バブルを知らない俺たちは採用バブルを知っている 作:ダブル亮禅
オリジナル:現代/ノンジャンル
タグ:就職超氷河期世代 団塊世代とバブル世代の犠牲者 バブル崩壊 リーマンショック ライブドアショック ブラック企業 圧迫面接 ただの愚痴です
団塊とバブル世代を守る為に切り捨てにされた世代だ。
バブル崩壊後の長い長い不況の果てに、
気付けばやって来ていた長い長い好景気。
俺たちはやっと報われるのだろうか?
小学生になってまだ低学年の頃にバブル経済がはじけた。
という事を知ったのはもう少し後の事で、
当時の俺は、ニュースで右往左往している大人の事なんか
気にもしていなかった。
だからバブル景気の時代なんて一度も実感した事はない。
でも、高校3年生になり、就職を考え始める歳になると、
途端に『バブル崩壊後の社会』というものが現実味を帯びてくる。
「それでも…」
と、また景気は回復するかもしれないと一縷の望みを託し、
時間稼ぎの為に大学に逃げた、高3の夏。
結局、おかわりで一浪までさせて貰い、時間を2、3年稼ぐことは出来たが、
景気は一向に良くならず、失望の中、就活を行う事となった。
「はあ?アンタ、そんな志望動機で通用すると思ってるの?」
心底くだらねぇという顔で面接官が就活生に小言を言っている。
中には半泣きになっている女の子もいる。
そんな子にさえ、
「おいおい、君は仕事で失敗しても泣いて誤魔化すんだろうね」
と追い討ちの様に嫌味を言う。
さっきからそんなやり取りが30分以上続いている。
圧迫面接だ。
バブルの崩壊後、日本中の企業が採用枠を削った。
それまで「人は宝」と綺麗事を言っていた企業経営者達は、
掌を返して「人件費はコスト」と主張したのだ。
もっとも割を食ったのは就活生。
自分たちは「金の卵」と持て囃され大事にされた人達は、
自分達の雇用を守る為に、未来ある若者を犠牲に差し出した。
就活生はベビーブーム世代だった事もあり、就活は困難を極めた。
大半の学生が100社近く会社を訪問するが、
内定はごく一部の誰が見ても優れた人材に集中し、
一般の学生達は日々ディスカウントされる自分の価値を甘んじて受け入れた。
ウハウハだったのは企業側だ。
就活の現場は完全なる買い手市場。
良い人材を選び放題。
まだ学歴社会の風潮が少し残る中、
本来だったら来てくれるはずのない高学歴の人材が面接に来る。
まさに採用バブルだ。
今まで大卒の人材なんて来てくれなかった会社にも
大勢のリクルーターが殺到した。
採用する側よりも良い学歴にやっかみもあった。
それ以上に少ない採用枠で外せないというプレッシャーもあったのだろう、
そんな風潮で生まれたのが圧迫面接だ。
建前上は、追い込む事で逆境にも耐えうる人材かを見極めるというものだった。
しかし、実際は自分より頭の良い相手に舐められたくないという劣等感の裏返し。
そして、何より気持ちいいのだ。
大学に行っていない自分が、大学生相手にやり込めるというのは。
相手が有名大学であればあるほどエクスタシーなのだろう。
そんな状況下で俺も、就活で疲弊と摩耗していく中、
なんだかんだでなんとかブラック企業に就職を決める「俺」。
その後、配属された飛び込み営業で色々あり、
なんだかんだで採用係に部署替えとなる。
飛び込み営業という毎日罵声や塩を投げつけられる毎日から
何はともあれ採用側に立つ事になった。
あの圧迫面接の日々を受ける側から、やる側に変わったのだ。
しかし、俺は圧迫面接をしなかった。
いや、出来なかったのだ。
「大丈夫!仕事は現場で優しい先輩が手取り足取り教えてくれるから」
「頑張れば、年収一千万も夢じゃない!」
「君、なんか最短で支店長になった吉田さんと雰囲気似てるわ!」
毎日がおべっかと、嘘の日々。
採用といってもブラック企業の採用は営業と同じで、
使い捨ての駒を常に補充し続ける為の機械だ。
毎日ノルマと現場からの欠員補充の催促に磨耗していく俺。
毎日、毎日、数字を追いかける。
「人材なんて放っておいてもどんどん集まるんだから、
そいつらを取りこぼさずに入社させろ。」
それが会社からの指令であった。
「出来ない」
なんて言えない。
言えば、即会社を辞めさせられる。
辞めるように仕向けられるのだ。
毎日の様に、
「給料泥棒」
「お前のせいで他の仲間に迷惑がかかる」
と言われ続けて壊れていった人を何人も見た。
怒鳴られるなんて当たり前、直接、暴力を振るわれるなんて事も日常的だった。
パワハラやモラハラなんて言葉すらない時代、
労働基準監督署すら役に立たなかった。
役に立たない所ではない。
労基に相談に行ったが最後、
労基から
「おたくの会社の〇〇さんからこんな相談受けたけどそんな実態はあんの?」
と即企業に会社の内情をチクッた事がバレるのだ。
何分個人情報なんて概念すら無かったし、
当時は1人でも多く雇ってくれる企業が貴重だったから、
為政者サイドは企業の言いなり。
雇用の確保の為にも、企業に文句を言う人材は排除されたのだ。
会社側もそれを見張る役所も助けてはくれない。
まさに地獄だ。
それだけではない。
さらに追い打ちをかけるかの様に、
「スキルアップ」
だの、
「キャリアアップ」
と称して、仕事と責任はどんどん増えていった。
もちろん昇給も昇進もない。
あっても名ばかりの管理職が関の山。
サービス残業、サービス休日出勤でなんとかその業務をこなすのだった。
そんな生活が10年以上続いた。
給料は増えず、むしろ社会保険料などの控除で手取りは少なくなっていた。
しかし、その頃から変化が起き始める。
人が集まらなくなってきたのだ。
理由はいくつかあるが、要するに景気が良くなっていたのがまず一つ。
テレビでは相変わらず不景気を叫んでいたが、
その比較対象が「バブル期の景気」なのだから、笑ってしまう。
異常な状態だったから「ハジケた」のだ。
それを引き合いに出すのだから笑ってしまう。
実際はバブル崩壊から緩やかではあっても徐々に景気は上がっていたのだ。
だからこそ人手が必要になり、人材が回らなくなる。
しかも、少子化による新卒の絶対数の減少もそれに拍車をかけた。
ついに買い手市場、すなわち採用する企業が人材選び放題だった
「採用バブル」は終わりを告げたのだ。
各社は競って採用に力を入れ出す。
内定を出しても辞退される事が増え、内定式や懇親会など、
新卒へのおもてなしが積極的に行われた。
もてなすのは他でもない、俺たち超氷河期世代だ。
自分の就活の時より遥かに高い、むしろ今の給料よりも高い初任給を
提示しながら、ろくに敬語も使えない新卒たちをよいしょする毎日。
そのうち、モラハラ、パワハラ、アルハラなどの言葉が生まれ、
それを主張する世代に対応するのも俺達だった。
買い叩かれた俺達の世代は今も変わらず報われないのであった。
「はい」と「やります」しか言え無かった俺たちは、
今日もヘラヘラと笑いながら、激動の時代に今ももがき続けている。