奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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出会いと別れ

 

 青年は瞼を開ける。

 そこは白く、昏く、何もない空間だった。

 

「ここは……」

 

 自分はなぜここにいるのだろうか。

 次第に目が覚めていく意識の中でかつての記憶を思い返す。

 

 キャストリスが「死」の権能を引き継いだことによって穹と悠仁は現世に蘇ることに成功した。

 そして彼女は最初で最後の抱擁を交わし、西風の果てに愛する家族と共に旅立っていったのだ。

 

 少なくとも自分の魂は現世へと戻ることに成功したはず。

 であれば自分がいるここは一体どこなのか。

 横になっていた体を起こし、前を見ようとしたその時————

 

「あ、兄者!起きたぞー!」

「うわぁ!?」

 

 緑のずんぐりした体を持った何かが歯並びの良い大きな笑顔を見せ、あまりの距離の近さに穹は思わず尻餅をついてしまう。丸っぽい体に大きな歯、そして干からびた人間の顔をつけたその何かは目覚めた穹を見てやったやったー!と手を上げてはしゃいでいる様子だった。

 

「ここは……?」

「目が覚めたか」

 

 背後から見知らぬ男の声が投げかけられる。

 振り返るとそこには2人の男が佇んでいた。

 1人は褐色肌で筋骨隆々な露出度の激しい服を着た色男。もう1人は、あまり血色の良いとは言えない顔色に和装に身を包んだ無愛想な表情を浮かべた男の姿が。

 

「キャラデザ変わった?」

「どうやら気が動転してるみたいだね、兄さん」

「まあ、無理もない。俺もこのような状況は初めてだからな」

 

 兄者、兄さん、ということはこの肌色の悪い男は2人……人?の兄なのか。

 兄と呼ばれた男は尻餅をついた穹の前にまでやってきたしゃがみ、じっとこちらの顔を見た。

 

「俺の名は脹相。後ろの弟たちは壊相と血塗だ」

「全然似てないね!」

「思ったより遠慮がねぇな、コイツ……」

「フッ、この姿は受肉体を模しているから仕方あるまい」

 

 脹相と名乗った男は穹の遠慮のない発言に微かに微笑んだ。

 

 ここは一体どこなのだろうか。あの世?地獄?

 まあ、目の前の男たちは確かに地獄にいそうなビジュアルをしているが。

 

 脹相の鼻緒に伸びた黒い紋様はどこか見覚えがある。

 

「ここはあの世とこの世の境目。魂が交錯する場所……らしい」

「兄さん、その説明では抽象的すぎるんじゃない?」

「仕方ないだろう。俺は九十九のように"魂"について造詣が深いわけではないのだから」

「俺は死んだのか?」

「いや違う。外で何があったのかは知らないが、おそらくお前は死ぬ一歩手前の状態だったのだろう?術師は死の淵に瀕した時、魂が死者と繋がる現象があるらしいが、それと同じだ」

 

 確かに思い当たる節はある。

 おそらくキャストリスが穹の魂を冥界に呼び寄せ、生き返らせてくれた影響だろう。

 この現象はその生き返る最中で起こっているほんのわずかな時間の奇跡なのだ。

 

「今度は俺から問おう。オマエは悠仁の器か?」

「悠仁を知ってるの?」

「知ってるも何も、俺はアイツのお兄ちゃんだからな」

 

 お兄ちゃん?

 

「もしかして悠仁の言ってた兄貴ってお前のことか?」

「!…………そうか、悠仁は俺のことを兄と…………!」

「泣いちゃった!」

「兄さん、感極まるのはまだ早いよ」

 

 顔をあげ、突然大粒の涙を流し始めた脹相。

 弟2人がなんとか宥め、すぐさま顔を裾で拭き取り何事もなかったかのように話し始めた。

 

 

 

 嘘である。本当はまだ目頭が赤いし、時たま鼻を啜る声が聞こえてくる。

 

「俺たちは呪胎九相図。呪いと人間の間に生まれたハーフのようなものだ。悠仁は俺たちの末弟。オマエが悠仁を取り込んだことで俺の兄弟たちも同じように取り込まれたに違いない」

「なんで?」

「それは…………悠仁が他の兄弟たちと一心同体になると決意したからだ。赤血操術があるだろう?あの術式は本来悠仁のものではなく、俺たちが持っていたものだ」

 

 何か複雑な事情でもあるのか、脹相は少し言い淀みながらも色々と教えてくれた。

 とある最悪の呪術師によって生み出された過去、150年間特級呪物として存在していたこと、悠仁とは腹違いの弟であったことなど。

 その顔は先ほどの仏頂面からは想像もできないほど優しい顔つきだった。彼がどれだけ家族のことを大切にしているのかが口にしなくても伝わってくる。

 

「いいお兄ちゃんなんだな」

「そんなことはないさ。自慢の弟たちに比べたら俺など……」

「そうそう!オレたちの自慢の兄貴だぜ!」

「君は見る目がありますね」

 

 そう言って笑う2人の弟の笑顔はとても眩しかった。

 何かを言い淀んだ脹相は一瞬黙り、そして再び話を再開した。

 

「さて、そろそろ時間だな。何か最後に聞きたいことはあるか?悠仁のことならなんでも……は無理だな。俺が死んだ後のことまではわからん」

「それじゃあ一つだけ」

「ああ、なんだ」

「血が繋がってなくても……家族って言える?」

 

 三人の兄弟仲を見て、思い浮かんだのは星穹列車の仲間たちだった。

 ベロブルグやピノコニー、そしてオンパロスで素晴らしい家族の、兄弟の絆を見た。

 それはとても美しいものだった。だからこそ、あの輝きがどこか羨ましくなってしまう時もある。

 

「————ああ、もちろんだ」

 

 脹相は少し黙った後、笑顔でそう言ってくれた。

 後ろの2人もそれに同意してくれるようにニコッと快活に微笑んでくれた。

 

「オマエにも家族がいるのか」

「うん。悠仁も一緒」

「……そうか。悠仁も、もうひとりではないんだな……そうか……」

「兄者」「兄さん」

「ああ、わかっているわかっているさ。……穹と言ったな」

 

 再び感極まりそうになったのをなんとか抑え、脹相は穹に顔を向ける。

 

「何?」

「……家族を大切にしろ。それと……悠仁をよろしく頼む」

「わかった」

「良い返事だ」

 

 すると徐々に視界がぼやけ、彼らの姿が薄れていく。

 脹相の言っていた通り、そろそろ時間なのだろう。

 最後に穹は脹相たちの顔に向けて指をさす。

 

「脹相」

「ああ」

「壊相で」

「うん?」

「それから血塗」

「なんだぁ?」

「ありがとう!また明日!」

 

 朗らかな笑みを浮かべた穹は手を振って現世へと戻っていく。

 その姿が徐々に消えていくのを見守りながら残された九相図の兄弟たちは顔を見合わせ、静かに笑い合った。

 

 なおその長男は……

 

「11人兄弟か……いい響きだ」

「兄者がまた泣いた!」

「涙もろくなったよねぇ、兄さん」

 

 

 

 


 

 

 

 

「くそうずきょうだい……ふぁいやー……ふがっ!」

「あ、起きた」

 

 ルトロにて起き上がった穹は鼻提灯を破裂させようやく起き上がった。

 髪の毛ははね、その瞼は半開きになっている。

 

「ふわぁ……何か……良い夢を見たような……」

「生き返ったばかりで不安だったが、大丈夫そうで安心したよ」

 

 

 ベッドから起き上がり、あたりを見回す。

 丹恒は壊れた列車の修復を申し出てくれたライコスと共にヤナサポリスにいるらしく、ミュリオンは眠ったままなのでいない。

 

 とても、とても良い夢を見ていた気がする。けれど……それが何かは思い出せない。

 けれど寝覚めの良さからきっと悪夢なのではく、とてもいい夢に違いない。

 だるい体を起こし、ふと視界の端に赤い液体が浮かんでいる。

 

「あれ?何これ」

 

 血だろうか。

 指でつんと触れば、その赤い雫は破裂した。

 

「割れた……」

「あ、それ穹の術式」

「へえ、術式……術式!?」

「うん、術式」

「無いって言ってなかった!?」

「ああ、あれ嘘」

「嘘!?ひどい!親父にもつかれたことないのに!」

「誰よその親父」

 

 悠仁によれば穹の肉体にはすでに彼の術式が刻まれており、複数回による肉体の入れ替えのおかげもあってか、術式を扱う土台はすでにできていたそうな。

 

 あと必要なのは経験だけ。

 今回の冥界下りはその条件を満たし、死の淵の淵に瀕したことで術式の獲得に成功したのが悠仁の結論だ。

 

「やったー!おかあさーん!やったよー!」

「誰よそのお母さん」

「じゃあ、御厨子も使えるってこと?」

「いや、そっちはまだ」

「そんなぁ」

「そんな落ち込むなって。ま(・)だ(・)目覚めないだけだ」

 

 先ほどと同じように血の結晶を生み出し触ってみる。

 ぷにぷにしていた柔らかく、指先を向けた先にふよふよと移動していく。

 

「ま、とはいえ実戦だと上手く扱えないだろうし、付け焼き刃程度に考えてくれ」

「見てみてあやとりー」

「聞いてる?」

 

 血の滴を伸ばし、糸のように使って遊び始める穹を前に呆れたため息をつきながら一緒にあやとりで遊び始めた。

 蜘蛛の糸のように伸ばし、指先で丁寧に編んでいる。

 そんな最中、ルトロの扉が勢いよく開いた。

 

「相棒、目が覚めたって聞いたけど調子はどうだい?」

「ファイノン!」

 

 白髪の青年——ファイノンはルトロにまでわざわざ顔を出してくれたようだ。

 彼は穹の指にある血の結晶を不思議そうに見つめながら、彼らの側にまで歩いてきた。

 

「その様子を見たところ、特に大事には至ってないようで安心したよ」

「絶好調!」

「それはよかった。君の手に持ってるモノは……もしかして悠仁と先生が言っていた”術式”というやつかい?」

「知ってるの?」

「君が眠っている間に悠仁にいろいろ教えてもらったんだ。アナイクス先生が色々と用意していてくれたおかげで僕もようやく理解できてきたよ」

 

 理性の半神となっていたアナイクスは火種の返却と同時にその命を燃やし、そして果てた。だが、彼が受け継ぎ積み上げてきたモノはまだこの世界に残っている。

 

「それで……目覚めて早々申し訳ないんだけど、君に頼みがあるんだ。相棒」

「俺に?」

「ああ、君の『記憶』の力を借りたい」

 

 そうして彼らが連れてこられたのはいつしかあの黒衣の剣士と戦った樹庭の広場であった。

 

 ファイノンの申し出は穹の記憶の力によって再現したフレイムスティーラーとの戦いだ。

 

 再現されたかつての剣士が寸分違わない姿で再現され、救世主に刃を向ける。火花を散らし、1人で何度も「記憶」の剣士と刃を交えるファイノンの顔はやはりどこか焦りのようなものを漂わせていた。

 

「こんなにも強い力を持っていながら……どうして……」

「……」

「答えろ!なぜ僕らの邪魔をする……なぜ火種を奪うんだ!」

 

 怒りに燃えたぎり、彼の剣に纏っている青白い炎がより一層膨れ上がる。

 刃に乱反射して映る影は何も答えない。ただ決められた動作に従い、目の前の敵を滅殺しようと刃を向けるだけだ。

 ファイノンが持つ両手剣はもはやさびれ、自身が籠める呪力に耐えきれなくなっている。「記憶」の禍々しい大剣が迫り、なんとか受け止めるも彼は大きく弾き出されてしまった。

 

「ぐぅ!」

「これ以上はもう無理よ、ファイノン!」

 

 本を閉じ、それと同時にフレイムスティーラーの記憶の影がふっと消えた。

 その場に残っているのは膝をつき、悔しそうに項垂れるファイノンの姿だけ。ミュリオンが彼のそばにまでやってきて、倒れかかった体をなんとか起こす。

 

「はあ……はあ……」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。あの一撃……ようやく受け止められるようになった。数ヶ月前なら、とっくに気絶してただろうな」

 

 ファイノンは「記憶」の力によって再現されたフレイムスティーラーと何度も対峙し続けた。それは彼自身がより強くなるため、そして呪力の扱いを完全に覚えるためだ。

 

「相棒の方はどうだい?」

「穹も苦戦しているわ。初めてだから仕方ないといえば仕方ないのだけど」

 

 広場の隅では穹が悠仁から赤血操術の使い方を教わっている。

 どれほどの量を、どのくらいの精度で操れるか。

 

「そうそう、そのまま30秒間キープしてみろ」

「むむむむ……」

 

 風船ほどの大きさを持つ血の球体を維持し続けている。その様はまるで習いたての修行僧のようにも見えるが、肝心の穹の肌からは滝のような汗が流れている。

 サイズを維持するために、宙に浮く血の塊をじっと見つめるも……その球体はあと少しのところで破裂してしまった。

 

「うわぷっ」

「28秒……うーん、あと少し」

「思ったより難しい!」

「ま、俺も一ヶ月ぐらいじゃ全然使えなかったし、そんな気張るなって」

「お疲れ様、相棒」

 

 むしろ穹はどちらかといえば才能がある方だ。術式を獲得して数日で血の操作ができている時点で並みの術師は超えている。体の中に最も良い見本がいるのも関係あるかもしれないが。

 

「やっぱり穹はどっちかというとさっきみたいなあやとりみたいに紐状で使ったほうがいいかもな。百斂とか血星磊みたいな精度がいるのは後回しでも良さそうだ」

「あやとり……この……蜘蛛の糸みたいに?」

「そうそう、上手い上手い。いやほんとに上手いな……見本とかあったん?」

「いや……特には、ないはず……」

 

 ふと脳裏に浮かんだのは、自分の知っている、知っていたはずの女性の姿。

 

『運命の分かれ道に立たされた時は……思い切った選択をするといいわ』

 

 わからない。けれど、自分にとって親しいものであったのは間違いないはずだ。

 

「悠仁、僕の方はどうだったかな。忌憚のない意見を聞かせてほしい」

「ファイノンは……そうだな、"呪力"の扱いは上手いけど……使う相手によってはむしろ呑まれやすいな。呪力は恨みや怒りのエネルギーで強まるのは間違いないけど、ちょっと過剰すぎる。剣が保たなくなってるし」

「…………そうだね。君のいうとおりだ。僕は僕を自制する方法をどうにか身につけないとね」

 

 ファイノンはそのまっすぐな性格ゆえに感情に大きく揺さぶられやすい。通常の状態であれば問題ないが、相手が仇敵になってしまったりすれば、逆に呪力に振り回されるリスクもある。

 

「訓練を始めてから何本ダメにしたかわからないけど、これじゃ鉄の塊を振っているようなもんだ」

「ハートヌスに協力してもらったら?」

「ああ、僕もそう考えてすでにお願いしておいた」

 

 いくつかの条件を提示すれば、彼は他の依頼を断るまでの熱意を持って応対してくれたらしい。

 申し訳なさそうなファイノンだが、彼自身のこれまでの功績や火を追う旅が佳境に入ってきたことを考えればハートヌスがやる気を出す理由もわかる。

 

「ファイノン……ここ最近、ますますあの黒衣の剣士に執着してない?」

「へえ、これはまた意外な質問だな」

 

 クレムノスにて戦いを続けているモーディスからの凶報はファイノンの表情を固くするのに十分なものだった。

 「フレイムスティーラー復活の予兆あり」。あの黒衣の剣士が再び火種を奪いにくる可能性がある。

 彼が穹や悠仁に稽古をつけてもらったの理由の大半はおそらくあの男が原因だ。何かしらの因縁があるに違いない。

 

「安心してくれ。僕は復讐のために剣を振っているわけじゃない。昔と違って僕はこの上なく大事で、そしてとても脆いものを背負っている。オンパロスの明日を守るためにもう二度と、憎しみ突き動かされたり、責務を疎かにしようとする真似はできないさ」

「成長したね」

「まだまだだよ。あれと互角に戦えるようになるまで鍛錬し続けないと。でもそうだね、そろそろ気分転換がてら、友愛の館に行って、面白い読み物でも探してみないか?」

「やった!頑張ったあとは、ちゃんとご褒美を堪能しなとね!」

 

 神悟の樹庭における友愛の館は、ただの学術書の山ではない。伝記や小説などといったさまざまなテーマのものが保管されている。

 嬉しそうに飛び跳ねるミュリオンを先頭に、彼らは書物の山が積み重なる一休みしに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……穹、何読んでんの?」

「ONE PIECE最終巻」

「ねぇだろ」

 

 ないです。

 

 友愛の館にはさまざまな本が置かれている。

 特にこのワンパンキングは面白い。悪役が綺麗にぶっ飛ばされるスカット系物語だ。

 割と既視感のある題名で心配になるが、もうすでに出版社は滅んでるので問題ないだろう。

 

「とりあえずここまでにして……ファイノンたちは何みてるんだろ」

 

 思いついたら即行動。そこが穹のいいところだ。

 こっそりファイノンの背後に近づき、彼が何を読んでいるのかみてみると。

 

「ん?はは、覗き見とは感心しないな、2人とも」

「何読んでんの?」

「これ、『骨董品鑑定:富を築く方法』」

「副業ならやめといた方がいいよ」

「いいじゃないか!確かに僕は貧しい田舎生まれだけど、これでも商才の才能があると自負しているよ」

「典型的な失敗する人の発言だね」

 

 続いてミュリオンのところに2人でコソコソ近づいてみる。

 

「栽培の月、隠匿の刻、稲と小麦を食べ、釣りを避けるべき……今のオンパロスに釣りができそうな場所なんてあるかな?」

「マイクラの攻略本読んでる?」

「ねぇって」

 

 ないです。

 背後からかけられた穹の声に驚いたミュリオンはバタンと大きな音を立てて閉じてしまった。

 

「び、びっくりした!もう、集中してる時に急に声をかけられたら、さすがのあたしでもドキドキしちゃうでしょ!」

「へへ」

「へへ、じゃないの、もう!」

 

 ミュリオンが取り出した別の本は『オンパロス占い全書』であった。

 どうやらファイノンは見覚えがあるらしい。彼の故郷の友人が占いを得意にしていたらしく、どこか懐かしさを感じているそうだ。

 

「そうだ相棒、ずっと話せないでいたことがあるんだけど……僕たちが初めて運命の三相殿に行ったときのことを覚えているかい?あのとき、オロニクスが難題を突きつけてきて………………誰だ!」

 

 ファイノンが何かを口走ろうとしたそのとき、談笑していた彼らの空間に短刀が飛来してきた。

 穹の眼前にまで飛んできた小刀を受け止め、ファイノンは青筋をたてた表情で敵を見つめる。

 

 そこにいたのは、暗殺者のような装いに身を纏った不審者たちの姿が。

 何かを鬱陶しく自らの正しさをえらく口走っているが、敵意を向けたからには関係ない。

 すぐさま臨戦体勢に入り、迫り来る暗殺者に刃を向けた。

 

 ファイノンが2人を、穹は残りの1人を相手に優勢に戦う。

 そもそも正面戦闘がそれほど得意ではない相手のようで、最初の暗殺に失敗したからか、逃げては攻撃するの繰り返し。

 

 迫り来る短刀を首の皮一枚の距離で交わしながら、バットを叩きつける。

 これより大きな怪物どもを幾度となく相手にしてきた穹にとって暗殺者如き大した敵ではない。だが、対人戦闘にはそれほど経験がないせいか、敵のうざったい動きに攻めあぐねている。

 

 であればどうするか。

 

 振り下ろされたバットを避けた粛清者の足元に血を落とす。

 大ぶりに振り回し誘導すれば、その手のひらサイズの血だまりに足を取られた。

 

「なっ!?」

 

 意識外から足を掬い取られたことに反応できなかった敵は格好の的だ。

 試してみるのにはちょうどいいかもしれない。

 今ならできるだろうか。

 

「超新星!」

 

 血の滴を空に浮ばせ破裂させようとした…………が何も起こらない。

 2人の間を赤い雫がふよふよと浮かびながらどこかへと飛んでいった。

 穹が大きな声をあげたことで目を瞑った粛清者との間に気まずい空気が流れる。

 

「失敗!」

「ごはっ!」

 

 とりあえず殴った。

 隙だらけだったので、その拳は頬にクリーンヒットし粛清者を綺麗に吹っ飛ばし意識を刈り取る。

 ファイノンの方も残りの2人を片付け終わったらしい。

 

 血で作り上げた紐を束にして巻き上げ拘束しておく。

 

「おかしい……」

「何が?」

「本当に僕たちを殺しにきたのなら、もっと大勢の粛清者を呼ぶはずだ。元老院は狡いからね。でも、ここにきたのは三人だけ。まるで……僕たちへの足止めみたいだ」

 

 ファイノンはそう言って黙り込む。

 陽動?囮?なんのために?

 犯人はおそらく元老院。それ以外あり得ない。以前の民会での報復行為なのだろう。

 ならば本当の標的は……

 

「っ!アグライアが危ない!オクヘイマへ急いで戻ろう!」

 

 

 

 

 

 彼らがオクヘイマへと辿り着くより早く、その訃報が届く。

 

 オクヘイマの指導者たるアグライアが……その命を落とすことになった。




???「流石はブラザーのブラザーだ」
脹相「誰だオマエは」
???「さすがお兄様のお兄様ですね」
脹相「オマエも誰だ」
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