そこは深い深い微睡の中。
生ぬるい水のベッド。柔らかい風の匂い。小麦畑が踊り、小鳥の囀りが聞こえる。
「おはよう、そろそろ起きたかしら?」
聞き覚えのある知らない誰かの声が聞こえ、穹は体を起こす。
「これは運命の出会い?それとも……久しぶりかしら♪」
桃色の髪、青色の瞳。風に舞って儚い少女の顔がこちらを向く。
木にぶら下がったブランコに乗りながら、彼女は微笑んだ。
「ミュリオン?それとも……キュレネ?」
「ふふ、どっちだと思う?」
「じゃあ……キュレオン!」
「ヒュージョンじゃないんだから」
呆れた悠仁が顔をひょっこりと出した。どうやら彼も無事に輪廻の壁を乗り越えられたようだ。
今のキュレネの状態はミュリオンと彼女自身の記憶が混ざっている状態らしい。3355万336回の輪廻の全ての記憶まではないが其でも黄金裔の仲間たちや穹、悠仁、丹恒のことはしっかりと記憶にあるらしい。二つの記憶が混じり、溶け合い、一つの命を生み出した。
そしてここは彼女とファイノンの故郷のエリュシオン。長閑な空気の漂う片田舎だ。
「話したいことは山ほどあるけど、今は過去を振り返ってる暇なんてない、そうでしょ?」
彼女の言う通りだ。
とりあえず彼らはスクリューガムからもらった界域アンカーを置き、外部との接触を試みる。ライコスからの妨害も考えておく必要がある。今ここで介入してこないということは彼にとって今の状況も特に支障はないのだろう。
忌々しい限りだが、それをむしろ好機と捉えるしかない。
『ご無事で何よりです、お二人とも』
何とか通信がつながり、スクリューガム、そしてヘルタの姿がホログラムとして映し出された。いつものロボット少女の姿ではない、魔女のような帽子を被った本体の彼女の姿だった。
「なんかヘルタおっきくない?成長期?」
『あなたみたいなお子ちゃまと一緒にしないで。こっちが本体なの』
「おっきくなったなぁ」
『……私はおじいちゃんの子供じゃないんだけど、泣きそうな声を出さないでくれる?』
相変わらず呑気な二人にヘルタは若干不服そうな顔をし、すぐさま本題に入る。
オンパロスには今、「壊滅」の視線が向けられている。「知恵」のヌースでも「記憶」の浮黎でもない。
その影響で停止していた絶滅大君「鉄墓」が自己演算を再稼働させ始めたのだ。これに対処できなかった場合、14システム時間後に自己戴冠を終えた鉄墓が「知恵」に対する破壊行為を開始するとの予想がされた。
その手段は様々だ。星間通信の瓦解、共感覚ビーコンの破壊、第三次反有機戦争を引き起こすのもある。とにかく、完成した「鉄墓」には銀河に破滅をもたらすのだ。
14時間システム時間後とは予想されているが、その過程はすでに99.98%のところにまで進んでいるらしい。だが「ファイノン」の信号がナヌークの一瞥と同時に消えたらしく、其によって「世負い」の役割を背負う者がいなくなった影響でシステムに異常が生じているようだ。
彼の抵抗は今もなお続いているのだ。その使命を穹たちが受け継がなければいけない。
『それからライコスさんの行動パターンには、明らかに異質な点が見受けられます。実験の間、彼はタイタンや半神の行動にほとんど干渉しないようです』
「管理人なのに管理できないの?」
『推論:セプターには極めて厳格な独自の協定があるのでしょう。あくまでセプターはライコスさんが作り上げたものではなく、皇帝ルパートのものですから』
その最終協定が守られているのは「法」の火種によるものだと天才たちは結論付けた。前回の輪廻では「法」の火種はすでに返還されていたが、今回の光歴では「法」の火種はまだ返還されていない可能性が高いらしい。
彼らの次の目標はライコスに火種が奪われる前に「法」の火種を保護するか、「法」の半神と接触し味方につけるしかない、ということだ。
それから丹恒は新世界ではなく、外へと帰還途中の列車の中にいるらしい。対してなのかは今の所消息をつかめないままであった。けれど今は彼らが無事だと信じるしかない。絶体絶命の状況にもっとも近しいのは紛れもない穹たちなのだから。
『貴方がたの力を信じています。『開拓』の手は必ず奇跡を起こし、罪悪の火を鎮めることでしょう』
『私からの励ましは割愛するよ。次に会うときは朗報を期待しているから。お子ちゃま、おじいちゃん。……いや、「救世主様」』
そう言って二人の通信は途絶えてしまった。
「デレた?」
「デレたね」
「もう、そんなこといちいち掘り返さないの!」
次の目的地は聖都オクヘイマ。
最後の出発前にかつてファイノンの始まりでもあった村を見ていこう。
小麦色の草原と水平線が見える大きな池。小舟が浮き、都の喧騒とは無縁の小さな農村。
「世負い」の始まりであり、英雄が歩み始めた大地の空気を大きく吸い、そして吐く。いま穹に乗っかっているのは3000万回を越える輪廻と失敗の経験だ。その重みは今までにないほどの重責感を彼に与えていた。
「緊張するか?」
「まあ、いつもよりは」
「『開拓』が背負う使命はいつだって重い。けどそれでもあなたはもう何度も世界を救ってきたでしょ?なら大丈夫よ。これまでと同じように『開拓』の道を切り拓きましょう」
背中を優しく叩くキュレネの言葉に穹は深く頷いた。
しかし———
『どうやら旅立ちの準備が整ったようですね』
次の瞬きの間に、キュレネの姿が消えた。風も吹かず、日の暖かさも感じられず、世界の時が止められた。
「ライコス!」
『感傷に浸っているところをお邪魔してしまい申し訳ございません。せめてものお詫びに、どうぞ拙宅へお越し……』
「いらん。帰れ」
ライコスからの通信が切れ、世界は再び循環を始める。
悠仁が「解」で無理やり奴との接触を断ち切ったのだろう。データの世界でも相変わらずの無法っぷりだが頼もしい限りだ。
「どうせいらんことを言ってくるだけだろうしな」
「確かに」
何かしらの条件を呈示して彼らにオンパロスから去るように言ってくる算段だったのだろうが、何を言ってこようが突っぱねるつもりだったし問題ないだろう。
そんなこんなで一悶着あったが、無事に彼らはエリュシオンを飛び出し、運命の三相殿へと辿り着く。
時は光歴3960年。前回の記録によるとこの時期はまだ火追いの旅が始まったばかりの頃だ。トリスビアスが分裂し預言を世界に広め、金織りのアグライアがまだ指導者の座には付いてはいない。史書によればこの時期に起きた戦争は第一次オクヘイマ包囲戦と呼ばれているらしく、その時の指導者の名前は『カイザー』ケリュドラ。
「歴史の授業みたい」
「歴史の授業を聞きたいって言ったのはあなたじゃない」
予定通りであれば、今はタレンタムは死に絶え火種はすでに誰かが持っているはずだ。
とはいえ言うほど簡単なことでもない。まずはオクヘイマに行って情報を収集していくことが吉である。
しかし、何やら神殿の奥が騒がしい。誰かが口論しあっているようで罵り合いがここにまで聞こえてきていた。
「暴君め!手下の人殺しどもを連れて出ていけ!ここはお前たちのいていい場所じゃない!」
「何人かいるみたい。険悪な雰囲気……巻き込まれたら大変なことになりそうね」
ひとまず隠れて中の様子を伺った方が良さそうだ。
「神託を歪めた悪党どもめ!何が"天外の群星"、何がタイタンを創造した神々だ。まずは目を開けて見てみたらどうだ!お前たちの暴虐のせいで変わってしまった、この世界をな!」
中にいたのは喚き散らかす司祭らしき老人と、その背後にいる神の眷属。そしてそれを問い囲む数人の兵士たちの姿。加えて彼らがよく見知った少女トリビーの姿と……前回の輪廻ではみたことのない剣を構える淑女の姿が。
そして老人の言葉からおかしな単語が聞こえた。————「天外の群星」「タイタンを創造した神々」。もしや、星神のことを言っているのか。
「問おう——旧法が完全無欠であったのなら、なぜいとも簡単に僕に踏み砕かれたのか」
玉座の上から一人の少女が降りてくる。
成熟していない声でありながら、それは威厳と傲慢に満ちていた。少女の声を聞いて、司祭の男の体が固まる。
「タレンタムは死んだ。今や僕こそが『法』。選べ。僕に挑むか、それとも僕の判決に従うか」
杖を叩き、王冠をつけた少女は静かに歩く。
司祭が眷属たちを使って、彼女に襲いかかるが剣を持った淑女がその眷属たちを一太刀で切り伏せ、瞬く間にチェスの駒に変えてしまった。老人はそれに恐れ慄き、尻餅をついてしまう。
「なんの権利があって『法』の司祭を……!」
「ふん、愚問だな」
少女が老人に杖を向ける。
青い焔が老人の体を包み、燃やしていく。
「っ!」
苦しみ悶える声を聞き、穹が飛び出して助けようとしたがそれを淑女が手で静止させた。
「
老人がいた場所にはやがて青色の駒だけが残った。
「断峰卿、この者の骨灰を集め、神殿と民衆の中に撒いてこい。民衆にはこう伝えておけ、大司祭長は金と欲望に目が眩み、カイザーが民に与えた市民権を奪い取ろうとした。その報いとして、無惨な末路を迎えたのだと」
「はっ!」
近くにいた男が萌えカスを集めている最中、その少女の視線がこちらへ向く。
「処刑場に迷い込んだ2人の客人については……剣旗卿、やれ」
「結局こうなるか〜」
「呑気か」
剣旗卿と呼ばれた淑女が彼らの前に立ち、自然と穹もバットを取り出す。
だが、次に繰り出されたのは彼女の剣ではなく、見覚えのある顔をした女の死体だった。傷跡はなく、目も口も開く様子はない。
「カイニス!?」
「そうだ。だがお前たちのよく知る『カイニス』ではない」
この女はこの時代の『粛清者』の指導者であるらしく、黄金戦争が始まって以来、ずっと黄金裔を抹殺することを使命として生きてきたらしい。少女が都市国家を平定した後も、虫けらのように影で蠢き暗躍してきたそうだ。
それだけでなく、彼女はどうやら前回の輪廻でのカイニスのことも知っている様子だ。
「敵の敵は味方、と言うだろう?敬意を込めて、この者の屍をお前たちに贈り物として差し出そうではないか」
「遺伝子強すぎないか?」
「きっと他のモデリングがなかったんだよ」
少女の言葉を聞きながら穹たちはその死体をまじまじと見つめた。ペチペチ叩いても反応はなく、死体のような冷たさが残っている。
おそらく彼女は牽制としてこの死体を差し出したのだろう。慎重に出方を伺わなければいけない。
「身分の尊卑を明らかにするため、人々は僕にさまざまな異名をつけた。黎明の崖の『独裁官』、聖都の『女皇』、火追いの『カイザー』。だが、特別な身分を持つお前たちには、本当の名で呼ぶ権利を与えよう。この僕——ケリュドラは我が領土と民を代表して『救世主』に敬意を表する」
やはりこちらのことを知っているようだ。穹たちのことを「天外から救世主」と呼ぶことは少なくともこのオンパロスの外にも宇宙が存在していたり、輪廻を繰り返しているのを知っているということになる。
「あなたは……彼の正体を知ってるの?」
「ああ、
「……」
「灰色の髪に金色の瞳を持ち、メイスを巧みに操る者が、今日ヤヌサポリスに降臨する……間違いない。そして——」
ケリュドラが剣を持った淑女——セイレンスに目配せをした次の瞬間、視界の端でキンッと言う音が鳴った。
そこを見れば、こちらに気づかれないように静かに突き刺そうとしたセイレンスの剣先を穹の……いや、悠仁の手が受け止めていた。
それを見たセイレンスとケリュドラを除く者たちは大きく目を見開いた。カイザーが護衛につけていることから、彼女が最も強く頼れる腹心なのだろう。
「その者の肉体に宿る————『呪いの王』のことも」
「随分手荒い歓迎だな」
「ふん、王を名乗るからには同じ統治者として僕も多少その実力を見ておかなければいけないからな」
「俺別に王様とかやったことも名乗ったことねぇんだけど……」
とばっちりもいいところである。
しかし、セイレンスの刃を軽くいなしたことにケリュドラは満足そうに頷いていた。
「一度聖都に戻る。そして斥候を派遣して、都市国家の代表たちに火追い同盟の会談を繰り上げると伝えろ」
「ああ」
「オクヘイマはお前たちが何を求めているか知っている。聖都に戻ったら、じっくりと話し合おう」
そう言い残し、ケリュドラはどこかへ去っていった。後に残された彼らのもとにセイレンスが話しかけにきてくれる。
「疑問は尽きないだろうが、ここは立ち話に向かない。今はワタシたちについてきてくれ」
予想外の展開になってきた。
苦労しなければ見つからないだろうと思っていた半神がまさかあちらから来るとは思ってもいなかったし、「天外」だけでなく「星神」についての知識まであるとは……
誰かが歴史を変えたに違いない。しかし、その犯人が誰かはわからないままだ。
歳月の流れが歪んだことでこちらは迂闊に動けなくなってしまった。
「けど、あなたたちが特別な立場のおかげで、あたしたちはカイザーの来賓になれた。オクヘイマの人たちもきっとあなたに敬意を持って接してくれる。それをうまく利用して、あとはあなたの経験と魅力があれば……難しくない」
「じゃあ俺とキュレネは魅力担当で」
「あ、俺が経験担当なのね。まあ……順当か」
「あら、あたしもカギを握ってるの?そんなふうに言われたら張り切っちゃうんだから」
この輪廻で起きていることを突き止めれば、カイザー相手にも上手く立ち回ることができるだろう。
今はそう信じるしかない。
こうして彼らは聖都オクヘイマへと向かうことになったのだった。
オクヘイマで行われた火追いの同盟会議は本当に同盟を組んでいるのか、というレベルで非難轟々な意見ばかりだった。やはりケリュドラの統治は相当苛烈なものであるらしく、直接意見を言いはしないものの、不満や剣呑な雰囲気が漂っていた。
歴史書によれば言うことを聞かせるために門の前に大砲を放ったこともあるのだとか。ここまでくると、統治者というよりも暴君に近い。
「天外からの救世主」と穹は紹介されたが、人々はそんなものは火を追う旅を正当化するための偽物にすぎないと喚く。
彼女が都市国家の者たちに運命の三相殿に移住することを命令すれば、旧法に背いている、腐敗した統治者だなどと口にし始める。しかし、旧法を先に破ったのは貴様らだとオクヘイマ包囲戦で旧政権をあっさり見捨てたことに言及すれば、それだけで彼らはあっさりと黙った。
「腐敗した旧法はタレンタムと共に滅び去った。もはや敬意など払うに値しない。だがそれでも『法』に従うと主張するのであれば……ただ口を閉じて、この僕が持つ火種に最大限の敬意を示せ」
そう言ってケリュドラが取り出したのは、紋様の刻まれた青色の結晶——「法」の火種であった。
やはりオクヘイマの統治者である彼女が「法」の火種を持っていたようだ。その火種を見せたことで反対派の人々は徐々に勢いを弱めていき、ついにはケリュドラの宣言によって火を追う旅の開始が約束された。
「先ほどの会議はまるで茶番劇だった。恥ずかしいところを見せてしまったな」
「カイザーって大変なんだな」
「大変?それは見当違いというものだ。駒を配置して、情勢がどう転んでも勝てるように両者に賭ける。……この世界では戦略を練ることこそが最大の息抜きなのだ。統治と征服には犠牲がつきものだからな」
会議が終わった後、彼らは直接ケリュドラに呼び出された。
何やら聞きたいことがあるらしい。慎重に言葉を選ばなければ処刑の刃がこちらに向くことになるのかもしれないのだから。
「教えてくれ、救世主。オンパロスの天幕の外には『星神』と呼ばれる偉大なる神々が存在すると聞く、これは真か?」
「星神は実際存在するけど……」
「ほう、それは心躍るな。ではもう一つ聞かせてもらおう。お前はその偉大な力をどのように使って、人々を導くつもりなのか……そしてお前が描いた未来の中で、僕たちの火を追う旅はどこへ向かうのか」
「オンパロスを壊滅の運命から救うには……火種と『法』を守るしかない」
「ふむ……今お前たちに必要なのは『法』の力なのか?」
「ええ、彼は天外から来た救世主。それに彼には頼りになる友達もいるの。彼らにオンパロスの『法』に介入してもらうことができれば、未来の運命を変えて、この世界の結末を書き換えることができるかもしれないわ」
要するに「法」の火種を守らせてください、とお願いしたのだ。
嘘偽りのないその言葉を聞いて、ケリュドラは何か思案するように黙り込み……高らかに笑った。
「救世主、お前は肝が据わっているな!『法』の継承者が目の前いるというのに、これほどの無礼を働いてみせるとは!」
「それってどういう……」
「以前はカイザーの神権を狙う輩を見つけよう者なら、ズタズタに切り刻んで湖に投げ込んでやったものだ。しかし今、僕たちはこの瀕死の大地より遥か先を見据えている……僕たちの旅もこんな頑固な天幕に縛られている場合ではない」
彼女によれば「海洋」のタイタンによって創世の渦心へ通じる霊水が断たれ、半神になることができないらしい。「法」の火種を返還できない以上、救世の道は実現できないと今まで思われていた。
「だがこうなったからには、停滞していた旅を再開させるしかないだろう。道を阻む波にはどいてもらわなくては」
「それは協力してくれるってこと?」
「協力?あいにくだが僕は誰とも『協力』したこともなければ、するつもりもない。だが……お前たちには特別に僕の臣下という身分をやろう。——完全無欠の『法』を築くために、共に旅に出ることを許可してやる」
そう言って彼女が手渡してきたのは「火追いの銘板」と呼ばれている火を追う軍の身分の象徴であった。これがあれば聖都のなかを自由に動き回れるそうだ。
「海洋」のタイタンの討伐に行くまでの間、ここで休むように命じられ、彼らはその言葉に素直に従うことにした。
「そうだ、ライコスってやつに気をつけてくれ」
「……いいだろう。お前の助言を受け取っておくことにする」
「カイザー陛下の征途が、輝く満点の星々で踏破できますように」
「ますように」
「ふっ、なかなか気が効くではないか」
悠仁はふと、遥か遠く視界では認識できない領域外からの視線を感じた。
見られている。おそらく、というか間違いなくライコスだろう。ここら辺にいるということは向こうもケリュドラと接触するつもりだったか、あるいはした後だったのか。
(少なくとも完全に味方とは思っちゃいけなそうだな)
聖都の雰囲気は一見、前回の輪廻とほとんど変わっていないように見える。しかし、行き交う人々が当たり前のように「天外の世界」について口にしているのは少し慣れない。
オクヘイマにいる黄金裔たちとも軽く会話やコミュニケーションを取っておく。誰も彼もがカイザーのシンパというわけではなく、彼女の横暴な政策や火を追う旅の是非について不満を口にするのも少なくない。
人目を避け、かつてのプライベートルトロにて今後のことを話したり、ヘルタとの交信をする予定だったが、そこで偶然、現在の住人であったセイレンスと出くわしてしまうなどのトラブルもあった。
なんとか彼女を立ち去らせ、ヘルタとの通信を再開する。
『まず頭にロウソクを刺したクラウンちゃんははっきり言わなかったけど、『法』の介入を拒んだ。……うん、合理的な判断だね』
「あとライコスもいるみたい」
『わかってる。こっちでも確認できた。間違いなく『天才クラブ』の関係者ではあるけど、正直、もう残された可能性は1人しかいない。残された呪力のことを考えれば……』
「あ、そういやアイツ自分のことザンダーって言ってたぞ」
『……そういうこと、もっと早く言ってくれる?』
「…………ごめんなさい、忘れてました」
「やっぱ悠仁オンパロス来てから忘れっぽくなってない?大丈夫?」
「呪物にも認知症ってあるんかな……」
ヘルタのお叱りの言葉で悠仁がしょげた。とはいえ、オンパロスの中と外では時間の差がだいぶ異なるため、こっちでの1日があっちでの0.01秒ぐらいなのであれば、それほど遅い報告でもないのかもしれない。
けど認知症は心配。
『それじゃ、世界の内側のことはあなたたちに任せたから。定期連絡を忘れないように。それと……あんまり私を心配させないでね、おじいちゃん』
そう言って、再びヘルタとの通信が途絶えた。
「これじゃあほんとに孫に心配されてるお爺ちゃんみたい」
「ずるい!悠仁は俺のお爺ちゃんなのに!」
「違うよ?」
「違うの?」
「……違わないかもしれん」
その時悠仁の脳内に溢れた存在しな——「解」——い記憶なんてなかった。
このあとは「海洋」のタイタンを討伐するための勇士たちへの宴が開かれる予定だ。その時間になるまで、休んでおくことにしよう。
「じゃ、穹たちが休んでる間に俺はちょっと情報を集めてくるわ」
「徘徊老人ってこと?」
「………………生き返って以降一番のダメージ」
とはいえ肉体は共有しているから、悠仁もそれほど激しく動き回れるわけではない。
せいぜい散策とピュロイスで体を温めることぐらいだろう。それでも今後の立ち回りを決めるのは大事なことだ。
加えてライコスの動向も把握しておく必要がある。ここまで話してきた黄金裔たちの中に何人かが「神礼官」と言う謎の人物の名前を挙げていたのがいる。何やら聞き覚えのあるワードに頭が痛くなりそうだ。
そうして広場を散策しつつ、かつてアグライアやファイノンたちと話し合ったりした英雄たちのための風呂場へ足を入れれば……
「誰だ」
足を湯につけ、厳かな姿勢を崩さないままくつろいでいるケリュドラの姿があった。