TS生体ユニットの幸せ余生計画!   作:鰻重特上

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 いつも誤字脱字報告助かっております。ありがとうございます。

 という事で、ヴィルヘルム視点です。


初めての観光旅行(※遠征任務です)

 

 防衛ラインの大規模な再編に伴い、俺の所属する部隊は一時的に後方へと下がることになった。

 

 新たな駐留地として指定されたのは、地球圏でも有数の富裕層が暮らす環境適性化スペース・コロニー:AC-008。

 

 最前線の殺伐とした空気や、金属油の匂いとは無縁の、徹底的に管理された「平和」が広がる場所だ。

 

 割り当てられた滞在用の士官宿舎は、前線の仮設ブロックとは比較にならないほど広く、清潔だった。その窓から見下ろすと、人工的に造られた広大な緑地と、その間を縫うように流れる清流が見える。

 

 空調によって作り出された心地よい微風が吹き抜け、天井に設置された巨大なホログラム・スクリーンが、本物と見紛うほどの暖かな陽光を降り注いでいた。

 

 Raiderとの終わりの見えない死闘を繰り広げている宙域からそう遠くない場所に、これほどまでに豊かな世界が広がっている。

 

 軍人である俺にとっては、その落差にどこか空恐ろしさすら覚える光景だった。この人工の楽園を守るために、どれだけの血が流れているのかを、ここに暮らす人々は知らないのだろう。

 

 知らなくて済むように、俺たちが戦っているのだから、それでいいのかもしれないが。

 

「……ヴィル。お茶が入りました」

 

 背後からかけられた声に、俺は窓辺から振り返る。

 

 リビングのテーブルにティーカップを二つ、丁寧に並べているのは、俺の搭乗する機動兵器の生体ユニット、ユニだ。

 

 ここ数ヶ月、幾度となく死線を共に潜り抜けてきた彼女は、いつの間にか俺の日常に深く入り込んでいた。戦闘中は冷徹な演算装置として俺を支え、こうして部隊が待機状態にある時は、どういうわけか俺の身の回りの世話を焼こうとする。

 

 制止したところで、あの手この手で理屈をこねては結局やりたいようにやる……そういう奴だった。

 

「あぁ。助かる」

 

 俺が短く礼を言ってカップを手に取ると、ユニは俺の向かいの椅子にちょこんと腰を下ろした。

 

 色素の薄い、透き通るような肌。鮮血のように赤い瞳。背中の半ばまで伸びた赤い髪は、人工の陽光を受けて淡い光沢を帯びている。

 

 このコロニーでの駐留にあたって軍から支給された簡素な白いワンピースのような衣服を纏うその姿は、華奢な体躯をより一層際立たせていた。

 

 出会った当初の彼女は、文字通り感情を削ぎ落とされた人形のようだった。表情筋を一切動かさず、機械のように命令に従うだけの存在。生体ユニットとはそういうものだと教育されてきた俺にとって、それは当然の姿であるはずだった。

 

 だが、こうして共に生活を送り、普通の生体ユニットとはどこか異なるそのあり方を知り、特に俺が彼女に「ユニ」という名前を与えてからは、彼女の様子は少しずつ変わり始めていた。

 

 言葉の端々に微かな感情の色が混じるようになった。隠しきれない人間らしい仕草が、ふとした拍子に漏れ出るようになった。

 

 ……俺はその変化を、好ましく思ってしまっていた。

 

 洗脳され、記憶を消され、戦うための部品として調整された少女。彼女の中に眠っていた本来の人間性が、この平穏な時間の中で少しずつ芽吹き始めているのだとしたら。それは、この残酷な世界におけるせめてもの救いだと……そう、思えたからだ。

 

「ユニ」

 

「はい。何でしょうか、ヴィル」

 

「今日の午後は、特にスケジュールは入っていないな」

 

「はい。機体のオーバーホールは明日まで続きます。本日は完全な待機日です」

 

 俺はカップをテーブルに置き、彼女の赤い瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「なら、出掛けるぞ」

 

「……出掛ける? 整備区画への視察ですか?」

 

「違う。……散歩だ」

 

 ユニの赤い瞳が、微かに見開かれた。

 

「このコロニーは、環境適性化のレベルが極めて高い。前線での過酷な戦闘が続いた後だ。生体ユニットの精神衛生を保つためにも、人工的とはいえ自然環境に触れさせるのは、理にかなったメンテナンスの一環と言える」

 

 いかにも軍人らしい、もっともな理由を並べ立てた。自分でも呆れるほど適当な言い訳だ。

 

「……メンテ、ナンス」

 

「そうだ、準備をしろ。一時間後に出発する」

 

「……了解しました。直ちに準備に移行します」

 

 ユニは一礼して自室へと戻っていった。

 

 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。

 

 メンテナンスなどというのは、ただの建前だ。

 

 俺はただ、この平和な景色を、外の世界を知らない彼女に見せてやりたかった。あのコロニーの宿舎と、無機質なコックピット、殺伐とした戦場しか知らない彼女に。

 

 それだけのことだ。それ以上の意味は、ない。

 

 ……と、自分に言い聞かせて、俺は冷めかけたカップの中身を一息に飲み干した。

 

 

─────

 

 

 コロニーの中心部に位置する商業区画は、信じられないほどの活気に満ちていた。

 

 色とりどりのホログラム広告が空中に浮かび、最新のファッションに身を包んだ人々が行き交う。路面にはゴミ一つなく整備され、丁寧に管理された並木が陽光に照らされて緑を鮮やかに揺らめかせている。

 

 前線の基地では金属と汗と推進剤の臭いが染み付いていたが、ここにあるのは花と焼きたてのパンの香りだ。同じ人類が暮らす空間とは思えない。

 

「……」

 

 俺の隣を歩くユニは、目を丸くして周囲を見回していた。

 

 彼女が着ているのは、先ほどコロニー内のショップで店員に見立ててもらい購入した、淡いブルーのサマードレスだ。軍の無機質な衣服とは違い、柔らかい生地が彼女の華奢な肩のラインに沿い、赤い髪とのコントラストが映える。裾が歩くたびにふわりと揺れて、そのたびに彼女はどこか不思議そうに視線を落としていた。

 

 首の後ろにある無骨な金属のソケットは、長い髪と衣服の襟に隠れて外からは見えない。今の彼女は、どこからどう見ても、少し大人びた雰囲気を纏った普通の少女だった。

 

「……ユニ、疲れたら言え」

 

「問題ありません、ヴィル」

 

 口から出る言葉は相変わらず機械的で、硬い。

 

 だが、その視線はホログラムの広告や、ショーウィンドウに飾られた美しい装飾品に釘付けになっている。無表情を装ってはいるものの、新しいものを見つけるたびに赤い瞳がきらきらと光り、小さく「おぉ……」と感嘆の声が漏れているのが、隣にいれば嫌でもわかった。

 

 周囲の喧騒に紛れて、すれ違う人々が何度か俺たちを振り返った。無理もない。これほどの美しさと、どこか儚げな空気を纏った少女が歩いていれば、嫌でも人目を引く。

 

 俺は周囲の視線から彼女を遮るように、少しだけ距離を詰めて歩いた。彼女がものを見る邪魔にならない程度に。俺の長身と体格が壁になれば、少なくとも半分の視線は遮れる。

 

「あの……ヴィル」

 

「ん、どうした」

 

「あのお店で売っているのは、何でしょうか。何だか甘い匂いがしますが」

 

 ユニが指差したのは、路面に出ている屋台のような店舗だった。焼き上がった生地の甘く香ばしい匂いが、風に乗って漂ってくる。

 

「あれはクレープだな。薄く焼いた生地に、果物やクリームを巻いた菓子だ。食うか?」

 

「……菓子。エネルギー補給としての効率は低そうですが、本日は朝食を取っていませんし……どうでしゅうか」

 

 最後の一語が微妙にもつれたのは、何かを堪えているからだろうか。必死に理屈をつけようとしているが、その実、ただ食べてみたいだけなのは丸わかりだった。

 

 俺は思わず吹き出しそうになるのを堪え、黙って屋台へと足を向けた。

 

 数分後。

 

 ベンチに腰掛けたユニが、両手で大切そうにクレープを包み持ち、その端っこを小さくかじっている姿があった。

 

 生クリームと赤いイチゴがたっぷり乗ったそれを口にした瞬間、彼女の肩がビクッと跳ねた。

 

 そして。

 

「……んんっ……!」

 

 堪えきれないといった様子で、彼女の頬がふにゃりと緩んだ。

 

 生体ユニットとしての冷たい殻ではない。十六歳の少女の、年相応の純粋な喜びの表情が、そこにあった。

 

 俺の視線に気づいたのか、ユニはハッとして、慌てていつもの冷たい表情を取り繕おうとした。

 

「……急激な糖分の摂取により、一時的な演算処理の乱れが……」

 

 先細りするような小さな声で、意味の分からない言い訳をしようとしているが、口元に白い生クリームがちょこんとついているせいで、まったく説得力がない。

 

 俺はため息をつき、ポケットからハンカチを取り出した。白い布を彼女の唇の端に当て、クリームの跡を軽く拭う。

 

「乱れていて構わん。今日は待機日だと言っただろ」

 

「……ですが、わたしは……」

 

「美味いか」

 

「…………はい。とても、美味しいです」

 

 ユニは少しだけ俯きながら、しかし隠しきれない嬉しさを滲ませて答えた。

 

 再びクレープをかじる彼女の横顔を見つめながら、俺は自分の内側に生じている変化を、はっきりと自覚し始めていた。

 

 初めは、ただの気の毒な部品だと思っていた。

 

 それがいつしか、手のかかる有能な部下のように感じるようになり、やがて放っておけない同居人になった。

 

 そして今、甘い菓子を頬張って幸せそうに目を細める彼女を見て、俺は……。

 

 

─────

 

 

 その後も、俺たちはコロニー内の様々な場所を巡った。

 

 巨大な水槽の中を色鮮やかな魚たちが泳ぐ水族館では、ユニは分厚いアクリル板に額が触れるのではないかと思うほど顔を近づけ、「綺麗ですね」と声を弾ませた。

 

 世界中から集められた植物が鬱蒼と生い茂る植物園では、名前も知らない珍しい花の前でしゃがみ込み、花弁に鼻を寄せて「いい匂いがします……」と淡い微笑みを浮かべた。

 

 時間が経つにつれて、ユニの表情は少しずつ明るく豊かに、年頃の少女のそれへと近づいていった。纏っていた硬い殻が、陽光に炙られた氷のように少しずつ溶けていく。

 

 時には、はぐれないようにするためか、人混みの中で彼女の方から俺の袖口をきゅっと掴んでくることがあった。

 

 細く、華奢な指先。少しでも力を入れれば折れてしまいそうなその手が、俺を頼るように服の裾を握りしめている。

 

 その度に、彼女は俺の顔色を窺うように見上げてくるのだ。

 

 まるで、少しはしゃぎすぎてしまったことを叱られるのではないかと心配しているかのように。しかし同時に、その赤い瞳の奥には、「ヴィルなら、これくらい許してくれる」という、俺に対する無防備な信頼の色が滲んでいた。

 

 許すに決まっている。

 

 叱る理由など、どこにあるというのか。

 

 俺は彼女が袖を掴むたびに、自分の歩幅をさらに狭め、彼女が歩きやすいように人波の盾になった。それが管理官としての当然の対応だと、そう頭の中で整理しながら。

 

 

 夕刻。

 

 コロニーの観光の締めくくりとして俺たちが訪れたのは、居住区画の最外周部に設けられた、巨大な人工海浜公園だった。

 

 天蓋のスクリーンが夕暮れの色に設定され、オレンジ色の光がさざ波の立つ海面をきらきらと照らしている。潮の匂いまで完璧に再現された砂浜に、寄せては返す波の音だけが静かに響いていた。

 

「……うみ」

 

 ユニは、波打ち際から少し離れた場所で足を止め、目の前に広がる広大な景色を呆然と見つめていた。

 

 吹き上がる潮風が、彼女の赤いロングヘアを大きく揺らす。オレンジの光を浴びた彼女の横顔は、言葉を失うほどに美しかった。サマードレスの裾が風を孕んで舞い、その小さなシルエットが夕陽の中に溶け込んでいく。

 

「本物の地球の海を見たことはないが、データ上の再現度は極めて高いらしい。……どうだ」

 

 俺が隣に並んでそう問いかけると、ユニはゆっくりとこちらに顔を向けた。

 

 少しだけ目を細め、唇に柔らかく、穏やかな笑みを浮かべている。

 

 生体ユニットとしての機能的な殻を、完全に脱ぎ捨てた表情だった。調整された部品でも、従順な演算装置でもない。十六歳の少女が見せる、本当の笑顔がそこにあった。

 

「はい。……とても、綺麗です。ヴィル」

 

 澄んだ声が、波の音に溶けていく。

 

 その笑顔を真正面から受けた瞬間、俺の思考は完全に止まった。

 

 激しい戦闘の中で幾度となく死線を越えてきた時でさえ、これほどまでに心を揺さぶられたことはない。胸の奥が締め付けられるように苦しくて、けれど、どうしようもなく温かい。相反する二つの感覚が同時に押し寄せてきて、呼吸を忘れそうになる。

 

 ……あぁ、そうか。

 

 俺は、理解してしまった。

 

 彼女はもう、俺にとって「機体を動かすための部品」でもなければ、「消耗品」でもない。いつからそうなったのか、正確な時期などわからない。気づいた時には、もうそうなっていた。

 

 わかっている。彼女は、いつか摩耗し尽くし、命を落とすことが運命づけられた生体ユニットだ。それをわかっていながら、俺は彼女を戦場へ連れ出し、あの冷たい機体に接続し続けなければならない。彼女の寿命を削ることでしか、俺たちは生き残れない。

 

 その残酷な現実が、冷水のように背筋を這い上がってくる。

 

 けれど、それでも。

 

 俺は今、目の前で微笑むこの少女を、このユニという一人の女の子を、どうしようもなく、愛おしいと思ってしまっている。

 

「……ヴィル? どうかしましたか?」

 

 俺が黙り込んでしまったのを不思議に思ったのか、ユニが小首を傾げて覗き込んでくる。夕陽に照らされた赤い瞳が、俺の顔を映していた。

 

 俺は、衝動的に手を伸ばしていた。風に揺れる彼女の赤い髪に、指先が触れる。

 

「……?」

 

 ユニの視線が、髪に触れた俺の手を追う。

 

 指の間を滑り落ちていく絹のような赤い髪。その下にある彼女の体温は確かに温かく、間違いなく生きて、今ここに存在しているという証だった。

 

「……いや。少し、髪に砂がついていた」

 

 咄嗟に嘘をつき、俺は手を引っ込めた。砂などどこにもついていなかった。

 

 ユニは一瞬きょとんとした後、ふわりとまた笑った。さっきよりも、ほんの少しだけ柔らかい笑顔。

 

「ありがとうございます。……あの、ヴィル」

 

「なんだ」

 

「今日のメンテナンスは、とても効果的でした。……わたし、ヴィルとここに来られて、すごく……良かった、です」

 

 それは、生体ユニットとしての報告ではなかった。

 

 機能的な言い回しの中に、言葉にしきれない何かを精一杯詰め込んだような、不器用で、けれど切実な響きを持つ一言だった。

 

 俺の袖口を、再び彼女の小さな手がきゅっと掴む。今日何度目かの、その仕草。

 

「……そうか。なら、また次の待機日にも、どこかへ出掛けるか」

 

「本当ですか……?」

 

 赤い瞳が、大きく見開かれた。その中に、期待と不安が入り交じっている。

 

「あぁ。約束する」

 

 俺は彼女の袖を掴む小さな手を、自分の大きな手でそっと包み込んだ。

 

 ユニは驚いたように目を丸くした。だが拒絶はしなかった。むしろ、俺の手のひらの温もりを確かめるように、きゅっと指に力を込めて握り返してくる。

 

 小さくて、脆くて、けれど確かに温かいその手。

 

 ……これから先も、俺達は戦い続けるしかない。

 

 この小さな手をした少女の命を削りながら、終わりの見えない道を歩み続けるしかない。たとえ、その先にあるものが人類の破滅であったとしても。

 

 だが、せめて今だけは。

 

 人工の夕陽が落ちるまでの僅かな時間だけは、この手を離さないでいようと思った。




【ヴィルヘルム・オルバース/ヴィル】
 幼い頃に両親を失い、国連軍の運営する児童養護施設であり軍人養成機関でもある場所で育った男。機動兵器のパイロット適性が極めて高かった事から、パイロット候補に選ばれ、厳しい訓練を乗り越えてきた。未来のエースパイロット候補。
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