を担い、神の座を一時的に埋めなければならない。そうしなければ、世界は神託が成就する前に崩れ落ちて、廃墟になってしまうから。
ゆえに今のトリビーとアグライアは自身の肉体に火種を埋め込み、半分人間、半分神の状態としてオンパロスの運命を背負っているのだ。
「あの空にある星座が見えるかい?あれは創世の渦心の星宮十二相、黄金裔の火を追う旅の記録だ」
見上げれば、それには十二の紋章が浮かんでいる。
そのうちの六つには星の輝きが星座となって浮かび上がっており、すでに半分の火種が変換されたことを意味していた。
「その話はさておき、3人にお願いがある。黄金裔の陣営に加わって、一緒に『紛争』のタイタンから火種を奪うのを手伝ってくれないだろうか」
「……」
「険しい道のりになるから、強制はしない。でも、もしここに残ってくれるなら、このエリュシオンのファイノン、全力で君たちと黄金裔との仲を取り持つと約束しよう」
「アグライア様の凍てつく心を溶かすのはとても難しいと思いますが……私もできる限り協力いたします」
ファイノンの様子は至って真剣で、そこには嘘をついているような気配が全くない。キャストリスも同様だ。
長い長い長考の末、彼らはオンパロスに残る決断をする。
ファイノンに賛同の意を示せば彼は心底嬉しそうに顔を綻ばせた。
「良かった。やっぱり君たちはオンパロスの希望だ」
ファイノンたちが全面的にこちらを信用してくれたのであれば、こちらも隠し事はしないほうがいいだろう。
穹と悠仁はこれまで感じていた違和感、そして"呪力"のことについて事細かに説明した。
上手く説明する暇はなかったため、全てを理解してくれたわけではないのだろうが、それでも彼らに思う節はあったらしく
「なるほど、僕たちが初めて会った時に感じたあの威圧感は悠仁のものだったのか。どうりでタイタンに近しい雰囲気を感じると思ったよ」
「お二人の事情は概ね把握しましたが、申し訳ないことに私たちではその"呪力"というモノを上手く感じ取ることができないのです……」
「そぅなんだよな……いまのとこ、術式がありそうなのがアグライアぐらいだし……」
もしかしたら半神になった者にのみ、術式が与えられる仕組みなのだろうか。
あの金色の糸は間違いなく術式だ。
だがアグライアは知らないと言っていたし、それが嘘でないことも金糸を伝ってわかっている。
ますますこの世界の謎が深まるばかりであるが、ファイノンとキャストリスの全面的な協力を得られるのであればそこまで気にする必要はないかもしれない。
「そういえば……アグライアが呪力のことも知ってるかもしれない人物に心当たりがあるっつってたな」
「……それって」
「もしかして……」
「お、心当たりある感じ?」
「ま、まあ心当たりがあるというか、そういった物事に詳しい人がいるというか……」
アグライアと同様、またしても歯切れが悪い反応だ。
ここまでくると一体どんな人物なのか逆に気になってくるのが人間のサガ。
「彼の事を一言で表すならば…………ならば…………なんでしょう」
「少なくとも悪い人ではないから安心してくれ!博識で、聡明で、理性的。アナイクス先生は僕の尊敬する人のうちの1人さ」
ともかく色んな出来事が度重なり、もう疲労困憊だ。
列車を落とされ、神と戦い、死刑にされかけた。
これがたった1日に起きた出来事だなんて信じられない。
アグライアから受け取った建物——ルトロで身を休めることにした丹恒と穹は創世の渦心を写真に収めたあと、彼らと別れ、休息を取ることにした。
短いようで長い、濃密な1日だった。
「流石の俺でも疲れたな。今日会った出来事をまとめておこう」
「ラジャー!」
「体感的には20システム時間ほど経過している。その間に俺たちはオンパロスの現状を把握し、現地の人たちとも繋がりを持った。いいスタートだと思う」
「ゴールはあまり良くなかったけどな」
「そうだな。だが収穫もある。どうやら黄金裔の内部は俺たちが思っているほど一枚岩ではないようだ」
アグライアの尋問も今となれば不自然だ。
あの難癖は何かしら別の意図があったような気がしてならない。
「まだ考えたいことはたくさんあるが、頭が疲れすぎたな。今日はひとまず休んで、残りは明日に持ち越そう」
「そうだな……ん?」
スマホが鳴り響き、メールを見てみれば差出人はなんとトリビーからだった。
あの伝言の石板とやらは本当にスマホとして機能しているようだ。
『ライアちゃんがお詫びも兼ねて悠ちゃんに紹介したい人がいるんだって!良かったらあたちたちが送ってあげるから一緒に来てみない?』
紹介したい人、というのはおそらく彼女が以前話していた物知りな変わり者のことだろう。
いざこざがあった直後なので少し憚られるが、実際会ってみたいことには変わりないし、和解してすぐに罠を仕掛けるほど彼女も冷酷無比ではないはずだ。
「とりあえず、穹と丹恒は休んでおいた方が良さそうだな。とりま、俺が代わりに行ってくるけど穹もそれでいいか?」
「いいよ、じゃおやすみ」
「最近の若者は判断が早い」
あっという間に意識を落とし、眠りについてしまった相方に苦笑を浮かべながらトリビーの元へと向かう。
「あ、きたきた。グレーちゃ……あれ、もしかして今は悠ちゃん?」
「ああ、穹は疲れたって言って寝ちゃった」
「そっかぁ……あ、そうだライアちゃんのことなんだけど……」
「ああ、いいよ。俺はそんなに気にしてない。ただあんま無理してやんなって伝えてやってくれ」
「!!うん、わかった!」
そもそも金糸でオクヘイマで起きているすべての出来事を知れるなら、ファイノンがキャストリスから伝言を受け取り彼らを助けにくることも読めたはずだ。
それをしなかったということは、アグライアは彼に自身の行いを止めて欲しかったのだろう。
その理由はおそらくファイノンやキャストリスたちと星穹列車の仲を深めたかったからだ。
周りくどい方法だが、実際彼らの仲はより親密になった事を考えれば本人に文句を言うこともできない。
「そういえばその会わせたい人ってどこにいるん?」
「ちょっと待っててね〜、開け"百界門"!」
それは小さな三角形の小窓。
大気の奔流がその中へと流れ込み、小さな門が開かれる。
「この門を通り抜ければあの子が待ってる神悟の樹庭に着けるんだ!」
「その待ってるアナイクスってのはどんなヤツなんだ?ここにいるみんな、そいつの話を聞こうとすると変な反応するんだけど」
「アナちゃんのこと?アナちゃんは頭がすっごく良くて、とっても優しいの!……たまに頑固なとこでライアちゃんと喧嘩しちゃったりするけどね」
人懐っこいトリビーがこう言ってるのだから悪人ではないのだろう。
それにアグライアと仲が悪いと言うのも先ほどあった尋問の事を考えれば、彼女の体制に不満を覚える者もいるのも納得である。
「ま、会えばわかるか」
そうして門を潜り抜ければ、たどり着いたのは大樹の上に立つ建造物があった。
「やっぱりトリビーのも術式だな……能力的には憂憂に近いか」
流石に魂の移動などはできなさそうだが。
自然物と人工物が互いに調和をとりながらその外観は荘厳に保たれている。
道行く学生らしき人物に挨拶を交わしながら、彼は待ち人がいる場所にまで案内された。
いくつもの本が散乱し、謎の液体が入ったフラスコや試験管なども見える、まさに科学者の実験室とでも言うべき部屋だ。
ひょっこと顔を出せば、長い緑髪をまとめ、眼帯をつけた細身の男性が仏頂面で片手に持つ書籍を読み解いていた。
「あのー……」
「用があるのなら手短に」
「アグライアが言ってたアナイクスってのはオマエのことか?」
「ええ、そうです。なるほど、あの女が言っていたのは貴方のことでしたか」
良く言えば理知的、悪く言えば無愛想。
どこか懐かしさを感じる声音と共に、彼は振り返った。
パタリ、と本を閉じ、アナイクスという名の男性は眉ひとつ動かすことなく口を開く。
「私は知種学派のアナクサゴラス。神悟の樹庭に駐在する黄金裔の1人です」
「アナ、クサゴラス?アナイクスじゃなくて?」
「違います。これから私のことはアナクサゴラスと呼ぶように」
「オッケー、ゴラスンね」
「待て、いや待ちなさい。私は一度も略称で呼べと言った覚えはありません。珍妙な渾名をつけないでください。前部分を省きすぎです」
「だって……長くて、噛みそうだし……」
とやかく言っても無駄だと察したのか、ため息を吐きながらアナイクスは持っていた本を棚に戻し、こちらへと歩いてきた。
近くには古びた座席が置かれており、無言で彼は着席を促す。
「それで、本日は何用でしょう」
「アグライアから聞いてないのか?」
「ほとんど何も。ただ、私の研究が飛躍的に進歩する可能性のある人物が来た、とだけ」
「もしかしてあんま仲良くない感じ?」
「これ以上、あの女の話はやめましょう。時間の無駄です」
仲良くない感じだ。
とはいえ、個々人の人間関係に口は出せない。
彼が不機嫌になるのも避けたいし、これ以上、二人の関係に対しての言及はせず悠仁は早速本題に入る。
自分たちが天外から訪れたこと。
星穹列車で送ってきた旅路、そして自身がそこに至るまでの過去。
呪力、術式、式神、呪霊。
悠仁が知りうる限りのすべての情報を包み隠さず話せば、アナイクスは一言も発さず黙々と聞いていた。
まるで初めて本に触れ、その物語に引き込まれていく子供のような眼を向けて。
「————以上が、俺がいま知ってる情報の全てだ。俺がオマエに会いにきたのは、どうしてこの世界にも"呪力"が存在しているのか気になったからだな。聞いたところによるとゴラスンが一番物知りだって」
「なるほど……ふむ。————ふふ……フハハ……フハハハハッ!!!」
「うおっ、びっくりした」
「呪力、術式!なるほど、実に興味深い!素晴らしい、素晴らしいですよ、虎杖悠仁!貴方のおかげで、私はまた一歩、真理へと近づいた!」
「正直、そんなすんなり信じてもらえるとは思ってなかったよ」
「無論、私も全面的に貴方の話を信用したわけではありません。ですが以前から仮説は立てていたのです。我々、黄金裔には力を使うためのエネルギーがどこかに存在すると。いま、貴方と対面してようやく理解しました。貴方から発せられる膨大な"呪力"の塊を」
急にテンションが上がって少し驚いたが、どうやら彼も独学で"呪力"の源にまでたどり着いていたらしい。
だが、もちろん、人の話を聞いただけですべてがわかったわけではない。
なぜこの世界に呪力があるのか、この世界と地球の共通点は一体なんなのか、という悠仁の疑問は解消されないままだ。
「つまり、私と貴方でこの偽りの世界を解き明かし、真実を究明する。そういうことですね。であれば……」
「え、違うけど」
「私の話を遮らないでください」
「あ、すんません」
なんか、当初の理性的な雰囲気からどんどん乖離していっているような気がする。
アグライアたちが彼への評価に対し言葉を濁した理由もなんとなくわかってきた。
間違いなく善人ではあるが、とんでもないほどの自信家であり、エゴイスト。
他者へのリスペクトがないわけではないが、嫌いな人間には唾を吐く行為も辞さない頑固な人間だ。
「タイタンが貴方の言う『式神』なのであれば、タイタンはやはり神なのではない。法則に縛られた意志のない肉体など人間にはるかに劣ります」
「まだ、見てないけど『暗黒の潮』っていうのもいるんだろ?もしかしたら、ソイツらは俺らで言うところの"呪霊"かもしれない」
「ほう……つまり暗黒の潮もタイタンもそして黄金裔もまた、全て同一のところから発生していると」
「どっちかといえば人間からかな。いつ、どこで、どうやって呪力が発生したかについてはずっとブラックボックスになったままなんだよ」
「問題ありません。どちらにしろ、私がやるべきことは相違ありませんから」
「ゴラスンは頼もしいなぁ」
「…………公の場でその呼び名は絶対に控えてください。絶対に」
その後も、2人の間で情報の共有、交換が行われた。
悠仁はオンパロスの過去と現在の歴史、黄金裔の所在と能力を知ることができた。
そして対するアナイクスもまた、自身が得た悠仁の情報から、今までの研究とのすり合わせ、そして記録を行っている。
「じゃ、俺はこれで」
「ええ、お互いの連絡は伝言の石板を使いましょう。良き報告を心待ちしています」
「応、それじゃあ……て、何これ、大地獣のぬいぐるみ?かわいいじゃん」
部屋から去り、オクヘイマに帰ろうとしたその時、不意に棚に置いてある大地獣の可愛らしいぬいぐるみが置かれていた。
汚れひとつなく、まるで新品のような状態で置かれている。
「ほう」
背後で、アナイクスの瞳がきらりと輝いた。
「なかなかセンスがありますね。その通り、これは大地獣の姿を模した200分の1のスケールサイズの大地獣ぬいです。他にも100分の1、50分の1、25分の1サイズの人形もあります。用途?もちろん、寝る前の抱き枕に決まっているでしょう。愚問ですね。他にも大地獣のフィギュアアーツ、大地獣の生態を一から記録した書物なども置いてありますよ。ああ、そういえば貴方は大地獣のことをどれほど知っていますか?何も知らない?仕方ありませんね、貴方はまだこの地にきて浅いのですから。いえ、謝る必要はありません。むしろ、これからその叡智に触れることができるのですから、その喜びを噛み締めなさい。それでは一からお答えしましょう。大地獣とは大地のタイタン、ジョーリアから生まれた眷属です。タイタンは基本的に愚かな存在ばかりですが、かの神だけは例外です。なぜなら大地獣という素晴らしい存在を生み出したのですから。彼らは赤土が好物ですが、卵はアレルギーを起こすので決して食べさせないように。何?貴方の友人が大地獣の代わりに赤土を食べた?大地獣の気持ちを理解する行為として100点満点です。ですが、しっかりと餌は与えてあげるように。ええ、よろしい。私が大地獣を愛する理由は270あります。良い機会ですからその始原からお伝えしましょう。あれは私が幼いころ——————————(略)」
止まることのない愛情の塊のような説明文が押し寄せてきた。
長い。とても長い。
最初の方に何を言っていたのか思い出せないレベルで長い。
「以上が私が大地獣を愛している理由の270番目です。理解できましたか?」
「……………………ハイ!」
空元気な返事が室内によく響いた。
とりあえず、分かったことは。
(
だけであったが。
ヘルタとかアナイクスみたいな頭のいい天才系のエミュって難しいですね……