道なき道を歩くビシャモンの姿は、それまでからは想像出来ない程弱々しかった。彼が周囲にばら撒いた悪名のおかげか、彼を襲う者はいない。だがそれが、彼により一層の孤独感を与えた。
「ワシは……ワシはこれからどうすればいいのかのう、鬼炎……」
自身の愛刀に一人語りかける姿は、正にくたびれた老人のものだった。
一人歩いている内に、随分と時間が経ったらしい。日は暮れ、辺りの木々も開けてきた。
ビシャモンは、遠方に光を見つける。それは、森の中にぽつんと建っている一軒家だった。家の周りには雑貨らしき物が並べられており、看板も見える。何かの店のようだった。
「クゥ……今は憂さ晴らしじゃ、殴り殺してでも血を啜ってやるワイ」
抜刀出来ないもどかしさを抱えながら、ビシャモンはその店に近付いて行く。しかし彼が中に入る前に、扉が開いた。
「じゃ、また来るぜー……ん?おい香霖!あれって噂の鬼武者じゃないのか?」
「……」
出て来たのは、三角帽を被った金髪の少女。所謂『魔法使い』の格好だった。その少女に続き、中からは眼鏡をかけた白髪の青年も出て来る。
「鬼武者?おいおい、噂話だろ……って、本当にいたな」
「おいあんた、ここらじゃ結構有名になってるぜ!赤い鎧に鬼を宿す人斬りだってな。その剣技、良かったら見せて貰えるか?」
金髪の少女はビシャモンを恐れもせずに聞いてくる。対して、彼は背中の刀を鞘ごと抜いた。
「生憎だが、今は抜刀出来ぬ……うぬの頭蓋をかち割って生き血を啜ってやるワ!」
「鞘ごとで挑まれるとは舐められたもんだな!香霖、勝ったらこいつの鎧を売り物にしようぜ!」
「あんな禍々しい物、店頭には置きたく無いんだが……」
「うぬら、いい加減にせんかァ!!」
自分を前にヘラヘラする少女の態度にキレたビシャモンは、刀を振り上げて少女に突進した。しかしいつもとは違う感覚に戸惑ったのか、呆気なく躱された。
「おいおい、早く抜いた方が良いんじゃないか?妖夢の剣の方がよっぽど速いぜ」
「抜けんと言ったろうがこの阿呆が!!」
「ほう、この霧雨魔理沙に向かって言ってくれるもんだな。香霖、ちょっと傷物になるがいいか?」
「だから何で商品にする前提なんだよ……」
頭を抱える青年をよそに、ビシャモンは怒りに任せて刀を振るう。しかし魔理沙は空に飛び上がり、星形の光弾を撃ち出してきた。すかさず霊魂で対抗するも、数の暴力に押されて次第に身動きが取れなくなっていく。強引に抜け出そうにも、一発一発の威力はそれを許すものでは無かった。
「さ、仕上げだぜ!」
「!」
魔理沙が懐から何かを取り出したのを見て、ビシャモンは警戒心を高める。彼女の弾幕で回避は制限されている。つまり、大技が飛んでくると彼は予測した。
「いくぜ、恋符『マスタースパーク』!!」
そう宣言すると、その何かから極太のレーザーが発射された。ビシャモンは咄嗟に黄金帷子を発動させたが、その威力は彼の想像を遥かに超えていた。レーザーは容赦無く鎧を焼いていき、同時にその意識までもを刈り取っていった。
「……」
地面に倒れて沈黙したビシャモンに魔理沙が近寄る。
「あちゃ〜……やり過ぎたな。どうする?縄で縛っとくか?」
「本当に売り物にする気かい!?」
「当然だろ。絶対売れるぜ?」
「その自信はどこから来るんだ……」
そんな二人の会話を、ビシャモンは知る由も無かった。
次にビシャモンが目覚めた時、全身が縛られ、刀は取り上げられた状態だった。こちらを見下ろす魔理沙にゆっくりと目線を向ける。
「起きたな。また暴れられたら困るから、我慢しといてくれよ」
「……もう、暴れる気も起きん。煮るなり焼くなり好きにするがいいワ」
「なんだ、一気にしおらしくなったな」
ビシャモンには、もう何もする気が起きなかった。愛刀を封印され、憂さ晴らしのつもりが返り討ちにされ捕縛される。ここまでの屈辱は生まれて初めてだった。
「しかし、見た事無い鎧だな。もしかして『外』から来たのか?」
「外……?知らぬ。ワシは永い事封印されておった物の怪よ。自らの意思でここには来ておらぬぞ」
「……もしかして、君が目覚めたのはこの先の『無縁塚』かい?」
ここで、白髪の青年が割って入って来た。ビシャモンは『塚』という単語に反応する。
「さぁな……塚とも呼べぬ石ころ置き場だったが」
「そうか……つまり君は、封印されたままこっちに来たという事になる」
「どういう事だ?香霖」
魔理沙に香霖と呼ばれた青年は眼鏡をかけ直して話し始めた。
「恐らく君は……っと、自己紹介がまだだった。僕は森近霖之助だ。さて、話を戻すが、君は永い間封印されたまま、『忘れられた』からここに来たと言えるだろう」
「ワシが……忘れられただと?」
「ここは『幻想郷』。外の世界で忘れられた者が辿り着く楽園。多分、君を封印した者が亡くなったと同時に、君の外での存在が無くなり始めたんだろうね」
「ま、よくある事さ。ここには機械やら技術やらの発達で存在を否定された奴らもいる」
「そうか……うぬら、色々知っていそうだな……」
「お、何か聞きたいのか?」
ビシャモンは歯軋りをしながら、口を開いた。ここで目覚めてからの人斬り、自らの前に現れ、道楽の邪魔をした挙句、刀に封印を施した少女の事。そして、その少女は一体どこにいるのか。
「なる程なぁ……紫か。……悪いがあいつがどこに住んでるのかは誰も知らない。向こうからやって来るのを待つのみ、だな」
「ムゥ……」
聞きたくなかった回答に、ビシャモンは言葉を詰まらせる。
「どうすればあの女は出て来る?」
「うーん、それこそ幻想郷を揺るがしかねない大事件を起こすとかだが……」
「まず霊夢がやって来るな」
霖之助が指摘する。
「何者だ?」
「魔理沙の友人でね、妖怪退治をしている巫女さんだ。彼女は手加減なんてする性格じゃないから、泣き落としは通用しない」
「チィ……どいつもこいつも邪魔しかせんではないか!!」
「そりゃあ人斬りやってるもんな」
魔理沙が若干の呆れ顔でツッコむ。しかしビシャモンには聞こえていなかった。
彼は恨む。どうしてこうも屈辱を受け続けねばならないのか。彼は憎む。己がこうして苦しむ中、悠々自適に暮らすあの女を。余りにも身勝手で、余りにも傲慢。正に呪いと称されるに相応しい邪悪な思想だった。
「こんなものォ!!」
「っ!?」
ビシャモンは怒りと共に自らを縛る縄を引き千切った。呆気に取られる二人を見て、怒鳴り散らす。
「おい白髪、とっととワシの鬼炎を寄越せ!!」
「……店の中で暴れられたら困るんだが」
「うぬらに何かする訳では無い。ワシは決めたぞ。この幻想郷とやらに蔓延る強者共を倒し、必ずやあの女を引きずり出す!!そして封印を解かせ、思うがままに斬りまくってやるのよ!!!」
「おー、随分と大きく出たな。……渡してやっても良いんじゃないか?」
「いいのか?魔理沙。結構不味い事を宣言してるような気がするんだが」
「まぁまぁ、どこまでやれるか見てみようぜ」
魔理沙は店の奥からビシャモンの刀を取り出し、彼に投げ渡す。
「ま、あんたがどうなろうが知ったこっちゃ無いからな。自己責任で頑張るんだぜ」
「全く……」
呆れる霖之助と楽しそうな魔理沙を背に、ビシャモンは店を出た。そして、夜の森に向かって叫ぶ。
「待っていろ八雲紫ィ!!ワシは死なん!!姿形を変え、呪い続けるのじゃアアァァ!!!」
ビシャモンが再び闘志を取り戻した瞬間だった。