夢の中で、あの声が聞こえる。
『彼らを迎えるのは死ではない……新世界の産衣に包まれる』
『じゃあ、下層部の民たちは?彼らが建創者の庇護を失ってしまう。きっと、暴君と見なされるわ』
『そなたも見たはず……我々が約束した世界を。暫しの誤解は……永遠の繁栄をもたらす。其方が決めるのだ……我々は其方の選択を尊重する』
その選択はきっと彼女にとって、地獄の道へ踏み出す切符となるだろう。
星の光に反射して、彼女の顔は見ることができない。
ただ、強く握りしめていたはずの手のひらは、事切れたように動かなくなってしまった。
「————どうにかしてください、ナターシャさん!僕だってまだ、首と体を泣き別れさせたくないんです!」
「落ち着きなさい、ただ普通に眠っているだけよ。そもそも、彼が怒った原因を作ったのも君でしょ?」
……そして夢から覚め、思い瞼をこじ開ける。
そこは見知らぬ診療所。
棚にはフラスコやビーカー、注射器などの医療器具が置かれてあり、少し寂れた雰囲気ではあるものの、自然と安らぎを得ることができる雰囲気だ。
部屋の中央でサンポが見知らぬ誰かと話している。
「そもそも、彼だけじゃなくてあの上層部の子もどうするの?まさか、機を見て帰ってもらうつもり、なんて言うんじゃないでしょうね」
「えーーっと……一言一句正解です」
「はあ……どうして、自ら上層部と絡もうとするのかしら?今でさえ目立ってるのに、地炎にまで狙われたら流石の君でも逃れるのは難しいと思うわ」
「僕はただ友達を助けただけです!それに彼らなら、地炎の力になってくれるはずですよ!」
「だから勝手に歩き回ってもいいように放っておいたの?」
「…………それに関してはノーコメントで。仮に探しに行け、と言われても僕はこの場を離れられません。彼に逃げないよう脅されてしまっているので」
「それについてはもう大丈夫だぞ」
まだ、意識がはっきりせずぼーっと二人の話を聞いている最中、体から別の声が聞こえた。
「穹さん!ようやく目を覚ましてくれたのですね!あなたは命の恩人です。ささ、早く悠仁さんを説得して、僕の身の安全保障を……」
「だからもういいって」
「もう用済みということですか!?よよよ〜、ナターシャさんどうやら僕はここまでのようです……」
「サンポ違うわよ。ほら、首元を見てみなさい」
そう言われ、室内に立てかけてある姿見を見れば、サンポの首元についていた切り取り線はまるで何事もなかったようにさっぱりと消えていた。
「とりあえず安全な場所にはしっかりと案内してもらえたからな。手荒な真似をして悪かった、すまん」
「いえ、いえいえいえいえ!悠仁さんに疑いをかけられた僕にこそ非があるのですから。あなたが謝る必要などございません。ええまあ、とはいえこれで無事釈放ということで——」
「連れてきた子はどうするのかしら」
「はいっ、このサンポ直ちにそちらに向かいます!失礼いたしましたぁ!」
そう言って、彼は音もなく診療室を去っていく。
恐ろしく速い逃げ足、穹でなきゃ見逃しちゃうね。
しかし、そもそもここは一体どこなのだろうか。穹の記憶では、仲間たちと共にシルバーメインの兵士から逃れたところまでしか覚えていない。
目の前でサンポと話していた——ナターシャと呼ばれた女性は、目覚めた穹に対して柔らかく笑みを浮かべた。
「目が覚めたのなら早く起きなさい。私はナターシャ、地下で医者をやっているの。君はうちの診療所で丸一日寝てたのよ。まあ、半日ぐらいは彼が起きてたんだけどね」
「俺は穹」
「よろしくね、穹。事情はサンポやあなたの中にいる彼から聞いたわよ。ひとまず、ここはシルバーメインの監視は届かない安全な場所と思ってもらって構わないわ」
「他の仲間たちは?」
「黒髪の子は先に出て、その後すぐにもう一人のじゃじゃ馬娘も出て行ったわ。それと……」
どうやら二人とも無事だったようだ。
しかし、まだトラブルは起きているらしく、歯切れの悪そうなナターシャの代わりに悠仁が答えてくれた。
「サンポがあのブローニャって嬢ちゃんをいつの間にか連れてきてやがった。……ほんと、抜け目がないというか、油断も隙もあったもんじゃないな」
「彼が迷惑をかけたわね。あとで私がきつく言っておくから、許してあげてちょうだい」
「……サンポは普段もあんな感じなのか?」
ナターシャは一目見てわかる通り、どこにでもいる普通の女医だ。
何か後ろ暗い経歴を持っている様子もなく、あの拍車をかけて胡散臭さの滲み出るミステリアスな男と関わりを持っている理由がわからない。
「まあね。でも私だってそんなに深くは知らないわ。商人って自称してるけど、地下に売る価値のあるものなんてないし。ただ、急ぎで必要な薬品をとってきてもらったり、地炎のために働いてたりもするから、悪意のある人ではないわ。胡散臭いのは同意するけど」
「さっきも聞いたけど、地炎って?」
「この下層部のシルバーメイン、って言えばわかりやすいかしら」
どうやらこの下層部にも治安維持の部隊は存在しているようだ。
彼女曰く、統率力はシルバーメインほど高くはないものの、人情味には溢れていて荒事の解決は得意らしい。
「礼を言う。それじゃあ」
「お礼はいらないわ。早く仲間のところへ行ってらっしゃい」
彼女の診察室を飛び出し、二人を探せば思いのほか早く見つけることができた。
何やら現地の子供達に絡まれているらしい。
「あ、穹!いつまでたっても目覚めないって聞いたんだから心配したんだよー!」
「無事な様子で何よりだ」
「こんなところで何をしているんだ?」
二人の説明によれば、サンポの連れてきた銀髪の少女——ブローニャのことを探しているとのこと。
その道中で彼女の行方を知っているという子供たちと出会ったのだが、情報提供のためには「モグラ党」に入る必要がある、と言われたらしい。
モグラ党とはもちろん、下層部の秘密組織——などではなく、地元の子供たちを中心に活動している地下冒険団の呼称である。
「なんでブローニャを探してるんだ?」
「彼女は大守護者と通じる数少ない機会の一つだ。もし彼女の誤解を解くことができれば、カカリア殿に一体どのような心境の変化があったのかを把握することができるかもしれない」
「いつまでもずっと下層部に居続けるのもどうしようもないでしょ?だから彼女を味方にすればシルバーメインも味方にできるかもしれないし!」
二人の言い分は理解した。
クリフォト城を訪れた際の様子からブローニャとカカリアにはなんらかの親密な関係のように思われる。彼女の説得は上層部で再び活動するために必要不可欠だ。
「おい!いつまでこっそり話してるんだ!?結局、モグラ党に入るのか?入らないのか?」
こそこそと話されていることに嫌気が差したのかモグラ党のリーダー、フックが話していた3人の間に無理やり入り込んできた。
「はいはい、入りまーす。この子も一緒に遊んでもいいですかー?ドスクロのフック様?」
「うんうん、いいよ?いけないこともないし、じゃあ、鬼やって!」
と言って、有無を言わせることすらなく、ドクロ党のひよっこたちは一目散に去っていった。
やはり生まれてからずっと下層部で育ってきた影響なのか、彼らの動きは俊敏で塀や瓦礫を軽々と超えていく。
なかなか、面倒なところに逃げていった者もいるらしい。
「じゃ、さっさと終わらせるか」
—————————————————————
「うわ〜〜ん!なんであんなに早く見つけるのさ!」
泣きっ面になっているフックに対し、一同は苦笑いで返す。
実は、彼らが隠れた子供たちを見つけるのに三分も掛からなかった。
だって全然隠れてないんだもん。
一人の子供は箱裏に隠れ、屁理屈を捏ねようとしもう一人の子供は、なぜか大人に変装して道のど真ん中で佇んでいた。
そして肝心のフック様は大通りからその服をはみ出したまま隠れていたのだ。この薄暗い地下で黄色の髪というのはそれはもうよく目立つ。
「それで、彼女はどこにいる?」
「えーーっとね、あっち!」
その指が差した方向は、そりたつ巨大な崖であった。
どうやら彼女はその上にいるらしい。
一同はフックと別れを告げ、すぐさまその方向へと向かった。
崖へと続く階段を登れば、そこには確かにブローニャがいた。
しかし、それだけではない。彼女を取り囲む数名の流浪者たちが今にも襲わんばかりに距離を縮めている。
何やら口論になっていたらしい。しかし、今のブローニャは武器を持っておらず、襲われればひとたまりもないだろう。
「調子に乗りやがって、こっちも手加減しねぇぞ!」
そして怒り心頭な様子の流浪者の一人がいよいよその引き金を引いた。
「危ない!」
彼らが間に合うよりも、その凶弾がブローニャの顔へと迫る————ことはない。
突如、空間がガラスのように割れ、紫色の繭が現れる。
羽化した蝶のように、鎌を持った少女がそこから飛び出してきた。
その鎌は銃弾を華麗に切り裂き、刃は自然と流浪者たちへ向かう。
彼らは彼女の顔を見るなり、一目散に去っていった。
「アンタが下層部に降りてきたシルバーメイン?」
「……あなたたち、ここに私を連れてきて何が目的?」
「ふん、目的、目的ね……今更になってきたくせに、何も知らないお嬢様が、随分とお高いご身分なこと」
「地上の人たちだってみんな心地よく暮らしているわけじゃない!シルバーメインはモンスターや敵から地上と地下のみんなを守って……」
「ゼーレさん、ちょうどいいところに!僕たち、ちょうどボスに会いたいのですが……ご同行させていただいても?」
険悪なムードの中、いつの間にか背後からやってきていたサンポが無理やり話に入って中断させる。
これ以上、長引かせれば再び先ほどのような喧騒が起きる可能性もある。
ゼーレと呼ばれた少女はサンポの問いかけを気にする素振りも見せず、そっぽを向いて答えた。
「そ、勝手にすれば。ワタシは別にアンタたちの伝言を受けるつもりはない。ボスはいま忙しいの。本当に会いたいのなら、鉱区の入り口でワタシを探すといいわ。じゃあね」
ぶっきらぼうに言い放ち、彼女はその場から去っていった。
取り残される一同に加え、ブローニャ。
明らかにその場には気まずい空気感が流れ出る。
しかし、穹は特に気にすることなく、ブローニャへと話しかけに行った。
「大丈夫そう?」
「……私は大守護者様よりあなたたちを逮捕する命を受けている。あなたたちの友達ではない…………」
「なら友達になろう」
「………………。ゲーテホテルの前日にあなたたちを見かけた。お母さ——大守護者様よりあなたたちが天外からの来訪者と教えてくださった。古い言い伝えの星神の意志を宿した星の旅人のように。けれど、彼女はその翌日にこう命令した。あなたたちを捕えろ、と。一体何があったの?」
むしろそれはこちらが知りたいことである。
しかし、彼女の様子を見たところ、カカリアは突然考えを変えた理由を娘であるブローニャにすら伝えていないらしい。彼女が嘘をついていたり、誤魔化している様子もない。
彼女はただ、自身の上司からの命令を遂行しただけに過ぎなかった。
「あー、ブローニャだっけ。俺からもちょっと良いか?」
「!?あなたのそれは一体!?」
「こいつは悠仁」
「多分聞きたいのそれじゃないって。俺はこいつの体に取り憑いてる?……まあ、幽霊みたいなもんだ。それで、こっちから提案なんだけどとりあえず停戦ってことでここから出るまで一緒に行動しないか?そっちの方が誤解も解けそうだし」
悠仁の提案にブローニャは逡巡する様子を見せたものの、武器を持っていない身では先ほどのように襲われる可能性も考え、黙ったまま深く頷いた。
そしてブローニャが仲間に加わり、一同は急いでゼーレの後を追いかける。
彼女は先ほどの言う通り、鉱区の入り口で佇んでいた。
「あら、来たの……ってそのお嬢様も一緒なの?」
「あなたの考えはわかった。確かに私は下層部の人たちのことを何も知らなかった。先ほどの件、謝罪させてほしい」
「……ま、いいわ。足手纏いにだけはならないで」
ゼーレは彼女の謝罪をスルーし、現状についての説明を一同にする。
地下には元々、鉱区がたくさんあったのだが、裂界の影響もあり、その範囲は徐々に小さくなっていった。その影響で、家を失った流浪者が増加し、治安が悪化。
普段はそこまで大きな騒動を起こしてはいなかったらしいのだが、つい先日、鉱夫と流浪者の間で大規模な衝突が起き、状況はますます悪化していったらしい。
地炎のボスはその対処に向かっているとのこと。
道中で、浮浪者と鉱夫のイザコザを解決しながら一同は地炎のリーダーであるオレグを探し続ける。
どうやら目下の問題は暴れている浮浪者どもだけでなく、採掘機械のロボットにもあるそうだ。
どこからともなくやってきた謎のロボットたちは鉱夫や流浪者を囲い、坑道への道を塞いでしまったらしい。
「スヴァローグのロボットね……」
「スヴァローグ?」
「アイツはシルバーメインが離れた後に突然現れ、すぐに下層部の一部を制圧した。要するに厄介者ってわけ」
そのロボットは人類の守護者を自称しているらしく、主人のいないロボットは全て彼の命令に従っているそうだ。
つまり、ロボットたちが坑道を占拠しているのはスヴァローグの命令によるものなのだろう。
ひとまず、地炎のリーダーを探すのは後回しにし、鉱区に蔓延るロボットたちを止めることにした一向は鉱脈へと向かった。
そのさきに待ち受けていたのは、一人の白髪の少女と、彼女の倍以上の巨体を持った人型のロボット。
「私の使命は下層部を守ることだ。少数のサンプルから信頼を得る必要はない」
「でも……」
「人類の行為はいつも論理的な計算から逸脱する。クラーラ、彼らが現れたのがその証拠だ」
あのロボットがおそらく先ほど話していた、スヴァローグなのだろう。
隣にいるクラーラと呼ばれた少女は、どうしてか困ったような表情を浮かべている。
「『地炎』所属のゼーレか……あなたたちの抵抗は無意味だ。下層部に残ることこそが最良の生存戦略である」
「それもアンタの計算結果ってやつ?はっ、馬鹿馬鹿しい。そんなことはどうでもいいから、さっさと手下どもを引かせなさい。痛い目に遭いたくなければね!」
「見ろ、クラーラ。このように、過酷な生存環境においても、人間は分裂し闘争する。計算結果を覆そうとする人間はこの戦略において最大の脅威。最も効率の良い解決策はその地炎を武力で屈服させることに他ならない」
どうやら仲良しこよし、話し合って解決!という雰囲気ではなさそうだ。
スヴァローグが一度指を鳴らせば、無数の作業用ロボットたちが降って湧いて出てきた。
「行くぞ、クラーラ。外部からの変数によって計算をやり直す必要性が出てきた。炉心を守る必要がある」
「ちょ、待ちなさい!————っ、あーーもう!アンタたち、手伝って!」
過ぎ去っていく彼らを追いかけようとするも、鉱区のあちこちから集まってきたロボットたちにその道を阻まれてしまう。
これほどの数を捌きながら、あのスヴァローグを追いかけるのは困難であり一同は追跡を断念することになった。
その後、地炎のリーダー、オレグとも合流することができた。
彼に星核のことを尋ねてみたが、成果は得られず、他のどの地炎のメンバーも名前すら耳にしたことはない、という。しかし、情報を持っている人物については心当たりがあるらしく、その人物こそ、先ほど相対したロボット——スヴァローグであった。
彼はレギオンとの戦争のあった大昔から存在しているらしく、古い情報源を持っている可能性があること。
故に問題は、あのロボットをいかに説得できるかどうかにかかっている。
「具体的な方法は明日にでも話そう。もう遅いし、お前らも疲れただろう」
下層部を訪れて、かなり時も経っていることから、今日はいったん解散し後日また話し合うことになった。
明らかに前にも同じような光景を見たことがあった——つまりデジャブを感じた星穹列車の面々は念の為、見張りをしておくことを決めておいた。
そしてその見張りの役は、なんとブローニャが立候補してきた。
彼女が言うには、これまでの下層部の光景や彼らの言葉を聞いて混乱しているらしく、落ち着ける時間がほしいとのこと。
彼女を信頼することにした彼らは、お言葉に甘え手配された宿でその身体を休めることになる。
穹はまた、知らない彼女の夢を見た。
『あの子を失ってしまったの。私の願望も貴様らの言う計画も……なんの意味がある?』
『苦しみを捨てよ……苦しみを捨てよ……無用の感情を捨てよ……』
『黙りなさい!私の娘だったのに、たった一人の……魂のない貴様らに何がわかるというの!?』
彼女の悲痛な叫びも、声は気にすることなく言葉を続ける。
『そなたは彼女を失っていない……彼女は向こう側でそなたを待っている』
『新、世界……』
『立て、守護者……成すべきことを……母の願望を成すのだ』
崩れた髪の向こうには、凍える吹雪の景色を映し出す瞳しか存在しなかった。
—————————————————
日の落ちる事のない天井を一人でに眺め続けるブローニャ。
彼女の中で板挟みになっている、ベロブルグの民草を守りきれなかった後悔と、軍人として上官の命令に従わなければならないという忠誠心によって苦々しい思いをし続けていた。
誰もが眠りについている寂れた街をブローニャはただ一望することしかできない。
そして、ふと背後から何者かの気配がした。
「そこにいるのは誰ッ!」
そこに立っていたのは穹であった。
「……なんだ、あなただったの。次は後ろから近づかないで、私が武器を持っていたら怪我を負わせてたかもしれない。あなたも、眠れないの?」
「8時間以上働いていないと眠れないんだ」
「じゃあ、ちゃんと働いてないじゃん」
瞼の下から出てきた口と目に再びブローニャは目を白黒させる。
「あなた、たちのそれ、いつ見ても慣れないの」
「その反応が普通だって。むしろ、順応性が高い奴ばっかでこっちの方が驚くんよ」
「あなたは怖くないの?自分の身体に別の人間がいるのは……」
「悠仁はいい奴だから特に気にしてない」
「そういうものなんだ…………今は誰もいないし、この際に一つだけ質問してもいい?」
拒否する理由はないため、穹は首肯する。
「もし、あなたたちの言っている『星核』を見つけることができたら、確実に寒波を止められる?」
「そういうのは丹恒に聞いたほうがいい」
「俺たちはまだこの宇宙のことについて全然知らねーんだ。だから星核についてもさっぱりわからん。そこら辺は穹のいう通り、丹恒が詳しいと思う」
「丹恒って、あなたたちのリーダーなの?いつも落ち着いてるよね」
なのか?
…………彼女が星核についてしっかりした説明ができると思いますか?
「本当はあなたたちの言葉をそう簡単に信じられそうにないの。ベロブルグで生きる人にとって、あまりにも想像し難い話だったから。カカリア様の命令、つまりあなたたちを捕らえろという命令は合理的。けれど、あの方が最初はそのような命令を下していなかったのも事実」
「最初は俺たちを歓迎してたってこと?」
「それはわからない。おまけに態度を変えた理由も不明。……でも、命令は命令。軍人は命令を疑ってはいけない」
「でも、ブローニャの使命はベロブルグの人たちを守ることなんだろ?もし、カカリアが間違った命令を出したとしたらどうするんだ?」
「言いたいことはわかる。けれど、私ではあの方の考えを変えることはできない。過去に何度も進言したことはあるけど聞き入れてもらえたこともない。もう、どうしたらいいのかわからない……」
「「ブローニャが大守護者になればいいんじゃないの?」」
「そんなっ、恐れ多いことは……だめ、絶対にあってはならない!」
ブローニャは最初の出会いこそ最悪ではあったものの、ここでの交流を通して生真面目で責任感の強さを持ち得ながら、間違ったことは素直に認め相手への謝罪も辞さない公明正大な性格だというのは十二分に理解した。だからこそ、彼女はリーダーの座にも相応しい、と悠仁と穹は考えていたが、本人はそこまで強気にはなれないらしい。
「だからって
「…………っ」
「俺は昔、現実から逃げてた時期があったんだ。生き方を変えたいって思いながら、ずっと俺が俺の力でやるべきことを諦めて他人任せにしようとしてた。けどその時、隣人たちが教えてくれたんだよ。より良い未来へと行くためには"今"を知ることが大事だって」
「悠仁にもそんな時期があったんだな」
「まあね。そんな俺が説教たれるのもお門違いって奴なんだけどさ、ブローニャ。お前は今日、ここで"
「それはっ……」
「もし何かあったら俺たちのせいにすればいい」
「確かに。どうせ、指名手配されてるしな。え、穹お前、もしかして天才?」
「もっと褒めてくれてもいいよ」
それでも彼女の迷いの顔は晴れない。けれど、先ほどよりは幾分か張り詰めていた表情筋は柔らかくなっているように見える。
「話に付き合ってくれてありがとう。まだ、完全に覚悟を決めれたわけじゃないけど、すべきことは理解できた。——私はシルバーメインとして、地下も地上も分け隔てなく無辜の人々を守り抜く義務がある」
「いいじゃん」
そして二人、いや三人は冷えた空気を吸いに、誰もが眠りについた地下街へと消えていく。
雪が解けるのはあと少しだけだ。
早く悠仁を活躍させたいです。ベロブルグも意外と長い……