「――よし、ストライク! っしゃあ!」
ピンが小気味よく弾け飛ぶ音と共に、才馬が派手にガッツポーズを決めた。
土曜日の午後。少し離れた商業都市にあるボウリング場は、週末を楽しむ学生や家族連れでごった返していた。
「才馬、お前またスコア伸ばしてんじゃねぇよ。デートばっかしてねぇで裏でボウリングの練習でもしてんのか?」
炭酸飲料を片手に、松永がベンチから気怠げに声をかける。
「するわけないだろ、センスだよセンス。 次、嵯峨野。お前ここでストライク出したら、ジュース奢るわ」
「乗った。やってやるよ」
リョウがボールを手にレーンの前に立つ。
軽く息を吐き、ボールを振り抜いた。
綺麗な放物線を描いたボールは、見事に中央のピンを捉え――。
「あ、7番ピン残った。はい、ジュースなしー」
「チッ……松永、次お前な。才馬の鼻をへし折れ」
リョウが席に戻ると、才馬がニヤニヤしながらスマホを向けてきた。
「はい嵯峨野、今のガッカリ顔いただきー。SNSに載っけ……」
「おい止めろ、消せ」
リョウの目が一瞬で据わり、才馬のスマホのカメラを素早く手で遮った。隣の松永も、冷ややかな視線を才馬に向ける。
「才馬、俺らの顔をネットに上げんのだけはマジで勘弁な。どこの誰にツラ見られるか分かったもんじゃねぇんだから」
「あー、そうだった、ごめんごめん。ついな」
才馬は苦笑しながらスマホをポケットにしまった。
リョウと松永は中学時代にそれなりに荒れていた過去がある。そのため、余計な過去の因縁を掘り返されないようSNSへの顔出しには人一倍敏感だった。
「でもお前ら、教室で撮ったダンス動画には参加してたじゃんー」
「「ありゃ、顔隠してたろうが!!」」
口をとがらせる才馬に、リョウと松永が声をそろえる。
やはり学生、楽しそうなトレンドには抗えず参加してしまったようだ。
「てか嵯峨野、お前さっきからたまにスマホ気にしてるけど、なんかあんのか?」
松永がボールを選びながら、話題を変えるように問いかける。リョウは極めて平然とした声を装った。
「いや、別に……今日は水岡が家来るらしいから」
「へぇ? 水岡が嵯峨野の家に? 才馬、お前の彼女が男の家に直撃だってよ」
「あー、それなら聞いてる。ケイと女子会するんだってさ」
才馬は特に気にする風でもなく、備え付けの画面を見上げながら言った。
「ユナ、ケイのことめちゃくちゃ気に入ったらしくてさ。『可愛いケイお姉ちゃんと女子会!』って張り切ってたよ……あ、松永ガター。ダサ」
「うるせぇ、手が滑った……まぁ、あの二人が仲良くやってんならいいんじゃねぇの」
松永が肩をすくめる。
リョウは二人の反応に安堵しつつも、内心では別の冷や汗をかいていた。
(女子会、ね……ケイちゃんが『キヴォトスの存在』とか『ゲーム開発部』とか口を滑らせなきゃいいけどな)
キヨツグは今日、急な休日出勤で家を空けている。家にはケイ一人。そしてそこへユナが遊びに来る予定だった。
まさか自分の家に、ゲームの画面から飛び出してきたブルアカのキャラが居座っているなど、友人たちに知られるわけにはいかなかった。
────────────────────────────────
その頃、嵯峨野家では玄関のチャイムが鳴り響いていた。
「はーい! ケイちゃん、遊びに来たよー!」
扉を開けると、そこには私服姿のユナが弾けんばかりの笑顔で立っていた。
オフの日のカジュアルな服装は、いかにも現代の女子高生らしくて華やかだ。
「待ってましたよ、ユナ。入ってください」
ケイが丁寧にユナを迎え入れる。
「へぇー、嵯峨野の家って結構普通なんだね」
「普通でなければ困るのでは?」
「いや、ほら。嵯峨野ってなんか変なのを引き寄せるじゃん? ケイちゃんが学校来た時みたいに……」
「否定はできませんね……」
ケイは少しだけ遠い目をした。
ここ数週間を振り返るだけでも十分すぎるほど濃い。
異世界転移に不法侵入騒動、挙句の果てにはヘイローがなく帰れない。
いくら先生の“起源”とはいえ、急に始まった新しい家庭との共同生活。
デパートでの買い物にミレニアムではない学校への訪問。
普通とは何だったのか。
「とりあえず私の部屋へ」
「おー!」
ケイはユナを促し、廊下を歩く。
用意された部屋は、元はリョウの母親の部屋だ。
今はケイの私室として使われており、必要最低限の家具だけが置かれた、どこか静かで落ち着いた空間のはずだった。
(……待ってください)
部屋のドアノブに手をかけた瞬間、今朝のキヨツグとの会話がフラッシュバックした。
『なぁ、ケイ』
『なんでしょう』
『リビングのクローゼット片付けてるんだけどよ』
キヨツグはスーツ姿のまま振り返った。
『この掃除機、俺が帰るまで一旦お前の部屋に置いといてくれ』
『レールガンです』
『ハハハッ、ジョークだっての』
キヴォトスからリョウのスマホを経由してこの世界へと顕現した、ケイの本来の装備。
ミレニアムが誇る兵器――。
(しま――っ!)
「あ、お邪魔しまーす!」
ケイが制止の声を上げるよりも早く、ユナが元気よく扉を押し開けた。
「……え?」
部屋に足を踏み出したユナの身体が、完全に硬直した。
部屋の中央にまるで展示品のように置かれた巨大なレールガン。
陽光を反射する白色の装甲に、組み上げられた機械構造。
そして圧倒的な存在感。
ミレニアムの生徒、天童ケイの装備である――『ルミナス・ノヴァ』。
「……け、ケイちゃん?」
ユナの声が、わずかに震える。
「これは……何、かな? すごい……クオリティの……ハリボテ?」
「あ、あの、ユナ。これには、少々複雑な事情が――」
「待って。うち、知ってる。これ、ブルーアーカイブの、ケイちゃんが持ってる、レールガンだよね……?」
ユナはオタクとしての知識をフル稼働させ、目の前の物体を凝視した。
そして、彼女の脳内で高速の推論(と盛大な勘違い)が展開され始める。
(えっ、待って!? 目の前にあるの、ガチ!? 再現度高すぎっていうか、素材何これ!? 金属!? プラ板やウレタンのレベルじゃないんだけど!)
ユナの視線が、レールガンから、じっと冷や汗を流しているケイへと移動する。
(ケイちゃん……嵯峨野の親戚で、病気で休学中って言ってたよね? 顔立ちも、スタイルも……言われてみれば、ブルアカの『ケイちゃん』にそっくり……っていうか、そのまんま……)
そこまで考えたユナは、ハッと息を呑み、最悪の結論に達した。
(――まさか、嵯峨野の奴……!!!)
「ねぇケイちゃん」
酷く落ち着いた声色でユナが語り掛ける。いつもの明るい口調ではない。
「な、なんでしょう」
ケイは少々気圧されながらも平静を装っていた。
まだ誤魔化せる手段を探している。
「貴女の名前は?」
「……嵯峨野ケイです」
改めて自己紹介を要求するユナにケイは設定どおり『嵯峨野家の親戚』を演じた。
「いい? ケイちゃん。このままだと嵯峨野は『親戚の女の子にコスプレさせて天童ケイを演じさせてる上に苗字を変えさせて、推しキャラと疑似姉弟プレイ』させてる超ド級のやべー奴認定せざるを得ないのよ」
ユナの顔が青ざめ、引き攣った顔で問う。
ケイは押し黙っていた。
現時点で誤解されたままなら、社会的な被害を被害を受けるのはリョウだけだ。
まだその方が――。
「そして貴女も自信ありげに姉を名乗っていた、つまり……ケイちゃんもノリノリということに―――」
「違います!!!」
流石に自分まで「ノリノリのイタい子」として巻き込まれるのは嫌だったのか、ついに声を上げてケイは否定した。
「私やリョウ君の趣味ではありません。そしてこれは正真正銘私の装備です」
「いやいやいや! 装備って何!? ケイちゃん、嵯峨野に脅されてるなら松永に言ってボコボコにしてもらうからね!? こんな武器の小道具作らせるなんて、あいつ正気じゃないよ!」
「話が完全に噛み合っていませんね……仕方がありません。見た方が早いでしょう」
ケイは小さくため息をつき、一歩、レールガンの前へと踏み出した。
「ユナ、少し下がっていてください。危険ですので」
「え? え?」
困惑するユナの前で、ケイが『ルミナス・ノヴァ』のグリップをそっと握る。
(リョウ君に見せるときは撃ちましたがユナならこれだけでいいでしょう)
――ガコン。
重い金属音が部屋の中に響く。
「……え?」
ユナの目の前で、巨大なレールガンが展開を始めた。
装甲が滑るように開き、内部機構が露出する。
赤い光が内部を駆け抜けた。
「最低出力での充填に留めて……」
ケイが呟くと、レール部分から赤い電流がほとばしった。
空気が焦げるような臭い。
玩具でも模型でもない、本物の兵器がそこに存在していた。
コスプレ用の小道具から、本物の電撃が発生するはずがない。
「う、うそ……ホンモノ……!?」
そのまま腰が抜け、ぺたりと床へ座り込んだ。
ケイは慌てて展開を解除する。再び重い駆動音が響き、ルミナス・ノヴァは元の状態へ戻った。
部屋に静寂が訪れる。
「……こういうことです」
ユナは答えない、いや、答えられなかった。
口をぱくぱくと開閉するだけで言葉にならない。
ケイは腰を抜かしたユナを座布団に座らせ、温かいお茶を淹れて差し出した。
そして、まっすぐユナの目を見つめて、リョウの時と同じように淡々と真実を話し始めた。
「私は、そちらで言うゲームの『ブルーアーカイブ』の世界――キヴォトスからやってきました。私を救ってくれた"先生"への恩返しのために、"先生の起源"に会おうと次元を超えて現代にやってきたのです。そしてリョウ君のスマートフォンの画面から現れました」
「嵯峨野の……スマホから……」
ユナはもう途中から考えるのをやめていた。常識で考えるだけ無駄だった。
「その時、リョウ君はスマホを玄関に忘れていて……彼が帰ってきたときには不法侵入者として通報されかけました」
「まぁ……直接その瞬間を見なかったら、普通はそうなるね」
ケイの脳裏に衝撃のファーストコンタクトがよぎる。
先生に関する出来事ということで、少し楽観視していた。
状況的に致し方ないものの、開口一番に犯罪者扱いされた衝撃は大きかった。
「その後、事情を説明してお父様のキヨツグさんの提案もあり、現在は嵯峨野家の居候です」
「まぁそうなるよね……でもなんですぐ帰らないの?」
ユナが当然の疑問を投げかける。
わざわざ居候などして現代に居座る理由が見つからない。
「ヘイローも消失していて……仮説ですがそれが原因でキヴォトスへ帰還できません」
「あ! 確かに頭の上に何も浮かんでない!!」
驚きの表情を浮かべてケイの頭上を凝視するユナに、ケイは少しだけ苦笑した。
「ですから私は現在、『嵯峨野ケイ』を名乗っています」
「それは……」
「簡単に事情を説明できませんので……」
ケイは少しだけ肩を落とした。
「本当の私は『天童ケイ』です。ですがこの世界で、この姿で『天童ケイです』と言っても、誰も信じないでしょう」
「まあ、普通は重度のオタクか痛い子だと思われちゃうね……」
「ですので対外的には親戚ということになっています。家庭内ではキヨツグさんにリョウ君の姉認定をされていますが、リョウ君を先生に相応しい人物へ導く必要もありますし、姉扱いについては特に問題ありません」
ケイの説明が終わり、部屋は静まり返った。
ユナはお茶を持ったまま、呆然と口を開けて絶句している。
だが、数秒の後。ユナの瞳に驚異的な光が灯った。
「――ぶ、ブルアカ、私も知ってる!! っていうか、やってる!!」
「えっ?」
今度はケイが目を丸くする番だった。
ユナは飛び上がらんばかりに大興奮し、ケイの両肩を掴んだ。
「やっぱり!! なんか最初会った時から『なんか見覚えあるなぁ』って思ってたんだよ! でもまさか本物だなんて思わないじゃん!? え、じゃあ本当に、あの健気で格好いいケイちゃんが目の前にいるの!? アリスちゃんは!? ゲーム開発部のみんなは元気!?」
「は、はい……認識に間違いありません。ユナ、少々距離が近いです……それに私はアリスたちの元を離れてこちらに来てしまいましたから、現在の様子までは……」
ユナの怒涛のテンションに、ケイは戸惑いながらも、じわりと冷や汗をかいていた。
「あまりこのことは……」
絞り出すようにケイは声を出す。信じる人は少ないだろうがあまりむやみに口外していい話ではない。
そのケイの不安をユナは察知し真剣な顔で答える。
「大丈夫、秘密にするから。むしろ、ケイちゃんがここで過ごしやすいように私もお手伝いするよ」
「……ありがとうございます、ユナ」
ユナの真剣な眼差しにケイは感謝を述べた。
キヨツグはケイの存在を「特異現象」として受け入れてくれたが、キヴォトスの世界そのものを知っているわけではない。
「……もう一人の理解者、ですか」
ケイの口からぽつりと安堵の言葉が漏れた。
リョウ以外に、自分が何者なのかを知った上で受け入れてくれる存在ができたこと。
ケイにとって大きな安心となった。
お気に入りありがとうございます。
前後編に分けます。
女子会という題名なのに野郎どもから始まるとはこれ如何に。
小説初心者なのでその他至らぬ所は言っていただけると励みになります。