ゼロバンゲート番外編〜芦毛のノワール〜 作:茶坊主(ぽんぽん)
榊原のトレーナー室
榊原
「来たか。
最近、素行が悪いな。
だが、それを叱るのは帰ってからだ」
ピュアノワール
「すいません…。」
榊原の顔は怖い。
怒っているように見える。
でもその奥にあるのは、
“選手を見る目”だ。
やっぱりこの人、苦手……
怖い……
でも……来ちゃった……
榊原
「アフォガートは選考会で落ちた
だが、ナショナルカップ出走への道が閉ざされたわけではない」
ピュアノワール
「団体戦…ですか?」
榊原
「そうだ。
そこで活躍すれば、投票枠に入れる可能性がある。」
榊原は、書類に束ねて、机の端に置き
真っ直ぐに私を見つめた
「お前は台風の目になれる」
この人は何か知っている
それだけは分かる
ピュアノワール
「…私に出場資格なんかありません」
榊原
「それは俺が決めることだ。
出場するのが嫌なら、別の名前で走って貰うぞ。
例えば…そうだな、”ゼロバンゲート”としてな」
ピュアノワール
「……っ!」
胸が跳ねる。
呼吸が止まる。
心臓が痛いほど脈打つ。
なんで知ってるの?
その言葉は声にならず、
喉の奥で震えるだけだった。
ピュアノワール
「……最低。
私がアフォガートに怪我させたのを知っててるんでしょ!
その責任をこんなふうに負わせたいんだ……。」
胸の奥に溜め込んでいたものが、
一気に噴き出した。
ピュアノワール
「私を追い込めば、
なりふり構わず全力を出すと思ってるの!?
もう嫌……二度と走らない……!」
声が震えている。
怒りなのか、悲しみなのか、
自分でも分からない。
でも榊原は、
その感情の波に一切飲まれない。
榊原
「まぁ、聞け。」
その言い方は、
ピュアノワールの怒りが“的外れ”であることを
静かに示していた。
榊原は顎に生えた無精髭を撫で、
まるで“怒りの正体”を見透かすように言う。
榊原
「お前が怒っているのは、
俺にじゃない。」
ピュアノワール
「……っ」
榊原
「アフォガートが怪我したことでもない。
団体戦に出ろと言われたことでもない。」
ピュアノワールの喉が詰まる。
榊原
「お前が怒っているのは――
“自分が逃げたこと”だ。」
その一言が、
胸の奥に突き刺さる。
ピュアノワール
「……違……っ……」
否定しようとした声は、
弱くて、頼りなくて、
すぐに消えた。
榊原
「逃げたことを責めているんじゃない。
誰だって逃げる。
殿堂入りしたウマ娘も例外じゃない。
俺だって逃げたことはある。」
ピュアノワール
「……じゃあ……なんで……」
榊原
「逃げたままで終わるのは、
“お前らしくない”からだ。」
その言葉は、
怒りでも説教でもなく、
ただの“事実”として響いた。
榊原
「俺の前に現れたゼロバンゲートはお前が2人目だ。」
榊原の視線が、ふっと遠くへ向く。
その瞬間、
彼の脳裏には“ある少年”の姿が浮かんでいた。
まだ怯えていた頃の少年。
スタートラインに立つだけで震えていた。
勝負なんてしたくないと泣きそうな顔をしていた。
だが――
最後には、
自分を睨みつけて、
自分の意志だけで走り出した。
ピュアノワール
「……2人目……?」
榊原
「1人目は……勝負することすら怖がるような情けないやつだったよ。」
その言葉に、
ピュアノワールの胸がチクリと痛む。
自分のことを言われているようで、
でも違う誰かの話で。
榊原は続ける。
榊原
「だが、そいつは“走りたい衝動”だけで、
自分だけの大舞台を作り上げた。
そして、走りきった。」
ピュアノワール
「……走りきった……?」
榊原
「ああ。
誰に笑われようが、”悪役”にされようが関係なかった。
“走りたい”という気持ちだけで、
ゼロ番目のゲートを開いた。」
まさか……本当だったの?
あのエルコンドルパサー先輩を追い詰めたっていうゼロバンゲート……
私はそんな名前を冗談で名乗って……騒ぎを起こして……
冗談だったのに……
ただの悪ふざけだったのに……
私なんかが……
本物の“ゼロ”と同じ名前を……
自分が触れてはいけないものに触れたような、 そんな恐怖が全身を走る。
榊原
「お前がゼロバンゲートを名乗ったのも同じだ。
冗談じゃない。
本能だ。」
ピュアノワール
「……本能……?」
榊原
「ああ。
走りたいと願ったやつだけが、
ゼロを名乗る資格がある。」
ピュアノワール
「……っ」
胸の奥で、
何かが強く脈打つ。
榊原
「お前は、諦めて終わるのか。
それとも――
2人目のゼロになるのか。」
喉が震える。
榊原
「自分で考えて選べ。」
その言葉は、
命令でも強制でもなく、
“選手としての尊厳”を与える言葉だった
ピュアノワール
「私は……自分の走り方がどうしても好きになれない。
アフォガートみたいに、かっこよく走りたい……
それに、本気で走ったからって……
走り切れる自信もない……」
やっと言えた
怒りでも反抗でもなく、
ただの“本音”
ずっと胸の奥に押し込めていた、
誰にも言えなかった弱さ。
泥を蹴り上げるような走り。
重機みたいだと言われる走り。
美しくない走り。
私は、それをずっと恥だと思っていた。
榊原
「今のままでは、そうだな。」
ピュアノワール
「……っ」
否定されると思っていた。
笑われると思っていた。
でも榊原は、
次の瞬間、静かに言い切る。
榊原
「必ず走れるようになる。」
ピュアノワール
「……え……?」
榊原
「そのために俺がいる。」
榊原の言葉は、優しさだけではなかった
責任ある大人の言葉として、私の胸に落ちた