奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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Joker

 

 オクヘイマの衛兵がライコスの到来を伝えてきた。

 悠仁は1人で時間稼ぎに出ることをケリュドラに申し出たものの……

 

「ダメに決まっているだろう」

『でも海洋のタイタンの討伐に行く時にオクヘイマに来られたらやばいじゃん。俺のこの力を使えば多少時間稼ぎができるはずだ』

「天才たちが言っていただろう。もしその力を使えば残された憶質が無くなり、お前も消えるのだと。兵士たちに教えを説く者がいなくなればどうするつもりだ」

『ゴラスンの記録とセイレンスがいるから大丈夫だろ』

 

 悠仁に残された時間はわずかしかない。

 穹が帰ってくるのがいつになるのかはわからない。

 ライコスに対抗するためには黄金裔、タイタン、そして半神の力が必要不可欠。だが火種を取りに行っている間に、ケリュドラが殺され「法」の火種を奪われてしまえば元も子も無かった。

 

『このままずっと火を追う旅をぼーっと見続けてもいつか消えるんなら、さっさと使っちまった方がいい。穹が戻ってくるのもいつになるのかわからんしな』

「けれど……穹と違って悠仁は消えたらどこに行くのかもわからないのよ。もしかしたら……」

『わかってる。けど……頼む』

 

 悠仁の仮初の肉体がオンパロス上から消えてしまえば、天才たちから発見されるかどうかもわからない。ライコスの牢獄ではない、未知の渦中に行けば最悪訪れるのは「死」どころか「消滅」そのものかもしれない。

 

 その覚悟が伝わったのか、キュレネは黙ってしまう。

 しかし、そんなもので納得できるほどカイザーは柔軟な性格をしていない。

 

「ふざけるな。僕はまだ、お前からすべてを聞いていない」

『あー……それはまあ、「記憶」の力を使ってもらって……』

「直接話せ。できないと言うのなら極刑に処してやる」

『えぇ……』

 

 そんなことを言われてもぉ……と悠仁は困った表情を浮かべる。

 お互い頑固だ。それゆえに譲るつもりはないのだが、極刑と言われても困るものは困る。

 

 そもそも物理的な肉体もないのにどうやって処すんだ。口にはしないでおくけど。

 

『ケリュドラもわかってるだろ、誰かがやらなきゃいけない。だから俺がやるんだ』

「……………ならば誓え。ヤツを殺し、必ずオクヘイマに戻ってくることを」

『いや、だから時間稼ぎしに……』

「なんだ不満か?死んだら殺すぞ」

『なんでも無いです!』

 

 こういった我の強い女王様タイプの言うことはなるべく聞いておいた方がいい、と悠仁は長年の人間関係でわかっていた。

 

『じゃあ、行ってくる。穹のこと頼んだぞ』

「ええ、もちろん。でも、その時にはあなたもいなきゃダメよ?」

『うす……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「かの呪いの王と一局交えることになるとは、人生とは何があるのかわからないものですね」

『面倒臭いファンボーイだな』

「あなたには不屈の精神と諦めぬ心を学ばせていただきましたから」

『天才が根性論とは世も末って感じ』

 

 召喚した存護の槍を落とし空から落とし、目の見える造物たちを次々と粉々にしていく。

 それは流星群のように地面に降り注いでいくが、ライコスの造物もそれに合わせて数を増やしていった。槍だけでなく、壊滅のバットも取り出し、それはさながら王の軍勢であった。

 

『撃雲』

 

 琥珀色の槍に混じり、陰陽の混じった龍の槍が体躯の大きな暗黒の潮の頭を砕いた。丹恒の槍を「記憶」で模した贋作。個々が意志を持つ兵士のように召喚物たちと拮抗を繰り広げる。

 模造されたニカドリーの眷属が帷の張られたオクヘイマに弓矢を放とうとする。

 

『チッ、ヘリオス!』

 

 太陽を模した大剣がやじりごと眷属の身体を真っ二つに斬り落とした。

 あちらが出現させる召喚物の数は無尽蔵。対してこちらも召喚できるものに数の制限はないが使えば使うほど「記憶」の力が消え、オンパロスに繋ぎ止めていた自分の存在が希釈になっていくのを感じる。

 

 悠仁の「記憶」の力は簡単に言ってしまえば現象の再現。呪術的に言えば式神に近しいものだ。

 以前、ダリアからメモキーパーとしてミームの力の使い方を小耳に挟んでおり、自分自身がミームの肉体になったこともあってか、彼独自の使い方を編み出していた。

 

 灼熱の剣が次々と目の前に湧く敵たちを粉々にし、そして自らも氷の結晶となって自壊する。

 

「さすがですね、初めて使用するのにも関わらず洗練されている」

『身体が覚えてるんでね』

 

 穹が悠仁の動きによって術式の使い方を、戦い方を学んだように、悠仁もまた、穹の肉体を通してその扱いを熟知していた。

 

「ですがお気づきですか?あなたがその力を使えば使うほど、自身の存在が……」

『知ってるに決まってんだろ。いちいち言わせるな』

「失礼、無粋な真似をしました」

 

 自死などとっくの昔の昔に覚悟している。どちらかといえばいま怖いのはケリュドラがキレる方が怖い。

 氷の矢、ブラックホール、ウェポンコンテナ、調和の人形などを召喚し、溢れ出す造物たちの波をなんとか食い止めようとする。仲間たちの「記憶」の武器を頼りに悠仁は次々と眼前の敵を倒していった。

 

「ふむ……いささか見栄えに欠けますね。変数を追加するとしましょう」

 

 彼が指をぱちんと鳴らすと、暗黒の潮と眷属の軍隊の山から巨大な影が顔をだす。

 それは他でもない紛争のタイタン——ニカドリーの姿だった。「紛争」の化身、天罰の矛。神々を模した贋作が召喚される。

 

『造物エンジン』

 

 その偽神に対抗するために、こちらもかつて忘れ去られた太古の巨人の「記憶」を作り上げる。

 雪風が降り始め、見上げるのどの鉄骨の巨人が姿を現し、召喚物たちのその拳を振り下ろした。砂嵐が巻き起こり、造物たちは一瞬で粉微塵に変わる。

 

「これがヤリーロ-VIの眠れる巨人ですか。これはこれは実に壮観ですね」

 

 造物エンジンの拳が紛争の化身に落ちようとし、黄金に輝く「紛争」の矛がそのアームを貫いた。

 やはり本体よりも脆弱で耐久力もない。矛によって貫かれた造物エンジンは結晶となってまるで初めからそこになかったかのように消えていった。

 それに追い討ちをかけるようにライコスは「死」のタイタン——ボリュクスの模造品を作り上げる。帳を破壊するため、「死」の贋作が腐肉に汚れた波を敵味方関係なく吐き出した。

 

『蒼龍よ』

 

 それを押し戻すように大海原の龍がとぐろを巻いて召喚される。飲月君の力を模した大龍はその顎門で造物やニカドリーを喰らう。聖都の外は水流が豊富だ。環境に散りばめられた自然物を利用し、龍はさらに巨大化して周囲を巻き込んでいく。

 贋作と贋作のぶつかり合い。一見、均衡状態を保っているように見えるが、劣勢なのはこちらだ。巨大な「記憶」を作り上げた影響で、先ほどよりも随分と身体が透けてきている。対してライコスは他の召喚物の増援をする様子もなく優雅にその戦いを見ている。いや、優雅というよりは悠仁の戦いをしかと熱心に目に焼き付けているようだ。

 

『神宵雷……雷……なんだっけ。——ええい、神君!』

 

 金雷が轟き、仙舟の象徴たる威霊が陣刀を振えば散らかった造物たちが一掃されていった。その大剣は同じく黄金に輝く天罰の矛を砕き、石英の鎧を中身ごと砕いてみせる。そしてすぐさまもう一度先ほどの造物エンジンを作り上げ、これまでの旅路の象徴とも言うべき存在たちが一斉に並び立った。

 

「素晴らしい力ですね。これほど多彩な才能をお持ちだとは、やはりあなたはいつも私の想像を遥かに超えてくる……!」

『そりゃどうも』

 

 ライコスはパチパチと拍手を鳴らし、今度はこちらの番だと言わんばかりに三つのタイタンを召喚する。先ほどまでと同じ「紛争」「死」そして……「天空」のタイタン——エーグルのコピーが現れた。

 翼をはためかせ、天空の化身は眼下に広がる剣や槍の山を吹き飛ばしていった。三体目のタイタンの出現にさすがに悠仁も鬱陶しそうに目を細めた。だがそれで戦意が失われたわけではない。追加補充された召喚物たちに合わせ、悠仁はさらに武器を補充した。

 

 戦いはますますひどくなるばかり。1人と1人の戦争は、帳に閉ざされたオクヘイマを除いてオンパロス中に波及していく。まさに人智を超えた戦い。自然現象の如き天変地異が起こり、ありとあらゆる災害や災厄が降り注いだ。

 

 エーグルは天高く舞い、空から無数の隕石を振り落としていく。それを受け止めるために体勢を崩してしまった造物エンジンはそのまま隕石の嵐に埋もれてしまう。「紛争」の大剣が空を覆い隠し、「死」の荒波に乗って水龍の身体を貫いた。

 代わりに神君が投げた陣刀は雷の嵐を起こし、周囲に蔓延っていた召喚物たちを焼き焦がしていく。両者痛み分け、灰燼と化した大地の上、贋物のタイタンの姿を見上げながら彼は寿ぐ。

 

『ライコス、この言葉を知ってるか』

「?」

『——この旅がいつか群星に辿り着かんことを』

 

 書き殴ったページの一枚を破り、そして空へ投げる。

 その羊皮紙が目をくらますほどの輝きを放つと、列車の汽笛が世界に鳴り響いた。空を見上げると、天を駆ける星穹列車が星々を輝かせながら飛んできていた。

 

 かつて神を堕とした星海を往く列車の模造品は人工の神の胴体を貫いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃……

 穹はライコスが用意したオンパロスの外にある牢獄に囚われていた。隔離コマンドを入力された神話の外側。

 無数の巨大な配線が何本にも枝分かれし、小さなスクリーンがあちらこちらに散乱している。ここでの時の流れは世界の内部よりもかなり遅いらしく、今こうしている間にも刻一刻と滅亡の時間は迫っていた。

 

 おまけに今は悠仁もキュレネもいない。ヘルタから通信があったが、彼らから穹を直接逃せる術はないらしい。オンパロス内部のシステムに攻撃をし続けているおかげで脱出の隙はあるため、あとはこのチャンスを自分自身の手でどうにかするしかない。

 

 残された方法は穹がこれまで歩んできた運命の力だけ。どこかの運命の勢力に助けを求めるしかない。これまで数多くの運命の力を手にしてきた穹であればそれが使えるかもしれない。

 

 「壊滅」

 星核を体内に宿したばかりの宇宙ステーションにて手にした力。絶滅大君を育んでいるオンパロスにナヌークは必ず視線を向けているに違いない。ならばその力を使い、反物質レギオンやアナイアレイトギャングを呼ぶ必要はあるのか?

 いや、あの狂気に満ちた存在がこの地に降り立てば取り返しのつかない事態になる。選択肢としては論外だ。

 

 

 「存護」

 初めての旅、ベロブルグで建創者たちの残した炎槍を手にして得た力。たとえどんな辺鄙な場所であろうと、商機があればカンパニーの目にとまる。そういう意味ではオンパロスはまたとない未開発の宝山のような存在だ。精神を研ぎ澄まし、其が壁を築くときの鉄槌の音を鼓動で再現しようにもクリフォトは沈黙を貫き通した。さすがに元々視線を向けていない場所に星神の視線が向くことはないのだろう。

 

 

 「調和」

 ピノコニーで「時計屋」のシルクハットを受け継ぎ、「秩序」に宣戦した時に手に入れた力。万物を愛するファミリーならば宇宙全体に歌声を響き渡らせているはずだとシルクハットを取り出して、調和の賛美歌と同調する。先人たるナナシビトの面影が思い浮かぶも、「神話の外側」という障壁が遥か彼方の音楽を遮断してしまった。

 

 

 最後に……「記憶」

 元々、オンパロスに来たのはブラックスワンの提案だった。それに加え、彼はここで浮黎からの一瞥を受けた。きっとガーデン・オブ・リコレクションとも繋がりがあるはずだ。彼らの目的が何かはわからないままだが、絶体絶命の状況の中、他に頼れる術もない。

 

 運命の力を使い、援軍の反響が届くのを待った。

 

 

『……やっと見つけた』

 

 記憶の力が流れ、ここに存在するはずのないものが現れた。

 それは赤く染まったクラゲの姿。ふわふわと浮きその動きには意志というものが欠如していた。

 

『記憶の声を辿って……やっと見つけた。「記憶」と「開拓」の運命を歩む行人……』

「ちょっと待ってくれ、この声って……」

 

 明らかに聞き覚えのある声の主に戸惑う穹。

 そしてその優しい囁きはまるで温かい手のように魂を掬い上げ、ゆっくりと外へ広がっていく。

 

『来て、オンパロスのミソス(神話)の続きを書くために……ロゴス(理性)の檻を抜け出して……』

 

——最も明るい星、夜明けを知らせる星が空に昇ったとき……漂流を繰り返してきた1艘の小舟が、ついに島の入り江へと滑り込んだ

——運命の行人……我らは汝を解放した。行くといい……記憶の子が……汝を待っている。

 

 そこはかつて神から謁見をもらった星屑の舞う渦中。赤いクラゲが無数に湧き、一つの道を作り出している。

 その先に待っていたのは……他でもない列車の仲間である三月なのかだった。

 

「なの!」

「穹!久しぶり、ずっと心配してたんだよ〜!本当に久しぶり!」

「三月なのか、完全復活!」

「ちょっと!死んだみたいな言い方しないでよ!」

 

 どうやらなのかはここでずっと穹のことを待っていてくれたようだ。

 

「ウチがここにいる間、オンパロスで色んなことがあったんでしょ?ぜ〜んぶ聞かせて!」

「あれは昔々、俺が宇宙ステーションで目覚めた頃……」

「それはもっと前のことじゃん!ちょっとずつでいいから教えてってば!ああ、でもここじゃちょっと落ち着かないから、現実に行こうよ!この道をまっすぐ行けばオンパロスに入れるって変な声が聞こえたんだ!」

「……」

 

 何かが変だ。なのかの雰囲気がいつもと何か違う。

 具体的にどこがどうと表現できるものではなく、どこか……食べ物が歯に挟まって抜けない痒さを感じる。

 

「どうしたの?ずっとダンマリして。もしかして久しぶりすぎてしみじみしちゃった?今は黄金裔とか天才たちが向こうでアンタを待ってるんだから。ね?」

 

 違う。この違和感は気のせいじゃない。

 オンパロスのことを知らないはずなのに、なぜ黄金裔や天才たちが関与していることは知っている?

 

「そういえば丹恒には会った?」

「え?見てないけど……もしかしたら入れ違いで出てきちゃったのかも?でも大丈夫だよ!丹恒はしっかりしてるから、今頃どこかでしれっとウチらのことを待ってるよ!」

 

 いや天才2人が協力してくれたのだから丹恒は無事に列車に戻っているはずだ。そもそも穹の知っているなのかは仲間に対してこんなに無関心な人間ではなかった。

 

「お前……誰だ?」

「あれ、もうバレちゃった?ならもう演技する必要はないよね?」

 

 そう言うと三月なのかの姿をした何者かの後ろから同じように彼女の姿をした偽物が2人顔をだす。

 

「ウチらはアンタの知ってる三月なのかじゃないけれど、オンパロスに送り届けることはできるよ。まあ、アンタがウチらに手を貸してくれたらの話だけど」

「そう簡単に信用できるはずがない」

「心配しないで。ウチらはガーデン・オブ・リコレクションのメンバーなの。ウチらがお願いしたいことは二つ。一つ目はオンパロスの「記憶」の起点を見つけて持ち出すこと。もう一つは……虎杖悠仁の『記憶』の全てを彼から取ってくること」

「断る!」

「あれれ?即答?でもアンタがウチらに協力しないとオンパロスにずっと戻れないまま皆んな「壊滅」に巻き込まれちゃうよ?それにアンタ無漏の主(浮黎)の一瞥を受けたんでしょ?」

「なんと言われようと俺の仲間の姿で騙そうとして、俺の仲間に危害を加えようとする奴と協力するつもりはない!」

 

 ガーデンが悠仁の「記憶」を欲しがっていることは知っている。確かに彼女たちの言うとおり、ここで協力すればいち早くオンパロスに戻れるのだろうが、仲間の大切な「記憶」を撒き餌にするような連中とつるむつもりは毛頭なかった。

 

「フフ、やっぱりアタシの見込んだ通りだね、愛しの開拓者♭」

 

 なのかと同じ声音。しかし、間違いなくなのかではない誰かの声が響くと同時にガーデンの者たちは蜘蛛の子を散らすように姿をくらましてどこかへ消えていった。

 その奥から現れたのはなのかと同じ姿をした別の誰か。常に爛々と輝いていた青色の目は、光を失った深紅になり、海月模様の赤黒い傘をさしていた。弾んでいた声は低く沈み、先ほどのメモキーパーたちとは違って一眼でなのかではないことがわかる。

 

「誰?なのかオルタ?」

「大丈夫。記憶の中で疑問が渦巻いてて何がなんだかわからないんでしょう?それは一旦置いておいて……今はただアタシを信じればいいの」

 

 そう言ってなのかの姿によく似た彼女は穹の胸にそっと触れる。

 流れてきたのはこれまでの開拓の旅で起きてきた出来事となのかの言葉。

 

「騙すようなマネはしたくないから、『彼女』の名前は使わない。オンパロスの3月は『永夜の帳』の時間で『長夜の月』と呼ばれている。だからそれにちなんでひとまずアタシのことは長夜月って呼んで」

 

 そう言って傘を下ろした彼女が取り出したのは青い火種。刻まれている紋様はケファレのマーク。

 

「なんでそれを……」

「彼女が火種を歳月の長河の中に隠したの。いつか願いが時を越えて未来のアンタのもとへ届くことを信じて」

 

 黄金裔が「救世主」のために残した歳月の断片。そして「壊滅」という運命に決して屈しなかった彼らの戦いを見届けるために。

 

「それが終わったら、この『記憶』の祝福を受けた火種を使って、彼らの想いに応えて、未来を『開拓』してあげて。アタシは時の片隅でアンタたちを見守りながら、次の出会いを静かに待ってる……」

 

 そう言い残し、彼女の姿は泡のように消えていく。

 赤いクラゲはどこかへ消え、扉が開かれる。穹は唾を飲み、ゆっくりとその足を踏み出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 残された憶質だけの空間で、認識外の領域にいる其(・)はク(・)ラ(・)ゲ(・)のように浮遊を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはオクヘイマの外にある戦場。

 大地は割れ、空は唸り、まさに世界の終焉の再来だった。

 管理者たるライコスは王の抗いをその機械の瞳に焼き付けて続けている。新たに生み出される眷属と造物たち。神の模造品はいまだに健在であり、対して虎杖悠仁が「記憶」の力によって生み出していた剣や威霊たちは氷の塊となって霧散していってしまった。

 

 もとより付け焼き刃とも言える「記憶」の力。「知恵」の使令でもあるライコスを相手に通じるなどとは思ってもいなかった。むしろここまで時間を稼げたのだ、十分とも言えるくらいの活躍だ。

 

「素晴らしいご健闘でした。あなたの戦いをこの目で見たことは一生忘れない「記憶」となるでしょう。ここまでの時間には必ず意味があります」

 

 ライコスは本心からそう伝える。

 少なくとも彼には悠仁のわずかな時間稼ぎを徒労とはけっして口にしなかった。自身の命を顧みない憧れた戦士の最期を嘲る気など毛頭ない。

 

『……時間か』

 

 悠仁は薄れていく仮初の肉体を見て呟く。こうして消えたあとの自分はいったいどこへ行くのだろうか。オンパロスの外に弾かれるのか、はたまた冥界にでも行くのか。もしかしたら何も存在しない無に帰るだけなのかもしれない。

 

 だがそんなことは覚悟の上だ。自分の死に様はすでに自分で決めている。

 

「最後になにか言い残す言葉はありますか?」

『ない……といいたいところだけどな」

 

 手に持っていた本は擦り切れ、残されたのは最後の1ページ。次に召喚したもので、自分は消滅する。

 最後に召喚するべきなのは一体何か。造物エンジン?蒼龍?それとも星穹列車?

 いや、違う。最後の最後に取っておいた切り札をいまこそ使うべきだ。

 この鬼札を悟られないために彼は今まで一度たりとして”呪術師”だった頃の「記憶」を使わなかった。

 悠仁の「記憶」の力では過去にいた人間や戦士を投射できない。生み出された記憶の精霊はあくまで式神や武器に基づくものであった。

 

 そう。召喚できるのは式神に近しいもののみ。ならば式神は?

 

『俺って召喚術とか式神とかそういうのあんま得意じゃねぇんだけどさ』

「……?いったい何を……」

『最初で最後の授業だ。ご高説垂れてやるからよく見ておけ、小僧』

 

 最後のページに文字を書き記し、思いっきり破る。二つに千切ったそれを両手で握り手印を結んだ。奇しくもその構えは虎杖悠仁の領域展開のそれではなかった。

 

 

——伏黒(アイツ)もきっとこんな使い方をしたんだろうな。

 

 

『布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)』

 

 

 狼の遠吠えが響く。蛙が影を落として、悠仁の背後に白い繭が降臨した。暗闇が世界を包む中、ソレが産声を上げる。

 空気がぬるっと歪み、一変する。冷え込み、暗く、昏く、より闇く。

 

 

八握剣(やつかのつるぎ)異(い)戒(かい)神将(しんしょう)魔虚羅(まこら)

 

 

 繭が解かれ、羽が開く。

 頭の上には天陣が、顔には翼が。間違いなく人ではない。だが呪霊でもない。

 輪郭のぼやけていた巨体がはっきりとし、その神秘的な姿がライコスの目の前に現れる。

 

——悪いケリュドラ、キュレネ。約束破るわ。

 

 握っていた紙は消え、悠仁の体も徐々に足から見えなくなっていた。だがそれでも彼は目の前の敵に笑う。

 

「おい天才(クソガキ)……先に逝く。せいぜい頑張れ」

 

 

 

 

 呪いの王の姿は消え、入れ替わるように最凶の式神が降り立つ。

 「記憶」の力によって召喚された最強殺しのジョーカーは大地を破り、汚れひとつない白い歯を敵に向ける。

 

「——————!」

 

 神をも殺しうる適応の化身がオンパロスに降臨した。

 

 

 

 

 




悠仁の「記憶」の使い方はまんまアーチャーのUBWですねこりゃ
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