購買で無事に昼食を調達した三人は、目的の部室へと向かって廊下を歩いていた。
ユナがケイの手元を覗き込み、にこりと笑う。
「ケイちゃん、運良かったね! その野菜炒め弁当、うちの学校の購買だと隠れた人気メニューなんだよ」
「そうなのですか? ですが本来ならば、もう少し栄養バランスのいい物を選ぶべきでした。野菜量は十分ですが、たんぱく質がやや不足しています」
せっかくの隠れた名物を前に、ケイは真面目な顔で小さくごちる。
リョウはその様子を見て、思わず口元を緩めた。
「はは、相変わらずだな……」
この世界に来てからも、ケイの生真面目さは少しもブレない。
リョウはそんな彼女にどこか安心感を覚えた。
しばらく歩きながら、ケイは周囲を見回す。
見慣れない校舎、行き交う生徒たち。
キヴォトスともミレニアムとも違う風景。
「みなさん同じ部活なんですか?」
ユナが首を横に振る。
「違うよー。部員は一人だけ」
「一人?」
「松永って男。カイト達と仲いいから部室をたまり場にさせてもらってるだけ」
「アイツ、部室に集まられるとキレてるけど、内心まんざらでもなさそうなんだよな」
リョウの言葉に、ケイは小さく言葉を反芻する。
「たまり場……ですか」
ケイは少しだけ懐かしさを覚えた。ゲーム開発部も似たようなものだった。
アリス、モモイ、ミドリ、ユズ。そしてトキや他の生徒まで、いつの間にか色んな生徒が集まる場所になっていた。
世界は違えど、学生たちの集まる場所の空気は似ているのかもしれない。
「なんだっけ……非公式新聞部? だっけ?」
ユナは顎に人差し指を当て、首を傾げた。
「どこから出てきたんだよ『非公式』。しかも部じゃなくて同好会な」
適当な発言にすかさずツッコミを入れるリョウ。
ケイは不思議そうに首を傾げた。
「し、新聞……同好会……?」
「何でも『デジタル化の波に飲まれた現代社会に、活字の素晴らしさを伝える』とか何とか言ってたなアイツ」
「……文明回帰論者か何かですか?」
リョウの補足を聞いたケイは、キレのある毒舌を放った。
ユナがケラケラと笑う。
「そんな大層なもんじゃないよー。そういうお題目並べて、偉い先生に取り入って好き放題できる部屋を手に入れただけ」
「なんというか……狡猾、ですね」
ケイが的確すぎる評価を下した、その時だった。
「誰が狡猾だって?」
前方から、新聞を小脇に抱えた男子生徒――松永が歩いてきた。
彼は三人の前で足を止めると、不思議そうにケイを見つめる。
「嵯峨野に水岡か……で、誰その子?」
松永の視線を受け、ケイはハッとしてユナを見た。
「ユナ! まだ言ってないのですか!?」
「え? あ、いや、松永ならもう知ってると思って……」
「はい?」
ケイの目が点になる。ユナは人ごとみたいに頭を掻いた。
「だって親戚でしょ? 松永って嵯峨野と中1からの付き合いだし……当然知ってるものかと」
そこまで嵯峨野家の事情を知る人間がいるとは思っていなかった。
ケイは冷や汗を流しながら小声でリョウを突っつく。
「リ、リョウ君……!」
「…………」
リョウは無言のまま滝のような冷や汗を垂らし、あからさまに目を逸らした。
(まさか忘れて――っ!)
ケイが焦る中、松永が呆れたように鼻で笑った。
「何言ってんだよ水岡。友人とはいえ、そこまでコイツの家庭事情は知らんわ」
松永の言葉に、ケイとリョウは同時に「ふぅ……」と胸を撫で下ろす。
しかし、松永は目を細め、じっとケイを見つめてきた。
ケイは慌てて取り繕う。
「さ、嵯峨野ケイといいます……」
「うーむ……まあいいや、松永です。よろしくな、嵯峨野ケイ」
ユナが「病気で休学中」というリョウの嘘を補足する。
「彼女、いま休学中でね。外を歩く元気もあるから私が誘ったの」
「あ、あっそ……まあ、めんどそうだから深くは聞かんわ」
松永は興味なさそうに頷いた。
「お前、部室にいたんじゃないのか?」
リョウが話題を変えるように問いかけると、松永は新聞で肩を叩いた。
「トイレ行ってたんだよ。じゃあ向かうか」
松永が踵を返し、四人で並んで歩き出そうとした――その瞬間だった。
「――おいおいおい、誰かと思えば嵯峨野じゃねぇか!」
背後から最後方のリョウに向かい、体躯のいい三年生が歩いてきた。
「……あ、お疲れ様です、先輩」
リョウは伊達メガネの位置を直しながら、あからさまに嫌そうな顔で、しかし丁寧な敬語で応対する。三年生は不満げに眉をひそめた。
「あ? またその敬語かよ~、昔みたいにタメ口のがいいって」
「ここ、学校ですので」
トラブルを起こさず普通に過ごす、というリョウの鉄の意志がそこにあった。
昔の癖なのか、リョウは無意識のうちに相手との間合いを自然と取っていた。
三年生は面白そうにニヤニヤと笑う。
「相変わらずスカしてんなぁ。中学の時、盗んだバイクで走ったくせに?」
「盗んでないです! ちゃんと先輩に貸してって言いました!」
「走ってたろ、無免で」
横から松永が平然とガソリンを注ぐ。
リョウは慌てて訂正した。
「私有地! 先輩の家の庭だわ!」
「どっちにしろアウトだよ!」
ユナが突っ込む。
そのやり取りを冷静に見ていたケイが、トコトコとリョウの横に並び、小声で耳打ちした。
「……リョウ君。そのくらいの胆力があれば、向こう(キヴォトス)でも十分にやっていけます」
「……褒めてんのか、それ?」
「はい。先生ポイントを進呈します」
「何だそのポイント!? 先生そんなシステム持ってねぇよ!」
(ケイちゃんこっち来て変に毒されてないか……? まさか父さんの訳わからんボケのせいか?)
現代に来てから妙にボケの引き出しが増えたケイに、リョウは内心で心配し始める。
そんな二人の距離感を見て、三年生がニヤリと下品に笑った。
「へぇ、可愛い子連れてんじゃん。“侠気(きょうき)の嵯峨野”にも、ついに春が始まったかぁ?」
「「…………え?」」
ユナとケイが同時に動きを止め、茫然とリョウを見た。
一方で、全てを知っている松永だけが「ぶふっ……!」と吹き出し、大爆笑し始める。
「きょうき……? リョウ君、貴方は狂っていたのですか……?」
ケイが心底心配するような目でリョウを見る。
松永はお腹を抱えて笑いながらケイに説明した。
「ぶははは! 違う違う! 狂った方の狂気じゃなくて、任侠の方の侠気な! 中学の時のコイツのイタすぎる二つ名だよ!」
「――ッ、て、テメェらァァァァァ!!」
一番隠したかった黒歴史を白日の下に晒され、リョウは顔を真っ赤にする。
「あはは! 侠気だって! 嵯峨野超ウケる!」とユナまで爆笑し始める中、リョウは限界を迎え、脱兎のごとく廊下の向こうへ走り出した。
「うわぁぁぁぁん!!!」
「お、逃げたぞ! 追え追えー!」
三年生も面白がってそれを追いかけ始める。
残された三人は、遠ざかっていく大騒ぎを見送った。
「まったく、馬鹿だなぁ……」
ユナが呆れたように呟いた、その時。
「……あ、戻ってきましたよ」
ケイが指差す先。猛スピードでこちらへ引き返してくるリョウの姿があった。
その後ろからは、楽しそうに追いかける三年生の声が響いている。
「なんだあの走り方……?」
松永が怪訝そうに目を細める。
リョウは両腕を不思議な形に丸め、妙な前傾姿勢で走っていた。
「あー、お弁当を必死に庇いながら走ってるせいだね、あれ」
ユナの指摘通り、リョウはケイが作ってくれた手作り弁当を衝撃から守るため、奇妙なフォームで疾走していた。
リョウが松永の前に滑り込む。
「松永、後で食うから持っといて」
「お、おう」
松永に弁当箱を預けると、リョウは「じゃあ行ってきます」と言いそのまま走り去った。
「うわああああん!!!」
叫びながら廊下の彼方へと消えていくリョウ。
松永は手の中の弁当箱を見つめ、ぽつりと言った。
「……あいつ、わざわざこれの為に戻ってきたのか?」
「……律儀な男ですね」
ケイは小さく呟く。
「さらに先生ポイントを追加しておきます」
誰にも聞こえない声でそう告げて、ケイはほんの少しだけ笑った。
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――それから数分後、ケイたちは『新聞同好会』の部室へと到着していた。
狭い室内には古紙の山とPCが並び、いかにも「たまり場」といった雑多な空気が漂っている。すでに部室で待っていた才馬は、松永が持ち帰ってきたリョウの弁当箱を見て、不思議そうに眉をひそめた。
「……ねぇ松永。なんでお前が嵯峨野の弁当を持ってんの? 当の本人はどこへ行った?」
「さぁな。なんか『侠気』がどうとか言われて、顔を真っ赤にしながら三年生に追い掛け回されてた」
「あいつ、また余計な黒歴史を掘り返されたのか……」
才馬はすべてを察したように深くため息をついた。
ケイは部室の扉の方へ視線を向けている。
「……リョウ君、大丈夫でしょうか。昼休みの終了時刻が迫ってますが」
才馬は優しく苦笑しながら首を横に振った。
「心配しなくて大丈夫だよ。アイツ、ああ見えて『授業中に弁当を食う天才』だから。なんなら早弁も得意」
「天才の使い方を間違ってませんか?」
ケイはうなだれるようにして両手で頭を抱えた。
「リョウ君……貴方という人は……」
「あはは! ケイちゃん、今はそんなこと滅多にないから安心して!」
そんなやり取りを経て、一同は机を囲んで昼食を取り始める。
才馬がユナから手渡された手作り弁当の蓋を開けると、そこには色鮮やかなおかずが綺麗に詰められていた。
「美味そうだな、ユナ。今日も作ってくれてありがとう」
「ニシシ、でしょー! カイトの好きな唐揚げ、多めに入れといたからね!」
「さすがユナ、よく分かってる」
本当に嬉しそうに、そして一口ごとに幸せそうな笑みを浮かべて箸を進める才馬。
ユナもそれを見て満足げに胸を張っている。
ケイは購買の野菜炒め弁当を口に運びながら、目の前の二人をじっと見つめた。
(……なるほど)
ふと、先ほどのユナの言葉を思い出す。
『カイトがどれだけ喜んでるか、その目で見ればわかるよ!』
確かにその通りだった。
しかしケイは呆れたようにため息をついた。
(甘ったるい雰囲気ですね……俗にいうバカップルというやつですか)
仲睦まじい二人に辟易してると松永がケイに声をかけた。
「……変なモン見せてすまん。アイツら、飯食う時は大体あんな感じなんだわ。気にするな」
松永の心底呆れ果てたような目線に、ケイは救われたような思いで小さく息を吐く。
「いえ……少々、精神的負荷が……いつもこのような環境なのですか?」
「いや、嵯峨野がいりゃマシになるんだが」
「そうなんですね……リョウ君とは付き合いが長いんですか?」
松永は缶に口をつけ、少し懐かしむように目を細めた。
「んー、アイツとは中1のハジけた頃に散々喧嘩してさ、ちょっとしたライバルだったんだよ。ただ、俺は中2の途中で足を洗って才馬と塾に行くようになったから、その後の詳しい事は知らないんだ」
「塾……ですか? 確かリョウ君も通ってたと」
「そう。中3の時な、アイツが急にその塾に現れた時はマジでビビった」
松永はサンドイッチを片手に新聞をめくる。
「……昔の嵯峨野はさ、荒れてたっていうより、ただ周りに流されてるだけに見えたけどな。自分から先頭に立って暴れるタイプじゃなかったし、気付いたら変なのに囲まれてたっていうか」
松永は事も無げに言う。ケイはその言葉を頭の中でそっと反芻した。
(周りに流されて、ですか……今の彼からは、少々想像がつきませんが)
隠し撮りした生徒たちには真っ向から怒りを向け、先ほども弁当を守るためだけに引き返してきた、あの真っ直ぐな少年。
彼にもそんな時期があったのだろうか。
そう考えていると、ケイの元へユナが唐突に身を乗り出してきた。
「ごめんケイちゃん! カイトの餌やりしてて!」
「餌ァ!?」
才馬はペット扱いに驚愕し声を上げる。
ユナはスマホを差し出していた。
画面にはカラフルな二次元コードが表示されている。
「連絡先交換しようよ! これでいつでもメッセージ送れるし、また可愛いケイお姉ちゃんに会いに行けるし!」
「連絡先、ですか……?」
ケイは一瞬戸惑ったが、キヨツグから渡されたばかりの自分の端末を取り出した。言われた通りに操作し、ユナの画面を読み取る。
――ピコーン。
小気味いい電子音と共に友達登録が完了する。
「やったー! これで友達だね! これからよろしくね、ケイちゃん!」
「友達……はい。よろしくお願いします、ユナ」
『友達』――その響きが、少しだけ温かく感じた。ミレニアムでの日々を思い出すように。
そしてその時、窓の外から声が聞こえてきた。
「昼飯食わせてくれませんかねぇぇぇぇ!!」
遠くから聞こえるリョウの情けない叫び声。どうやらまだ先輩に追い回されているらしい。
部室の全員が吹き出した。
ケイもまた、つられるように小さく笑った。
気付けば、この騒がしい空間も少しだけ居心地が良くなっていた。
感想、評価、お気に入りありがとうございます。
人数が増えると書くのも多くなる……
リョウの過去小出しにしすぎなとこあると思いますがそこは中盤まで
つまりあと3話くらい我慢してください……
中盤以降はテーマも変わってくる予定
小説初心者なのでその他至らぬ所は言っていただけると励みになります