「話はだいたい理解した。聞きたいことも山ほどあるけど、とりあえず……先に言って?」
『あ、はい、すんません……』
長夜月と接触し、そこでミュトゥスからの視線を受けたことを説明すれば信じられない、なぜ早く伝えないんだと言わんばかりのヘルタの視線が降り注いだ。優しいスクリューガムもすぐにはフォローを入れてくれなかった。
「しかしヘルタさん。未確認の『神秘』の使令が虎杖さんだったことはむしろ僥倖かと。なにせ彼には『知恵』と敵対する理由がありませんから」
「じゃあ尚更もっと早く言うべきでしょ」
「それはごもっともです」
『ごめんじゃん……』
天才たちからの厳しい視線にさすがの悠仁も少し涙目。
しかし使令になったからといって、肝心の力の使い方を悠仁は把握しきれていない。なにせ「神秘」の運命を歩んでいたのはギャラガーと長夜月だけ。前者は虚構歴史学者として役目を終えて消えてしまい、後者はそもそも接触すら困難。聞いたところでまともに答えてくれるかどうかさえ怪しい。
神秘というのはそもそもが謎に包まれている運命。偽造や虚飾、忘却や未知を司ると言われているがその名の通り、細かいところは何一つとしてわかっていない。そもそも"運命"の力でさえ「記憶」でようやく扱えるレベルなのに、それ以上に不可解で謎の力を齎されてもこっちが困る。
『"神秘"の力ってどうやって使うん?こう、なんか、力が溢れてくる!これが"神秘"の力か!ってわかるもんじゃないの?』
「そんなこと私たちが知るわけないでしょ。『神秘』は秘匿に長けてる。これまで何度か襲撃してきたリドラーや虚構歴史学者を捕まえて調べたことがあるけど、わかったことはそこに隠されたものがあるってことだけ」
『つまりほとんどわかんないと』
「お力添えできず申し訳ありません。ですが虎杖さんが肉体を得ることに成功すれば自ずとその力の使い方もわかるかと。"記憶"の力で構成されたミームの肉体はあまり"神秘"と相性が良くありませんので」
つまり"神秘"の使令として力を行使するためには穹の身体に戻るか、ちょうどいい器を見つけるしかないのだろう。
せっかく得た力なのに活用がほとんどできないというのは自分の若い頃をなんとなく思い出してしまう。軽くため息をつきながら、悠仁は天才2人とともにヤドリギという飛行船に乗ってセプターの奥地、デミウルゴスという名の隠されたタイタンを探しに行ったのであった。
——拳一明三
——君命無二
——一意専心!
黄金の龍は大地を潜る。
木が拓き、花は芽吹き、生命が寿ぐ。
「俺は大地であり、その上に生きるすべてでもある。俺は——
「大地」の権能を受け継ぎ、新たな半神となった丹恒が穹を1000年の眠りから掬い上げる。
過去の龍尊とは違う新たな「存護」の姿がそこにはあった。背は普段よりも高く、頭からは龍の角が、背中からは龍の尾が顔を出している。
どこか物腰が柔らかく成熟した雰囲気ではあるが、間違いなく「開拓」の旅の仲間である丹恒だ。
「丹恒!」
「遅くなってすまない。なんとか長夜月に先を越されなくてよかった」
「なのと悠仁を助けないと」
「安心してくれ、俺もあいつらのことを諦めるつもりはない。みんなで列車に帰ろう。誰一人欠けることなく。幸いにも、虎杖の方は天才クラブたちがなんとかしてくれたようだ。俺たちは三月のことに集中しよう」
列車のみんなも無事なようで、世界の外にいても救助を諦めず力を尽くしてくれているらしい。
丹恒のもつ撃雲は金色に輝き、青白いモヤが取り囲んでいる。
「丹恒、それって……」
「ああ、
火種は呪力を宿している。
オンパロスは"呪い"の実験場であり、「半神」は術式を所有している。例えそれが天外からやってきた者であっても、火種を受け継げば同じように"呪術師"になれる。
約1000年にも及ぶ長い自己研鑽の末に彼は独学で"呪い"の扱いを会得してみせた。
そして二人は囚われた三月なのかを救うために長夜月が潜んでいるセプターの奥地に進む。
忘却の気配に満ちた「記憶」の渦中。扉を開けた先に広がっていたのはオンパロスの古代都市的な風景とは似ても似つかない巨大な演算装置。
どういうわけか、キュレネの「記憶」の姿が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。誰かにオンパロスの物語を語ってはセプターのシステムに消去されていった。
世界の最深部。デミウルゴス・マトリクスで彼らは再び長夜月と接触する。
「世界の最深部は『開拓』の再開場所にピッタリだね」
「俺たちが再会を望んでいるのはお前じゃない」
「相変わらず仲間に対して冷たいね、丹恒は」
「お前は仲間じゃない!」
長夜月の目的はたった一つ。
鉄墓を使って「知恵」を壊滅させ取り込もうとする「記憶」の陰謀を無にするため。
その手段はこれまでキュレネが残してきたオンパロスの記憶をすべて消し、紡がれていった「英雄たちの物語」をなかったことにするため。
「アタシと一緒に来て。そうして安らかに眠ってくれさえいれば、銀河は救われる」
オンパロスを消し去ることなど当然、認めるはずもなく彼らは仲間の姿を間借りした彼女に武器を向ける。
「もし俺たちが頷くと本気でそう思っているなら、お前は少しも三月を理解していないことになる」
「……はあ、なのかみたいに他人と付き合うなんて、アタシには無理みたい。だけど、あの子に明日を夢見させてこの楽しい旅を続けさせるためには……どうしても未練の中で燃やさないといけない『記憶』が必要なんだ♭」
雨が降り始める。
光を吸い込む真紅の瞳が黒傘からこちらを見つめる。海月が彼女の周囲に集い、「記憶」の波が彼女を飲み込む。
波の中から姿を現したのは禍々しい「記憶」の精霊。
「人の本質を変えられるものは?『記憶』?いいや違う」
腐り果てた蛇の肉体、狂気に呑まれた老人のような顔と鳥の翼。ちぐはぐに縫い付けられた黄金の血の「記憶」の集合体であり、裁定者を語る忘却の獣が姿を現した。
その姿はもはや暗黒の潮とは比べ物にもならないほど醜く、まさに呪霊と言えるだろう。
「その……逆だよ」
「「「ぎひ、ぐひ、ぎゃは、ぐばははははっ!!」」」
黄金の池から歪な身体を持った顎を鳴らし、忘却を定むる者は黄金に輝く人間の瞳を持った羽のない鳥たちを召喚する。耳障りな鳴き声をあげ、敵である二人に攻撃を始めた。
「山の唸り、龍の咆哮!」
槍を掲げ、黄金の龍が丹恒の背中に出現する。
「不朽」の力を宿す新たな龍霊が巨大な顎門で黄金の血の精霊たちを次々と噛み潰していく。その後ろを続くように丹恒の槍と穹の槍が新たに召喚されていく精霊を貫く。
「「「有罪、有罪ィ!」」」
忘却を定むものは「忘却」に抗う者たちに憤怒の表情を浮かべ、気味悪いほどに歯並びの良い顎を穹へと向けて迫る。
「龍よ!」
残飯を処理するように、醜悪な顎を剥き出しにした精霊を戻ってきた龍霊が食い止める。
本体を食い止めている間にも黄金の血の精霊は次々と黄金の池から召喚される。人間の特徴を一部分だけ持った正気とは思えない異様な造形。
「ルールは破るためにある!」
太い犬歯を持った精霊の噛みつきを避け、その上顎に思いっきりバットを叩きつける。怯んだ身体に血の糸を巻きつけて穹は振り回して薙ぎ払った。
「金石の意志!」
「大地」の半神の権能を存分に活用するために、丹恒は地面を叩きつける。足元から二つの大木がまるで大蛇のように次々と敵を蹂躙していく。
「よっ、ほっ!」
血だまりを浮かせ、形成した足場に乗って穹は上空から忘却を定む者に奇襲を仕掛けた。
しかし、処刑人の黄金の瞳は見逃さない。顎を歪ませ、醜悪な顔で「記憶」は嗤う。
「「「罪人がァ!」」」
刃のついた尾を電動ノコギリのように回転させ、黄金の精霊は味方もろとも穹の体を切り刻む。琥珀の槍ではなくバットを構えていたためか、その攻撃を防ぎ切ることができなかった。
「穹!」
「大っ丈夫っ!」
躊躇いもなく身からを巻き込んだ攻撃に反応しきれず切り飛ばされた穹の肉体には切傷があちこちに浮かんでいる。そのまま放置して激しい戦闘を継続すればすぐに失血死してしまうかもしれないほどの量だ。
しかし、その傷は彼が手をかざすとともに蒸気の音とともにみるみる塞がっていく。
「「「ヌゥ!?」」」
反転術式。
虎杖悠仁による数度の入れ替わりと赤血操術の会得により使えるようになった新たな術式。足りない練習時間の中で習得した傷の縫合と止血をこれまでの戦闘経験で培ってきた技術を使いなんとか形にしてみせたのだ。
だがそれで痛みまで治るわけではない。刻まれたところはじんじんと痛み、周囲の精霊たちは回復のいとまを与えようとはしてくれない。
丹恒が撃雲を薙ぎ払い、周りの敵を一掃する。その間になんとか自己回復を完了させた。
「「「諸共、断罪!」」」
鋭利なトゲのついた壁が二人を取り囲みジリジリと迫り来る。
「下に避けろ!」
龍霊がその強靭な前足で地盤を破り、迫り来る拷問壁を浮かせ二人はなんとかくぐり抜けた。
燃え上がる琥珀の槍を構え、宙に浮かぶ精霊へと投げつける。無駄に分厚い面を撃ち抜くと思われたそれは正面住んでのところで避けられる。そして自身の足元へ迫ってきた罪人たちの姿を見て、ニヤリと笑った。
「「「斬首刑に処す!!」」」
それが誘導されたということに気づくにはもう遅く、二人の視界に鋭さを微塵も感じられないギロチンの太い刃が降り落ちてきた。もはやそれは斬るという工程を省き、罪人を痛み苦しめさせるほどのぶ厚さを持っている。
垂直落下して落ちてくるギロチンの刃を前に隙を晒した二人が防ぐ術はほとんどなかった。しかし、目と鼻の先に来る寸前で、穹の体は激しく横へ吹き飛ばされていた。
「丹恒っ!」
それは紛れもない仲間からのものであり、刃が迫る寸前で丹恒が穹の体を押し飛ばしたのだ。
昇った土煙が次第に散っていき、黄金の血を流して倒れかける丹恒の姿がそこにはあった。黄金の龍霊は彼の意識が消えかかるとともに徐々に徐々に薄れていく。
「「「ギャハッ、ギャハハハッ!!」」」
執行人はボロボロになった丹恒に追撃をせずその姿を嘲笑う。オンパロスの「記憶」の残し続けるという行為を愚行とでも言うかのように、その抗いを、意志を無意味だと宣言するように。
「お前……!」
仲間の姿を嘲るソレを相手に穹はバットを無意識のうちに強く握りしめていた。
「何が可笑しいんだ!!」
黒いバットは血液でコーティングされ、ルビー色に光り輝く。負の感情が怒りによって増幅されていく。
大地を削り、目の前の醜悪な精霊に穹は急速に飛んでいった。
「「「無意味、無意味、無意味ィ!!」」」
怒りに飲まれた攻撃を歯牙にもかけず精霊の尾が彼の腹部を鞭打った。
「グゥッ!!」
急所に当たったのか、その攻撃は激しい痛みをもたらしたまま床を削って落ちていく。肋骨が何本か逝かれたのか、上手く立ち上がることができない。
「ふぅ……ふぅ……」
かろうじて意識を保った穹は口元の血を拭い、バットを支えにして立ち上がる。
黄金の瞳は依然としてこちらを凝視し続けていた。瀕死の状態であるが、反転術式でなんとか体勢を整えた穹を相手に警戒を崩さない。
——落ちつけ、冷静になれ!怒りに呑まれるなって悠仁から言われただろ!
根を張るように体の隅々まで血を巡らせ血管で体の輪郭を形成するイメージを
重ねた手のひらの中で極限にまで圧縮する。
圧をこれでもかと加え、血溜まりを錬成させる。
イメージはできている。あとは……
「百斂——穿血」
放つだけだ
血液の神槍は亜音速よりも遅い速度で飛んでいく。
悠仁とは比べ物にならないほどお粗末な練度のそれは精霊の身体を貫くことはなかった。
できた傷はかすった程度。なんだ今の弱っちい攻撃はと言わんばかりの笑みを浮かべる精霊。
しかし、その余裕はすぐさま崩れ落ちることとなる。
——ぐらり
視界が歪んだ。
「「「!?!?」」」
酔いが回ったように、世界がねじ曲がって見える。黄金の眼球は混乱して、突然自分の身に起きた異常に対処しきれない。
開拓者の体内には虎杖悠仁の呪物が眠っている。
そしてその呪物の中には当然、呪胎九相図のものも含まれており、性質もすでに受け継いでいた。
すなわち、毒物である。
本来の毒であれば、物理的な肉体を持っていない「記憶」の精霊に対しての効果は薄い。だがこの精霊はオンパロスの記憶の残骸から生まれた存在であるため、当然"呪力"を有している。そのため、幾億年と熟成され続けた王の呪いの血毒が精霊の身体を蝕むことに成功したのだ。
「星穹列車ファミリィィイイ……」
状況が分からず、混乱し続ける黄金の精霊を前に穹は泰然とバットを構える。
「ファイヤーー!!!!」
空いた胴体に渾身の一撃が入る。
モロに食らったそれは空間を歪ませ、呪力の巡りを廻転させた。
——黒閃!
「「「ぶへぇつ!?!?」」」
情けない悲鳴とともに、倍以上の体躯を持っているはずの精霊がぶっ飛ばされた。
派手に飛んでいく主の身体を見て、召喚された他の精霊が反撃をしようと足を速める。
数十体はいるであろう「忘却」の軍勢を前に穹は焦りを出さない。ただただ激情を平らにしたまま、目の前の敵に血液の呪力を込める。
「なのかみたいに、しなやかに……」
黒閃によって回復した呪力と新たに掴んだ「赤血操術」の真髄。
即席の血の矢が上空から降り注ぎ、精霊たちの身体を穿ち、縫い止める。地面に刺さった矢は勢いよく爆ぜ、次々と「記憶」で構成された身体が破壊されていく。
「「「死ね、死ね、死ねぇ!!」」」
「丹恒みたいに……揺るぎなく!」
般若の如き表情で体勢を整えた忘却を定むるものは、怒りのままに上空に小さなギロチン台を作り上げる。鋭利に磨かれた刃は穹の前の道を阻むように落下してきたものの、琥珀の槍を血で固めた穹はその刃を逆さに壊し返す。
「「「ヒィッ……」」」
一歩一歩、着実に向かってくる穹を前に、処刑人ははじめて怯えた表情を見せた。
黒閃を狙って出せる者はいない。しかし、今の彼にはそれを狙って出せる凄みがあった。
もう一度あれを貰えば間違いなく死ぬ。そう確信していた精霊は尾を巻いて逃げの体勢に入っている。
「不朽不滅を持って……」
だがその逃亡を防がんとする者がいた。
背後から黄金の龍がとぐろを巻いて分裂していく。しねり、唸り、金色の龍の力が槍先に集まっていく。意識を回復させた丹恒は好機を逃さないためにひっそりと隠れてこちらの様子を伺っていたのだ。
ガラ空きになったその背中に自然の怒りが牙をむく。
「八荒を翔け、厄災を払え!」
「「「何ィ!!??」」」
意識外からの奇襲に対応しきれなかった精霊は撃雲の刃に身体を貫かれ、勢いよく穹の前方へと落下していった。
「悠仁みたいに……」
バットをしまい、拳を彼と同じように構えを見せる
力を込め、しかし怒りに呑まれずに、極限状態での集中力をもって彼は極地に辿り着く。
黒い稲妻が彼の中で萌芽し、それが精霊の見た最期の景色になる。
「パワフルに!!!!」
——黒閃!!
火花が小さな掌の中で微笑む。歪み捻じ曲がった空間の中で終息したエネルギーの塊が精霊の醜い顔面に命中した。頭蓋が割れ、精霊はうめき声をあげる暇もなく黄金になって溶けていった。
「ふぅ……なんとかなった」
「いや、まだだ。奴が来る!」
激しい戦闘の後の休息を与える暇もなく、長夜月がクラゲとともに姿を現した。
赤い「忘却」は満身創痍の二人を取り囲み逃がす隙を与えようとはしない。
「お疲れ様、それじゃあおやすみ♭」
差し迫る手を前に二人はかろうじて臨戦体勢を保ち続けるが防ぐことはできなかった。
しかし、その間に聞き馴染みのなる声が響いていた。
「待って!」
「キュレネ!?」
それは「記憶」の精霊の、ミュリオンの姿をしたキュレネの姿だった。
「——過去のさざ波を呼び起こせ!」
彼女が羽ペンを振った瞬間、長夜月の前に青色のクラゲが姿を現した。それは「忘却」の力を持つ長夜月の赤いクラゲではない。
「……これは」
「穹!これで彼女を撮って!早く!」
説明する暇もなく、キュレネが手渡してきたのはなのかの青いカメラだった。
その真意を理解するよりも早く、穹は急いでカメラのボタンを押した。
「よくやったわ!ここからはあたしたちに任せて!」
「調和」の旋律とともにキュレネと長夜月の姿は消えていった。
その後を追うために、最低限体力を回復させた二人はサンデーの協力もあり、長夜月を閉じ込めた「記憶」のエリュシオンへとやってくる。
「三月たちは……この記憶域の中にいるんだろうか」
「キュレネとなのを信じよう」
「ああ、だが油断は禁物だ」
風の音も、さざ波の音もしない不気味なほどの静寂。
人気のない村の中には誰一人として生者はいない。歩いていった先に見えたのは桟橋に立ち尽くす「長夜月」の背中だけだった。
キュレネとなのかが肉体の主導権を返したのかは分からない。現にその後ろ姿は「長夜月」のままだ。
「今回は隙を見せるな……」
おそるおそる近づくその背中に二人はある言葉を投げかける。
「拳一明三……」
「君命無二……」
「「一意……」」
それは列車組の合図として使われる単語。
ナナシビトの間でしか、そして彼らの中でしか使われたことのない唯一無二の言葉。
「……専心?」
ぼんやりした声で「長夜月」の姿をした彼女は言葉を返す。その声音は彼らがよく知るものと同じだった。
波の音が復活し、風が記憶域の中を翔け抜けていく。夕日に反射した池の光が彼女の姿を確かに照らす。
「三月か?」
「……もちろん、ウチだよ」
振り返った先にいたのは容姿は少し異なれど間違いなく三月なのかの姿だった。
赤く染まっていたはずの瞳は綺麗に輝き、純粋無垢な笑顔が彼らに向く。
「久しぶり」
「なの!」
穹がすぐさま彼女の元に駆けつけ、後に続くように丹恒もすぐに来て暖かい抱擁をかわす。
長らく会っていなかった友の再会に彼らは涙を流しながらその瞬間を分かち合った。
「なの……おかえり」
「うん、ただいま!」
こうしてさざ波と烈日の中で彼らはようやく再会を果たす。
セプターの中枢。大君の胎盤。
ヤドリギに乗った天才2人と悠仁はいまだにデミウルゴスの痕跡を掴めずじまいでいた。「知恵」の気配はさらに減衰し、「壊滅」が色濃くなっていく。
そんな奥地で彼らはある人物との再会を果たす。
『ライコス……』
「お、おお、……おひさし、しぶりです。いた杖殿」
「後輩への挨拶は忘れたの?脳みそと身体を分裂しちゃったせいで礼儀も忘れちゃったみたいだね」
それは身体のほとんどを大破され、首と身体が完全に切断されたザンダーの姿だった。
アナイクスの拘束から逃れるために彼は神経回路の一部を遮断したが、スクリューガムが仕込んだ溶断機能、いわゆるプログラム式の爆弾が作動したのだ。結果として脱走しようとしたその身体はボロボロになり無残な最期を迎えた。
火花を散らし、機械の肉体のあらゆる場所から配線が飛び散っていた。しかし、その遺骸の上からライコスのホログラムが出現する。
『それは失礼。ようこそ、お越いでくださいました』
『うわっ、出た』
悠仁はそのザンダーの姿に隠すことなく嫌悪感をあらわにした。ヘルタの背中に隠れ、密かに飛んでくるファンボーイの視線をなんとか避ける。
『特に虎杖殿。「神秘」の使令への昇格おめでとうございます。私としてはあなたが神々の"運命"に囚われることは若干解釈違いでもあるのですが……それでも「知恵」を殺しうる「神秘」であればこれ以上喜ばしいこともないでしょう。ヌースを殺すという私の計画もある意味では成功したことになりますね』
「おじいちゃん、この厄介オタクどうにかして」
『え、俺!?……俺かぁ。俺だなぁ……』
流石に不服。
そもそも使令になったところで悠仁に「神秘」の力を行使してその使命を果たすつもりは一切ないのだ。世界に虚構を振りまくことも、「知恵」を殺すことも考えていない。気づいたら使令になってたのだから当然である。というかどうやればいいのかわからない。
ヘルタと悠仁がその面倒臭い最初の天才を相手にしている最中、スクリューガムは木っ端微塵になったオムニックを解析していた。
「解析が完了しました。彼の脳内にデミウルゴスの痕跡は確認されませんでした。ですが、不自然に消去された項目の痕跡がわずかに残っています」
「やっぱり何か隠してるんだ」
『ふふ、ですがみなさんはすでに答えにたどり着いてるのでしょう?』
『……まあな』
嘘である。
この男、天才たち2人の専門用語の竜巻を前になすすべもなく撃沈したのだ。彼らはなるべく悠仁にもわかりやすく簡易的な説明をしてくれたからおおよそは理解できていたが、悲しいかな元座学4の呪いの王に天才たちが時間をかけてたどり着いたその答えを解くのは難しすぎた。どんまい!
「それと一つ提案が。ヘルタさん、少しよろしいでしょうか」
「何?」
ザンダーと悠仁から離れ、2人は何か話ごとを始める。
「虎杖さんの——ですが、———————のはどうでしょう」
しっかり聞き取れなかったが、何かとんでもないワードが出ていた気がする。
スクリューガムの提案に今まで不機嫌だったヘルタの表情が次第に明るいものへ、そして悪いものへと変わっていく。
「何それ、すっごく面白そう」
新しい玩具を買ってもらえた子供のような笑み。心なしか、機械の肉体で表情の変わらないスクリューガムも同じ表情を浮かべているようにも見えた。
天才2人の視線は悠仁の方からザンダーの遺骸へと移って行った。
『……え?』
『まさか……まさか!』
その意図を察したライコスはどういうわけか喜色と興奮を隠しきれない声音を上げている。
天才たち2人はじりじりとこちらへ近づき、呪術師としての長年の勘が最大限に警鐘を鳴らしていた。
「虎杖さん、朗報です」
『え、ほんと?ねぇ、ほんとに?ガムさん、今すっげぇ悪い顔してない?』
「否定:無機生命体たる私の顔の皮膚は動きません。虎杖さんの見間違いだと断言します」
『いや、そういう意味じゃねえんだけど……あの、ヘルタ?……ヘルタさーん?なんで何も言わないの?』
「静かにして。大事なことをすぐに話さなかったおじいちゃんが悪いんだから」
『いやそれはミュトゥスと長夜月のせ……ウ、ウワーー!誰かー!男の人ーー!!』
『お呼びですか』
『オマエじゃねぇ、座ってろ』
そして抵抗虚しく、オンパロスの内部に悠仁の悲鳴が木霊していったのだった。