奇物:両面宿儺の指   作:二等辺大三角形

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まこーらやっぱ人気っすねぇ



不可逆の蹂躙

 

 

 帳に包まれた聖都から離れ、英雄たちは「海洋」のタイタン……ファジェイナの討伐へと向かっていた。馬に乗り、キュレネは不安そうに何度も遥か遠くに映る黒い球体とそのすぐ近くで起きている神話の戦争を見ていた。

 

 戦いの気配が止み、空気が変わる。

 

「……!」

「どうした、ピンクのウミウシ」

「……セイレンス。……いいえ、なんでもないわ」

「宿世卿が消えたのか」

 

 俯いた顔が何を意味しているのか、ケリュドラにはそれがすぐに理解できた。

 

「そうか、銀のシャチが……ワタシも残っていれば結果が変わっていたかもしれないな。すまない」

「何を言っている剣旗卿。お前が行ったところで何も変わらない。いや、むしろこちらの戦況が悪くなるだけだ。僕たちの判断が間違っているとでも言うつもりか?」

 

 そう言いつけるケリュドラの顔に動揺はない。むしろどこか苛立ちを込め、しきりに自身の杖を手のひらで叩く。

 

「あの阿呆め……誓いを破った者には裁きを下すとあれほど言ったのにも関わらずこのカイザーの命を無視したのか」

「でも……彼らしいわ」

「わかっているさ。……チッ、仕方がない。——皆の者、よく聞け!」

 

 運ばれていく玉座を止め、背後にいる兵士たちにケリュドラは語りかける。

 

「今しがた、宿世卿がこの世界から消えた。これの意味を理解出来ぬ者はいないだろう」

 

 周囲の者たちの喧騒が大きくなり始める。黄金裔もまた、天外から来た世界を救う王の訃報を聞き動揺を隠しきれない様子だった。中には今すぐ聖都の防衛を固めるために数人だけでも分けて戻るべきだと言う者たちもいる。それは少なくとも愚考ではない。帰る場所を奪われれば、ケリュドラの持つ「法」の火種の争奪戦がオンパロスのあちらこちらで波及するかもしれないのだから

 

「だが、この中に今でも戻ろうと言う者がいるのならば前に出ろ。その首を刎ねてやる」

 

 しかし、カイザーはそれを愚行と言って切り捨てた。

 

「奴が僕たちに託したのはなんだ?スティコシアまでの散歩の時間か?いや違う。あの愚者(ヒュポリテス)は自身の消滅を覚悟の上で聖都を守り抜いたのだ。ならば僕たちがするべきなのはその愚直でありながら勇敢な行動に報いるだけだ!違うか!?」

 

 皆が皆、悠仁の人柄を知っているわけではない。

 密接に話した者も、顔を見た程度の者も、あるいはそれすらない赤の他人同然の関係の者もいる。しかし知らずともわかる。オンパロスで生まれたわけでも、育ったわけでもない天外の男が自分たちの故郷のために命の炎を燃やし尽くしたのを。

 

 ならば我らも同じようにこの身の全てを焚べ、その献身に報いるのだと。

 

 オオオオオッと歓声が鳴り響き、バラツキかけた軍隊が出発時よりもさらに結束力を高める結果となった。

 

「さすがカイザー。こんな一瞬で軍を束ねて士気を高めるなんて」

「ふん、この程度もできなくてはカイザーの名が廃れる。それに僕の処刑すら恐れんあの男のことだ。ただ無駄死にするだけでは終わるはずもなかろう」

 

 片手に持ったキングのチェスを空へ投げながら、カイザーは毅然と言い放った。

 

 

 

 

 光歴3960年、ケリュドラはファジェイナ討伐を名目に黄金裔500名を生贄に捧げ、『法』の試練を完遂させた。同年、『カイザー』ケリュドラは暗殺され、その命を乱世の中で散らすことになる。

 

 


 

 

 十種影法術の式神の一体でありながら、これまでたった1人を除き調伏できた者はいない最強の式神。破壊の化身であり、最終兵器とも呼ぶべき最強の存在。

 

 筋骨隆々な人型であり、通常の人間の倍以上の巨体を持ち、目にあたる部分には左右対称の翼が生え、後頭部からは蛇のような尾が。そして何よりも目立つのは頭上に浮かぶ完全な循環と調和を暗示する紋章を模した方陣。

 

 本来は呪力がなければ存在できないような式神であるが、虎杖悠仁は自身に残った「記憶」の力を振り絞り、できる限り本体と寸分違わぬ性能になっている。今回行われているのは調伏の儀ではないため、魔虚羅は召喚者たる虎杖悠仁から命令された動作にのみ従う。

 

 その内容は至ってシンプル。

 

 『目の前の敵を全員倒せ』

 

 召喚時に眼前にいたのはオンパロスの管理者ライコスとその召喚物たるタイタンの贋物たちのみ。魔虚羅はすぐさまその者たちを敵と見定めた。

 

「——————」

 

 右腕に縛られた大剣を掲げ、一歩、また一歩と標的に向かっていく。

 

「これが……かの現代最強を殺し得た無類の鬼札ですか」

 

 ライコスは最後に悠仁が残した切り札をじっくりと観察していた。

 魔虚羅が最強と呼ばれる所以はその方陣の能力。

 

「あらゆる事象への適応……まさに領域外の生命と呼ぶのにふさわしいですね」

 

 一度食らった攻撃、阻まれた防御に対する耐性を獲得し、相手の状態に合わせてより有効な攻撃手段や防御手段を用いて敵を屠る。最強の後出し虫拳。

 この適応に際限はなく、時が経てば経つほど強力な対処法を生み出す。それはかつて無敵と謳われた五条悟でさえ、対処に時間を要するほどのものであった。

 

 だが……

 

「私はすでに知っていますから」

 

 ライコスは虎杖悠仁の記憶を通じて、その存在をすでに認知している。

 十種影法術の知識もすでにその機械頭の脳裏にしっかりと刻まれており、魔虚羅と戦う時の対処法を網羅していた。

 

 初見の技にて適応前に屠る。普段のライコスであれば様子見がてらに暗黒の潮の造物や眷属など雑魚を相手にさせようとするだろうが、今回は違う。仮にそれでタイタンに対する適応をされてしまっては元も子もないのだから。

 

「私の強みは……手数なのですよ」

 

 それゆえ、彼は今召喚しているタイタンを一斉に魔虚羅にぶつける。純粋なるままの暴力の塊が同時にソレにぶつかった。さらに彼は天空の眷属やファジェイナの眷属、「大地」のタイタンや「海洋」のタイタンの模造品までもを召喚する。

 

 いくら最強の式神といえど、相手は自身の何倍もの体躯を持つ神々の化身。しかもそれが複数体同時に襲いかかってきたのだ。適応後ならまだしも、始めてすらいない魔虚羅を相手に焦りを持つような真似はしなかった。

 

 

 だが、この時点でライコスは一つのミスを犯す。

 

 

 別々のタイタンによる圧倒的質量による攻撃。確かに魔虚羅どころか、天外の英雄たちすらも対処できないであろう暴力の塊だ。しかし、ライコスは「神礼の観衆」としてのプライドがその戦いに関与することを避けてしまった。

 

 

 彼は自らの手で一刻も早く魔虚羅を消去するべきだったのだ。

 

 

 餌に群がる鳥のように魔虚羅へと襲いかかっていたタイタンの模造品ども。

 刹那、空(・)間(・)が(・)丸(・)ご(・)と(・)切(・)断(・)さ(・)れ(・)、データで構築された贋作の身体が霞のように消えていく。「天空」の化身の翼は見るも無惨な有様となり、「紛争」の化身の鎧は中身もろとも真っ二つに切断され、「死」の竜は細長い腕や足を切り落とされていた。

 

「……何が」

 

 流石の天才No.1のザンダーたるライコスでさえ、目の前で起きた現象を理解するのに時間を要した。

 だが理解するよりも早く、魔虚羅の視線がこちらへと向く。増幅された敵意にライコスは思考を分割して、その大部分をタイタンの贋作の形成に使った。

 

 

 

 ライコスは魔虚羅のことを知っている。その能力も特性もすべて把握していた。

 だが、それはあくまで呪力によって構成された式(・)神(・)の魔虚羅の話だ。

 

 虎杖悠仁が作り上げたのはその能力を模倣した「記憶」の精霊。調伏の儀で召喚されたわけでも、十種影法術で生み出されたわけでもない。

 この魔虚羅は虎杖悠仁の記憶によって作り上げられた存在。その元となった記憶は……渋谷で大量虐殺を引き起こした最悪のものと、人外魔境新宿決戦において五条悟を葬る要員となった最凶のものの二つが融合している。

 つまりすでにこの魔虚羅は——「御厨子」と「無下限呪術」に完全適応しており、世界を断つ斬撃を会得している状態にあるということだ。

 

「——————」

 

 自身が犯した致命的なミスにライコスが気づくよりも早く、魔虚羅は眼前に広がる敵を蹂躙し始めた。

 数千、いや数万を超える暗黒の潮とタイタンの眷属たちを前に魔虚羅は怯むことなく進み続ける。右腕に装着された退魔の剣によって呪霊の特性を持ち合わせた暗黒の潮は瞬時にその姿を霧散させる。

 対呪霊に特化した剣であり、反転術式と同じ正のエネルギーを纏っているため、事実上魔虚羅に勝てる呪霊は存在しない。もはや暗黒の潮は肉壁にもならず、たった一撃で400m先の雑魚敵にまでその届き、綺麗にその肉体を真っ二つにした。

 

ガコン

 

 方陣がようやく回転する。

 適応が開始した。

 

 エイの姿をしたファジェイナの眷属——セイレーンの首を落とし、今度は天空の眷属の放つ光線を片手で受け止め巨大な拳で叩き落とした。

 魔虚羅に適応能力と退魔の剣以外の特殊な能力はない。だがそれを差し引いてもなお、魔虚羅の持つパワーとタフネスとスピードは怪物の域を遥かに超えていた。実際、肉弾戦に特化した虎杖悠仁の肉体に宿った指15本分の両面宿儺に匹敵するほどのものだ。この世界においてもこの純粋な力の塊に対応出来るのはそれこそ「使令」の中でも数が限られてくるだろう。

 

ガコン

 

 方陣が回転する。

 

 頭に複数刺さった矢尻を抜き、それをまとめてニカドリーの眷属へと投げ返した。音速を超える豪速球になすすべもなく彫刻の兵士たちは崩れ落ちる。真っ白な体から気味の悪いほど真っ赤な、まるで人間と同じ血が溢れ出すが、気にするそぶりも見せず、魔虚羅は眼前に迫る敵どもを殺し続けた。

 

ガコン

 

 一つ目の適応が完了した。

 先ほどまで流していたはずの赤い血は消え、純白の肌はさらに輝きを増している。

 

「……いったい何に適応したというおつもりで?」

 

 ライコスの疑問に当然ながら魔虚羅は答えない。

 ただ先ほどと同様に己が力を持って敵を殺し続けるだけだ。

 

 

 

 記憶の精霊たる魔虚羅が今行った適応した対象は「不完全な状態で召喚された自身」

 あくまで付け焼き刃。極限にまで振り絞った粕すらも残さない「記憶」の力によって生み出された魔虚羅は最凶と最悪の「記憶」を持って生み出されはしたものの、適応能力に関しては本来の式神に遥かに劣っていた。

 

 だから適応した。

 

 不完全な状態で召喚された「記憶」の精霊たる魔虚羅は本来の式神にまで昇華し、100%のポテンシャルをこれより発揮するようになる。

 

 

 天空の化身のコピー体がたった一体の式神に向けて流星群を放つ。遥か上空から降り立つ岩石を魔虚羅は一歩も足を動かすことなく同時に斬り落とした。そのまま上空へ飛び、怪鳥の眼球を突き刺し殺した。

 エーグルはただのデータの塊となって消失し、消耗品のように先ほどと同じコピーが補充されていく。虎杖悠仁と変わらない一方的なまでの消耗戦。だがその消耗戦はひたすら魔虚羅を神から別の次元の何かに押し上げるだけだった。

 

ガコン

 

 世界を断つ斬撃を持って「海洋」と「大地」のタイタンの眷属たちを皆殺し、空が海が大地が等しく荒れ狂う。その天変地異に巻き込まれ幾つもの造物や眷属が無惨なままに潰されていった。体の一部を欠損してまで向かってくる雑魚どもに剣を振るうことすらせず、巨大な拳を繰り出す。

 

ガコン

 

 周りにいる敵を一掃し、再召喚されたエーグルへと一直線に向かっていく。骨の首は裂け、二つの頭が顔をだしたエーグルは雷と熱の乱気流を操り、飛来してくる魔虚羅にぶつけた。風の刃に切り裂かれ、屈強な肉体に無数の傷がつく。

 だが痛みなど知ったことかと言わんばかりに、迫り来る乱気流を通り抜け片手でその頭蓋を掴んだ。

 

ガコン

 

 退魔の剣を頭から胸部のコアにまで一直線に切り落とす。肥大化した手のひらで翼をもぎ取り、もう一頭の頭に斬撃を飛ばした。エーグルの援護をするかのように「紛争」の力の籠った天罰の矛が魔虚羅に刺さり、右脇腹が抉られ真っ赤な肉がまろび出ている。

 だが肉体の欠損によって運動能力が衰えたような素振りも見せず、大地に突き刺さった黄金の矛を魔虚羅はニカドリーの偽物へと投げ返した。

 

ガコン

 

 魔虚羅が「天空」への適応を完了した。

 

「凄まじいとしか形容できませんね」

 

 徐々に「記憶」の精霊から別の何かに変容し始めているのにも関わらず、ライコスは傍観をし続ける。それは「神礼の観衆」としての絶対的な上位者たる立場からくるものだけではなく、天才として、研究者としてこの生物が行く末を見たいと思ってしまったからだ。

 

 

 「天空」の化身への適応を終わらせた魔虚羅にもはや目の前の神もどきは敵ですらない。

 

 

「——————!」

 

 両手でその亡骸を掴み、骨ばんだ神体をバラバラに砕いてみせた。

 直ちに再召喚されると思われたエーグルのコピー体であったが、その気配は一向にない。

 

「まさか……データに適応したとでもいうのですか」

 

 「天空」の化身の外殻モデルが完全に破壊された、とライコスは理解する。その原理を解明しようと思考を張り巡らすよりも早く魔虚羅は次の標的へと向かった。

 

 「紛争」のタイタンが黄金の槍雨を降らし、「死」のタイタンが濁流を起こす。

 

ガコン

 

 方陣が回転する。

 

 胸に突き刺さった矢が膨れ上がった胸筋によって抜かれ、濁流の波を一閃した。空間すらも裂く次元斬に対しなすすべもなく、世界が開闢していく。

 切り拓かれた道を進み、魔虚羅はニカドリーの贋作へと急接近した。即座にその接近に対処しようと、ニカドリーは大剣を振るうも、大地を切開しうる刃は両手で受け止められてしまう。凄まじい握力でその刀身を割り、紛争のタイタンは再接近を許してしまう。

 

「——————」

 

 瞬時、矛を手放し自らを押しつぶさんとする両手を掴み返す。戦神として造られたタイタン最強の肉体。

 お互いの握力が敵の手のひらを破壊しようと試みる。力は完全に拮抗していた。

 

 

 はずだった。

 

 

ガコン

 

 方陣が回転する。

 

 魔虚羅の持つ体躯が一回り大きくなった。パワーが増幅され、「紛争」のタイタンを徐々に徐々にと押していく。

 砂埃が起こり、タイタンの足元は次第にその怪力に耐えきれずにヒビが入って割れる。

 

ガコン

 

 方陣がもう一度回転した。

 

 さらにその巨体が膨れ上がり、ニカドリーは魔虚羅の筋力に堪えきれなくなる。

 そして怪物は獲物を嗤う。

 手はひしゃげ、石英の鎧が砕けていく。最初に召喚された頃の倍以上の肉体となった魔虚羅はその勢いで「紛争」のタイタンの両腕をもぎ取った。

 

 

ガコン

 

 

 魔虚羅が「紛争」への適応を完了した。

 

「——————!」

 

 自由になった左腕を振り上げ、兜に包まれた石骨の頭蓋を叩き壊す。ニカドリーの亡骸は彫刻のように崩れ、息を吐く暇も無く消滅していった。

 

 「紛争」の消失を確認すると、地面に転がっていた消滅寸前の黄金の槍を持ち上げて「死」のタイタンのコピー体へ投げつける。体を覆っていた卵の殻が割れ、中から翼をはためかせた一匹の竜が姿を現した。

 タナトスの贋作はまるで本体のように「死」の力で自らの領域を作り上げていく。そこは冥界と同じ、生者の存在を許さない死の世界。その領域は敵味方関係なく「死」をもたらす。

 

 足元にいた造物や眷属は死に絶え、魔虚羅もまた「死」にその身を蝕まれた。

 仲間のタイタンが消えた今、タナトスの贋作がその能力を解放しない理由はない。

 

ガコン

 

 足を落とし、屈んでいた肉体を起こす。

 

 紫色の花が咲き乱れ、蝶が舞う。

 天上に浮かんでいた欠けた月を見て、魔虚羅は何を思ったのか、その美しく冥界を照らす満月を無情にも真っ二つに斬り分けた。右腕に縛る形で装着していた退魔の剣をへし折り、天高くこちらを伺うタナトスに投擲した。

 

ガコン

 

 割れた刃は空を飛び、翼を貫く。

 一直線に向かってきた凶刃に反応できないまま空中で体勢を大きく崩した竜。魔虚羅はその隙を逃さず、自らの脚だけを使って飛び上がり、竜の尾を掴んで勢いよく地面に叩きつけた。

 そのガラ空きの胴体に魔虚羅は拳を入れ込む。間髪入れずにもう一度、拳を叩き竜は悶える。

 

「——————」

 

 容赦のない拳の連打に耐えかねたのか、タナトスは一矢報いるために顎門を開き、地面をも溶かすブレスを放った。

 振り上げていた左腕が焼かれ、すぐさま魔虚羅は回避行動をとる。

 

ガコン

 

 溶け落ちていた腕はいつの間にか再生し、先ほどよりもさらに大きくなっていた。 

 しかしここは冥界。一種の生得領域。

 魔虚羅といえど、領域内に付与された「死」の気配はどれだけ適応しようと自分の体を蝕む。

 

 ならばどうするか。

 

「——————ッ!」

 

 魔虚羅は腰を落とし、地盤を掴んだ。

 冥界といえど、元はどこにでもある普通の大地。尋常ならざる握力で掴んだ地盤は勢いよく持ち上げられ、冥界を包み込んでいた大地の全てが割れる。花々は虚しくも土壌に潰れ、空を飛んでいた蝶の気配は消えた。

 

 両手に持った地盤を魔虚羅はタナトスへと投げつける。

 流石に冥界そのものをひっくり返されるとは思ってもいなかったのか、その巨大な土砂の塊に直撃した「死」の竜の贋作は地面へと落ちていった。

 

ガコン

 

 方陣が回転する。

 

 土砂に埋もれたタナトスに掴んだ両手が槌のように叩きつけられる。地鳴りを起こし、その衝撃はオンパロス全土にまで届いていった。

 抵抗しようとかぎ爪を振るうも、魔虚羅はそれを片手で掴み骨ごと折った。

 

ガコン

 

 魔虚羅が「死」への適応を完了した。

 

 空いた胴体に数百の拳が連続で叩き込まれる。残像が浮かび、目にも止まらぬスピードとパワーを伴ったその拳をもはやタナトスは受け止め切ることはできなかった。

 最後の最後の力を振り絞って、口の中にブレスを貯める。この距離で命中すれば、今の巨体となった魔虚羅さえも消滅は免れないだろう。

 

 命中すればの話だが。

 

「——————!!」

 

 そんな攻撃の隙を許すはずもなく、魔虚羅は強くその頭を叩いた。

 今にもブレスを放出されようとしていた口が閉ざされ、エネルギーの塊は行き場を失い、竜の口の中で爆ぜた。

 あっけなく自爆したタナトスもまた、他の神と同様に消えていき、冥界に包まれていた世界も同じように戻っていく。

 

 もはや残された敵は際限なく召喚されていく暗黒の潮の造物と眷属のコピー体と……その召喚者たるライコスのみ。

 

ガコン

 

 方陣がまた回転を始めた。

 雑魚どもに用はないと、白い歯を管理者に向ける。

 

「素晴らしいデータが取れました。『記憶』の中の映像と肉眼ではこうも違うのですね。私のこの目を肉眼と呼んでいいのかは怪しいですが」

 

 手持ちの兵士たちが消えたのにも関わらず、ライコスはその不遜な態度を崩さない。

 

「タイタンのデータが消えてしまったのはいささか予定外ですが問題ありません。あなたを使えば、今回の永劫回帰ですべてを終わらせられるでしょうから」

 

ガコン

 

 ライコスが指を鳴らす。

 魔虚羅のその足が止まる。魔虚羅の時間だけが停止された。かつて開拓者を連れ去った時と同じように。

 

「『神話の外側』には開拓者がいますからね。別の場所を用意しておきましょう。とりあえずはゴミ箱(ダストボックス)にいてもらうことになりますが構いませんか?」

 

 魔虚羅が返事をすることはなく、機械の両手はその体躯を包み込んだ。

 パシャリとその肉体はデータの塊となり、オンパロスから処分されることとなる。残されたのは、数体の召喚物とライコスのみ。怪物が残した戦場の跡は見るも無惨な有様となってしまっていた。

 

 呪いの王が託した最後の抵抗は虚しくも管理者に新たな力を与える形で終わってしまうこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガコン

 

「…………?」

 

 聞き覚えのある方陣の音が聞こえた。

 周囲を見回す。当然ながら、あの白無垢の怪物の姿はない。

 

ガコン

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 ありえない。そんなことはありえない。

 

ガコン

 

 ライコスはもう一度周囲を見渡す。そしてすぐさまダストボックスを確認した。

 

 

ガコンガコンガコンガコンガコンガコン…………ガコン!

 

 

 適応が完了する。

 

 

「まさか……」

 

 

 空間が割れる。

 その中から飛び出してきたのは白い肌の指。

 人間の頭蓋であれば一握りで潰せてしまうほどの大きさを持った手がその空間を引き裂いた。

 

 白い歯がこちらを見てニヤリと笑う。

 傲慢な管理者に鉄槌を下すため、白き悪魔がオンパロスに再臨した。

 

「シャットアウ——」

 

 何かをしようとしたライコスよりも早く、その拳がライコスを捉える。

 爆発物のような轟音が響き、機械の頭部に付いていたマスクが割れ中身が露出した。たった一振りの衝撃で数千キロ先にまで吹っ飛ばされたライコスはかろうじて残っていた脳部をフル回転させ、なんとか現状を把握する。

 

 管理者たるライコスは相手が黄金裔でもない限り、絶対的な優位に立っている存在。思いのままに命を遮断することすら可能だ。

 

 

 そのはずなのに

 

 

「私という存在にすら適応したというつもりですか……」

 

 こちらの反応を超えた速度で拳が繰り出されたということはそういうことだろう。自身の絶対的な優位性が崩されたことに、ライコスは少なからず動揺を覚えた。

 

 しかし、それと同時に「知恵」の使令たる自分やセプターのシステムすら超えうる領域外の生物に興奮を隠しきれない様子でもあった。

 

「やはり……私は間違ってなどいなかった……!」

 

 火花を散らしながら見るも無惨な有様のライコスは”呪力”が可能性に満ち溢れていることを確信する。

 そんなこと知ったことではないと、魔虚羅は無慈悲にその拳を顔面へと叩きつけた。ひしゃげ、スクラップとなったライコスを魔虚羅はこれでもかと殴り続ける。

 中の配線が露出し、原型はもはや留めていない。かろうじて残った発声機能を使い、ライコスは掠れた声で宣言しようとする。

 

「神礼、の……観衆の、名にッ……おいて、わ、わわ私は見————」

 

 

 ぐしゃり。

 最後までその宣言を言わせることなく、魔虚羅は忌々しいその頭蓋を砕き壊した。

 目の前の敵をすべて倒す。その役目を完了した魔虚羅は溶けるように体を影に落とし消えていく。

 

 

 

 管理者と呪いの王の戦いは結果として両者痛み分けという形で幕を下ろすこととなった。

 

 これより100年、ライコスが表舞台に姿を現すことはない。

 

 




魔虚羅の勝つ姿が見たかったので書きましたが想像以上にバケモノになってて笑ってしまった
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