コスメ売り場の一角。
鏡が並ぶスペースに移動すると、空気が少しだけ変わった。
「はいはい、馬鹿な男子たちは黙ってなさい!ケイちゃん、こっち」
ユナが強引にケイの鏡の前へ座らせる。リョウはユナの指先を真面目な顔で見つめた。
「いい? まずはベース、ケイちゃんは元が綺麗だから、厚塗りは厳禁、こう内側から光を放つように……」
「なるほど、その角度で伸ばすんですね」
ユナのコスプレイヤーという目線はミレニアムでも珍しいため、メイクのやり方を素直に聞くケイ、一方リョウは真剣に凝視している。
「ここはこうやって薄く伸ばして――」
「厚塗りすると崩れるからか?」
「そうそう!って理解早くない!?」
ユナが驚く。
ケイが一瞬だけ視線を向けるが、それ以上は触れない。
「へぇ〜」
ユナがにやりと笑う。
「……ねぇ嵯峨野アンタ、興味ある?」
「あ?……あー、いや、物珍しいから見てるだけだ」
「ふーん、ねぇ、そんなに熱心ならさ――アンタやってみる?」
「は? 何をだ」
「女装」
その場の空気が凍り付いた。
ケイは目を丸くし、リョウは引き攣った笑いを浮かべる。
「水岡テメェ、冗談だよな?俺ガタイあるし似合うわけ……」
「関係ないわよ!アンタ、女装したら絶対化ける!その睫毛の長さ、私にちょうだいって感じだし!ケイちゃんと並んだら最高に映えるわ!」
ユナの目が獲物を見つけた魔女のそれに変わる。
リョウは戦慄し救いを求めて才馬に視線を投げた。
「おい、才馬ァ!言ってやれよ、こいつおかしいって!なぁ!」
だが、才馬カイトは答えなかった。
彼は無言のまま、深く、深く顔を伏せている。
肩が微かに震えているのは、笑いを堪えているからではない。
既に”経験済み”の絶望に耐えているのだ。
(お前はもうやられてたんかいィィィ!)
リョウは本能的な危機を感じ、一歩後退した。
「……悪い、俺、急に用事思い出したわ! じゃあな!」
脱兎のごとく駆け出すリョウの背中に、ケイの鋭いツッコミが飛ぶ。
「貴方がいないと会計ができないでしょう! 戻りなさい!!」
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ドタバタの末、なんとかユナを宥めて(才馬の犠牲により)ようやく最後に残ったのはリップ選びだった。
メイクを落とした才馬は、隅の方で静かに膝を抱えている。
「……もう俺、帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょ」
ユナが即答する。
「まだ終わってないから」
「男の尊厳は終わったけどな……」
ぼそりと呟く才馬。
「ハンッ」
リョウが鼻で笑う。
「被害者ヅラすんな、半分ノリノリだったろ」
「お前は何を見てたんだ……虚無しかなかったわ」
そのやり取りにケイは小さく息を吐いた。
(メ、メイクしたら顔がモモイとミドリにそっくりになったのは驚きでしたね……)
「さて、最後は仕上げのリップね・・・ケイちゃん、どれがいい?」
「……私には、判断基準が多すぎて選べません」
ケイは困ったように眉を下げ、リョウを真っ直ぐに見上げた。
「……リョウ君、貴方が選んでください」
「いや、俺は……さっきも言った通り、ファンデとかの『土台』なら多少は分かるが、色なんてのはそれこそ個人の好みだろ」
リョウは弱気に視線を泳がせる。
だが、ケイは一歩踏み込んだ。
「この中で一番私を見てきたのが貴方ですから」
その言葉はリョウの心臓を不器用に跳ねさせた。
いくら画面越しとはいえ、ほぼ毎日ケイを見てきたのは確かだ。
(あーあ……試されてんな、俺)
観念して一つ溜息をつく。
(派手すぎず、でもケイちゃんのあの白い髪に負けないように……)
僅かな知識を総動員してリョウが迷いの末に指差したのは、少し落ち着いた、けれど透明感のある一本だった。
「派手じゃねぇけど、ちゃんと色がある・・・髪が白いだろ、あんまり強い色だと唇だけ浮いちまうし、かと言って薄すぎると顔色が悪く見える」
リョウは少しだけぶっきらぼうに、けれど確信を持って続けた。
「……これが一番、今の君に合ってる……俺は、そう思う」
「……わかりました」
ケイはリョウからその一本を受け取ると、店員のもとへ向かった。
鏡を軽く一瞥し、受け取ったテスター用のブラシで慣れた手付きで唇に馴染ませた。
「どうでしょうか……」
振り返った彼女はどこか幻想的に、けれど確かにそこに存在する”一人の少女”として微笑んでいた。
リョウは心臓が口から出そうになるのを必死に抑え、そっぽを向く。
「……あぁ、いいんじゃねぇの」
リョウは照れ隠しにそっぽを向いたが、その耳が真っ赤なのを見て、ケイは満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます、リョウ君」
「……っ、そ、そうかよ」
リョウは爆発しそうな心拍数を誤魔化すように、乱暴に後頭部をかいた。
「―――でだ」
並んで立つ才馬とユナに向き直る。
「言いてぇことがあるなら直接言うように」
二人は揃ってこれ以上ないほど気色悪いニヤけ面でこちらを凝視していた。
「……見てた、カイト? 『これが一番、今の君に合ってる(イケボ)』聞いた?」
「見てたし聞いた、俺の尊厳の上に咲いた青春は綺麗だねぇ」
才馬の死んだ魚のような目が、今はこれ以上ないほどにリョウを煽っている。
「ぶっ飛ばされてぇかテメェら!?」
リョウの怒声がコスメ売り場に響き渡る。
ケイはそれを見て
「……やはり、騒がしい人たちですね」
今日一番の呆れ顔、そして今日一番の楽しそうな顔で笑うのだった。
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デパートの出口、タクシー乗り場には数人の列ができていた。
両手に提げた紙袋の重みが、今日という一日の密度を物語っている。
ユナと才馬は電車で帰宅するようで、ケイとリョウの二人で並ぶ。
「……すみませんリョウ君、荷物持たせてしまって」
「あ?あぁ大丈夫だ、腕っぷししか取り柄ねぇし……」
軽く肩をすくめながら、リョウはケイの頭上へ視線を向ける。
――本来あるはずのヘイローは、そこにはない。
それにキヴォトスの時より体調が優れないときた、ケイにとっては不安な事だろう。
「向こうと状況が違うんだから無理はさせらんねぇよ」
「はい、ありがとうございます」
キヴォトスに居たころと状況が違うのはケイもわかりきっていた。
素直にリョウの気遣いを受け取る。
遠くの街灯を見つめながら、ふと口を開く。
「才馬君のことですが……モモイとミドリと同じ苗字なのですね」
「あー……そうだな漢字は違うが」
リョウは軽く頷く。
「ユナも……何処となくユズと似ていました雰囲気だけですが」
「アイツあんな人見知りじゃねぇけどな、まぁ確かに雰囲気似てるかも」
そして、少し間を置いて――
「リョウ君も『天童』だったかもしれないと」
考え込むケイに、リョウは苦笑して言い放つ。
「偶然じゃねぇかも、って? 馬鹿言えよ、だったら俺の家の表札『天童』になってるわ」
「いえ……そうではありません」
ケイはリョウを見上げてぎこちなく、けれど穏やかに笑った。
「何も知らない世界と思ってたのですが、少しだけ親近感が湧いて安心しました」
「親近感か……それは俺も同じさ」
「どういうことですか……?」
リョウは荷物を持ち直して眼鏡を直すと続けた。
「才馬は中学の時からの友達でな、知り合ったのは三年の半ばあたりだが……」
「才馬君も素行が悪かったのですか?」
「ちげーよ、逆だ逆、アイツはそこそこ真面目な優等生だ」
思いを馳せるように上を向くリョウ。
「アイツと知り合った頃は……下らねぇことやってた自分に嫌気刺して空っぽだった」
リョウは自嘲気味に笑った。
「そんな時、あいつが無理やり俺を塾に引き摺り込んだんだ」
「学習塾ですか?」
「あぁ、一緒に勉強して普通の高校に行こうって、何度も何度も……今の俺がここにいるのはアイツのおかげだ」
リョウの言葉は、飾らないけれど重かった。
ケイはその横顔をじっと見つめる。
気が付いたらタクシー待ちの列は二人だけになっていた。
「君がゲーム開発部やミレニアムの仲間、そして"シャーレの先生"のおかげで生まれ変われたように……」
小さく息をのむリョウ。
「才馬をはじめとする塾の仲間や講師の先生……家族のおかげで俺も生まれ変われた気がするんだ」
リョウは少しだけ照れくさそうに笑った。
「だから君に勝手に親近感が湧いてた……憧れに近いかもな、こうやって会えて実は嬉しいんだぜ?」
「……そうですか、なら、安心しました」
折良く、タクシーのヘッドライトが二人を照らし、目の前でゆっくりと停車する。
自動ドアが開くプシュッという音が鳴りケイは車内に乗り込む。
その直前、一度だけ立ち止まり、リョウを振り返って言った。
「……私も先生の"起源"が貴方のような人で良かったと思います」
「まだ初日だろ、早すぎないか」
「初日の評価としては最高点ということです」
「……あっそ」
射抜くようでいて、どこか柔らかい微笑み。
「さあ、帰りましょう」
そう言って、ケイは先に座席の奥へと滑り込んだ。
感想、お気に入りありがとうございます。
化粧品の描写は雑ですみません。
親近感の下り、元ヤンならケイよりカズサだろと思われるかもですが
皆のおかげで生まれ変われたという面でケイにあこがれてるだけなので
逆にカズサに対してはあれで更生出来たら苦労せんわと思ってる……設定です
そうしてくださいモモミドと才馬君と言う共通点もあるのでね
小説初心者なのでその他至らぬ所は言っていただけると励みになります