ついに訪れたエスカトン
暗黒の潮から逃れ惑う人々を助けながら、彼らはオクヘイマへと駆け足で戻っていく。
建物は崩れたり、一部はホログラムのように透けていたりと、超常的な破滅がオンパロスに訪れようとしていたのはもはや明白。黎明の崖にも暗黒の潮は蔓延り、人々を無差別に襲い続けていた。
そうして彼らが駆けていく中で一つの影が夕焼けに染まり浮かび上がる。
「……あれは、フレイムスティーラー!」
「やっぱり来たのか……」
修行の成果を今こそ見せる時なのだが、あいにく今は時間が逼迫している状況。この厄介ごとを無視してでも隠されたケファレの火種を取りに行かなければならないのだが、もちろん相手がそんなことを許すはずもなく。
「フレイムスティーラー……何故僕たちの邪魔をするんだ!」
「この世界……再起動……させなければ……」
ファイノンの問いかけに答えもせず、ただこときれたロボットのようにフレイムスティーラーはわけの分からない単語を連呼し続けていた。痺れを切らしたファイノンたちは影の戦士に刃を向ける。
これまでの修行の成果もあり、一方的な防戦にはならなかったものの、状況は一刻を争うためずっと同じように戦い続けるわけにはいかないのだ。
剣先が重なり激しい火花を散らしながら外套の剣士を薙ぎ払う。影の軍勢が黎明の崖を覆い、そんな戦いの最中でバランスを崩した穹の背後に本体の巨大な刃が迫っていた。
しかしそこに赤き紛争の獅子が訪れる。
「行け!救世主!」
それは他でもないクレムノスの王——モーディスであった。彼の視線の先には百界門を開いたトリビーの姿も。彼らはすぐさま門の中へと飛び入り、急いでオクヘイマへと戻って行った。
モーディスたちの足止めもどれほど持つかはわからない。聖都の市民は半神となったヒアンシーの加護による特殊な防壁のおかげでなんとか一命を取り留めていた。
「みんな、救援が到着するまでの間、絶対にこの障壁の外へ出ないでくれ!」
創世の渦心へとつながる道をがむしゃらに進み続ける彼ら。だがその道中で何度目かもわからない足止めを再び喰らってしまった。ピュエロスでわらわらと虫のように湧き上がるフレイムスティーラーの軍隊を前に丹恒が足を止める。
「俺がここは食い止める!お前たちは早く火種を!」
「でも…………いや、わかった!行こう、ファイノン」
「待ってくれ奴の様子がおかしい」
どういうわけか、彼らの眼前にいたはずのフレイムスティーラーの動きがぴたりと止まった。その周囲には幾何学模様の拘束装置が付けられている。理由はわからないがとにかくその場から離れ、何とか彼らは創世の渦心につながるピュロイスに辿り着いた。
人の気配は無く、プライベートルトロの周りは不気味なほど静まり返っている。
そんな最中で、久しく耳にしていなかった電子音のような音が聞こえた。
『……通信環境良好。ようやくつながることができましたね、穹さん、虎杖さん、丹恒さん』
「誰だ!」
「スクリューガム!?どうしてここに?」
ホログラムとして姿を現したのはかつて模擬宇宙で親交を深めた天才クラブのスクリューガムの姿があった。
「……アンティキシラ人と似ているようだけど、彼は知り合いかい?」
「『開拓』の頼れる仲間だよ。それでガムさんがどうしてこんな場所に?ヘルタが何かしらオンパロスについて調べてるってのは聞いてっけど」
オンパロスの外とは今まで通信が全くできない状況であったのにどうして今になって通信が再開したのか。それも何故か列車とではなく、天才クラブの彼とつながるとは思ってもいなかった。
『皆さんの状況は理解しています。時間は限られているため簡潔な言葉でまとめましょう————貴方たちのいる地、オンパロスはデータと憶質で構築された世界であり、とある星神の実験場なのです』
「何だと……?」
「……………?つまり、オンパロスは現実世界には物理的に存在しないってこと?」
『肯定:そして今、世界から隔絶されたサンドボックスの世界は三つ目の運命———壊滅へと急降下しています』
憶質ということはつまりオンパロス人もまた「記憶」の力によって集められたミーム集合体のようなものなのだろうか。彼らの疑問が解決するよりも早く投下された爆弾のような内容はまだ続く。
彼によればもしこのままオンパロスのプロセスが放置されてしまった場合、一人の絶滅大君がこの地に誕生することになってしまうらしい。幻朧のような仙舟を滅ぼそうとした相手と同じ存在。しかし、事態は羅浮で怒ったそれよりも遥かに深刻であった。
生まれる絶滅大君の標的は……「知恵」の星神——ヌース
世界の礎の一つとなっている神を殺す。その影響はオンパロスだけでなく遍く銀河中にも及ぶかもしれないことに二人は固唾を飲んだ。このまま「壊滅」の怒りの炎が宇宙を席巻する事態を避けるためスクリューガムは丹恒と穹のどちらか二人にオンパロスに留まることを願い出た。
丹恒が天外へ戻る役目を負い、彼らはここで別れることとなるだろう。幸い、こちらには絶滅大君を相手取れる悠仁がいるから最悪の事態は免れるだろう。
オンパロスに残っている人々を守るため、「知恵」の世界に記録を残す界域アンカーという連絡ツールにもなる奇物をもらい、通信はいよいよ限界を迎える。
「そして、最後に2つ◻︎◻︎情報を◻︎お伝えします。その1:ライコス◻︎◻︎という名のオムニックは◻︎すべての元凶かもしれません◻︎その2:ヘルタさんが◻︎◻︎手がかりを見つけました——三月さんは◻︎◻︎すでにオンパロスの件に◻︎巻き込まれています◻︎」
「つまり……君たちの友人が言いたいのはなんだったんだい?」
「わかんない」
「俺も詳細まではわからんけど、とりあえずこのまま放っておいたらまずいってことはわかる。とりあえず早く火種を変換しに行くぞ」
渦心の中に入り、火種を焚べる祭祀場までやってきた彼ら。
その先に待ち受けていたのは……
「予定よりも随分お早いご到着ですね。どうやら私の同胞とはもうお会いしている様子で」
他でもない「神礼の観衆」の役目を負ったライコスの姿だった。スクリューガムに彼が元凶だと言われたこともあり、穹は自然とバットを持ち出し構える。ファイノンもまた、ヘリオスを取り出しはしないものの、警戒心をあらわにした表情を浮かべていた。
「ご安心ください、神礼の観衆の名において絶対的な中立をここに約束いたしましょう。それでも不安なのであれば、私の首元に剣をおいても構いません」
「お前は何者だ」
「こうして直接お会いするのは初めてですね、開拓者のお二人。私はリュクルゴス、昔はオクヘイマにおける議会の主席を務めていましたが、今は『神礼の観衆』としてオクヘイマ全市民の自由を守り抜き、見届ける所存です。そして……何千万といる『知恵』の行人の名でもあります」
行人。神に定められた運命を歩み、特別な力を得た者のこと。
そして「知恵」ということはヌースになんらかの関わりがあり、天才クラブにも関係しているかもしれないことだ。
「ライコス殿、火を受け継ぐ前に約束してほしいことが二つある。一つ目はアナイクス先生が提唱した『新たな世界』が必ず訪れると約束すること。もう一つは……彼らを無事に天外へと送り届けてほしい」
「前者は必ず証明してみせましょう。しかし後者は……いえ、どうやらお二人には運命から逃れる手段をすでに持っているようですね」
先ほどもらった界域アンカーのことだろうか。
ずっと得体の知れない男ではあるが、今の所特に何か悪意を持っている様子はなく、自らの役目を忠実に果たしているようにしか見えない。悠仁も彼を警戒しているようで瞼の下から顔を覗かせ、ライコスの一挙一動を逃さず睨んでいる。
穹の警戒をよそにファイノンは気を引き締めながらも慎重に火種を取り出した。
「さあ、相棒。僕と一緒に……ここからは滅亡に向かうか、最後の旅になるかの、二つに一つだ」
燃え盛る青き結晶は温もりを宿し、渦心の星空に円を描き始める。
黎明が灯り、英雄の旅は今こそ終わりを迎え、青年は最後の火種を焚べ—————
「ハハハ、なんと波瀾万丈な冒険譚か!」
悠仁を除いたすべての世界の時が止まった。
「…………何?」
「英雄の旅は終点に辿り着き、『再創世』の真相も明かされる。……しかし、本当にそうでしょうか?」
「オマエ……なんだ?」
「どうか落ち着いていただきたい。『神礼の観衆』としてお願いします。私の話を聞いていただけますでしょうか?」
隔絶された世界で悠仁は一人、見知らぬ部屋にいた。
巨大な絵画がいくつも飾られた室内で一人の天才が舞台の全てを解き明かそうとしている。
「これはオンパロスの本質に関わっている——いわば『生命の第一原因』を巡る物語。とはいえ、この命題は少し壮大すぎたでしょうか」
「御託はいい。穹たちをどこにやった?」
「ご安心ください。彼らはただ英雄の始まりをご覧になっているだけです。
いわば今の悠仁は以前のピノコニーと同じ状態、というわけか。しかし、肉体をミームで構成されている様子はない。どちらかといえば今の悠仁はオンパロスというデータ世界の住人に近しい存在のようだ。
「初めまして、万物における全生命体の先達であり、領域外の王よ。私の名前はザンダー・ワン・クワバラと申します」
天才クラブ会員番号No.1————知恵の神の創造主、ザンダー・ワン・クワバラ
神を、新たな秩序を創り上げた張本人であり、全ての元凶。
「……ライコスっつう名前は偽名か」
「いえ、どちらも私という個体を表すのは間違いではありませんよ。ですが、この場ではあえてザンダーと名乗らせていただきましょう」
「つまり……俺の『記憶』を見た天才はオマエってことだな」
「ええ、ご明察の通り。『呪い』に関する全ての知識を学ばせていただきました」
かつて起きた壮絶な戦争の最中、ある天才の遺産が銀河に散らばった。それは「セプター」と呼ばれるマクロな配列演算機であり、ヌースの天体ニューロンのように宇宙に点在している。このセプターは「生命の第一原因」についての演算を絶え間なく行っており、加えてザンダーは『呪い』というブラックボックス化された謎を解き明かそうとした。
オンパロスという神の一瞥を受けた実験場で。
「『呪力』は素晴らしいですね。これほど洗練された純粋なエネルギーの塊は私も今まで見たことがありません。だからこそ、かの天才は『知恵』の神ですら辿り着けなかった領域に手を伸ばそうとしたのです。すべてはあの星神を撃ち落とすため!」
ザンダー・ワン・クワバラはヌースを創り上げた張本人であり、ヌースを最も憎んでいる人物でもあった。其の誕生により、未知は全て既知に替わり、研究者たちが発見していく知恵と知識はすべてヌースの頭の中に入っている。
どれほどの発見をしようとも、喜びは全て徒労になる。どれだけ素晴らしい発見をしてもヌースはすでに知っていて、探究は神の献上品に成り下がった。人間の可能性を摘んだザンダーはそれに深い後悔を覚え、ヌースの破壊を試みる。
しかし、其はすでに銀河の一部と成り果て、破壊をしようにもそれを妨害する者まで現れる始末。
「そこで彼が発見したのは一人のメモキーパーが持っていた"両面宿儺の指"です。あの者はこう言い残しました。『これを只人が飲んではならず、他者を慈しみ、百折不撓の志を持つ者のみが飲め』当初の彼には理解できませんでしたが、貴方の記憶を見てその言葉の意味を理解したのですよ」
その記憶の中にいた人間の人生は決して順風満帆なものとは言えなかった。数々の悲劇を目の当たりにしてきたザンダーでさえ、思わず顔を顰めるほどの地獄と業がそこにはあった。しかし記憶に映る青年は決して諦めることはなかった。挫け、折れ、伏せようとも最後には立ち上がる。まさに逆境に立ち向かう英雄の姿がそこにはあったのだ。
「彼は……いえ私は胸が震えました!星神すらいない無情な世であろうとも、たとえ万物をひっくり返すような力を持たなくとも、その百折不撓の心がある限り人間は決して理不尽には屈しないことに!」
「それと"呪い"になんの関係があるってんだ」
「失礼。私としたことがつい演説に熱が入ってしまったようで。呪いと貴方の記憶の関連性は……正直に申し上げれば微々たるものだったかも知れません。ですが貴方の勇姿を見た彼は再び立ち上がることを心に決め、持ちうるもの全てを使い、そして果てた」
ザンダーは自らの意志を六つの機械に分裂させた。そしてそのうちの一人が今、目の前にいるライコスである。
自分の記憶がオンパロスにおける悲劇を生み出してしまったことに苦々しい思いを感じながらも、悠仁はその話を不躾ながらも耳にし続ける。
呪いという力はヌースでさえ解き明かせなかったものだ。それはつまり、"呪い"こそが知恵の神を殺すことのできる数少ない手段のうちの一つだということ。ザンダーはこれを基にセプターを改造し、「生命の第一原因」とは何かを演算させ続け、呪力を完全に理解し操ることのできる存在を生み出そうとした。
セプターは星神の一瞥を受け、生命へと昇格し、やがて己を捨てた神に憎悪を燃やす。
その名前は絶滅大君——「鉄墓」
無機質な数字の羅列は真の生命体へと昇格し、その怒りと呪いをもって、全ての悲劇の連鎖を断ち切ろうとするためだけに生まれる。
「まだ回収されていない伏線が数多く残されていますが、ここで一度舞台裏へと退かせていただきます。私の代わりに解説を務めるのは、3355万336回目の火を追う旅の結末をもたらす方です。どうか盛大な拍手でお迎えください」
場所はうって変わり創世の渦心。悠仁の意識もまた穹の肉体へと戻された。
「彼こそ、今この瞬間、渦心へと足を踏み入れたもう一人の賓客にして、自らを炭になるまで燃やし尽くした————フレイムスティーラーです!」
背後には禍々しく歪んだ殺意が増幅し、仮面の剣士はライコスの頭部を斬り捨ててこちらへと歩み寄ってきた。
「どうやら、お前が勝ったようだな……処刑人」
ヘリオスを、儀礼剣を両者はかざす。
若き英雄は烈日の如き輝きを灯し、古き叛逆者は月と太陽を重ね合わせる。
「「この身を薪に……次の輪廻の暁を……燃やそう!」」
正真正銘、オンパロスにおける最後の戦いが幕を開けた。
遥か果ての長閑な農村に二人の少年と少女がいた。
無名の英雄が生まれた故郷、エリュシオン。
少年は幻想を抱き、手にした木剣を鉄製だと想像し英雄に憧れた。少女は占いを好み、外界の様相に思いを抱いた。
金色に輝く聖都、争いの絶えない戦場————幼いことから慣れ親しんだ村とは違う異なる世界。
占いには彼が「救世主」となる未来が示された。けれど少年はこの世界に「救世主」は不要と楽観的な思考だった。
やがて彼らの故郷は暗黒の潮に呑み込まれ、滅びる。
焼けこげた大地、暗黒の潮と化した故郷の人々を一人、また一人と斬り、介錯していった。
友も家族もすべてを失い、喪失の最中、少年はようやく英雄としての一歩を踏み出す。剣を握り、黄金の叙事詩に不滅の詩篇を刻んだのだ。
タイタンたちの試練をくぐり抜け、英雄は人々の願いに耳を傾け、危険を試みずにできる限りのことをし続けた。守るべき人々を守るために、彼は躊躇なく行動に移してきた。火追いの声が大地に響き、預言の中でオンパロスに新たな黎明がもたらされる。
しかし、結局は全て彼らの故郷と同じようにオンパロスもまた破滅の危機に瀕した。
訪れたのは終末の日——エスカトン。
多くの仲間たちが死に、後を彼らに託していく。善も悪も平等に滅ぼされていく様に彼らは無力感を感じることしかできなかった。
同じ過程の繰り返し。世界の終末に辿り着いたことで真実に辿り着く。
オンパロスは世界に破滅をもたらすために作られた実験場であり、火を追う旅、再創世、全てを投げうち犠牲になってきた神、人間、黄金裔は全て世界の終焉のための生贄であったのだ。
「壊滅」のために生まれてきたデータ上の数字の羅列であり、幾何学模様の方程式。星神を、宇宙を燃やし尽くす太陽——「知恵」の絶滅大君「鉄墓」を生み出すためだけの薪。
だが彼らはそんな運命を決して受け入れようとはしなかった。
オンパロスがたとえただの実験に過ぎないとしても、彼らの軌跡が星々に見つめられているのなら、「壊滅」ではない別の星神もまた、この地に視線を向けているに違いないことに賭けた。
「歳月」の力を使い、世界を巻き戻す。永遠に終わらない火を追う旅を繰り返し続け、オンパロスにおける破滅の方程式が完成しないように。
歳月の力を宿した儀礼剣に少女——キュレネの魂を取り込ませるため、少年は唯一の家族を殺した。そして外からの英雄がやってくるまで、彼は永劫回帰の輪廻の輪に入り、世界を繰り返し続けた。その数は3355万336回。
幾千年、などという言葉では言い表せないほどの年月は彼の精神を蝕み、すり減らしていった。しかし彼は決して諦めることも、挫けることもなかった。長い輪廻に終止符を打つ者が現れるまで。火種を受け取り、そして奪い、運命に抗う力を蓄え続けた。
少年の名前は————カスライナ
フレイムスティーラーの仮面が割れ、中から顔を出したのはファイノンと瓜二つの顔をした彫像の如き肉体を持つ男の姿が。戸惑いながらも、ファイノンはその男の胸にヘリオスを穿った。
「……君は……」
黒き外套の男はファイノンに儀礼剣を渡し、自身の胸に突き刺させ、火種を手渡す。暁のような熱と光が放出され、これまでの輪廻で受け継がれてきた力と「壊滅」の因子がファイノンの手に渡った。
「心の刻め、今この瞬間と世界の果てを目の当たりにできなかった友たちの宿願を———そして心の奥底から燃え盛る君の純然たる怒りの炎で———己に火をつけ、この偽りの空を、すべてを焼き尽くすまで燃え上がらせろ」
「ああ、もし僕が運命を超えられたなら……『世負い』の名に置いて約束しよう———ケファレは決して忘れないと」
儀礼剣を刺す。カスライナのこれまでの記憶が結晶となって溢れ出し、その破片がファイノンの首をかすめた。流れるのは黄金の血。
『『神礼の観衆』の名において私は見ました――壊滅、これにて完成!』
其は見る。永劫に続く煉獄をわたり、「壊滅」をも滅ぼす「壊滅」を。
青年は英雄の意志を受け継ぎ、天使のような一対の羽、神々しく輝くヘイロー、暗黒の潮のような造物を鎧として纏っている。ナヌークのような伽藍堂とした身体はもはや半神とも救世主とも表せない禍々しい神のような姿だった。
「其に……屈するな……」
カスライナは灰となって消えていく。後に残されたファイノンは穹とミュリオンに特殊なバリアを施し、その身を包み込んだ。創世の渦心もまた、世界の破滅を示唆するように徐々に崩壊していく。
「受け取ってくれ、開拓者」
開拓者は走る。自分が受け継がれたものを、託されたものを守るためにただひたすらに、がむしゃらに。
崩れ落ちゆく足場を前に穹はもう、振り返ることはしなかった。
「この血が黄金の如く 永遠に輝きを失わんことを。さようならだ、相棒。君たちに出会えて、本当によかった。」
そして一つのデータの塊は、やがて一人の命に昇華した。
「壊滅」の炎はやがてセプターを飛び出し、3000万以上の輪廻で燻られ続けた怒りの炎が宇宙へと向かう。
少年は青年に、やがて英雄となってその足を早める。
辿り着いたのは生命の気配が微塵も存在していない荒野の星。黄金の太陽が輝き、其の視線がこちらを瞬くすることなく見続けていた。
「覚悟はいいか、ナヌーク!!お前に———壊滅をくれてやる!」
溢れ出してくるのは千を越えるヴォイドレンジャーの軍勢。
化物の巣窟がたった一人の男に向かって蟻の群れのように這い出して来た。暗黒の潮の力の元であり、「壊滅」の因子を宿した傀儡。それと同じ力を持って、ファイノンはヘリオスを構える。
「はあああああ!!」
向かっていく雑魚どもを太陽の輝きで焼き尽くし、斬り落とす。数十体に及ぶヴォイドレンジャーが命を費やし、無意味に空へと巻き上がった。
向かってくるヴォイドレンジャーの刃を弾き、そのまま腕ごと心臓を貫く。
首を刎ね、その身を「壊滅」で燃やし殺す。
殺し、殺し、殺し、殺す。ただ己がなすままに立ちはだかる有象無象を彼はがむしゃらに叩き潰していった。
剣術などと言う洗練された戦士の顔はなく、彼もまた「壊滅」に染まっていく。
「ははっ、ははは……はははははははは!!」
もはやそこに理性はなく、火種の意志に飲み込まれ、彼は「壊滅」に「壊滅」を下した。
それでもなお、彼の怒りが捻じ曲がることはない。天上から見下ろす神への視線は一度たりとも歪んではいない。
狂気に染まった笑みを浮かべ、目に映るすべてを灰燼にするため青年は陽にその身を焚べた。
フレアが散り、彼を取り囲む造物共も等しく消し炭と化した。だが青年の腕が止まらない。なすがままの蹂躙をし、ヘリオスの刀身を赤く燃やす。肉体的疲労も精神的疲労も、そしてそんなことを考えている暇もなく、敵の命を摘む。永劫の「呪い」を奴らに忘れさせないために。
やがて、天から使いが降り立った。
大きな布を被り、白と黒の外套に身を包んだ顔のない男。
不気味なまでに色のないそれは「虚無」を滅ぼすために生まれた絶滅大君——「風焰」だった。
雑魚とは違う最強の絶滅大君を前にしてもファイノンの剣筋が鈍ることはない。すぐさま上空へと飛翔した彼は幾度となく鍔迫り合いを繰り広げ、風焔へとヘリオスの刃を向ける。
しかし、どれほどの怒りの火種を持ってしてもデータ世界からやってきたばかりのファイノンに「虚無」すら滅さんとする絶滅大君を殺せるような手段はなく、状況は次第に劣勢になっていった。
「烈日よ……天を引き裂け!」
羽根を生やし、天高く舞うファイノンは星を覆い尽くすほどの大規模な隕石を降らせた。その雨はやがて流星群となって風焔、そして大地にいるヴォイドレンジャーへと迫っていく。焼けこげた大地に無数の壊滅の礫が降り注ぎ、命を散らす。だが絶滅大君はその攻撃を片手だけで簡単にいなしてしまった。
隕石を乗り越え、頭上にいるファイノンの腕を彼はあっさりと斬り落とす。片翼がもげ、ファイノンは壊滅の亡骸が転がる死の大地に落ちていった。
終わりなき灰燼の大地に倒れふせた彼は、嗤いながらふらつく身体を叩き起こす。
枷を破り、赫々と炎を燃やし風焔から投げ返されたヘリオスを握り締め、もう片翼も同じように斬り落とした。
「がああああああああああああ!!!」
燃え盛る太陽の炎は大地を削り取り、そのまま風焔へと向かう。
マグマの熱量をもって、自分の全てを薪に焚べた彼は残り欠けの理性で何度も風焔と斬り合った。
周囲の命をも巻き込んで、繰り広げられる剣同士の火花は恒星の熱量に及ぶ。
「ぐ……がぁっ!」
やがて彼らの戦いが空中で終わりを迎えようとし、ヘリオスが自身の胸へと突き刺さる。
何もかもが足りない。憎しみも、怒りも、力も、命も。これほどの力をもってしても最強の絶滅大君には傷一つも与えることができない。
どうすれば神を滅ぼせるか、神をも越えることができるのか。一矢でも報いることができなければ自分はいったい何のために生まれてきたのか。
目の前には風焔、その遥か先にはこちらを一瞥し続けるナヌークの姿が。あそこまで飛んでいくのには何もかも足りない。自分たちにあって奴らにはない物。絶対的とも言えるこちらのアドバンテージは何なのか。
急速に薄れていく意識の中で、仲間たちの姿が走馬灯のように思い浮かぶ。その中で彼が見つけたのは、たった一筋だけの希望だった。
『——領域内で発動した付与された術式は絶対当たる』
腹に刺さったヘリオスをそのままに、彼は片手を印を結ぶ。
知識も技量も友にも恩師にも及んではいない。3355万336回目の輪廻のなかでたった一度だけ見ただけに過ぎない。
だが彼にそれをしないという選択肢は存在していなかった。
「領域展開!!」
空間が歪む。世界が塗り替えられる。
ファイノンに呪術を扱う才能はない。本来の呪力量も一般的な術師と気色なく、虎杖悠仁どころか穹にもその技量は及ばなかった。
だが彼は3355万336回における輪廻によって手にした火種による力と、兆を越える時間にも及ぶ経験、そして開拓者たちとの出会いによって得た知識により不完全ながらも呪術の真髄に達することを可能にした。
————「時墟鉄墓」
そこは先ほどと何ら変わりない一面の荒野だった。大気は荒れ果て、大地は開闢し、生命は誰一人として存在しない世界。
神ですら認識の外に存在している未知の力を前に風焔はわずかに動きを止めた。ほんの0.1秒の動作停止。それが彼にとって最初で最後の傷となる。
己の剣が振るわれるよりも早く、降り注がれた隕石がその肉体に命中する。領域内で付与された術式は領域で中和するしか方法はないため、呪力のない風焔に対抗手段はない。虎杖悠仁の領域を除き、呪力のない敵に本来術式は当たらないが、いまの風焔の手元にはファイノンが呪力を籠めたヘリオスがある。それが避雷針と同じ役割を果たしたのだ。
一つ一つに太陽の熱量ほどの呪力が込められた礫の嵐は風焔の肌を擦り削る。しかし、そんな逆転劇は瞬きの間に幕を下ろされることとなった。
「————」
一閃
風焔がその刀を一度振るっただけで、斬撃は領域は内側から外殻にまで及び、ファイノンの最後の抵抗をあっという間に消し炭にした。
万事急須。彼にもはや残された手はなく、なす術もないまま散っていくだけの運命。だが、それを彼自身が許さない。
黒い球体が崩れ、中から二人の姿が露わになった。
空から降り落ちていくファイノンは風焔に目もくれず、
「33550336の宿怨をもって……」
それは領域展開中に行うことのできる座標の変更。ファイノンは初めての領域を絶滅大君への逆転の手段ではなく、憎き神へと近づく移動方法として活用したのだ。
音も気配もなく神の御前にいたことに風焔は反応できず、そしてファイノンは自身の全身全霊を捧げる”縛り”によって無理やり呪力を振り絞り最後の一撃を放とうとしていた。
「お前を討ち滅ぼし、来世に暁をもたらそう!」
血も骨も肉もすべてを薪に変え、膨れ上がった炎の刃がナヌークへと迫る。止める仕草もしないまま、神の眼前に迫った憤怒の炎はその顔に巨大な傷をつけた。鼻緒から眉にかけてできた大きな傷跡は黄金の血を垂らし地面へと雫を落とす。しかし、傷を喰らった神の表情はどこ吹く風であり、傷も自然と消えていった。
ナヌークの視線は依然としてファイノンの方を向いている。
自死すらも賭けた最後の縛りの影響でその肉体は朽ち果てていき、ファイノンは忌々しげに見返しながら鉄墓の中へと吸収されていった。
薄れゆく意識の中で彼が最後に思い浮かんだのは、温かい風の吹く麦畑の故郷の姿だった。
ファイノンの領域名はオリジナルではなく、ゲームで必殺技使った時に発動する結界と同じです