天童ケイの現代転移   作:Hayatbusa

12 / 14
第十一話【大人】

朝。

目を覚ました瞬間、リョウはしばらく天井を見つめていた。

昨日のことが、ゆっくりと頭の中で繋がっていく。

出会い、買い物、夕飯。

そして──『待ちます』と言ってくれた少女の瞳。

 

(ああ、そうか……あれは)

 

リョウは重い身体を起こし、乱れた前髪を無造作に掻き上げた。

昨日の出来事はすべて夢だ。

異世界から来たブルーアーカイブのキャラも、不法侵入から始まる奇妙な共同生活も。

全部、寝ぼけた頭が見せた、あまりにも出来の良すぎる空想。

妙に現実感が薄い、とりあえず顔でも洗えば目が覚めるだろう。

乱雑に制服に着替え、そう思って部屋を出る。

 

「……おはようございますリョウ君。遅いですよ」

 

リビングに足を踏み入れた瞬間、リョウの思考は停止した。

赤いエプロン姿のケイが当たり前のようにいる。

 

「やっと起きてきたか、顔洗ったくせに寝ぼけた面してんな」

 

父親のキヨツグはすでに仕事着に着替え、椅子に深く腰掛けて朝刊を広げている。

その手元には湯気を立てるコーヒー。

 

「……まったく、もうすぐ起こしに行くところでしたよ」

 

リョウは壁に手をつき、低く呻くように声を絞り出した。

 

「……夢が、夢がまだ覚めてくんねぇ」

「不本意ですリョウ君、私は現にここにいます」

 

ケイは少しだけ不服そうに口を尖らせながらもぴしゃりと即答する。

 

「確認しますか?」

「自分でやるわ……フンッ!」

 

柱に向かって頭を一発叩きつける。

 

「……痛ぇ」

「現実ですね」

「ぶははっ! 何やってんだか……早く座りな。ケイが肘を振るって飯用意してくれたんだぜ、お前よりよっぽど手際がいいわ」

「お願いですから振るうのは腕全体であってください」

 

愉快そうに笑い謎の言い回しをするキヨツグに即座に訂正を入れるケイ。

すでにケイが朝から家にいるという異常事態を完全に「日常」として受け入れていた。

 

「座ってください、みんなの健康を管理するのも居候としての私の務めです。はいどうぞ」

 

促されるまま、リョウはフラフラと自分の席に着く。

目の前には、味噌汁、焼き魚、出汁巻き卵。

いつもは男の二人暮らしの雑な朝食だったが、そこからがらりと変わったレパートリー。

リョウは茫然としながら言う。

 

「いつの間に家事まで……」

「昨日お前が風呂入ってる間に一通り教えた。呑み込み早くて驚いたぜ」

「家具家電はキヴォトスとほぼ同じで助かりました……冷めないうちにどうぞリョウ君」

 

驚愕の順応の早さにリョウは目を白黒させ、箸を手に取った。

じっと見つめてくるケイの視線に、一口味噌汁を啜る。

驚くほど普通だった。

心なしか母が作ってくれた慣れ親しんだ嵯峨野家の味を感じ、自然と笑みがこぼれる。

 

「……あぁ、普通に美味いよ」

「そうですか……良かったです」

 

ケイは少しだけ満足そうに、けれど照れを隠すように答えた。

キヨツグはそんな二人を眺めながら声を上げる。

 

「言っとくが家事は今まで通り当番制だぜ、リョウ。いつもの気を抜いた家事出来ると思うなよ」

「私が家事担当でも構わないのですが……」

 

ケイは立場上ずっと家にいるのだから家事全般担当してもいいと思ったのだが、キヨツグはそれを許さなかった。

 

「……分かってる、甘えるつもりはねぇ」

 

焼き魚を飲み込み答えるリョウ。

キヨツグは満足そうに頷いた。

 

「まぁ流石に洗濯はケイ担当に決まったがな。反抗期みたくオッサンのやつと一緒に洗うなとか面倒なこと言われなくて良かったぜ」

「さすがに居候の身でそんなこと言えません!」

 

ガハハと笑うキヨツグに声を荒げるケイ。

リョウは黙々と食べ進めていた。

キヨツグは新聞を畳み、立ち上がる。

 

「……俺もこれで安心して仕事に行ける、行きたくないが」

「父さん昨日出張帰りだったろ、今日は休みじゃないのか」

「上がとっとと報告書出せって煩くてなぁ……大人はすぐ結果を求めるからいけねー」

 

鞄を乱雑に持ち首を鳴らしながら玄関に向かうキヨツグ。

 

「じゃあ行ってきます。リョウは学校遅れんなよ、ケイも後は頼むぜ」

 

ケイとリョウは「いってらっしゃい」と声をそろえる。

キヨツグは手をひらひらしながら去っていった。

ケイはその背中を見つめていた。

 

「こちらでも大人はああいう感じなのでしょうか……」

 

仕事に向かうキヨツグに少なからずキヴォトスの“大人”の面影を覚える。

リョウはルイボスティーを飲みながら言う。

 

「“シャーレの先生”ほどじゃないと思うがな……あと父さんが言ってたんだが」

「なんでしょう?」

 

ケイは首を傾げる。

 

「大人でも頭ン中は学生で止まってる、そこに自制心と経験が乗っかっただけだとよ……あとは年齢のせいで騒ぐ元気が無くなってくるってさ」

「……自制心と経験……それに元気の衰退ですか」

 

ケイはキヨツグが去った玄関の方をじっと見つめたまま、その言葉を反芻する。

彼女の知る“先生”は自ら進んで理不尽を引き受け、生徒のために責任を背負う。

けれど今朝見たキヨツグは仕事を面倒と零し息子と軽口を叩き合う、もっとずっと等身大の「人間」だった。

 

「“先生”はキヴォトスでの経験は豊富でしょうが、自制心は……どうでしょう、元気も結構ありますし」

「俺に言われても……君が1番よく知ってんだろ、こっちからみた“先生”は正直よく分からん人でしかねぇ」

 

リョウはゲームで見ていた“先生”の姿を頭の中でなぞる。

 

「ただ……子供の責任はやたら取りたがる人だよな、そこだけは正直よく分かんねぇ」

 

空になった皿に視線を落としたまま続ける。

 

「子供が責任を取らなくていいってことになれば、それに託けて好き勝手やるクソガキも出てくるだろ」

 

少しだけ自嘲気味に笑う。

ケイは何も言わず続きを待つ。

 

「大人がいくら熱心に説教を垂れたところで結局、自分が痛い目を見ねぇと止まらねぇもんだ」

 

静かに言い切る。

その言葉には、どこか『実感』が混じっていた。

 

「……それは……貴方の話ですか?」

 

ケイは問いかける。

リョウは一瞬だけ視線を逸らし、肩をすくめる。

 

「さぁな……まぁこっちの世界の話だ。キヴォトスとは事情が違うし真面目に取り合わなくていい」

 

否定ではない答えだった。

リョウが食べ終えた皿を重ねていると、ケイは穏やかなトーンで答える。

 

「……事情が違っても、一つだけ確かなことがあります」

 

ケイは立ち上がり、リョウの皿を手に取った。

 

「“先生”が責任を背負うのは痛い目を見ないようにするためではありません。過ちによって『未来』が閉ざされてしまうことを防ぐためでしょう」

 

ケイは流し台へ向かいながら背中越しに言葉を続けた。

 

「責任を取らなくていいと言っているのではなく、責任を取れるようになるまで『待つ』それがあの方なりの大人の在り方なのだと……私は解釈しています」

 

ほんの少しだけ誇らしげに。

リョウは何も言わなかった。

昨夜、彼女が自分に言った「待ちます」という言葉。

それは彼女の独断ではなく、彼女が敬愛する“先生”から受け継いだものかもしれない。

 

「……それを踏まえて、普段やたら“先生”にイジリ倒されてる事にコメントは?」

「死にたい位の屈辱です、なので“先生”を殺して私も死にます」

 

ケイのいつものセリフが飛び出す。

それを聞きリョウはいつものケイだと安心する。

 

「うわー……重い女は避けられるぜー?」

「……冗談です、ですが同じくらいの目には遭っていただきます」

「もういい!夜に続いて朝から辛気臭ぇ話すんな!」

「振ったのは貴方でしょう!」

「へーへー悪ぅございました!」

 

リョウは深くため息をつき、椅子の背もたれに体重を預けた。

キッチンではケイが「まったく……」とぼやきながら皿を洗っている。

しかしその横顔は、さっきまでの物騒な発言が嘘みたいに落ち着いていた。

 

(……変な感じだな)

 

画面越しに見ていたときは当たり前のように“自分の立場”だった。

けれど、現実に現れたケイが語る“先生”はリョウではなかった。

ケイが見ている“先生”は確かに存在していて、言葉を交わして信頼を積み重ねてきた“誰か”だ。

リョウは小さく息を吐いた。

 

(……なんだよ、それ)

 

胸の奥がほんの少しだけ引っかかる。

羨ましいとは違う、悔しいでもない。

自分はただのプレイヤーで、“先生”は実際にそこにいた当事者。

比べるような話じゃない。

視線の先でケイが“先生”を思い出したのかいつもと違う笑顔を見て、ほんの一瞬だけ。

 

(ああいう顔、向けられてみてぇな)

 

そんな考えがよぎる。

すぐに頭を振った。

 

「……馬鹿か」

 

リョウは鼻を鳴らし、立ち上がって自室へと戻った。

乱雑に机に置いていた通学カバンを手に取る。

リビングに戻るとケイはすでに片付けを終え、制服姿のリョウを玄関で見送る体制に入っていた。

 

「……じゃあ、行ってくる」

「はい、リョウ君忘れ物はありませんか?」

「ねぇよ、あー……鍵閉めとけよ、変な奴が来ても開けるな」

「了解しました、セキュリティなら私の得意分野です」

「さすが不法侵入者、逆も得意ってか」

「いつの話してるんですか!張っ倒しますよ!」

 

ケイが顔を真っ赤にして拳を握りしめる。

 

「そもそも貴方がスマホを忘れなければこうならなかったんですよ!」

「わかった!わかった!すみませんでした!忘れ物には気を付けます!」

「ふん……分かればいいんです」

 

リョウは靴を履きながら適当に手を振り、マンションのドアを開ける。

 

「いってらっしゃい、リョウ君良い一日を」

「……あぁ、行ってきます」

 

背後で閉まるドアの音。

リョウは軽く階段を駆け下りる。

自分は“先生”じゃない。

“大人”みたいに何かを背負えるわけでもない。

 

(――『起源』がどうとか知らねぇが)

 

頬を両手でパシンと叩き決意する。

 

(俺は俺のやり方で認めさせるだけだな)




お気に入りありがとうございます。

朝にも辛気臭い話をすみません。
先生の解釈は独自設定全開。

このケイちゃんはデカグラマトン終了後どころかか絆エピ終了後
まさしく難攻不落の高難度ヒロインですね
先生の起源とか旧姓一緒とかいうせこい設定使っても太刀打ちできるかどうか……

次回からは日常を描く単発回が多くなります。

小説初心者なのでその他至らぬ所は言っていただけると励みになります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。