「ハーイ♪あたしに会いたかった?」
「歳月」の力を使っていた頃のキュレネでも、彼女の姿を模したデミウルゴスでもない。黒い花びらを髪飾りに青い瞳を持つ大人の姿を持った彼女がそこにはいた。
その容姿はデミウルゴスよりも幼く見え、黒を基調とした衣服はその可憐さを引き立たせている。
「初めまして、もしくは久しぶりのほうがいいか?」
「うーん、どっちの方が適切かしらね。こうやって外に出てくるのは初めてってわけだし」
「ずっと……俺たちの側にいたんだな」
「そうね。ちょっと遅すぎたからしら。でもヒロインは遅れて登場するって言うでしょう?」
「それってヒーローじゃねぇの?……ま、いっか。どっちにしろ最高のタイミングだ」
デミウルゴスはセプターに根付いていた星核が穹の中の星核と共鳴して惹きつけられた。
対してキュレネが引っ張られたのはセプターの「記憶」と同じものを有し、なおかつ膨大な呪力を持っている虎杖悠仁だった。フレイムスティーラーに殺された彼女は「浮黎」の一瞥を受けていた影響もあり、半呪半精霊としてかろうじて存在を保っていた状態でセプター内部を誰にも気づかれずに彷徨っていた。
そこで悠仁から呪力をもらい「式神」と同じ状態で本の中で力を蓄え続けていたのだ。
彼女もまたこれまでの輪廻の記憶を有している。星穹列車のオンパロスにおける足跡も、彼らの奮闘も「記憶」の中に残っていた。
「起き抜けそうそう悪いが色々頼みたいことがある。できるか?」
「ええ、もちろん」
指輪は呪力の外部ストック。
オンパロスの旅の中で籠め続けた"呪い"の力を再び受け取り、「無量空処」によって破壊されていた脳が自動的に回復する。
「時間は」
「そうね……長くて10分ってところかしら」
「十分だな」
「記憶」と「神秘」によってその呪力は無尽蔵に溢れ出していく。しかしそれは決して無限には続くわけではない。
制限時間は10分。
この制限時間が過ぎた後、虎杖悠仁は今のザンダーの肉体での術式使用不可という縛りをもって呪力の無限増幅という無理難題を成立させていた。
「悠仁、どれがいい?」
「そうだな……三つ頼む。使いやすくてシンプルなのがいい」
「はぁい、どうぞ」
「記憶」の力で再現されたのは古に存在した特級呪具のレプリカ。
游雲、釈魂刀、神武解を三つの手で受け取り、強く握りしめた。
無尽蔵の呪力によってそのレプリカは真作と変わらない性能を持っている。
「穹たちを頼む」
「ええ、任せてちょうだい」
彼女に消えてしまった仲間たちの捜索を頼み、上空から降り立ってきた鉄墓と彼は向かい合う。
「◾︎⬛︎◻︎……◼︎⬜︎」
「お互い、元気いっぱいだな」
最強と最凶が今、滅んだ銀河の中で対峙した。
「来いよ、
「
先に動いたのは反創造主だった。
情報を弾き出し、赤く反転した"呪力"のエネルギー弾が空気をえぐって王に飛来した。
「ようやく手の内を晒す気になったか」
無下限呪術の応用。それを平然と繰り出したことに驚いた表情も見せず、悠仁は釈魂刀で両断する。
あらゆるものの硬度を無視する攻撃に特化した刃。ヒビも錆も入っていない刀身によって分かれた光弾が背中で爆ぜた。そして彼はすぐさま足を踏み込み、反創造主に差し迫る。
釈魂刀の攻撃を警戒していた鉄墓は刀を握っている左腕に向けて複数の「壊滅」の槍を飛ばそうとしたが、神武解の雷がそれを撃ち落とす。
「◻︎◾︎⬛︎▪︎——!」
「何言ってんのかわかんねぇよ」
釈魂刀を囮に、悠仁はもう一方の腕を振るって遊雲を反創造主の顔面に命中させる。純粋な筋力によって威力を変えるその特級呪具は悠仁の腕力だけで鉄鉱石であれば簡単に砕けるほどの威力にまで上昇していた。
呪力のない純粋な暴力の塊に頭部を完全破壊された反創造主であったが、それを意に介することもなく反撃と言わんばかりに首無し巨人が破滅の光を最大火力で悠仁に浴びせてくる。
「捌」
熱線に空いた手で触れ、物理的には干渉できないはずのビームを捌き落とす。灼熱の温度が表皮を焼き焦がしていくも、漲る呪力が自動的に回復を促進させた。
「
無下限呪術は時空間に影響を及ぼす「無限」を支配する術式。
虚数のエネルギーを増幅させ指向性を与えられた衝撃波が再び悠仁の元へ迫る。
「六眼」でなければ人間には到底扱えないような代物。鉄墓はヌースにも並びうる演算能力で原子レベルの緻密な操作を可能にしている。
だが……
「先生に比べりゃ弱い」
鉄墓に足りないもの、それは経験。
天賦の才を持ってもなお自己研鑽を辞めなかった師に比べてしまえば、その操作はおざなりだ。火力自体はありえないほど高いものの、肉弾戦に関しては当たり前だが悠仁に劣る。
万能とも言える力でもそれはあくまで使い手の力量によって左右されるのだ。
とはいえその子供のように稚拙な術式の扱い方も次第にこちら側に追いついてきているのは間違いない。
迫り来る赤い光弾をはたき落とし、悠仁は手に持っていた釈魂刀を投擲した。刀を投げたとは思えない速度で向かっていく釈魂刀だったが、それは反創造主に命中する直前で停止し地面に落下してしまう。
無下限呪術の無限。どれだけ距離が縮まろうと永遠に辿り着かない最強の防壁。
遊雲を投げ捨て、最大出力の神武解を背後の首無し巨人へと浴びせる。そして悠仁は神武解すらも投げ捨てて、直接反創造主へと肉薄する距離まで近づいていった。武器を一つも持たずに素手だけで無下限へと迫るのは知らぬ者から見れば頭がおかしくなったのかと言われるかもしれない状況だろう。
しかし、その右腕に宿っている"呪力"は通常のものとは毛色が違う。
「——領域展延」
眼前で止められると思われていた拳は不可侵の壁を容易く貫通し、憎悪の化身の腹部を殴打した。
黒い火花は散らなかったものの、術式を過信していた反創造主にとって魂の輪郭を捉えるその一撃は演算回路を一時的に中断させるのには十分だった。
腹部を捕らえた拳による打撃の後、流れるような足蹴りと共に反創造主の肉体は首無し巨人の方へと飛ばされていく。息づく暇もなく、そちらに追撃を仕掛けようとしたその時……
『
悠仁の体が意識外へと強く引っ張られた。
それはミソスから発せられる強い引力。鉄墓の召喚物はマイナスの虚数空間を作り出し、「収束」が発生させていた。その力場から急いで離れると、それと同時に「蒼」の出力も弱まっていく。
——このよくわからん物体も術式を使えるのか?だとしたら相当厄介だな。
元から使えたのか、使えるようになったのかはわからないが召喚物にも意識を割かなければいけないのは鬱陶しい。即座に「御厨子」でその論理コアを破壊し、反創造主からの奇襲に備える。
「
大地が割れ、世界の力場が知性を失う。
重力も引力もすべてが秩序を失い、崩壊した足場は意思を持つ生物かのように悠仁の元へ降り注いだ。
「解」
次元斬は飛来してくる岩石を宙に浮いた鉄墓の無限ごと貫き落とす。しかし反創造主は身体の欠損の影響を受ける素振りも見せないままこちらへと勢いよく飛んできた。
「▪︎⬛︎◻︎——」
「もっとデケェ声で喋れよ」
黄金色の巨大な右腕が突貫し風圧が起きる。悠仁はあえてそれを斬り落とさず、素手で受け止めた。
やはり無下限を解いている。「領域展延」と「世界を断つ斬撃」を前に不可侵だけでは意味がないと理解したのだろう。
『
背後のロゴスから赤の光弾が発射される。それと同時に反創造主は左腕から蒼の光が生成されていた。
避けるのはマズイ。そう判断した彼は後方からの赫を超新星で相殺し、赫と蒼の衝突を防ぐ。そして始まったのは素手による戦闘。拳の交差、一つ一つの呪力の衝突によって爆ぜそれは鉄墓の巨体すらも巻き込む。
悠仁の顔の倍はある拳を片手で受け流し、膝蹴りを放つ。反創造主は左手でその蹴りを受け止め、指を横部分へ払った。
「おっと」
次元干渉によって悠仁の巨体が簡単に引っ張られ、遠くにある岩場の瓦礫に押し付けられる。着地の姿勢をとり、迫ってきた赫を斬り落としたが、それを目くらましに反創造主の足が悠仁の顔へ蹴り抉ろうとした。
着地の姿勢を上手くとっていた悠仁はそれを避け、「御厨子」の次元斬を間近で放つ。斬撃とは思えないほどの衝撃波は反創造主の肉体の約50%を削り取っていった。
「⬜︎◻︎◾︎⬛︎虚飾——」
巨体の破滅光が反撃として放たれる。
惑星群を消滅させるほどの熱が岩石を消し炭になった。近くにある岩石では受け止めきれないと判断し、赤血操術による黒血の壁ですんでのところで防いでみける。
「
蒼による瞬間的な空間移動により背後に回った反創造主の赫が詠唱された状態で射出された。掌印と詠唱によって底上げされた威力は素手では防ぎきれないだろう。
「穿血」
人体の構造上では不可能の角度で腕をねじ曲げ、破滅光に対処しながら振り向きもせずに背後の赫を破壊する。
口の中で作った百斂を吐き出し、超新星で爆発させた。燃える熱と爆風ではじき出された悠仁はそのまま反創造主へと近づいた。
両者お互いに見合う。そして……
「「領域展開」」
——無量空処
——伏魔御厨子
呪術における奥義の押し合いが再び始まる。
頭蓋だらけの地獄の社と塗りたくられた虚無。呪力量は両者無限。効率は演算機能の高い鉄墓の方が勝っているが、虎杖悠仁はそれに技量のみで肉薄している。
互角。2人の必中効果は再び重複して打ち消しあっていた。
本来ならば閉じない領域である虎杖悠仁の伏魔御厨子が外殻を破壊し、領域の押し合いは彼が勝利するはずだった。
しかし、しばらくしても領域が破壊される様子はない。鉄墓側が領域の条件を変え、外側からの攻撃に対する硬度を上げたのだろう。
防がれること自体は問題ない。だが……
——早すぎる
領域の条件変更をたった二度目の展開で習得したのは流石に予想外だった。
人智を超える成長速度に悠仁は冷静を保ち、領域の条件を変更して内側から破壊を試みる。その間に行われるのは術式と体術の勝負。肉弾戦のアドバンテージは多腕のこちら側にあった。
数個に分かれて放たれる蒼が悠仁の肉体を四方八方に引きちぎろうとするも、足に血の塊を形成してアンカーのように突き刺して耐え抜く。その間に反創造主の至近距離で放った赫が迫るも、不意に放った超新星が上手く軌道を逸らした。
「
「させるかっての」
詠唱の後隙を逃すはずもなく、掴んだ反創造主の頭部を地面へと叩きつけ、そのまま大地を削り取っていく。途中で反重力によって身体を起こし、生成した巨大な槍を領域へと突き刺した。術式を伴った領域内での接近戦は不利だと判断したのだろう。
領域を破壊するためだけに作られた槍は打ち消し合う二つの領域を同時に瓦解させていく。
「やってくれたな」
空間が解かれ、二者は宙へと投げ捨てられる。
空間を自在に移動する反創造主は落ちることなく、はるか上空から悠仁に迫ってきた。
「
彼の体躯を覆うほどの赤い閃光が眼下に迫る。領域展開後の術式の焼き切れは人間の脳を持っていない鉄墓にとっては意味のない話。しかし、悠仁にとってもそれは同じである。
「解」
漲る呪力で自動的に反転術式が発動し、即回復した「御厨子」が光弾を分割させる。弾け飛んだ巨大な赫は複数に分裂し、追尾弾となって再び飛んできた。
『
「!」
それらを捌いていく悠仁は召喚物のミソスが領域展開直後から背後に設置されていたことに気づく。分裂した赫の一つが磁石の両極のように強く引っ張られていった。
「
順転と反転を合わせることで生み出されたのは膨大な仮想質量の具現体。
紫電が迸り、赫とは比べものにならないほどのエネルギーの塊が音速を超えて悠仁に衝突する。両腕の先に呪力を回し、防御の構えを取って防いでみせるが、それこそが鉄墓の狙い。
接近を許した悠仁の鳩尾に反創造主の拳が命中する。無いはずの内臓が引っ張られる感覚が襲い、遅れて衝撃がふってきた。衝撃に怯み、その拳は機械の肉体の内部へと入り込んでいく。
「クハッ」
どこか懐かしさを思い出す一撃だったが、今は懐古に浸っている場合ではない。
体内から浸食しようとするその腕を強く掴み取り、血液で固定化した。抜け出そうにも悠仁の体内にまで拳は入り込んでしまっているため、腕を切断しない限り脱出することは不可能だった。
「⬛︎絶滅◻︎◾︎」
捕らえられたことを逆手に反創造主は悠仁の機械の身体に致死性の高い電子ウイルスを入れ込んでいく。
呪力とは異なる「壊滅」の因子に侵食され、一対の腕が完全に機能停止してしまった。コンピュータウイルスに関しては門外である彼にとってそれは未知の攻撃である。
「ちぃっ!」
そのウイルスが外脳に侵食していく前に「御厨子」でその両腕を斬り落としたが、物理的な手数の多さというアドバンテージは消え、両者の動きが互いに制限されてしまった。
そこを狙うように首無し巨人の拳が迫ってくる。小惑星であれば一発で粉砕できてしまいそうなほどの大きさを誇る鉄墓の右手。反創造主を巻き込むことをまったく躊躇しない槌が視界を覆い隠す。
「——意識が俺に向いたな?」
悠仁の背中で桃色の光が煌めいた。
水晶が萌芽し、それは一弁の華となる。
反創造主がそれを認識したときには矢はすでに頭部に突き刺さっていた。続けざまにその矢は腹や足に刺さり、憎悪の肉体に憐憫の花を咲かせていく。
「ふふ。あたしのこと、もう忘れちゃったかしら?」
鉄墓の意識が完全に悠仁一人に向く機会を狙い続けていた彼女の矢は反創造主の身体を一時的に完全停止させる。
「記憶」が宿るミームの力。かつて管理者への切り札となったその攻撃は「知恵」の絶滅大君にとっても効果のあるものであったようだ。電脳の中で繰り返される永劫回帰に対処するため、反創造主のコアは致命的な隙を王の御前にさらけ出す。
——黒閃
悠仁の拳はその絶滅大君のコアに確実に当たり、それと同時に黒い火花が雷鳴と共に塵を起こした。
反創造主は首なし巨人の身体に勢いよく衝突し、その衝撃で周囲を漂っていたミソスとロゴスのコアは破壊される。
「穹たちは見つかったか?」
「ええ、あの子が守ってくれたみたい。いまは善見天でみんなの記憶を保護してるわ」
「善見天がなにかはわからんけど無事ならいいや。時間は?」
「残り5分ってところ」
「そうか、じゃあそろそろあっちも使うか」
古びた叙事詩の本を取り出し、キュレネに手渡す。「歳月」の力を持っている彼女の方がこの力はうまく使えるだろう。
体勢を整え直した反創造主が巨人の身体から抜け出し、再び舞い降りた。一見平気な様子だが呪力の出力も効率も最大成長時に比べれば見劣りしている。
「記憶」のミームの対処に大部分を割いているのか、反応もイマイチだ。
「悪いな。あいにく一対一じゃなくて二対一だ」
わかりやすい挑発に反応するとは思えない。しかし、こちらはずっと最強の術式を持つ敵を相手に粘り続けているのだ。文句の一つぐらい言わせてほしい。
「生命◾︎⬛︎⬜︎増幅◻︎誤謬を根絶◾︎⬛︎」
反創造主が右腕を振り上げれば、首無し巨人の麓から再び、「壊滅」の軍隊が泡のように湧き出してきた。ヴォイドレンジャー、終末獣、暗黒の潮の造物、はたまたタイタンを模した偽物の造物まで。
それもどれもが一級から特級に並ぶ強者ばかり。人数差という有利はいとも簡単にひっくり返されてしまったようだ。
「もう!言わなきゃよかったのに」
「スゥーー……すんません」
思ったよりも相手の煽り耐性がなかった。本当は単純に自己回復のための時間稼ぎなのだろうが、悠仁はバツの悪そうな顔で謝る。
切り落とした一対の腕を反転術式で回復させてなんとか応急処置を済ます。茈と蒼の拳を喰らって鈍った身体を準備体操で整えた。
「キュレネ、アレ使おう」
「もう使っちゃうの?」
「ああ、出し惜しみは無しだ。ここで使い切る」
キュレネは古びた叙事詩を開き、一つの文字を書き綴る。
そしてそのページは浮き上がり、とある呪具を取り出した。自分は使ったことはないが、かつて先輩たちが使っているのを見たことがあるため、それは「記憶」となって具現化される。
蛇の目と牙のマークの入ったメガホン。氷の結晶から作られたそれをキュレネは悠仁へと手渡し、スイッチを入れた。
「あー、テステス。うん、大丈夫そうだな。じゃあ——『死ね』」
こちらに迫ってきていた「壊滅」の軍隊は鉄墓を除き全員例外なく死んでいく。「壊滅」に降り注いだ破滅は抵抗する暇も、何が起きたかを考えさせる時間すら与えなかった。
「記憶」と「神秘」の力によって再現された「模倣」の術式。かつての最悪の呪詛師を殺した術師の持っていた最強の術式の一つでもある。
新たに生み出されていく「壊滅」の軍隊も呪いの王の一声で姿も形も残さず霧散していく。反射してくる喉の枯れも痛みも反転術式で自動的に回復する。
「◻︎⬛︎理解不能◾︎▫︎◼︎生命の第一原因とは◼︎⬜︎」
「そんなもん知るか。お得意の演算機能で勝手に考えてろ」
「……
烏合の衆も相手にならないと悟った反創造主は瞬時に巨大な茈を二人へと投げつけ、赫による斥力を使い同時に接近してきた。
「キュレネ!」
「ええ!」
飛んでくる紫色のエネルギー砲をキュレネは「愛」の矢で相殺しようと何発も放った。一本では太刀打ちしようのない力でも幾重にも束になって重なった矢は茈の軌道を逸らし反創造主の方へと曲がっていった。
「
「神武解二つ」
最大出力の蒼は自身へと向けられたエネルギーの指向性を捻じ曲げ、向かってくる呪いの王の近くで爆ぜる。悠仁は強靭な肉体で質量の暴力になんとか拮抗するが、同時に上空から憎悪の槍が雨のように降り注ぎ、斬り落とす暇もないほどに彼の動きを縛り付ける。
首無しの巨匠からは破滅の光が絶え間なく浴びせられ、同時に生命データを破壊しようと何度もコンピュータウイルスを悠仁の身体に侵入させようとしていた。それを構築術式によって作られた神武解の白雷がなんとか防ぎ、槍雨に対抗するように不可視の斬撃が宙を飛び続ける。
「
追い打ちをかけるように赫が射出され、最大出力の蒼と交わる。それは大気を震わせ、「壊滅」の大地に新たな破滅をもたらそうとしていた。
「竜鱗、反発、番いの流星——解!」
最大出力で放たれた銀河を断つ斬撃はその交わりを断ち切り、紫電は不発で終わりを迎える。首無し巨人の右腕が巻き込まれる形で落とされ、真下にいた「壊滅」の集団を押し潰していった。
「星々よ!明日を照らし、英傑たちの道を示して!」
悠仁の背中を守るように愛色の矢は乱反射をして首無し巨人から射出され続ける赤黒の弾幕を打ち消しあった。
星々を覆い隠す片腕を失った神体はたった一人の可憐な少女の力によって抑え込まれていく。彼女の放った巨大な矢の一撃は破滅と荒野の大地に桃色の花を咲かせ、生命の「記憶」を芽吹かせる。
永劫回帰で積み重なっていった「憎悪」が着実に「哀憐」と「愛」によって消されていく。花園と焦土の交わる世界で呪いの王と絶滅大君は幾度目かの死闘を演じていた。
腕を斬り落とし、斬り落とされ、エネルギーの斥力が呪いの王を飛ばし、血の爆発が反創造主の肉体を削る。少しでも気を抜けばすぐさま死に至るほどの火力の押し付け合い。
3人しかいない銀河の中で最強同士の思考は再び合致する。
「「領域展開」」
——無量空処
——伏魔御厨子
万死の厨房と無色の情報世界が展開され、自らが是だと主張し合う。自我のぶつかり合いは両者互角のまま均衡を丁寧に保っていた。
「御厨子」が付与された斬撃は領域を外側から破壊しようと周辺のすべてを灰塵にする。
しかし……いつまで経ってもその斬撃が反創造主の領域に命中することはなかった。
「……マジかよ」
無量空処を覆っていたはずの領域の外殻が存在しない。
空間を分断せずに生得領域を具現化する閉じない「無量空処」がそこには存在していた。
キャンパスを用いずに空に絵を描くが如く、最強であった恩師でもたどり着かなかった不可能の境地。現代、過去において虎杖悠仁を含めその偉業に至った者は3人しかいない。そしてそれらの天才も寿命という枷を無視した望外の手段によって至っていた。
しかし鉄墓は誕生してから1日にも満たない時間でその域に辿り着いたのだ。キュレネの妨害、悠仁との激しい戦闘、そして"呪い"という力を実戦として初めて使っているのにも関わらず。
これこそが星神をも殺しうる最悪の絶滅大君なのだと、悠仁は改めて実感する。術式の格は「無下限呪術」の方が上、結界術の技量はこちらの方がまだ優っているがそれもいつまで保つかわからない。
何色も持たない虚無が御厨子に転がる頭蓋骨を徐々に蝕んでいく。こちらに傾いていたはずの天秤はふたたび調和を保ち、そして向こう側へと傾き始めている。
呪力量を消耗させ、出力と効率を弱体化させたはいいが、こちらのタイムリミットも刻一刻と迫ってきていた。そして絶望はまだ始まったばかりだった。
「⬜︎▫︎否。これは啓示にあらず◼︎◻︎」
必中効果が付与された茈と御厨子が互いにぶつかり合って領域の中で巨大な旋風を起こしていく。
「⬛︎◼︎新たな世界に█▇訪れる結末█即ち——『虎杖悠仁の壊滅』⬛︎▫︎█」
閉ざされていない領域の上空でキュレネに止められていたはずの首無し巨人が再始動した。
腕を一本落とされながらも、残りの腕でかき集めた銀河を壊滅させるほどの威力を持つ槍がたった一人の個人に向けられようとしていた。領域は閉ざされておらず、悠仁は領域の維持と反創造主との戦闘を続けている影響でその攻撃への対処はほとんど不可能な状態であった。
しかし、彼の瞳に絶望はない。なぜならば彼は孤独ではないから。
術式がせめぎ合う領域の中で彼は「記憶」の中から巨大な氷の結晶を作り上げた。それは氷柱のように先が鋭利に磨かれており、何かに突き刺すための
「————頼む!」
彼は詳細を伝えずに領域外にいたキュレネにその氷柱を投げつけた。
キュレネはその意図を察し、先ほどの銀河を断つ斬撃によって斬り落とされた巨人の腕の元へと向かった。
「記憶」で再現された模倣の術式は虎杖悠仁の生来のものではない。あくまで彼の「記憶」を媒介に、無限に溢れる呪力で補って作り出した「歳月」の力による現象の"再現"に近しいものである。つまり模倣の術式を持っているのは————
「愛は呪い、呪いは愛。捨てられた
受け取った氷の氷柱を矢として大地に転がる鉄墓の腕へと向ける。反創造主は彼女が何をしようとしているかを理解し、妨害に走るが当然、そんな無礼を呪いの王は許さない。
氷柱は矢に、矢は釘に、釘は槍へと徐々にその形を変え巨大化していく。半透明だった氷はやがて虹色に輝き、光を失った「壊滅」の銀河に新たな烈日をもたらす。
「それでもあたしたちは……その愛憎を振り払って……この物語をあたしたちの望むロマンチックなものに書き換える!」
——共鳴り!
弓を引き、氷の槍は鉄墓の片腕へと命中する。
斬り離された腕を媒介にし、鉄墓の肉体から氷の刃が何千本にも別れて飛び出した。
「▫︎⬛︎何故⬜︎▇█何故、何故否定する」
「んなもん決まってんだろ」
体内から飛び出してきた氷の槍は反創造主の動きを封じ込め、虎杖悠仁はすでにその前に立っている。
呪力を右腕に廻らせ、集中力が極限にまで高められていく。
余計なものを省いた無我の境地、彼はそこで自ずの結論を口に出した。
「オマエの決めた未来が気に入らない。——それだけだ」
——黒閃!
黒い火花が攻め合う領域の中で開く。雷鳴が虚無の世界を壊し、反創造主の体の半身が完全に破壊された。
領域を展開した術師がいなくなったことで「無量空処」は自然と溶けるように瓦解していく。しかし、後方の首無し巨人の方はいまだに動きをほとんど止めず、その最大過量の「壊滅」の神槍を呪いの王へと振りかざそうとしていた。
タイムリミットまで残り15秒。
黒閃を放ったことで120%のポテンシャルを再び引き出した虎杖悠仁は厨房から火を取り出した。
「
手のひらから青い焔が溢れ出す。燃え盛る青い太陽は暗黒に染まった闇夜を照らしていく。
ところがその蒼焔は鉄墓の神体を燃やそうとはしていない。彼の掌の中で生命体のように揺れ動くだけだった。
「術式反転——————
それはゼロ度の炎。
彼の口元から吐き出される息は白く、大気の水分に霜を下ろしていく。
空の彼方で世界は氷に閉ざされていった。
「記憶」によって保存され、「神秘」によって秘匿された溶解することのない白氷は「壊滅」も「知恵」もみな等しく停止させていく。
滅びていたはずの生命データも、壊滅していたはずの銀河連合の艦隊も、銀河中のすべてが「虚無」とは違う白に包まれる。
虎杖悠仁はいま、この時、この場所を持って「時」に手をかけた。
神ですら至ることのない時間停止の領域。万物が等しく停止された世界の中で王だけが歩みを止めない。
「——————」
拳に呪力を集める。ただそれだけ。
停止した世界の中では"縛り"による時間制限も意味をなさない。薄氷の中で彼は迫り来る神槍に拳を構え……そして、殴る。
稲妻が迸った。
黒閃……黒閃……黒閃、黒閃、黒閃、黒閃、黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃黒閃!!
もはや黒い花火が微笑む相手は1人しかいない。
銀世界に咲いた黒い閃光は止まることなく放たれ続け、槍から放たれていた銀河を壊滅させるほどのエネルギーと衝突を繰り返す。数十、数百、いや数千か、数える暇もないほどに止まった世界の中で拳をがむしゃらに叩きつけていった。
やがて漂白は解かれ、世界の時間が再び動き始める。
銀河を滅ぼす攻撃は王の手によって打ち消され、首なし巨人の神体はもう一方の腕も大きく欠けたボロボロの状態になっていた。
反創造主は瞬きの間に起きた目の前の出来事に処理するのに、神に並ぶほどの演算力を有する鉄墓でさえ時間がかかった。
しかし、対する悠仁の拳ももはや原型を留めていない。生前の肉体ならまだしも、いまのオムニックの身体ではその威力に耐えきれなかったのか大きくひしゃげてしまっていた。
だが悠仁は残り15秒というわずかな時間の中で再び反創造主に接近する。暇もなく近づいてきた彼にわずかに反応は遅れたものの、自動回復しきれていない手では印を結べないだろうと判断した鉄墓はすかさず領域を再展開させようとした。
「受け取って、悠仁!」
両者の間に入るようにキュレネはあるものを矢にして飛ばしてきた。
それは「歳月」の儀礼剣。三日月を模した刃が悠仁の眼前で地面に突き刺さっていた。セプターの内部、オンパロスという用意された舞台ならともかく、現実空間において「歳月」の力はほとんど役に立たないだろう。
「ありがとう」
しかし虎杖悠仁はすでに「時」を掴んでいる。
展開されていく無量空処のなかで悠仁は渡された儀礼剣を確かに受け取り、三日月の剣先を反創造主の身体に突き刺した。
「さて……やり直しだ」
虎杖悠仁は「神秘」の力で鉄墓を、憎悪を、無限を、終末を巻き戻す。
「開拓」の旅を続けるために。
盛りました。悔いはない。
けど最強同士の戦いは書くのが難すぎるッピ!
ちなみにこっちのキュレネの姿は崩壊3rdのエリシアを想像してもらえればわかりやすいと思います。私はスマホ容量の関係上3rdは未プレイですが…