降り積もる雪を溶かす存護の槍を持って、穹は造物エンジンの腕から飛び降りる。
仲間たちも後ろから合流し、再び武器を構えた。
なぜ、生きているのか、どうしてその槍を持っているのか、気になることは尽きないだろうが、彼らは問わない。今大事なことは、ここでカカリアを打ち倒すことだけだ。
「あり得ない……」
カカリアは浮遊し、こちら側へと降り立ってきた。
「存護の意志はまだ生きている」
「貴様らは何も理解していない。……その先に待っている結末を何も知らない!」
「たとえ滅ぶ運命だとしても、私たちは手を取り合い、勇気を持って暗闇の中を歩いていく————」
「俺たちがいる限り、そんな未来を訪れさせたりはしない!」
もはや人の形を保つことすらできなくなった彼女に槍先を向けて彼は強く言い切った。
「黙れ……黙れ、黙れ黙れぇぇ!!」
踊り狂うように、カカリアは氷の槍や剣を一心不乱に作り出し彼らに向けて発射し続ける。
巨大な剣は周囲に津波のような衝撃波を何度も何度も放出し、冷え切った風が喉の奥を通っては体力を削ろうとしてきた。
「——弱き者のために!」
存護の槍を構え、彼は先頭に立ち飛来してくる氷矢をその身に引き受ける。
琥珀の炎によって、冷えた鏃は融けては粉々に砕け散り、彼の背後に続く仲間たちがそれを皮切りに一斉に攻撃を開始した。
「せい、はあ!」
「ほら!」
丹恒とゼーレは己の身軽さを利用して、ひたすらカカリアを翻弄し続け、彼らを射殺すために作り上げられた矢をなのかとブローニャの二人で撃ち落としていく。
存護の加護によって、彼らは寒波の影響を受けることなく突き進む。心の内で燃える意志は、何者にも崩れなさせることのない、不屈の砦となった。
「何故理解しようとしない!?人間とは、下等で、弱く、愚劣で、醜悪なのだ。そんな奴らにこの国を、この星を、この世界を担うことなどできやしないことに!星核だ、星核こそが全てを——」
もはや彼女に正気など残っていない。
そこにあるのは、ただの妄執と狂気の成れの果て。
星核に囚われ続け、抗うのをやめた哀れな母の姿であった。
「大地を割れ!」
赤いオーラを放った彼は常人では不可能な距離を跳躍し、灼熱の意志が籠る槍先をカカリアへと向けた。
かろうじてそれは避けられたものの、槍は氷で固まった石床を抉り取り、そこから火山のような熱の塊が噴き出る。
それは穹もカカリアも平等に焼き焦がす。しかし、存護の歴代の建創者たちの意志を背負う彼にとっては大した痛みではない。
熱の衝撃によって虚妄の母の身体はバランスを失った。
その隙を見逃すはずもなく、上層で佇んでいた造物エンジンがその拳を構え、一直線に彼女めがけて振り下ろした。
「ぐっ、があっ……」
彼女はその身をもって、圧倒的質量の塊による攻撃を受け止める。
その隙を逃さんとばかりに全員が総攻撃を仕掛けた。
「なめ、るなよ。人間風情がぁ!!」
黄金に包まれた星核のオーラが、衝撃波となって彼らを襲い、造物エンジンの右手はそれによって離れ、再び自由の身となった彼女は周りから虚数のエネルギーの蓄積を始めた。
氷の矢は崩壊の力をもって黄金に染まり、粉塵が彼女の体にまとわりついていく。
「……まずいな」
頭上には何かとんでもない攻撃を今からするとでも言わんばかりの、巨大な球体が浮かんでいる。
阻止しようにも、星核によって生み出された裂界造物や、カカリアの氷の刃がそれを許さない。
「しつこいっての!」
群衆の波を抜けたゼーレが隙だらけのカカリアの腹を切り裂く。
度重なる攻撃によって脆くなっている氷鎧は削れ、彼女の腹部には巨大な傷跡ができる。
しかし、その傷跡は暗闇の肉体の内側へと吸収されてしまった。
「星核が全てを————。貴様らは新世界の礎となるのだ!」
手をかかげ、カカリアは確言する。
豪雪を生み出し続けていた暗雲から、光が迸る。
しかし、それは人々の暮らしを照らす恒星の輝きではなく、すべてを飲み込まんとする星核の破滅の光であった。
虚数のエネルギーを伴った隕石はベロブルグのすべてを崩壊させんと言わんばかりにそのサイズを大きくしていく。
「やっば!あれってどうみても当たっちゃダメなやつだって!」
「このままじゃ——上層部や下層部のみんなが…………!」
あのサイズでは、いくら見上げるほどの体躯である造物エンジンでも対処不可能だろう。
誰も、どうすることもできない絶望的な状況。
それでもまだ、諦めていない者がいるならば————
「槍先に火を————」
琥珀の槍はその輝きを忘れることなくゆらめく。
熱によって温められた空気を肺に入れ込み、ただ一点にめがけて彼は跳躍する。もはや彼の身体は発射されたロケットと言っても過言ではなく、彼の居た場所はマグマのように溶け出していた。
「穹!?」
「あの力はいったい……」
まるで別人のような彼の強さに疑問を抱く暇もなく、彼は単身で隕石に向かって槍を突き刺した。
噴出するエネルギー同士の衝突により、尋常ではないレベルの衝撃波が穹の身に降り注ぐ。
「ぐうっ……!!」
たとえ存護の力があったとしても、星核によって集められた虚数エネルギーに対抗することは至難。
得物が無事であっても、その所有者の肉体が負荷に耐えられない。
穹の腕は悲鳴をあげ徐々に徐々にと骨にヒビが入るような痛みがした。
筋肉の繊維のが千切れ、その手のひらからは鮮血が漏れ出てしまう。
「まだだ!まだっ、終わって——!」
ふと、無意識のうちに槍を持っていないもう片方の手が支えるように穹の腕を掴んだ。
「——すまん、ちょっとだけ約束破る」
悠仁のその声が聞こえたと同時に腕の痛みが消えた。
彼の回復能力——反転術式による効果で腕を治療してくれたのだ。
「ありがとう」
視界の端で、淡い赤色のモヤのようなものが見え始めた。
それがいったい何なのかはわからないが、穹は深く考えることなく、そのモヤを肩から腕へと纏わせ、槍先に籠める。
槍先の火はさらに勢いを増し、豪雪を融かしながら朝日のように全てを照らす。
「はあああああああ———!!」
彼の雄叫びに反応するかのように、その炎は空中で爆ぜた。
存護の槍は琥珀の煌めきを失うことなく、禍々しく光る星核の隕石を木っ端微塵にしてく。
砕け散った隕石の向こう側には、虚妄に囚われたカカリアの姿があった。
「バカなっ!?星核の力が、ただのっ、ただの人間如きに——」
彼女は動揺を隠しきれないまま、ただ空中でことの顛末を眺めているだけだった。
もはや彼女にこれ以上抵抗する力はない。
あとは、あなたがその妄執を綺麗さっぱり断ち切ることだけだ。
隕石を貫いた勢いに任せ、彼はカカリアの目の前にまで迫る。
「炎の槍よ、断ち切れ!」
防御することすら忘れた彼女の腹部を、存護の槍が貫いた。
たちまち連鎖的に起きる爆発の熱嵐はカカリアだけでなく、その周囲に漂う虚数エネルギーをも巻き込み、一斉に爆ぜる。
そして人々の受け継がれた意志を見せるように、巨大な炎の柱がカカリアの身を焼き尽くした。
穹は雪の溶けた石床に降り立ち、歴代の建創者たちへ勝利を示すために槍先を天へと掲げる。
冬の終わりはもうそこまで迫っていた。
「穹ーー!」
なのかと丹恒が急いで彼のところへ向かう。
「もー、胸を貫かれた時は心臓が止まるかと思っちゃったよ!」
「無事なようで何よりだ。身体に何か異常はないか?」
そういえば先ほど胸を貫かれていたのを彼はようやく思い出した。
だが、特に痛みがあったり跡が残ったりしている様子はない。穹は首を横に振り、その様子に二人は安堵の表情を浮かべた。
「そういえば、カカリアは……?」
少なくとも星核との融合は断ち切ることができた、穹はそう思っている。
意識を失い、地面へとゆっくり落ちてきていた彼女はブローニャたちが見ているらしいのだが…
「お母様!」
ブローニャの悲鳴が響き、三人はそちらをすぐに振り返る。
地面に横たわっていたはずのカカリアが再び肉体に埋めた星核が暴走し始めていた。
大気が逆流し、彼女の周りが目に見ることのできない謎のエネルギーのバリアで覆われてしまう。
「星核がいずれ……」
「やめて!お母様を連れて行かないで!」
「やめなさい、ブローニャ!アンタも巻き込まれるわよ!」
ブローニャがどれだけ彼女を救おうと手を伸ばしても、掴めるのは透明の膜だけ。
「すべてを呑み込む!」
「いやだ!やめて、やめてっ!!」
光の粒子が溢れ出し、彼女の命そのものを燃やしつくさんと星核のエネルギーのすべてが彼女の内側へと流れ込む。
もはや、誰かが対処できるような話ではなく、どれだけ手を伸ばしても最愛の母の手を握ることさえ叶わない。
そして、今まさに彼女の命そのものが潰えようとした時——
「悠仁、行けるよな!?」
「応!」
穹はその破壊不可能な膜に手を触れた。
ほんの一瞬、彼の顔に入れ墨の模様が浮かぶ。
「捌」
彼女を囲っていた不可視のドームがパリンと割れ、内側で漏れ出していた力が溢れ出し嵐のように蠢き始めた。
彼は、その嵐の中心地へと足を踏み入れる。
本来なら、誰にも入れない星核のエネルギーの暴走地点。只人であればその風圧とエネルギー波の衝撃によって肉体もろともひしゃげてしまうだろう。
しかし、彼の肉体には星核が埋め込まれている。本来、それは宇宙ステーションにて終末獣の攻撃により暴走するはずであったところを悠仁、そしてその後ヴェルトの手によって沈下させられていた。
穹がカカリアへと手を伸ばしている最中、悠仁は彼との会話を思い出す。
『つまり、その星核ってやつはまだ暴走状態ってことか?』
『ああ、終末獣の一撃を喰らった後、彼の肉体は暴走する予兆があった。本来ならその暴走を俺の力を使って止められたのだが、君が彼の肉体に入り込んだことによって不具合——つまりバグのようなものが起きてしまったようだ。見たところ、理屈は不明だが星核は君の持つその呪力とやらによって肉体の内側で無理やり抑えられてはいる。とはいえ眠っているわけではない。彼がその呪力を使えるようになれば、何かの弾みでその枷が外れてしまってもおかしくない』
『オッケー。じゃ、俺はこいつが暴走を起こした時に見張っていればいいわけね。えーっと……』
『ヴェルトでいい。違う世界の可能性が高いとはいえ、同じ地球出身だ。君とはうまくやっていけそうな気がするな』
『ヴェルトね。…………え、同郷?まじで?』
彼が言うには穹の肉体には星核のエネルギーと呪力のエネルギー二つが埋め込まれている。呪力を宿している悠仁が肉体に宿ったことで、
つまり今の彼は生きた爆弾のようなもの。
悠仁によるセーフティと穹への心的負担を考慮し、そのことは伝えていない。
だが、彼は無意識にも己がすべき役割を理解していた。
すでに彼はその身にある呪力を放出することができている。
「ルールは破るためにある!」
彼の胸の内側からも、星核のエネルギーが溢れ出す。
禍々しいエネルギー同士の衝突。本来ならば、打ち消すどころかカカリアの持つそれと混ざり、さらに凶悪な塊へと変化していただろう。
しかし、穹が内に抱くエネルギーは呪力によって抑えられて変質し、まったくの別物と化していた。
奔流する彼の星核が、まるで獲物を捕らえた肉食獣のようにカカリアの星核が放つそれらを悉く飲み込んでいく。
未知のエネルギーによって発生した小規模な乱気流の中、穹はようやくカカリアの腕を捕まえた。
「全員で引っ張るわよ!」
わずかに気流からはみ出していた穹の腕を、他の4人は必死に掴む。
いくら、変性した穹の星核のエネルギーを使って相手のそれを喰らい続けているとはいえ、カカリアと融合した星核自体を取り除かなかなければ根本的な解決にはならない。
しかし、穹は今、確かにカカリアの手に直に触れている。
「
それは本来の斬撃を飛ばす通常の《解》とは異なる、魂の輪郭を切断するだけの技。肉体には一切の影響を与えず、その者の魂に直接、攻撃をしかける虎杖悠仁のオリジナルの技術。
新宿決戦にて、彼はすでに魂を知覚する方法を知っていた。
カカリアの魂と星核がどのように融合してしまっているか、直に触れたことでその位置を完全に把握した彼は、わずかな繋がりをすっぱりと斬り落としたのだ。
星核との繋がりが完全に絶たれたカカリアが、今度こそ意識を失ってその場に倒れ込んだ。
残るはベロブルグの星核をいまだに喰らいつくそうとする穹の星核の暴走をどうにかするかだ。
それは本来なら、悠仁が止めるべきであった。
しかし、彼はしなかった。するまでもなかった、とも言える。
「これはっ、俺の身体だ!——星核なんぞに……操られてたまるかぁっ!!」
穹が己の力を持って、胸の内側から溢れ出すエネルギー波を押さえ込む。
大きな渦を作り出し、大気を乱流させていたそれらは次第に勢いを無くしていきその肉体の内側へと戻っていった。
やがてその力は鳴りを顰め、星核の力は今度こそ完全に眠りにつく。
そのまま、事切れた人形のように穹は地面へと倒れ込んでしまった。
「穹!」
「無事か!?」
突然、意識を失った彼に丹恒となのかは心配そうに声をかけようとするも、何の前触れもなく平然と起き上がった彼から静止の手を出された。
「疲れちまったみたいだから、少し眠らせてあげてくれ」
それは穹ではなく、悠仁だ。
彼も疲労困憊で意識を失ってしまっただけで命に別状はないらしい。
それを聞いてほっと息を吐いた彼らは、カカリアの安否を確認しに向かう。
ブローニャとゼーレは彼女を横たわらせ、落ち着いて彼女を診察していた。
軍に所属しているため、ブローニャには応急手当ての心得もあるらしい。しかし、彼女の手は微かに震えたままであった。
「ブローニャ、彼女の様子はどうだ?」
「…………意識は失ってるけど、心臓は動いてるし血脈も異常はない。ありがとう、あなたたちがいなかったら、お母様はきっと……」
「俺の術式で星核と完全に切り離したとはいえ、後遺症が出ないと限らない。すまんが、彼女はもう大守護者には——」
「わかってる。星核の影響とはいえお母様は大守護者としての責務を放棄し人々を危険に晒してしまった。それに、私はもうお母様に、これ以上背負わせたくはない」
溢れ出そうになった涙をぬぐって立ち上がり、迷いを捨て去った彼女は宣言する。
「私が————次の大守護者になる」
空が晴れる。
星核のエネルギー波によって浮かび上がったオーロラが彼女たちのこれからの未来を祝福するように輝いていた。
———————————————
そしてあれから、事態は目まぐるしく変化し続ける。
ひとまず、大守護者の代理としてブローニャが早急に行ったのは、下層部の開放であった。
クラーラやフック、それに地炎のメンバーなど、彼らが下層部で出会った人々がケーブルカーに乗って次々と上層部の街へと出てきた。
彼ら、特にその一生を下層部で過ごしていた若者たちにとって空というものを見たことがないためか、みんなして目を白黒とさせながら、青い天井を一望し続けている。
逆に、元々上層部の暮らしを知っているナターシャやオレグなどは、その透き通った空気を再び吸えることに感極まっている様子であった。
ゼーレはブローニャの傍で彼女を支えることにしたらしい。
いくら彼女が優秀だとはいえ、下層部の問題を丸ごと一気に守護者の任についたばかりの若者へ押し付けることはできない。
だからこそ、地炎として下層部のことを知り尽くし、尚且つブローニャとも親しい人物が必要になったため、その大役を彼女が担うことになった。
そしてブローニャたちは寒波の影響を作ったのが星核であることについては公表したものの、それを持ち込んだのが初代の建創者であったことはそのまま隠し通すことにした。カカリアについても同様である。
人々が絶望し、混乱に陥ってしまうことを防ぐため、彼女は偽物のシナリオを作り上げた。
カカリア・ランドは天外から降り立った来訪者たちから星核の秘密を知り、その人智をはるかに超えた力に挑むことを決意し、その身を犠牲にしながらもベロブルグを危機から救った。しかし、幸運なことに来訪者たちの助力もあって、何とか彼女は一命を取りとめることができた、と。
合理的な案であり、少なくとも何も知らない者がそれを嘘と立証するのは不可能であると判断した彼らは、その
また、星核についていえば、穹が吸収したことでその反応は完全に消失したとのこと。本来であれば姫子とヴェルトが回収する手筈であったのだが、どうやらこの場合でも列車は運行できる状態になったらしい。とはいえ、星核を意図的に暴走させたことに関しては後でお説教が待っているらしいのだが。
「あっ、始まりそうだよ!」
その日はブローニャの大守護者としての就任スピーチの日でもある。
請求列車の一同は、彼女の就任式を見守るために近くのカフェでその時が来るのをじっと待っていた。
「間も無く、ブローニャ・ランド様による就任スピーチを開始いたします。——皆様ご清聴ください!」
シルバーメインの伝達係により、賑わいのある広場は突然、しんと沈黙する。
壇の上にブローニャが登り、民衆から歓声が沸き起こり、広場はすぐに騒がしくなった。
「ベロブルグ市民の皆さん——私たちが今日、ここで共に祝うことができるのは……ある偉大な守護者が自らを犠牲にして、この都市を蝕んでいた災厄を駆逐したからです。カカリア・ランドの身を粉にした献身によって、私たちは新たな一歩を踏み出せるでしょう」
星核によって世界を滅ぼそうとしたカカリアが、星核を滅ぼし世界の救世主となる。何とも皮肉な結果だ。
「彼女は長い眠りにつく前に後悔の念を語りました。それは上層部と下層部の封鎖命令を出してしまったことです。星核が消えた後、ベロブルグが一つになるよう、彼女は願いました。下層部の皆さん——私には、十数年という深い傷跡を残したことに対し、赦しを請うことなどできません。ですが、それでも皆さんの力をお借りしたいのです!……皆さんの忍耐と汗なくして、ベロブルグの復興も、文明の存続もあり得ないからです」
賞賛の声も、非難の声もそこにはない。
誰もがずっと黙りきったまま、彼女の告解を聞いている。
「次にこの場を借りて、ベロブルグを訪れた客人たちに感謝の念を伝えたいと思います。彼らのおかげで、私は『存護』するだけでなく、空を見上げるべきだと気づくことができました。彼らがいなければ、前任者のカカリア・ランドもその命を落とすことになってしまっていたかもしれません。……私は、信じています。私だけでなく、皆さんの努力によって、この世界——開拓者たちにヤリーロ-VIととばれているこの世界は——必ず生まれ変わると!どうか、その日が来るまで、私が先頭に立つことをお許しください」
彼女がそっと頭を下げれば、いくつもの拍手と歓声が巻き起こる。
「ベロブルグ第19代目『守護者』、ブローニャ・ランドがここに宣言する——」
「「「ブローニャ様に栄光あれ!ベロブルグは永屹なり!」」」
見物する市民たちは、彼女のその姿をたたえた。
ブローニャは薄く微笑む。そこには、市民に応えてもらえた喜びと、ほんの少しの悲しみが同居していた。
就任式を終え、彼らは来賓として彼女に直接会いに行くことができた。
「三月、丹恒、それに穹と悠仁も——スピーチに間に合って本当によかった」
「体調は大丈夫か?」
「ええ、心配ない。お母様が私に埋め込もうとしていた星核の影響は、みんなが駆けつけてくれたおかげで何とかなった。本当に、ありがとう。それと、お母様のことも……」
「やはり彼女は目覚めそうにはないのか?」
ブローニャは何も言わず黙って頷いた。
今のカカリアは昏睡状態。いつ、どのような状態で目覚めるかも不明。
医師が言うには、後少しでも対応が遅れていれば死んでいたかもしれなかったらしい。
応急手当ての後、念のためにと悠仁が反転術式を使用したことが功を奏したのかもしれない。
とはいえ、目覚めた後の彼女がベロブルグの光景を見てどのような反応を示すかわからないこともある。
星核に乗っ取られたままであれば、再びこの星を滅ぼさんとするかもしれない。
むしろ、そちらの方が彼女にとっては幸せだろう。
しかし、もし第守護者となる前の頃に戻っていたとすれば……どれほど己の過ちを後悔し、罪に苛まれるかわからない。
だからこそ、ブローニャは自身の母を眠らせたままにしているのだろう。
いずれ、誰もが日の下で誰もが笑い合い、寒波に苦しむことがない世界を見せるために。
「……この状態で言うのもなんだけど、やっぱり言っておいた方がいいよね?」
「ああ、俺から話そう」
丹恒はブローニャにヴェルトの観測結果を伝えた。
それは、星核の影響を取り除いてもすぐに裂界が消えることはない、というあまり良くない知らせだ。
空間の歪みは修復されたものの、この星が完全に元の姿を取り戻すまでには何年もの歳月がかかるとのこと。
ところが、彼女は自然とそういうことになると予想していたのか、驚くことなくその現状を受け入れた。
裂界による影響は遥か昔から続き、大地に深く根付いている。
脅威は今もまだ、収まりきったわけではない。
それをどうにかするのは、ベロブルグに住む人々の手に委ねられた。
「必ず裂界を消滅させられる方法を見つけられるように、列車組もできるだけサポートをする」
「なら……私もリーダーとして、それに相応しい約束をしないと。——『開拓者』が再びここを訪れる日まで、私たちは全力を尽くすと誓う。さらに700年かかろうとも……ヤリーロ-VIの子供たちは星空を見上げ、希望を胸に抱き続ける。……さようなら、友人たち。星空が、あなたたちの旅を『存護』してくれますように」
雪は解け、寒さに震え未知の脅威に怯えていた人たちの顔は完全に晴れきったとは言えない。
それでも彼らは戦い続ける。
彼らを支えてくれた幾年もの研鑽のため、天外から訪れその危機から助け出してくれたナナシビトのために彼らは存護の意志を貫き続けるだろう。
——この旅が、いつか群星に辿り着かんことを。
これにてベロブルグ編は完結です。
カカリアを助けた方法に関して、何やらいろいろと長く書きましたが、簡単に言っちゃえば、星核のマイナスのエネルギーを、呪力のマイナスエネルギーで打ち消した、思ってもらえれば大丈夫です。
独自設定ですので何かと齟齬が発生してるかもしれません。
次回は間話を挟んで、羅浮に進みます。しばしの間、お待ちください。