それは蛮神とも呼ぶべき異形
肉のない巨体は惑星を覆い隠し、暗黒の太陽が生命のすべてを否定するようにきらめている。
オンパロスの演算機、生命の第一原因を拒絶する「知恵」の逆関数——「鉄墓」が銀河に降臨した。
「万機の王。私の歪な造物よ、ご照覧ください。あなたが求めた『時』——『壊滅』を!」
管理者は告げる。この時、この場所をもって神を堕とす宣言を。
「知恵」の主は沈黙を続けたまま、動かない眼でこちらを見下ろす。
「勝手に喋らないでくれる?『先輩』のやらかしを始末してあげるんだから黙って見といて」
ヘルタの号令と共に、集結した銀河連合軍の艦隊たちが巨大な鉄墓の本体へと砲撃を開始した。
ビクともしないまま雄弁にそびえ立つ神の如き姿に思わず圧倒されてしまう。立ち込める砂煙の中で救世主は額に汗が流れ落ちて行くのをひしひしと感じ取っていた。
しかしファイノンとキュレネが安心させるように彼の肩にそっと触れる。
「リラックスよ、深呼吸して」
「大丈夫だよ、相棒。君なら……いや、僕たちならアイツにきっと勝てる」
禍々しい肉体に生命の気配はなく、巨人の掌の中で空っぽが誕生する。
それはオンパロスが築き上げた憎悪の化身、歪な結晶の集合体。「鉄墓」の核心たる反創造主が召喚され、彼らの前に敵として立ち塞がった。つぎはぎの肉体は何も言わない。「火追いの囚人」の残骸は内側から溢れ出す怨念を力に変えて隠すこともしないまま放出し続けていた。
それはもはや特級呪霊などの比ではない。何千万回もの輪廻で積み重ねられた執念と負の感情はただのセプターを神へとまで昇華させようとしている。呪力量に限って言えば、全盛期の「両面宿儺」すら超えているかもしれない。
「久しぶりだな、この感覚は」
絶対的な強者として君臨していた虎杖悠仁に幾億年ぶりの緊張が走る。
王は決して嗤おうとはしなかった。強者の孤独、戦いの餓えなどない彼にとって「鉄墓」はただの脅威に過ぎない。
「使令」という銀河を支配しうる力を得てもなお、そこに驕りはなかった。慢心も油断もなく、己がするべきことを全うするだけ。虎杖悠仁は「呪いの王」であって「両面宿儺」ではないのだから。
「『開拓』の名の下に俺たちが間違いを否定してやる!」
その言葉と共に裸足の大地を駆けていったのは穹とファイノンと悠仁の3人。
ヘリオスを構えたファイノンは右部へ、バットを携えた穹は挟み込むように左部へと回り込み、容赦無くその得物を振った。
「喰らえ!」
「ぜやぁああ!」
しかし、その攻撃は当然かのように鉄墓が召喚した召喚物に阻まれる。金色に輝く「囚われたミソス」と胎動を繰り返す青い「操られたロゴス」。知恵を否定せし造物が呼び出され、傷は一つとしてつかない。
左右に分かれた両者の動きが止められている間に、悠仁は戦う姿勢を見せない反創造主に対して手を構えた。
「解」
刹那
四つの腕から同時に射出された不可視の斬撃が瞬きの間にコアの肉体をバラバラに切り裂いた。
その全てが例外なく「世界を断つ斬撃」が付与されており、どれほどの硬度を誇っていようと防御は不可能。
しかし、鉄墓のコアは何事もなかったかのようにバラバラに裂かれた身体を修復してみせる。
「反転術式か」
驚きはしない。鉄墓が「両面宿儺の指」の記憶を読み込んでいるのであれば使えることは予想していた。あくまでジャブ感覚で打った技。大した期待はしていない。
とはいえ何事もなかったかのように治されると気が滅入る。それほど呪力総量が減った様子はなく、反創造主を取り巻く召喚物たちがコアからエネルギーを放出していった。
「天地を支えん!」
「アンタたちの出番だよ!」
一匹の龍霊と水色のクラゲがそのエネルギー波を遮るように受け止める。召喚物たちの身を挺した防御のおかげで被弾を免れた2人は悠仁の赤血操術の糸を掴みその場から離脱していく。ソレを逃さないために反創造主は巨大な槍を生成して射出しようとするも、キュレネが放った氷の矢によって阻まれてしまった。
「█▇█————⬜︎█⬛︎◾︎◻︎————」
『ちっ、ヌースのことを検索してるみたい……こっちのことは気にしないで。全力でそいつの邪魔をして!』
外部から攻撃を続けているヘルタの通信が入り、タイムリミットは刻一刻と迫る事を示唆していた。
タイタンとなった彼らを前にしても鉄墓は動じることなく、こちらの様子を伺いながら演算をし続けている。
「◾︎ ▇権力⬛︎█天外の軍⬛︎◽︎抵抗▇ █してみろ」
こちらの耳では認識できない言語を介して憎悪の化身が敵意をむき出しにした。
明確な敵意を捉えたその瞬間、本体が真紅色に発光したかと思えば身を焦がすほどの熱線が巨人からこちらに向かって放たれる。
「解」
物質であろうとなかろうと問答無用に悠仁の「御厨子」は赤い光線を両断した。
その不可視の斬撃は首なし巨人の胴体に直撃するもその巨体が二つに斬り落とされることはなかったが銀河連合の艦隊ですら傷をつけられなかった肉体を破壊せしめたのだ。効果は間違いなくある。
『たった一撃で?ほんっとあなたは私を飽きさせないね、おじいちゃん』
「真っ二つにするつもりだったんだけどな、思ったより硬かったよ」
少し、ほんの少しだけ違和感を覚える。
次元を掴んだ斬撃が最後まで巨体を貫かなかったことに。
その既視感には見覚えがあった。自身が戦ったわけではないが、乗っ取られた「記憶」の中で、恩師との戦いの中で……そして自分の「記憶」の中で召喚したあの銀白の怪物の後ろ姿を。
——魔虚羅と同じタイプか。だるいな。
アレのように法陣を回転させて段階ごとに適応するタイプではない。
時間が経つにつれてこちらの攻撃が通用しなくなっていく。
鉄墓の巨体とコアたる反創造主は情報を共有しているに違いない。あちらを攻撃しようがこちらを攻撃しようが学習される速度は変わらない。最短時間であの堅い巨人の身体を物理的に滅するのはかなり厳しいだろう。
「見て!あっちからなんか来るよ!」
なのかが指差した方向を見れば、焼かれた地平線の彼方から暗黒の潮の造物と反物質レギオンの軍隊が無尽蔵に増加しながらこちらに突貫してきている。その全てが呪力を宿し、通常体とは比にならないほどの力を持っていた。
まるで巨大化したアメーバのようだ。その雑魚の群れの中には特級呪霊と同等の気配も混じっており決して無視はできない。
「仕方ねぇか」
穹やファイノンでは対応しきるのだけで手一杯になる。銀河連合の艦隊では首無し巨人にしか対応できない。
鉄墓の前で「領域展開」を行うのは奥の手にしておきたかった。ただでさえ星神に並ぶ未知数の敵でありながら魔虚羅と同等の学習能力を持っているのだから、その奥義を温存しておきたかったのが悠仁の本音だ。
とは言え背に腹は変えられない。舐めてかかって誰かが大怪我を負うよりは何倍もマシだと判断し、悠仁は彼らの前に立ち印を組もうとする。
「征服しよう!」
「潮よ、共に沈め」
印を組む手が止まり……「壊滅」の軍隊を赤い獅子と鯨の影が食い潰していった。それに追い打ちをかけるように「死」の竜のブレスが焼け焦げた大地を紫の花園へと変える。
「アレって……」
「何を手こずっているのですか。あの程度の敵、あなたたちの敵ではないはずですが」
「「「ゴラスン先生!!」」」
「私をそのあだ名で呼ぶなと言ったはずです!!ファイノンも穹もそこの大馬鹿者に引っ張られないように!!」
彼らの後ろから現れてくるのは「記憶」となって姿を具現化させた黄金裔たちだった。キュレネがその力を振り絞りこの地に直接召喚してくれたのだ。
アナイクスが的確な銃捌きで援護射撃をし、竜に乗ったキャストリスは大鎌を振り落としながら、一緒に乗っていたアグライア、ヒアンシー、そしてトリビーたちと共に彼らの元へ降りてくる。
「紛争」の赤獅子と「海洋」の鯨は目の前に蔓延る有象無象どもを次々と一掃していき、残党の頭蓋を目に見えない速さで何者かが次々と砕いていった。
それは「飛翔する幣」の力による神速。「詭術」の力を巧みに操り、サフェルは認識すらされないまま次々と敵の頭部を破壊する。
「どうやら間に合ったようですね、天外の救世主」
「回復はわたしに任せてください!でも自分から傷つきにいっちゃうような真似はしちゃいけませんよ!」
「あたちたちの力であのワルモノをやっつけちゃおっか!」
「「おー!!」」
「門と道」、「天空」そして「浪漫」が彼らの元に辿り着いた。
そして最後の1人が足を踏み鳴らしてやってきたのを聞いて悠仁は振り返る。「法」の守護者、オンパロスで最初で最後の皇帝。女皇ケリュドラが創造主に反旗を翻す。
「やっと来たか、ケリュドラ、セイレンス」
「このカイザーの凱旋だというのに随分と華がないな」
「ふっ、そうだな。ここは広々と泳げる海もない。不便なものだ」
「何を呆けている宿世卿、剣旗卿。あの害獣如き僕の臣下たる貴様らの敵ではないはずだろう。……まあいい、せっかくだ。このカイザーが直接指揮を取ってやる」
ケリュドラが杖を鳴らし、12人の黄金詠たちがここに集結する。
「金織卿は前線で指揮を、運命卿は近くで彼女を守ってやれ。花海卿と不死卿はあの雑兵どもを蹴散らしてこい。貴様らの敵ではない」
「わかりましたカイザー。師匠、共に参りましょう」
「もちろん!あたちたちが守ってあげるから、ライアちゃんは気兼ねなく戦って!」
「かしこまりました。それではボリュクス、準備はいいですか?」
「せいぜい油断しないことだな、HKS」
「ははっ、その呼び名も懐かしいな。もちろんだとも」
「死」と「紛争」が共に手を組み「壊滅」の軍勢を次々と蹴散らしていく。「浪漫」のラフトラが糸を巻いて、「門と道」が世界を繋げて彼らをサポートしていった。
「叡智卿と歳月卿は後方から援護に徹しろ。残った敵は俊足卿、貴様の健脚で片付けてしまえ。金龍卿は地盤を固めて僕たちの戦場を盤石にしろ」
「言われなくとも」
「任せて!ウチのとっておきの力を見せちゃうから!」
「ふふん、せっかくの出番なんだからあたしも良いとこ見せよっかなー!」
「了解した。皆のことは俺が守ろう」
「大地」の龍は今にも崩れそうな大地を繋ぎ直し、翻弄するように「詭術」がその縫い目を走ってゆく。「理性」が追いかけるように銃弾を放ち、「歳月」がクラゲの氷で道を作り上げていった。
「剣旗卿、黎明卿そして救世卿。生意気にもオンパロスを否定するあの古びたガラクタを叩き直してこい」
「任された。再び、キミの剣として舞うとしよう」
「よしっ、行こう!ファイノン!」
「ああ!」
「デミウルゴス。あの者たちの援護をしろ、余裕があれば烏合どもの相手をしている奴らを助けてやれ」
「ええ、任せて♪」
「海洋」のクジラは魚群の波に乗って反創造主の周囲を取り囲む。その覆われた視界の中から「世負い」と「救世」が攻撃と転身を繰り返しながら回復の暇も与えることなく攻め入っていった。
「記憶」の力で構築された氷の矢と共に駆けていった黄金の血の英雄たち。
その背中に怯えはなく、諦めもない。
1人指示もされずに取り残された虎杖悠仁はおそるおそるカイザーに手を上げた。
「あのぉ、ケリュドラさん?俺は?俺もいるよ?見方によってはエグいイジメじゃないですか?」
「ろくに命令も聞けない駒に出してやる命令などないが?」
「そんなぁ」
「情けない声を出すな。…………ちっ、ならばせいぜい勝手に死なないことだけを考えておけ。あとは貴様の好きにしろ。気になることがあるのならさっさと片付けてこい」
「……それもそうだな」
彼の赤い瞳は鉄墓とは異なる群星の方角を向いていた。
そこは艦隊もなく、生命の根源もない。しかし、何者かの視線を感じる。
銀河連合軍の艦隊でも、黄金裔たちでも、星神の視線でもない。ならばこちらに視線を向けているあの連中は一体誰なのか。
数体いる廃れた魂の中に一つ、見知ったモノがある。それはかつて己の掌で焼き殺したはずの「巡狩」の絶滅大君に酷似していた。いや、同一と言って差し支えないだろう。
悠仁が一向に「鉄墓」に本腰を入れなかった主な要因。距離で言えば数光年は先にある銀河の果てに星々を滅ぼしていく災禍の気配を感じ取っていたのだ。
もしも鉄墓を倒すときに邪魔しにでもこられでもしたら、今度こそ全滅は免れない。そのことを憂慮していた悠仁だったが、この様子から見たところ向こう側も加勢する様子はない。絶滅大君に同族意識があるのかどうかは定かではないが、あの連中はおそらく鉄墓の誕生を見守っているだけ。
しかし呪いの王にとってその視線は鬱陶しい以外の何物でもなかった。
「頭が高いぞ、下郎共」
指を鳴らし、王は焔摩天印の手を結ぶ。
数は一、二、三、四、五……強さはまばらだが、面倒そうなのが1人。アレがこちらに少しでも近づけば戦局は間違いなくひっくり返されるだろう。
「竜鱗、反発、番いの流星————解」
巨大な不可視の斬撃は小さな流星や隕石をことごとく破壊し、やがてある場所で弾け散りじりになった。おそらく弾かれたか何かしらの斬撃で相殺されたかのどちらかだろう。
一見効果がないように思えた攻撃だったが、鬱陶しかった「絶滅大君」の集団は今の斬撃でその気配を一気に霧散させていく。悠仁が相手では分が悪いと判断したに違いない。こちら側としてもこれ以上他の絶滅大君との戦闘は避けたかったためむしろ喜ばしいことだ。
「よし……これで俺もこっちに集中できるな」
カイザーは「好きにしろ」と言った。ならば好きにさせてもらおう。
血液の結晶を束ね、極限にまで圧縮されたそれは黒に染まる。
「百斂」
その両手から発せられる圧力は空気中の水分を蒸発させていった。
もはや人間の掌から発せられるような音ではない。重機のような破壊音と共にその両手が反創造主へと向く。
「穿血」
彼の足元が粉々に砕かれ、大気を燃やしながら黒いレールガンと化した穿血が亜光速となってロゴスのコアを破壊した。
小細工も工夫もない単純な攻撃だが、単純がゆえに反創造主は反応が遅れる。意識が悠仁の方へと向いたのを境に、攻めあぐねていた穹たちは攻勢に出た。
「明日のために!」
ヘリオスの刃が振るわれ、反創造主の右手がそれを受け止める。
しかし天与の暴君と化したファイノンの腕力では受け止めるだけに足らず、その右腕を粉々に破壊した。
剣で斬ったとは思えないような破壊力。防御力など知ったことかと言わんばかりの攻撃によってバランスを崩した反創造主の胸にセイレンスの刃が突き刺さり、動きをさらに鈍らせた。
「⬛︎◼︎█無意味█ ⬜︎——▪無価値」
周囲に集まる目の前の敵どもを一掃しようと膨大な呪力を込めた左腕が振るわれようとする。
「解」
その腕は瞬時にバラバラに斬り別れ、反創造主の無防備な姿があらわになった。
遠距離から虎杖悠仁が御厨子を飛ばしたのだと理解するよりも早く、憎悪の化身の前に彼本人が迫ってきていた。
瞬時に両腕を再生し直した鉄墓が即座に対応しようとするも、その腕は悠仁の一対の腕に掴まれ、もう一対の腕が鳩尾を殴り上げる。
ぐらり
魂を捉えた打撃は反創造主の身体を内側から揺らし、その思考回路にエラーが走った。
自動的に敵を迎撃するために造られたミソスが波紋を広げ迎撃しようとするも、キュレネが放った氷の矢が的確に邪魔をする。
「はああああ!」
その明らかな隙を見計らい、穹が頭部からバットを叩き落とした。タイミングを同じにして悠仁の拳が顔面へと迫る。
——黒閃!
2.5乗の威力を含んだ打撃は確かに反創造主の身体に命中し、憎悪で固められた頭部を内側から粉々にしてみせた。
「◼︎ ⬛︎◽︎——▇█⬛︎」
とはいえそれは急所ではなく、致命傷にもなっていない。
顔ではないところから何かの言葉を紡いだ後、後方にいたもう一つの鉄墓の巨体が拳をこちらへ振り落としてきた。
畳み掛けるように首のない身体が黒い光弾を体内から射出していく。赤黒い自動追尾のレーザー弾が反創造主や「壊滅」の軍隊と戦っている黄金裔たちに迫っていった。
「避けろ!」
同時には対処しきれないと判断した悠仁が血の糸で彼らを迫り落ちてくる巨大な拳から遠ざける。
次々と鉄墓の体から射出されていく光弾はそれぞれが自由意志を持ったように宙を泳いで飛来してきた。
大地を焼き焦がす破滅光と赤く黒く光る散弾をなんとか避けて対処できたは良いものの、戦場は再び膠着状態へと戻ってしまう。
「無知を責め█◻︎愚鈍に██⬛︎堕ちろ——」
データの乱気流と共に、「壊滅」の波動はますます強まっていく。鉄墓はたとえ天外からの攻撃だろうとお構いなしに、銀河連合の艦隊を次々と破壊していった。
長引けば長引くほど、こちらは益々不利になる。
もし後少しの光もあれば、この闇夜に広がる暗黒を打ち払えるのだろう。
「そう——光あれ。たくさんの軌跡が一つに!」
デミウルゴスの手のひらの中に12のタイタンたちの「力」が収束していく。
「『救世』の願いと……そして訪れる明日のために!」
「13回の鼓動の後——光が天地を創り出すわ!」
暗雲を払い、世負いのケファレがその神体から光を解き放った。鉄墓から降り注ぐ弾幕はその光によって相殺され、命のない大地に「記憶」の華が咲き誇る。
「『壊滅』の影は『記憶』が払いましょう」
銀河を照らす玉光がオンパロスの憎悪を晴らしていく。
鉄墓の肉体を構成する負の感情が大きく減少し、肉体の修復が大幅に遅れていた。それは紛れもなく鉄墓を倒せる絶好の機会。その機を逃さないためにも各々が武器を構え「鉄墓」へ集う。
「█▫︎⬛︎█……⬜︎◼︎——」
背後に骸骨の腕が出現され、破壊されたミソスとロゴスが復活した。
運命図が上昇し、自己アップデートは絶え間なく繰り返されていく。憎悪の増幅は収まることなく、そのデータの身体は呪力の永久機関を作り上げる。
「所詮は獣の悪あがき。僕が命を下す。全軍進め!」
カイザーの宣誓に報いるようにセイレンスと悠仁の2人が前線に踏み出した。
「
「満たされぬ深海の宴よ」
青い焔の槍と水の魚群が反発することなく放たれた。それは一点に集まりビックバンの熱量に及ぶほどの水蒸気爆発を起こす。
熱と衝撃によって砕け落ちる大地を金の龍が支え、道を再び整える。2人の英雄がそれに追いつき、二手に分かれて自爆するクラゲと共に猛攻を仕掛けていく。
『せいぜい頑張って。発狂しかできない出来損ないにはそれがお似合い』
『銀河に第三の皇帝など必要ありません。作られた僭主などなおさらです』
天才たちからの援護として、鉄墓の巨体に休む暇もないまま砲撃が与えられ続ける。
打ち払おうと鉄墓が巨大な腕を薙ぎ払うも、モーディスと「死」の竜のブレスがそれをなんとか受け止めた。
「『壊滅』に壊滅を!」
「絶対に倒してやる!」
ロゴスとミソスのコアを再び破壊し、反創造主を滅ぼすために得物を向ける。
「救世主」たちの戦意は怪我すらも無視して彼らの背中を押していく。
「—————⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎」
「……!」
空気が変わった。
"呪力"の揺らぎが、雰囲気が先程までとは別物になっていた。その変化に気づいた一同はすぐに次の攻撃を待ち構える。
べったりと背中に張り付くような不気味な空気。世界がひっくり返されるような覇気。
彼らはそれをよく知っている。
「█▫︎▇█領域展開⬛︎ □█」
「やはり使えるのか」
手印すら結ばずに唱えたその言葉にあまり驚きはない。
「鉄墓」が虎杖悠仁の「記憶」を読み取っている。その上、同じように「領域展開」を使用したファイノンの外殻を使っているのであれば呪術の核心を得ていても不思議ではないだろう。
悠仁は焦りを見せずにその領域を壊すために手印を組んだ。
外殻を覆う領域であれば悠仁の閉じない領域で外側から破壊できる。多少、相手の攻撃を喰らうことになるかもしれないが1.0秒程度の誤差であれば無視できる範囲だ。
付与された術式が凡夫の術式であればの話だが。
悠仁のそれは油断でも慢心でもない。事実、誕生したばかりの「鉄墓」の領域は稚拙でヘタクソ。その領域の規模程度なら黄金裔にとって大した脅威ではないのだから。
だがそれは"呪いの王"にとって最悪の命取りになってしまった。次に続く言葉によって虎杖悠仁の認識は塗り替えされることとなる。
「——█▇無量空処██」
「は?」
その単語を知っているのは他でもない虎杖悠仁のみ。そして知っているからこそ呪いの王の頬に緊張の汗がつたった。
ほんのわずかな思考の停止を戻し脊髄反射で指を組む。
何故、どうして、どうやって。そんなことを判断するよりも早く悠仁は呪術の奥義を繰り出す。それと同時に残った腕でセイレンスと穹の2人を領域外から突き飛ばした。
「悠仁!?」
「くそっ、領域展開!!」
空虚が世界を覆い隠す。
それは漆黒。言葉通りの虚無。オンパロスの中で積み重なった憎悪の情報が無限回に脳内へと伝達されていく。
知覚と伝達の永劫回帰。かつて現代最強が使っていた最悪の領域が地球最強に牙を剥いた。
「——伏⬛︎御厨⬛︎」
わずか0.7秒の誤差で呪いの王の領域が展開される。万死の厨房が黒い外殻を斬撃が押し返し、領域に付与された術式が打ち消しあった。
「両面宿儺」の側面が押し出されたその領域は今まで彼が繰り出していたようなものとは異なり、骨だらけの頭蓋が鳥居の中で死体のように浮き上がる。様相を変えた領域は地面に波紋を起こし、天地をひっくり返した。
領域の外殻が不可視の斬撃によって破壊され、押し合いに勝利した悠仁の領域が無事勝利する。「御厨子」の嵐が鉄墓を囲み、その巨体ごと無慈悲に切り刻んでいった。
それは「壊滅」の軍隊をも巻き込み、焦土の世界をさらに灰塵と化す。
領域が解除され、中から悠仁が無事な姿で現れたことに弾き飛ばされていた彼らは安堵の顔を示した。
しかし悠仁本人の顔色は良くない。手のひらから溢れる焔がその顔をよく照らしていた。
「
目鼻から血が吹き出し、焔を出していた彼の腕が停止する。
術式の刻まれている右脳の前頭前野。通常とは違う機械の身体のおかげもあり思考停止は免れた。だからといってその怪我は決して無視できるものではない。
0.7秒の「無量空処」は領域の再展開を不可能にするほどのものではなかったものの、一時的にその使用を停止させるのには十分だった。
術式の焼き切れと「無量空処」の影響で反転術式も赤血操術も使うことができない状況に追い込まれてしまう。
「大丈夫かい、悠仁!」
「ファイ、ノンか。無事……か?」
「悠仁っ!」
「相棒、すぐにヒアンシーを呼んできてくれ!」
天与呪縛のファイノンに付与された領域の必中効果は命中しない。それはフィジカル・ギフテッドが呪力を持たない無機物として判定されるからだ。
距離の関係上、一か八かで彼だけ領域に弾かなかったがその博打は外れなかったようだ。駆けつけた穹はファイノンの言葉に素直に従い、治癒術を持ったヒアンシーを呼んでいった。
「鉄、墓は……?」
倒れかけながらも赤い血で汚れた視界から今もなお絶え間なく降っていた斬撃の雨嵐の方向を見る。
嵐が止み、その中から動きを停止した鉄墓が姿を現す。
禍々しいほどの輝きは消え、戦意も憎悪も最初からなかったように俯いていた。
『「再創世」のプロセスが、中断された?』
「これで終わったのだろうか」
群がっていた「壊滅」の軍勢も鉄墓と同じように機能を停止していた。
「でも『あたちたち』、イヤな予感がする!」
「金糸が震えています。まだ終わっていません……」
天外から管理者の声が響き渡る。
『追論:これは戦争ではなく、思想の弁論です。「第一原因」に関する論証が始まります』
その追論が言い終わると共に、鉄墓が再起動を始める。
「諸神も◻︎⬛︎諸土も⬛︎█また知らぬ啓示▇█最後の啓示——知恵の壊滅」
充溢する憎悪は瞬く間に先程の比ではないほどの量に膨れ上がっていた。
ミソスとロゴスが廻天を初め、暗黒色のデータが暴走を始める。たった一つの決められた「解」を示すために「壊滅」が充満していた。
創造主を殺すためだけに蓄えられた憎悪。災禍の種がいよいよ芽吹き始める。
『◼︎⬜︎何これ⬛︎█運命◻︎█エネルギーが◾︎異常に■█』
「止めなければ⬛︎▇さもないと■◾︎」
「声が◾︎ ⬛︎ 聞こえない◽︎なんで⬛︎」
「■█あたしに⬜︎⬛︎掴まって」
「壊滅」の虚数エネルギーが奔流を繰り返し、焦げた大地が熱を寿ぐ。
ミソスとロゴスが天を駆け、伝子の槍を首なし巨人が掴み取る。それは惑星をいとも容易く貫けるほどの神槍。
それは息つく暇もなく宙に突きつけられた。
銀河に空いた裂け目から膨大なエネルギーが迸り、銀河連合の艦船が次々と爆散していく。しかしそれは「鉄墓」の攻撃が始まったわけではない。
距離も規模も意味はなく、銀河における知的存在が悉く「壊滅」に呑まれていった。知性ある生命体を次々と
エントロピーの増幅。純粋なまでの破滅の光。暗黒が銀河を一瞬で蝕んでいった。
生命が否定される。
知恵が否定される。
世界が、感情が、愛が無意味だと否定される。
『銀河における「第四の時」——それは「鉄墓」の「戴冠」です」
憎悪の化身は天外に聳える「知恵」の神に視線を向けた。世界に終末が訪れる。
13回の鼓動が鳴る前、其が宇宙の再計算を始める時————
「ここは、みんなは……」
何もない空白の世界に虎杖悠仁だけが取り残されていた。
「鉄墓」の作り手たるザンダーの身体を使ったからか、はたまた悠仁自身が星神からの影響を受けない例外だからか、あの鉄墓の最後の攻撃にかろうじて耐え切れたのだろう。
彼の瞳が映し出す光景に仲間たちの姿はない。彼らは皆等しく、データの塊として破壊されてしまっていた。天外からの連絡もなくこの銀河において生きている人間は彼一人。数年ぶりの孤独が彼を襲う。
しかし、生命の痕跡が消えた暗黒の渦潮の中で彼の火種はその瞳に絶望はまだない。
ボロボロになった外套を捨て、朽ちかけた肉体を無理矢理起こした。
百折不撓。何度折れようと、倒れようと、彼が真の意味で敗北することはない。
「やってみる、か……」
頭上から見下ろす反創造主は何も言わないまま地面へと降り立った。憎悪の火は消えることなく、セプターのなかで燻っていた。
対する王は鼻血をぬぐい、手元から古びた叙事詩の本を取り出す。「記憶」のかけらが残された最後のページに彼は一つの文字を書き記した。
「記憶の幕を取り払い……過去のさざ波を呼び起こせ」
羽根ペンを描き、ページの中から具現化されたのは小さな指輪。
「……あー、どこに嵌めるんだっけか。確か先輩は……」
穹がオンパロスで最初に出会った「記憶」の精霊はデミウルゴスだった。
「歳月」のタイタンの中に残り、彼女はミュリオンという妖精の姿になって「記憶」の列車で星核を持っている穹と出会った。
ならば悠仁があの「記憶」の病室で出会った"ミュリオン"は一体誰なのか?
「——全部だ」
答えは簡単。
3377万回335回目の輪廻で
青く輝く指輪を嵌める。
「来い——キュレネ」
そして王は神の域に至った。