フレイムスティーラーの猛攻をなんとか凌いだ一行
百界門を無理やり開いたトリアンは体調が優れないのか、どこかに帰って寝てしまった。
オクヘイマに訪れたアナイクスの機嫌はよくない。
「騒々しい……オクヘイマは相変わらずですね」
「あれ?今はゴラスン?」
「その言い方はやめなさい。……あのタイタンは沈黙しました。今は知種学派のアナクサゴラスです」
「ゴラスンだー!」
「……」
アナイクスに今回、神悟の樹庭を訪れた理由を伝える。
生存者の捜索、樹庭の災いの原因究明、そしてサーシスの火種の回収。
しかし、すでにアナイクスはそのことを予見していたのか、小さく鼻で笑った。
「なるほど、任務の成果として私をアグライアに突き出すつもりなのですか?」
「それが私の務めですから。ただ、あなたを捕虜や戦利品のように差し出そうとは思っていません」
「……わかりました。ただ、その前に済ませておきたいことがあります。何人かの同僚の遺族が住んでいるので、アグライアに会う前に、まずは彼らの見舞いに行きたいのです」
樹庭の同僚たちは火種を守るために暗黒の潮と戦い、犠牲になってしまった。
そのことを慮り、遺族の者たちにはせめて真実を教えたいそうだ。
オクヘイマにいる遺族の者たちに彼らの家族が亡くなってしまった訃報を伝え歩く。
遺族は皆、自身の家族が亡くなってしまったことを悲しんでいた。だが、それでもなお最後まで諦めずに戦ったことを思い、その辛さを受け止めてくれた。
全員への報告を終え、渋々な態度を崩さないアナイクスを連れてアグライアへ会いにピュエロスを訪れる。
しかし、どうやら彼女は忙しいらしく、今は誰とも会えないらしい。それを知ったアナイクスはさらに機嫌が悪くなった。
「これは傑作ですね。まさか私に会おうともしないとは」
「そう機嫌を悪くするでない。人の子らが見ているであろう」
「……勝手に顔を出すなと言ったばかりでは?」
わかりやすく舌打ちをしたアナイクスを咎めるタイタンの声がどこからともなく聞こえた。
ふと見ると彼の瞼に小さな口が飛び出している。
「あ、おそろい」「あ、一緒だ」
「サーシス……なのですか?」
「あなたたちの姿を参考にしたらしいのです。お願いですから、公衆の面前で姿を出さないようにしなさい。面倒ですから」
「わかっているわかっている」
身体の中にサーシスが混ざり込んだ影響か、アナイクスの体調もあまりいいとは言えない様子だ。
彼は2人に別れを告げ、騒々しい街から離れていった。
「そういえばキャストリス、あの時の怪我は大丈夫?」
「ええ、虎杖さんとヒアンシー様に治療をしてもらいましたので。あの人物からは濃い死の気配がしました……とはいえタナトスと何か関係があるとかではなく、単純に数えきれないほどの死に触れてきたからだと思います」
「死」のタイタン——タナトス
タイタンの中で最も恐ろしい神と知られ、凡人の前には姿を見せず、本当に姿を見た者はいない。
「タナトスといえば……1つあなた方に聞きたいことがあります」
「ん?」
「私が背負っている……呪いは生まれながらにして死の影であり、あらゆる生物が避けるべき猛毒のような存在……のはずだったのですが……」
樹庭で彼はキャストリスを受け止めた。
素手で。しかし、死の影響は穹には影響がなかったのである。
それは悠仁も同じだ。
「ま、いつもだいたいそんな感じ。俺たちって特別な存在だからさ」
「自分で言うもんじゃないぞ」
「すみません、少し唐突な質問でしたね。何日も走り回っていたので、あなたもきっと疲れているでしょう。樹庭での惨劇はひとまず忘れて、ゆっくり休んでください」
彼女と別れを告げいつものルトロへ戻り、丹恒と合流する穹。
急死に一生を得たからか、いつもの仲間の顔を見れたからか、部屋に着くなり、どっと疲れが押し寄せ穹はすぐさま眠りについてしまった。
—————その夜、トリビーたちは行方不明になった。
最後に目撃された場所は……ヤヌサポリスの遺跡である。
オロニクスが殺害された。そして、トリアンは行方不明に。
犯人は黒衣の剣士……フレイムスティーラー。
「運命」の火種はすでに奪われた。これでは再創世を成し遂げることはできない。
「くそッ、まただ。またあの時と、エリュシオンの時と同じように……僕が『紛争』の試練を突破できていれば、トリアン先生は……!」
「ファイノンのせいじゃない」
「……すまない。また怒りに呑まれかけた」
ファイノンはどうやらあの暗黒の潮を率いる剣士を食い止める方法を思いついたそうだ。
「火種が奴の狙いなら、こっちもそれを利用して罠に誘い込めばいい。僕たちが深淵に向かう前、アナイクス先生はすでにサーシスの火種を持ってオクヘイマを離れ、戦場の布陣を整えに行ったんだ」
「話を聞く限り、あなたたちはもう1つの火種を失うという結末にはならないと考えているようですが……その根拠はなんですか?」
「今回は天外の力が僕たちの味方だからだ……彼らが鍵になる」
視線の先には穹、そしてミュリオンの姿が
作戦は彼らの持つ「記憶」の力だ。
オロニクスの力を使い過去の扉を開き、昔のクレムノスに奴をその場に誘い込み、そして閉じ込める。
その餌とはサーシスと融合したアナイクス本人である。
「あなたの助力に感謝を……皆さんもありがとうございます。では、早速敵の『狩り』を始めましょう」
「そういえば、モーディスは?」
「紛争」の火種をファイノンが受け継ぐことは無くなった。
だが、代わりの適任者たるモーディスは半神となることに抵抗感があるらしく、決めあぐねているらしい。
並々ならぬ事情があるのだろう。
「大丈夫、彼は絶対にこの戦いにも参加するから」
そう言ってファイノンは快活に笑った。
戦いの音が鳴り止まないクレムノスの跡地。
遺跡の中にはいくつもの暗黒の潮、そしてクレムノスの兵士たちの姿がある。
勇猛果敢に挑み続ける者もいれば、あと一歩のところで力およばず命を散らす者もいる。
火花が鳴り響く戦場。
囮となったアナイクスは孤軍奮闘でフレイムスティーラーと戦っている。
「火種を取り戻ちたら、その瞬間に門と道を開くから逃げてね。そのあとは……『あたちたち』の連携次第かな」
「ありがとう、トリビー先生。さあ、行こう相棒————大丈夫。運命は僕たちの味方だ!」
かつてニカドリーを眠らせたあの大地にて。
アナイクスは再び、あの悪魔と対峙していた。
己の「火種」を守護しながら、なんとか影を相手に拮抗状態を保っている。
だがそれもまた、あと少しのところで崩れようとしていた。
「来たか」
銃身を刃で受け止め、息を切らしたアナイクスが隻眼をこちらへ向けた。
遅れてフレイムスティーラーもこちらの存在に気づく。
「頼む、ミュリオン!」
「ミュミュッ、ミューンっ!」
長夜の帳が開き、世界の天井がひっくり返る。
古びた遺跡は、天下に燃える闘技場へと変化した。
黄金期の再現、観客が誰1人いない黎明の空。
「死者の記憶の中で懺悔しろ、人斬りめ!」
ファイノンが大剣を翳し、黒衣の剣士へと迫っていき、禍々しい両手剣が重なって火花が散る。
背後から影を下ろし、寸分違わぬ剣が白髪の青年へと向いた。
「させるとお思いで?」
アナイクスが跳弾を弾き、影を退かせる。
そこに穹が槍を投げつけ、影の心臓を貫いた。
「俗物が……」
掠れ、しゃがれ、生者か死者かもわからない声。
消えゆく影に目もくれず、フレイムスティーラーは新たな影を再び取り出した。
バットを手に持ち、本体へと迫る穹。
寂れた両手剣がファイノンの大剣を弾き、そのまま空いた胴体を真っ二つに斬り裂こうする。
しかし、その刃はすんでのところで受け止められた。
「ありがとう、相棒!」
「おう!」
バットと大剣。
形状の異なる両者の武器が、息を重ねるごとに調和の取れた連携を生み出す。
複数体の影と重なり、三対の腕を生やした剣士の刃を受け止め、己が鍛え上げた腕力を存分に使い、その攻撃を跳ね返す。
横振りされた剣の上に乗っかり、フレイムスティーラーの背部へと回った穹が呪力をこめて得物を振り翳した。
「遅い」
背後からの奇襲に影を取り出し、その攻撃は受け止められてしまった。
だがそこにアナイクスの援護射撃が届く。
針に糸を通すような精密動作で放たれた弾丸は影の腕を破壊し、正面にいるファイノンへ大きく隙を作ることになる。
大剣がフレイムスティーラーの剣を弾き返し、棍棒が本体の腹部を強く横殴りにした。
「グレーちゃん!」
「ミュン!」
外壁に突き刺さった槍を回収してくれたミュリオンとトリビーが回収し上空から投げ渡した。
黒衣の剣士の刃を交わすためにしゃがんだ穹はその場で上手に受け取り、そのまま勢いよく琥珀の槍を鎧ごと貫く。
「グゥッ……」
紅蓮として燃え上がる槍は黒衣を燃やし、そのまま剣士の胴体に痛みを与えた。
だが、空いた穴はすぐさま回復し、呪力でできた鎧も同じように復活を果たす。
完全な回復をするため、距離を空けたフレイムスティーラーは様子見と言わんばかりに、4体の影を取り出しこちらに投げつけてきた。
相変わらずの強さではあるが、樹庭での戦闘時よりもこちらがだいぶ優勢に立ち回れている。
敵の手札がどのようなものかわかっているからだろう。そしてこちらには万全の状態のファイノンがいることもかなり大きかった。
「火種に釣られて耄碌したか?ここがお前の墓場だ!」
今までにないほどの怒気を孕んだ声をあげ、ファイノンが大剣をかざす。
追い込まれていくフレイムスティーラーは懐から三日月の剣を取り出した。
「あれは……?」
戦闘用ではない祭祀が使用する儀礼剣
だがなぜ今こんな場所でそんな役に立たないものを取り出した?
嫌な予感を感じ、ファイノンと穹は接近する速度をさらに上げた。
怪しく光儀礼剣。目眩しのための影が上空から出現し、2人へと刃を向ける。
「まだ力があるのか……!」
再び足止めを喰らう2人。
迫る影はそれだけではなく、最初から配置していた影もまた、同じように彼らに差し迫った。
だが、肝心の本体はこちらを攻撃してこない。いまだに回復中なのか、いや違う。
奴の狙いは……
「アナイクス先生!」
空間を切り裂き、瞬時にアナイクスの側まで転移をしたフレイムスティーラー。
まさかヤツにも百界門と同じような力があるというのか。
目をそらす暇もなく眼前に現れた敵に対し、流石のアナイクスも対応できず、対応しようとした銃身が殴り飛ばされた。
歪んだ三日月の剣がゆっくりとアナイクスの胸元へと突き刺さる。
「ゴラスン!」
悠仁が身体を入れ替え、「御厨子」を放とうとしたその時————
アナイクスの視線がこちらに向く。そして嗤った。
「やっと……手に入れた……!」
胸を突き刺し、火種を取り出そうとする黒衣の剣士の腕をあえて掴んだアナイクス。
ようやく自分があえて誘い込まれたことを理解したフレイムスティーラーはその場から脱出しようにももう遅い。
あちらがこちらの火種を奪うためにつなげたパスを、こちらが逆利用し、剣士が持つオロニクスの火種をアナイクスは掴み取った。
「————返せ!」
すぐさま奪い返そうと手を伸ばすフレイムスティーラーに対し……
「ええ、お返ししましょう」
もう片方の手のひらからアナイクスはある塊を投げつけた。
火種ではない、赤い結晶。カモフラージュだと悟ったフレイムスティーラーは顔の横を通り過ぎるソレに目もくれず、再び手を伸ばす。
それが彼にとって最も致命的なミスになるとも知らずに。
「超新星」
仮面の隣で
剣士の仮面が大きな衝撃を受け、亀裂を走らせる。
「あれって……悠仁の!?」
「マジかよゴラスン……」
擬似的な術式の再現の成功に思わず情報を提供した悠仁本人も唖然とする。
だが、呆けている暇はない。
黒衣の剣士はその爆発の衝撃によって吹き飛ばされたもののすぐさま体勢を立て直そうとした。
「開け、百界門!!」
粉塵が巻き起こり、黎明の闘技場にいた戦士たちの姿が忽然と姿を消える。
「…………」
落ちそうになった仮面を元に戻しながら、狩人は獲物の行き先を静かに見定めていた。
「ふぅ……なんとかいきましたね」
「アナイクス先生、さっきの爆発は一体……」
「虎杖悠仁から渡されたサンプルです。どうやらそこの『開拓者』の流す血はどうやら特別性と聞きましてね。研究材料として採血したものの一部を使わせていただいたのですよ。……こんなところで消耗させたくはなかったのですが」
「悠仁、そんなこと初耳なんだけど」
「ごめんて」
「いいよ」
「いいんかい」
いくら知識や情報を与え、研究材料まで提供したとはいえ一朝一夕ともいえる速さで呪力の扱いをできるとは思っていなかった。
まさに天才ともいえる所業に舌を巻く。
穏やかな雰囲気になったとはいえ、状況が好転したわけではない。
長夜の帷の空に剣が突き刺さり、刺々しい手甲が歪んだ扉を鋭い手甲でかき開いた。
「来るぞ!」
束の間、裂けた次元界から悪魔の右腕がアナイクスへと迫ろうとしていた。
だが、そこに巨大な血の結晶の塊が入り込む。砕け散る影と結晶。
突然現れフレイムスティーラーを攻撃した結晶片の後ろから、聞き覚えのある声が響く。
「無様だな『救世主』」
「はは、ありきたりな登場だな!」
「ふん……クレムノスはもとより俺のだ。正門から入るのは当然だろう?」
空間を切り裂き出現した黒衣の剣士に投擲される巨大な結晶片はその身体を一方的に拘束していった。
影を出させる暇を与えない一方的な猛攻。
しかし、その結晶の山を抜け出したフレイムスティーラーは新たな標的に視線を向けた。
「暗黒の潮の下僕が……このクレムノスの王が相手をしてやろう」
出現する影の軍隊
紛争の化身たる赫い獅子がモーディスの手のひらから現れる。
噛み砕き、そして噛み潰す。咆哮を轟かせ、その迫力はタイタンを超える。
以前とは比にならないほどの強さを持ち、火種を受け継いだモーディスは自身の強さを存分に振い続けた。
暴力的なまでに叩きつけられる呪力の塊。獣の獰猛さ、牙の鋭さ、そして戦闘者の理性を持ち合わせた勇猛な王の攻撃はおさまることを知らない。
血の結晶は山岳のように連なり、フレイムスティーラーを追い込んでいく。
「ヂィッ!」
鬱陶しそうに結晶片を避け、剣で斬り落としていくフレイムスティーラー。
状況的に不味いと思ったのか、今までよりも濃い影が数十体に分かれ、彼らに迫る。
「征服しよう!」
しかし、純粋たるエネルギーの塊が剣士の足元に迫り、闘技場の石板を粉々にしていった。
結晶の玉座を作り上げ、獅子の王は剣士の影を次々と消し炭にする。
狩人と獲物の立場はもはや逆転し、他の者たちの連携も合わさることで処刑人は次第に劣勢になっていく。
「ここで終わらせるぞ!」
「言われなくても!」
両側からの凝血した剣山が蛇のようにフレイムスティーラーを拘束し、その好機を逃すことなく武器を向ける。
だが黒衣の剣士は紙切れのように切り裂き、すぐさま脱出して上空へと飛んでいった。
儀礼剣と両手剣を重ね、大気が歪み、空気が逆流していく。
「血の如き闇が……太陽を飲み込む!」
曲り、捻り、影が集い、フレイムスティーラーが巨大な姿として投影された。
かつてのニカドリーの大剣を超える禍々しい大剣が闘技場を落とそうとしていた。
「まだこんな力が……!」
「弱音を吐くな、それでも救世主か!」
先頭に飛び立ち、単身でその刃を受け止めるモーディス。そのまま腰を落とし、仲間の助けを待ち続けた。
その空いた背中にフレイムスティーラーの影が刃を向ける。
「させるか!」
背骨へと迫る剣をファイノンが弾き、押し留めるモーディスに穹が加勢する。獅子の咆哮と琥珀の炎が唸り、巨大化したフレイムスティーラーの攻撃が完全に跳ね返された。
そのままモーディスが作った手のひらの足場に乗り、途方もない速度で飛翔していく穹は存護の槍を掲げ、長夜を照らす。
「存護の槍よ……!」
灼熱が迸り、槍先が処刑人へと向く。
全身全霊をかけたとっておきの一撃。太陽を撃ち落とすほどの鋭さをもって、存護の火は悪を滅す。
烈火の太陽のように燃ゆる槍を眺め……フレイムスティーラーは自身が手に持つ大剣を投げつけた。
「なっ!?」
影ではなく、自身が持つ唯一の得物を投げつけるという突飛的な行為に反応しきれず、大剣と槍の両者がぶつかって宙に落ちてしまった。
手のひらがお留守になった隙を狙い、火種の盗人は鋭い手刀をもって穹を刺し殺そうしたが、バットに持ち替えている暇はない。
絶体絶命の状況でありながらも、穹は冷静に体勢を立て直し、悠仁と同じ構えで呪力を手に込める。
それはいつにも増して呪力の込め方が粗雑であったが、背に腹は変えられない。
空中でその鋭い手刀に頬を掠めながらもなんとか避けた穹は相手の腹に思いっきり拳を当てこんだ。しかしとてダメージはそれほど見られず、かろうじて二人の距離を離しただけ。
フレイムスティーラーがその攻撃によってダメージを負っている様子はない。
これまで拳に呪力を流して攻撃することをやってこなかったのだから、仕方ないだろう。
だが次の瞬間————その拳が命中した場所に再び衝撃が訪れた。
「!?」
「なんだ?奴の様子が……」
「——やっぱ使えたか」
予兆はあった。だが穹の得意なスタイルは基本的に得物に呪力を流して戦うものであったためこれほど露骨には発生しなかったのだろう。
逕庭拳
穹の高い戦闘力と初めての拳による打撃が引き起こした呪力のズレ
悠仁との複数回による入れ替わりによって穹は無意識のうちにその感覚を体に染み込ませていた。
術師にとってそれは本来悪癖であり、決して相手に有効打を与えられるようなものでもないだろう。
しかしこの場において、その予想の範疇を超えた未知の攻撃は確かにフレイムスティーラーの動きを止めることに成功する。
「よくやった開拓者!」
戦乱の王がそんなあからさまな隙を逃すはずもなく、憤怒の獅子が本体の両腕を噛み砕く。
それと同時に容赦なく降り注ぐ結晶の山。
刺し、穿ち、針の山は黒衣の剣士の動きを完全に封じ込める。
「紛争の魂、我が呼びかけに答えよ!」
モーディスの手のひらに結晶が集い、それは蛮神の槍へと変わる。
「我は天罰の矛————この世に痛みをもたらす者だ!」
雷鳴を鳴らし、世界を揺らす黄金の矛が処刑人へと一直線に向かっていく。
フレイムスティーラーを拘束していた血の針山は砕け、砂雨となって降り注ぐ。金色の王は赤砂を触り、ここに宣言する。
「クレムノスの新たな神としてここに宣言する」
——見ろ!戦士たちが帰ってきた!
——元老院の言っていた通りだ、敵を前にすると黄金裔は更なる混乱を巻き起こすだけだって……
——-「紛争」の火種はクレムノス人の手に渡ったのね……
無事、オロニクスの火種の奪還に成功した彼らを迎えるオクヘイマの反応は彼らを英雄と称え、凱旋を祝福する声もあれば、その力を恐れ謂れのない誹謗を口にする者までさまざまだった。
ただ全体的に見て彼らの反応は芳しくない。
「ふん、うるさい場所です」
「なんか……微妙な雰囲気だね」
「多分……オロニクスが死んだせいだと思う」
オロニクスは寛大な神であり、神跡の力で人々に安寧をもたらしていた。だからこそ、その神が死んだことは民にとって決して良いとはいえないのだろう。
「はぁ……またあの女と会わなければいけないのですか。どうやら私にとっての災難はまだ続いているようですね」
「まあまあ、ゴラスン。無事に戻れただけいいじゃん」
(((ゴラスン……?)))
穹を除くその場にいた全員の頭上に疑問が浮かぶ。
アナイクスが顔を顰めたことによって、その渾名が彼のものであるとわかり……
「んふっ」
「エリュシオンのファイノン、減点」
「なっ!?ま、待ってくれアナイクス先生!元はと言えば悠仁が言い出したんじゃないか!!」
「第一に私のことをアナイクスと呼ばないでください。第二にその妙な渾名で呼ばないように。虎杖、何度言えば公衆の面前でするなという私の言葉が理解できるようになるのですか?」
「ごめんちゃい」
「……どうやら守る気はないようですね」
公衆の面前じゃなければいいのか……と全員が思ったが、口にはしない。火に油を注ぐと分かりきっているからだ。
どこか人の目につかない場所で休む、とアナイクスはそう言ってどこかに去ってしまう。モーディスもまた、此度の戦いの疲れを取るため身体を休めに行った。
火種を盗む処刑人は消え、目下の問題は手に入れたオロニクスの火種を誰が受け継ぐかだけになった。
「そういえばトリビー先生、さっきかはずっと考え事をしているみたいだけど、何かあったのかい?」
「うん……深淵の谷間でトリアンを見つけたって……でも、もうダメだったみたい」
「そうか……そのなんと言えばいいか」
「大丈夫だよ、ファイちゃん。大丈夫だから、ね?」
彼女がそう言うから、もはや彼らには何も言えない。
トリアンは西の風になって、悲しみのない世界へと飛んでいったのだ。
光歴4931年、「紛争」のタイタン、ニカドリーは隕落した。
クレムノスの王、メデイモスは試練を通過し、新たな神が誕生した。
1000年に続くクレムノス王朝は終わりを迎え、暗黒の潮の侵攻を止めるため、モーディスは単騎で終わりなき戦乱に向かう。
一方で彼らは始まりの聖女トリスビアスの神跡を追い、その歴史を目の当たりにした。
人々は1人と別れを告げ、その者だけが奇跡を目にすることになる。
どうかその果てで会えるように。人々が明日へと進んでいけるように。
トリスビアスパートはカットします!申し訳ない!
仕方ないけど、やっぱりスポットの当たるキャラはどうしても限られますね……