それからしばらくの間、ユナの質問攻めは止まらなかった。
「ねぇねぇ! ミレニアムって本当にあんな感じなの!?」
「概ねそのままです」
「ゲーム開発部は!?」
「騒がしいです」
「アリスちゃんは!?」
「可愛いですね」
「だよね!!」
ユナは机に乗り出し、ケイはお茶を飲みながら静かに頷く。
先程までの緊張が嘘のようだった。
キヴォトスの話、ミレニアムの話……気付けば、一時間近く話し込んでいた。
ユナはふと顎に手を当てて首を傾げた。
「ねぇ、ところでさ……そもそもケイちゃんって、嵯峨野のスマホから出てきたんだよね? ってことは……あの嵯峨野も、ブルアカやってたの?」
「はい。インストールはされていたようですが、私には画面の内容が認識できません」
「認識できないの? 私のも見てみて」
ユナは首を傾げスマホのブルアカを起動してみせる。
ケイは画面をしばらく見た後、スマホに手をかざして見せた。
「……やはりなにも見えませんね、帰れる気配もありませんし」
「大丈夫! 大丈夫! 時間が解決してくれるかもだし……嵯峨野が先生に相応しくなればもしかしたら帰れるかもしれないよ!?」
肩を落とすケイに、ユナは励ますように笑いかける。
突拍子もない仮説だがケイにとってその励ましが何より嬉しく笑顔がこぼれた。
「はい……ありがとうございます」
「でも嵯峨野がまさかプレイヤーだったとはね……」
「……?」
ケイは首を傾げる。
ユナは身振り手振りを交えながら説明した。
「だって嵯峨野って、基本外で遊んでるの! サッカー部に混ざってたり、テニス部に混ざってたり、友達とゲーセン行ったり!」
「部活には所属していないのですか?」
「してないよ。後ね、カイトに聞いても嵯峨野はあんま趣味ないと言ってたし……勝手なイメージだけど、ソシャゲとかやるタイプに見えなかったんだよね」
「そうなのですか?」
「もっとこう……女の子いっぱい出るゲームは興味ないタイプかと……」
「事実、リョウ君はプレイヤーでした……こういうのも持ってましたので」
ケイが棚から取り出したのはアクリルプレート。
現代に来た初日の夜、リョウから譲り受けた物だ。
ゲーム開発部の四人が楽しげに描かれている。
「あ、これブルアカの一番くじのやつじゃん! え、これ嵯峨野がケイちゃんにくれたの?」
「はい。帰れるか不安を感じていた時に、リョウ君が手渡してくれました。『あまり意味はないかもしれないけれど』と……その気遣いに安心しました」
透明なアクリル板に描かれたアリスたちの笑顔を見つめながら、ケイは静かに目を細める。
「へぇ……ふーん……嵯峨野のやつ、不器用なクセにやることやってんじゃん」
ユナは意外そうな顔をしていた。
彼女の知るリョウは、誰かを励ますために気の利いた贈り物をするようなタイプではない。
むしろそういうことは苦手な部類だ。
「リョウ君は、未熟な所もあります。口も粗悪ですし……ですが、あの人はただ、不器用なだけです」
ケイはお茶のカップに視線を落とし、これまでの出来事を振り返るようにぽつりぽつりと語り始めた。
「先日、私が学校へお弁当を届けに行った際、不届き者に盗撮される被害に遭いました。その時、真っ先に私を助けに来てくれたのも彼です」
「えっ、あの時!?……あ!」
ユナの脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
二人で校門前のケイを迎えに行った時、ケイを見かけた瞬間飛び出していったリョウの後ろ姿。
「うわ、繋がった……! あの時何で全力疾走したかわからなかったけど、そういう事だったんだ」
「はい、あの後も先輩に過去の恥ずべき呼び名を晒されて逃げ出した時も……恥を忍んでお弁当だけでも返しに来ましたしね」
ケイは呆れたように肩をすくめる。ユナは当時を思い出し思わず噴き出した。
「”侠気の嵯峨野”ね……ププッ、何てあだ名……でもキヴォトスでも何かしら異名がある人はいるし……向こうの適正あるかもね」
「ふふ……無免許運転する位の胆力ですから、大丈夫かもですね」
クスクスと小さく笑うケイに、ユナはまたつられて声をあげて笑う。
ユナは笑いながらも、どこか感心したような表情を浮かべていた。
「なんかさ、ケイちゃんの話聞いてると、嵯峨野って思ったよりちゃんとしてるんだね」
「未熟ですよ」
迷いも容赦もない即答にユナは思わず吹き出す。
「そこは否定しないんだ」
「事実ですから……ですが、評価できる点はあります」
「お、聞こうじゃないの……他には?」
「そうですね……」
ケイは少し考え込む。そして記憶を辿るように視線を落とした。
「……以前、デパートでの買い物の際、私はどれを選べばいいか分かりませんでした……キヴォトスとは何もかも違う品揃えで、ユナに何を使ってるか聞かれたとき迂闊なことは言えなかったので」
「あー! あの時! そっか……バレない様にしてたんだ。ごめんね変な事聞いちゃって」
きまり悪そうに頬をかきながら謝罪するユナに、ケイは小さく首を振って苦笑した。
「あの時は仕方ありません。ユナも選ぶのを手伝ってくれましたし」
そう言ってから、言葉を続ける。
「リョウ君もすぐにフォローしてくれました。肌質を見て化粧水を選び、販売場所まで考慮して候補を絞っていました」
「あー……」
ユナは当時を思い出した。
確かにあの時のリョウは妙に真面目だった。
いつもの適当さが消え、ケイに合う物を選ぼうと必死になっていた。
「最後に残ったリップ選びで、私は判断基準が多すぎて選べずにいました。ですからリョウ君に『貴方が選んでください』と頼んだのです」
ケイの言葉を聞いた瞬間、ユナの脳裏にあの日のリョウの妙な姿が蘇った。
「あはは! 確かにあの時の嵯峨野、それまで化粧水の知識とかでイキってたクセに、急に弱気に視線を泳がせてたわー! 」
「はい。リョウ君は私の白い髪や顔色を考慮し、真剣に選んでくれました。手渡し方はぶっきらぼうでしたが、あれも彼なりの誠実さだったのでしょう」
「そこまで見てたんだ……」
「当然です。私のために選んでくれたのですから」
ケイは当然のように答える。
その言葉にユナは妙な笑みを浮かべた。
「なんですか」
「……あの時の嵯峨野の『これが一番、今の君に合ってる』ってセリフ、私とカイトで弄り倒したけど……画面越しとはいえケイちゃんのこと、ちゃんと見てなきゃ出ない言葉だよ……!」
ユナのニヤニヤが止まらない。ケイは少しだけ首を傾げた。
「そういうものなのですか?」
「うん! だって普通の男子ってそんなの考えないよ。カイトなんて『似合ってれば何でもいいんじゃね?』で終わりだし。髪色とのバランスとか、顔色がどう見えるとか、ちゃんと見てないと出てこないじゃん」
「……」
ケイは少し考え込む。
言われてみれば確かにそうかもしれない。
あの時のリョウは終始真剣で投げ出さず、自分に合う物を選ぼうとしていた。
だが――
「それなら先生も同じです」
自然と口から出たのは、その名前だった。
「え?」
ユナが瞬きをする。
「先生も生徒一人一人をよく見ています。些細な変化にも気付きますし、その人に必要な言葉を選びます」
ケイの表情が少し柔らかくなる。キヴォトスの日々を思い出すように。
「ですから皆、先生を信頼しているのでしょう」
先生の話題を出すケイにユナは少し身を乗り出した。
「じゃあさ、じゃあさ。一番大事なこと聞いていい?」
「なんでしょう。私に答えられる範囲であれば」
居住まいを正すケイに、ユナは人差し指を突きつけて、核心の質問を放った。
「で!? ケイちゃんは先生のこと、好きなの!?」
「なっ、だ、誰があんなだらしない人を!!」
予想外の角度からの直球に、ケイは顔を真っ赤にして立ち上がった。
いつも冷静沈着な彼女が、今までにないほど声を荒らげ、両手を泳がせている。
「あの人は……! 役職こそ『先生』ですが、私生活の管理能力が著しく欠如しています! 部屋は片付けない、書類仕事は溜める、挙句の果てにはゲームの課金やプラモデルに給与を注ぎ込むような、大人の風上にも置けません!!」
「あはは! ゲームの描写通りだ!」
「笑い事ではありません! 私はただ、あの人があまりにも危なっかしくて、放っておけないだけです! だからこれは補助であって、決して、そのような……俗に言う、れ、恋愛感情などでは――!」
必死に身振り手振りを交えて「放っておけない理由」をまくし立てるケイ。
しかし、その表情は完全に赤く染まっており、必死になればなるほどツンデレの教科書のような動揺っぷりを晒していた。
(……あの人には救われましたし、私を『一人の生徒』として認めてくれた、特別な存在ではありますが……確かに好意はないわけでは……)
ケイ自身、その感情が何なのかを正しく定義できていない。
命の恩人であり、絶対的な安心感をくれる大人の男性ではあることは確かだ。
だが先生に対して『嫌いではない』としか言えなかった。
「ニシシシ……」
ユナは顎を両手で支えながら、至高の笑みを浮かべていた。
「いや〜、ごちそうさまです。本物のケイちゃんの生ツンデレ、可愛すぎて心臓止まるかと思ったわ。嵯峨野の奴、毎日これを見てるのか……やっぱり一回ボコボコにしとく?」
「ですから、リョウ君は無関係で――!」
からかうようにニコニコと微笑むユナと、真っ赤になって抗議するケイ。
しかし、その直後。ユナの脳に、恐るべき電撃が走った。
(……嵯峨野がケイちゃん推しだったとして、そのケイちゃんは先生大好きで、しかも本人が目の前にいて、先生の話ばっかしてて……それを毎日見せられてるってこと?)
ユナの顔が、別の意味で青ざめていく。
(それって……嵯峨野は目の前で特大の寝取られ概念……いや寝てないけども!? BSS!? そういう感じにならない!? そんな地獄みたいな脳破壊喰らってるの!? 嵯峨野、よく毎日平気な顔して学校来れるね!? メンタル鋼鉄かよ!!)
「ユナ? 顔色が悪いですが、体調でも崩しましたか?」
「あ、いや……なんでもない、なんでもないの……嵯峨野、強く生きて……!」
ユナは心底、遠い場所にいるリョウの精神状態を本気で心配し始めた。
リョウ自身は好意はあるが憧れや親近感が勝っており、脳破壊よりも自身のプライドが勝ち先生と認めさせようとしているわけだがユナはそれを知らなかった。
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「あー、やっぱり運動した後の風呂は最高だな」
才馬が満面の笑みで言う。
夕方。ボウリング場を後にし、駅近くの銭湯で汗を流した3人は、夕暮れ時の帰路を歩いていた。まだ髪の毛から微かにシャンプーの香りが漂う中、松永がふと思い出したように口を開く。
「そういやさっきの銭湯の食堂、嵯峨野、お前やけに健康的なメニュー食ってたな。いつもなら山盛り唐揚げ定食かラーメンチャーハンセットだろう?」
「あー、まぁ……ケイちゃんにいろいろ言われるからな。野菜食えだの、夜更かしするなだの、炭酸飲みすぎるなだの」
リョウは首の後ろを掻きながら、心底面倒くさそうにぼやいた。それを見た才馬が、ニヤニヤと肘で突っついてくる。
「へぇー? 嵯峨野、すっかりケイの管理下に置かれてんじゃん」
「うるせぇ、そういうんじゃないっての。中学の時はかなり不摂生してたしありがたい方だ」
「確かに俺もお前と褒められたもんではない生活してたが……ケイ”ちゃん”だと?」
顔を背けるリョウに同意しかけた松永だったが、ふと妙な違和感を覚えて言葉を止めた。
「お前女子に”ちゃん”なんて付ける奴か?」
「そ、それは……親戚だから!家族みてぇなモンだからだよ!」
真っ赤になって否定するリョウ。
対外的には親戚だが、実際好きなキャラであることには変わりないため、どうしても”ちゃん”付けの癖があるようだ。
「「ふーん……」」
「なんだその目はぁ!!」
目を細める二人にリョウは憤慨しながら先に歩き出す。
しかし、しばらく歩いてから、リョウがふと足を止めた。
駅前の騒がしい雑踏、横断歩道を行き交う人々。その人波の向こう側に、一人の男が立っていた。
真っ白な衣服にフードを目深に被った男。
周りの買い物客や学生たちのカジュアルな服装に合わせているが、リョウからすると異質な存在感を放っていた。
「……なんだ、あいつ。ここらじゃ見ねぇ奴だな」
リョウが怪訝そうに呟く。
「ん? 誰が?」
松永がリョウの視線を追って横断歩道の向こうを見るが、特に何も気にする様子はない。
「ほら、あの向こう側の歩道にいる白い服のおっさんだよ」
リョウは伊達メガネの位置を直しながら松永に言う。
「……おい、嵯峨野。何言ってんだよ。白い服のおっさんなんてどこにもいねぇぞ?」
松永が呆れたようにリョウの肩を叩く。
「え?」
リョウがハッとして視線を戻し、再び横断歩道の向こう側を見た。
――そこには、誰もいなかった。
ほんの一瞬目を離した隙に、あの白い服の男は消え失せていた。
「嘘だろ……? さっきまで、確実にそこに立って……」
リョウの背筋に、冷たい汗が伝わる。
「おいおい、嵯峨野」
今度は才馬が、面白そうにニヤニヤしながらリョウの顔を覗き込んできた。
「もしかして、それ……幽霊ってやつじゃないの? この駅前、昔なんかあったらしいしさ。幽霊が見えちゃったんじゃない?」
「ゆ、幽霊……!?」
その言葉を聞いた瞬間、リョウの顔が目に見えて真っ青になった。
リョウは少々の不良や修羅場にはビビらない胆力を持っている。だが、彼には致命的な弱点があった。――『幽霊』が大の苦手なのだ。
(さっきの、幽霊なのか……!? ……いや、んなわけねぇ!!)
リョウは心臓をバクバクと鳴らしながら、必死に恐怖を押し殺して大声を上げた。
「んなわけねぇだろ! 見間違いだ、見間違い!!」
「あはは! 嵯峨野、お前声裏返ってんぞ!」
「松永の言う通り、暗くなってきたしんじゃ帰るかー」
そう言うと、才馬と松永はニヤニヤしながら足早に歩き出す。
リョウは一気に置いていかれそうになり、必死の形相で二人の後ろを追いかけた。
「あぁ! 待て! いや、別に怖くねぇけど!? 置いてくんじゃねぇ!!」
お気に入りありがとうございます。
振り返りも含めると長くなりますね。
次回ケイちゃんとホラー お楽しみに。
小説初心者なのでその他至らぬ所は言っていただけると励みになります。