Yachiyo Infinity~ヤチヨと巡る無限バッドエンド~   作:グランドマスター・リア

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第6章

 ヤチヨが目を覚まさなくなった。

 それは、本当に突然のこと。

 

 隕石に当たったわけでも、アバターボディに不具合が起きたわけでも、不慮の事故があったわけでもない。

 

 朝からなんの変哲もない、至って平穏な日。

 私は仕事で、かぐやは配信、ヤチヨはツクヨミの管理とそれぞれ日中にやることがあって、帰ったら晩御飯といういつもの流れがあるはずだった。

 

 それが一変したのは昼頃。

 ツクヨミが突然、緊急メンテナンスに入ったのだ。

 

 これがいちユーザーの頃であれば、早く復旧すればいいなー程度にしか思わなかっただろう。しかし、今回はタイミングがタイミングだ。

 丁度、ヤチヨが管理の仕事をしている時間帯に、直で起きた事件。

 

 私はすぐにメッセージを送ったけどヤチヨからの返信はなく、代わりに答えたのはFUSHIだった。

 その内容はこう――

 

『心配するな。ちょっと立て込んでいるだけだ』

 

 安心はできないが、かと言ってそれ以上の詮索もできない。

 なにしろ、私のスマコンからのログインすら出来ないのだ。かぐやも同様の状態だそうで、ヤチヨは部屋でフルダイブ状態のまま眠っている。

 

 

 では、私は納得して仕事に戻ったのかというとそんなことはない。

 いてもたっても居られず、午後休をとって帰宅した私は開口一番こう言った。

 

「かぐや!ヤチヨは?」

 

 ただいまも言わずに帰宅した私を、かぐやが出迎えた。いつもなら笑顔な彼女も、今日ばかりはそうもいかない。

 

「部屋に居るよ。フルダイブ状態のまま、帰ってきてない」

 

 分かってはいた。

 けれど、こんな状況でヤチヨを放っておくことは出来ない。

 私はかぐやと一緒にヤチヨの部屋へ行くと、一見健やかに眠っている様子の彼女の傍に寄り添う。

 

「……私が帰ってくるまでに、何かおかしなこととかあった?フルダイブする前とか……」

 

「特にはなかったよ。お昼ご飯も、普通に二人で食べたし……」

 

 ほんの二時間ほど前までは普通に家の中で過ごしていた。

 そこから、突然起こった出来事。更に、一度もフルダイブから戻っていない。

 

「かぐやも……ツクヨミにメンテが入ってから、すぐにヤチヨの部屋に突撃したんだよ?でも、その時にはもうこの状態で……かぐやのIDでもツクヨミに入れないし……」

 

 見れば、かぐやも不安そうにしている。

 そんな彼女を見て、私は口を噤む。心配なのは私だけじゃない。かぐやもなんだ。

 

 「……ごめん。かぐやだって色々わかんなくて不安なのに……」

 

 今の私達にできることは、何もない。

 その結論が変わる事は無く、私は今もなお眠っているヤチヨを見ていると事しか出来なかった。

 

 

 

 そんな状態になって三日。

 一人減ると、なんとなく食卓も味気に欠けているような気がする。

 仕事にもあまり集中できてないし、かぐやも、配信にあまり身が入っていないように見えた。

 

 ヤチヨの体はひとまず研究所に移して、常に状態をモニタリングしている。

 返すコードは常に『異常なし』であり、その事実がまた無力感を加速させた。

 

 世間もツクヨミのメンテが一向に明けないことに不安を感じており、このままサービスが再開しないのではないかと囁く声すらある始末。

 

 結局、何を言ってもヤチヨを信じるしかない現状。

 やきもきする気持ちを抑えて、仕事していたその時、事態は悪い方向へ動きを見せた。

 

「ん、かぐやからメッセージ?」

 

 机の端に置いた携帯が震え、ロック画面にはかぐやからのメッセージ受信を報せる通知が表示されていた。

 いつもなら夕飯かなんかの事だろうと思う所、今はそんな楽観をできる状態じゃない。

 

 常に『何かあった』可能性を考えている今、大抵のことでは驚かない。

 それでも、そこに書かれていた内容は私に衝撃を与えた。

 

『彩葉!すぐにヤチヨのチャンネルを見て!あと配信されてる楽曲も!!』

 

 ただならぬ気配。

 言われた通り動画投稿サイトを開く。

 

「…………え?」

 

 すると、どこにもない。

 いつもならおすすめの一番上に表示されるはずのヤチヨの切り抜き動画も、ライブ配信のアーカイブも、一つもない。

 その時点で予感はしていたが、『月見ヤチヨ』検索をかけた瞬間にそれは的中する。

 

「嘘……ない!どこにも、ヤチヨの動画が!チャンネルも!」

 

 どれだけスクロールしても、出てくるのは関係のない動画ばかり。

 コラボ動画や非公式の切り抜きすら、全部無くなっている。

 

「どういうこと?そうだ、曲は……!」

 

 音楽アプリを開き、プレイリストを確認。

 

「そんな、こっちまで……」

 

 だが、そこにヤチヨの曲はない。

 何百、何千とリピートした大切な曲が、一つもない。まるで最初からなかったみたいに、姿を消している。

 いや、まだそうと決まったわけじゃない。

 もしかしたら、私とかぐや限定の不具合であるという可能性だってある。SNSを開き、TLとトレンドを確認する。

 

「SNSの方も、皆同じ状況か……」

 

 そこは、いきなりヤチヨのコンテンツが全て消えたことに対する困惑の声で埋め尽くされていた。

 明らかに異常な事態。

 ツクヨミの緊急閉鎖といい、確実に彼女の身になにかあったんだ。

 

「やっぱり、ヤチヨになにかあったんだ。じゃないとこんなことになる訳ない」

 

 私は、かぐやに研究所へ来るように連絡する。

 これ以上、待っていることは出来ない。

 見に徹する時間は終わった。ここからは本腰を入れて介入させてもらう。

 

「もう待たないよ。FUSHI」

 

 SNSのトレンド1位に表示された文言を横目に、私は目前のモニターに目を移した。

 

「何が『月見ヤチヨの消失』や……ふざけんな」

 

 誰への怒りでもない憤りを燃料に、数字を打ち込む。

 何があろうと元に戻す。

 

 

 

 

 研究所の設備を使えば、閉ざされたツクヨミに強制接続してログインするくらい造作もない。

 かぐやが到着し次第、私達は研究所のシステムを通じてツクヨミへアプローチした。

 

 意識が引き込まれる感覚のあと、私達の意識は正常に仮想世界へとダイブした。

 視界にいつも通り電子の理想郷が広がる。

 しかしそこは、変わり果てた様相と化していた。

 

「これが……ツクヨミ?」

 

 かぐやは絶句していた。

 私も同様に言葉を失う。

 美しかった夜空は無数のエラー表示に埋め尽くされて赤くなり、サーバーが封鎖されているためユーザーも一人もいない。

 

「ただの不具合じゃないのは分かってたけど、空にあるエラーログの量……まさかここまでだなんて……」

 

 建物も一部テクスチャが化けて、バグに浸食されたような様相になっている。

 

「表層のマップまでこんなになるなんて、普通じゃ有り得ないよ。中枢システムすら危うくなるくらいの、致命的な不具合があったとしか思えない」

 

 かぐやの言葉に私も首肯する。

 

「とにかく、どうにかして天守閣の管理人エリアまで行かないと……そこにヤチヨとFUSHIも居る」

 

 通常マップからアクセスするためのワープポイントは何箇所かあるけど、この状態でどこまで生きているかは分からない。

 手探りになるが、地道にやっていくしかない。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 橋を渡って本土に上陸。

 最低限の灯りだけを残して消灯したツクヨミの街は、普段の様子からは想像もつかないほど不気味だ。

 数々の屋台はもぬけの殻、いつもヤチヨの配信が映っていた大モニターはブラックアウトして、音のない世界は終末を彷彿とさせる。

 

「人、一人も居ないね」

 

「サーバーが閉じてるからね。居なくて当然だよ」

 

 異変と言えばこの世界すべてだが、その分正常な部分も見つけやすいというもの。

 アクセスを確立さえできれば、経路をこじ開けて天守に転移することくらいは出来る。

 それも、私とかぐやのアカウントIDがあるからこそ出来る芸当であり、そうでなければハッキングを試みた時点で排除されて終了だ。

 

「それに、こんな大規模な不具合。私達だってなにがあるか分からないし、慎重に――」

 

 その時、ガサッとなにか音がした。

 

「ッ、かぐや後ろ!」

 

 反射からの行動。

 すぐさま武器を取り出して、かぐやの背後から近づいた気配を切り裂く。

 正体を確認する前に攻撃を行うという軽率な行為だったが、その瞬時の判断が功を奏した。

 

「なっ、コイツは!?」

 

 一拍遅れて振り返ったかぐやは、その存在を前に啞然とした。

 私も同じように動揺を隠しきれない。

 切った断面から吹き出た黒い泥のような液体に、灯篭のような頭をした奇妙な人型。間違いなくそれは、十年前に戦った月人そのもの。

 

「月人!?なんで……まさか、またかぐやを取り返しに来たんじゃ……」

 

 その為にツクヨミをこんなふうにした。

 あり得る話だ。少なくとも彼らの技術力なら不可能じゃない。

 

「いやいや、かぐやちゃんと仕事を終わらせてきたんだよ!?正式に月の所属も抜けてきたし、来る理由がないよ」

 

「じゃあ、どうしてこんな所にコイツが……」

 

 ――待て。

 焦るな、結論を急いてもいいことはない。

 重要なのは、この小人が本当に月人なのかどうかだ。

 見た目こそまったく同じだけど、ガワを被っただけの偽物って可能性もある。

 

「ごめん。ちょっと冷静じゃなかった。まずは、ちゃんと調べてみよう」

 

 コマンドでコンソールを出して、キーを叩く。

 情報の詳細にアクセスして、この仮称月人の正体を突き止める。

 

「なにこれ?中身全部エラーコードじゃん」

 

 覗き込んだかぐやが表示された情報を見て首を傾げた。

 

「うん。少なくとも、人に理解できる言語で構成されてる時点で、月人の可能性はゼロ。推測するに、あの空に映ってる内の一つが、アバターを得て襲って来たって感じかな」

 

 突飛な発想だけど、それ以外には考えられない。

 カテゴリーが敵性を表す〈Enemy〉なので、襲って来たという定義も間違っていない。

 

「んー……にしても悪趣味すぎない?よりによって、この見た目だなんてさ」

 

「それは同意。お陰で迷いなく斬れたけど……」

 

 改めて、周囲を見回す。

 敵性のMobがポップするなら、調査もより慎重に行う必要がある。もしこの状況で死んだ場合、正常にリスポーンできるか分からない。

 最悪、アカウントが使えなくなることだって考えられるのだ。

 

「と、やっこさん次々とお出ましのようで」

 

 この戦闘を皮切りにするように、周囲に同様のエネミーが出現し始める。

 私とかぐやはそれぞれ双剣とハンマーを構えた。

 

「何してくるか分からない。出来るだけ被弾しないように」

 

「がってん承知!かぐやと彩葉の二人なら、こんな連中に遅れなんて取らないよ!」

 

 戦闘開始。

 私とかぐやの連携も、今となっては更に磨きがかかり阿吽の呼吸で合わせられる。着かず離れず、互いをすぐにフォローできる距離を決して崩さない立ち回りだ。

 月人のパチモンは決して強い訳じゃない。

 だが、いかせん数が多い。

 

「ああー鬱陶しい!倒しても倒しても湧いてくる!流石にこれずっとはキツイよ!」

 

「安全地帯でもあればいいけど、こんな状態のツクヨミにそんな良心的な場所あるのかどうか……」

 

「ナニそれクソゲーじゃん!」

 

 移動しながら戦ってはいるが、どれだけ離れても追ってくる上にどこからでも湧いてくる。

 決戦時に登場したボスクラスが出てこないだけマシだが、集中力は確実に削られていく。

 

 それでも、不意打ちは最大限警戒しているし、かぐやとカバーし合っていることもあって、あと数時間ていどならノーダメージでいける。

 ウルトも効率的に回して、一見危なげなく戦えていた。

 

 しかし、そこで予想外の事が起こった。

 

「ッ、いろは!」

 

 かぐやが叫ぶ。

 当然、一瞬遅れて私も気付く。

 なんと、私の足元から這い出てくるようにして月人が現れたのだ。

 

「しまっ、至近距離にポップして――」

 

 ゼロ距離の場所に出てくるとは思わず、反応が遅れる。

 その隙をついて、月人の手が私に触れる。

 

 瞬間、まるで頭が破裂するんじゃないかってくらいの圧力が脳内に叩き込まれた。

 

「っ、ああ゛っ」

 

 ヤバイと思った時には、体が反射的に月人を切り伏せていた。

 思わず額を押さえて、蹲りそうになる。

 

「彩葉!掴まって!」

 

「くっ」

 

 そこにハンマーをジェット噴射させて飛んできたかぐやの手に掴まって、上空へと退避する。

 

「大丈夫!?彩葉!」

 

「うぐっ……なんとかね」

 

 HPは減っていない。

 あの、頭になにか巨大なものが入ってくる感覚は経験したことがある。おそらく、偽月人に掴まれた時に入ってきたのは、凄まじいほどの情報だ。

 それらはコードの塊だが、問題なのはその密度。

 たった一瞬掴まれただけで、頭がパンクしそうになった。

 

「かぐや、絶対アレに触れられたらダメ。長時間取りつかれたら、かぐやでも危ない」

 

 私よりも何倍も情報許容量のあるかぐやでも、ずっとあれを注がれ続けたら自壊する危険がある。

 

「それは分かったけど……彩葉、本当に大丈夫なの?」

 

「もう安定した。さっきのも一瞬だけだったし、八千年の情報量に耐えた頭は伊達じゃないってことかな」

 

 普通の人間なら、多分さっきのですら廃人手前だ。

 それがすぐに復帰可能なちょっと痛い程度で済んでいる私も大概だが、今はそんな事よりもっと重大な危機に瀕している。

 

「で、心配してくれるのは嬉しいんだけど……その前に後ろから追ってきてるアレ(・・)、どうする?」

 

「え?あれって、なに──どああああ!なんだありゃァ!」

 

 かぐやが振り返った先、そこにあるのは雲だ。

 黒い雲のようなものが、私達を追ってきている。

 ただの雲がなんだと言うのだ。このかぐやのハンマージェットで叩き潰してやろうとでも言いたい所だが、残念ながらそんなチープなもんじゃない。

 

 よく見てみると、あれらは全て偽月人だ。

 無数の偽月人が一塊に集まって、雲のように見えている。

 

「追いつかれたら終わりだよ!全力で逃げて!」

 

「もうやってるってば!」

 

 更に速度を上げる。

 だがいかせん、向こうは速度もこちらより上らしい。道中で湧いた月人も吸収してより巨大になり、追いつかれるのも時間の問題だ。

 

「やっぱ、逃げ切るのは難しいか……」

 

 手元ではログアウト処理を進めている。

 こうなったら一回現実に戻って対策を練りなおすしかない。

 ――でも、どうする?

 

 ツクヨミのメインサーバーはヤチヨがロックをかけた時点で、外部からの操作を一切受け付けなくなっている。内部から向かうしか方法はないが、あんなのが居ては悠長にアクセスルートなど探していられない。

 

 あとワンボタンでログアウトできる。

 一旦指を止めて、背後の状況を確認しながらギリギリまで思考を巡らせる。

 

「ヤバイやばいやばい!追いつかれるぅ!!」

 

 もう幾ばくも無い。

 そこで、予想外の助け舟がやってきた。

 

 

〈ここにアクセスしろ!〉

 

 

 どこからともなく目前に飛んできた巻物が開き、そこに書かれていたメッセージとアドレス。

 私はほぼ反射的にそれを入力し、転移を実行した。

 

 

 

 

 視界が光に包まれて、引っ張られる。

 一秒で私達のアバターは全く別の座標へと移った。

 

「まったく、相変わらず無茶をするな」

 

 そこは私もかぐやも見慣れた神楽殿。

 ツクヨミの管理者専用エリアにして、ヤチヨの本拠であり、いつもヤチヨが座している場所に(くだん)のウミウシは居た。

 

「会いたかったよ、FUSHI。それで、私達があんたの言う無茶をしてまで来た理由は分かってるよね?ヤチヨはどこ?」

 

 見れば、どこにも彼女の姿は見当たらない。

 それがより私の表情を険しくする。

 

「……ここには居ない」

 

「そんなの見れば分かるよ。私は何処に居るのかって聞いてるの」

 

 ここまで来て、誤魔化されてはたまらない。

 無駄な言葉遊びには付き合わず、欲しい情報だけを催促する。

 

「正確には、中枢システムのコア・ブロックに居る。そこで、ヤチヨはエラーの処理を現在進行形で行っている」

 

 その言葉に私は目を細める。

 単語を脳内の知識と結びつけ、次になにを聞き出すべきかを考え、その間に声を上げたのはかぐやだ。

 

「待って、中枢システムのコアって……なんだってそんな場所でやる必要があるの?あそこは構造上ツクヨミの全領域に直接アクセスできるけど、それはここでも出来るじゃん」

 

 かぐやもヤチヨの八千年の記憶を同期している為、ツクヨミの構造については私よりも詳しい。

 私は一旦そこで思考を止めて、FUSHIの返答を待った。

 

「空に無数に表示されたエラーログを見ただろう?ここでのマニュアル操作じゃ、処理が追い付かないと判断して、ヤチヨは内部時間の加速が可能なコアに行ったんだ」

 

「その、エラーって言うのは……何が原因で起きてるの?」

 

 煮え切らない問答に痺れを切らして、私はそうそうに核心をつくことにした。

 

 結局はそこだ。

 エラーだの不具合だのってやつは、要するに大元の原因を叩くことが最も有効な解決方法とされている。

 いわゆるバグ取りや不具合の修正作業というのは、原因を探す時間を指すといってもいい。

 無論、原因が複数の箇所に多岐にわたって発生している場合もあるので、一概には一つとも言えないが、エラーが百個あるとすれば十個の原因を取り除くことで大抵は解決する。

 

「それは……」

 

 FUSHIは珍しく迷っているようだった。

 だがその逡巡が、私達にこれ以上ない確信を与える。

 

「ちゃんと話して。FUSHIが返答に悩む時点で、それだけ大きな問題だってのはこっちだって分かってるんだよ」

 

 仮に私達に類が及ぶような話でも、ヤチヨのために動けない方が嫌だ。

 言い切った私に、FUSHIはやがて観念したようにため息をついた。

 

「――他言無用で頼むぞ」

 

 これ以上の誤魔化しはかえって逆効果だと判断したのだろう。

 目を光らせて、FUSHIは壁に映像を投影した。

 

「これから説明を交えて、一部始終を流す」

 

 私とかぐやは顔を見合わせ頷くと、映し出された映像に視線を移した。

 流れ始める映像と、FUSHIの声。

 そこに待っていた真相は、私達の想像を絶するものだった。

 

 

 

 敢えて、あの時のように情報を直接脳内に注ぐという方法を取らなかった理由が分かる。

 FUSHIの視点で起こったことを説明するなら、客観的な視点で事実を羅列した方が誤解がないからだ。

 

 このツクヨミを突然襲った、世界を崩壊させかねない程のエラー。

 その対処に追われたヤチヨのくだした決断。

 その悲壮な覚悟も、なにもかも、FUSHIは語ってくれた。

 

「ヤチヨは今もなおスリープ状態で情報を処理し続けている。夢の中に展開した〈ヤチヨワールド〉で、内部時間を何百倍にもして、自らが壊れるのも(いと)わず無限ループし続ける……これが彼女の立てた計画――〈Yachiyo Infinity〉の全貌だ」

 

 言葉を失う。

 あまりにも壮大で、人智を越えた解決方法、それを実行に移してしまうヤチヨ、その計画のおぞましさ、なにもかも私の予想を超えていた。

 

「なんとか……ヤチヨを連れ戻す方法はないの?」

 

 その行為の意味する所は、私にも分かっている。

 だけど、そう訊くことしかできなかった。それ以外になにも浮かばない。この事件に対する、ヤチヨの選んだ方法以外の解決策なんて、私の頭脳でもすぐに導き出すのは不可能。

 むしろ、そんな方法をすぐに考えついたヤチヨが凄いのだ。

 

「不可能だ。コア・ブロックは今、全てのアクセスを拒絶している。僕の権限でも外側から開けることは出来ない」

 

「そんな……そんなのって……」

 

 かぐやは拳を固く握りしめ、歯を食いしばっていた。

 

「ヤチヨは、もし全てが終わって、自我が崩壊しきっていなければ、帰ってくると言っていた。死ぬつもりはない、ともな……」

 

「信じて、待つしかないってこと?」

 

 FUSHIは無言をもって肯定する。

 

 私達に出来ることはなにもない。ツクヨミを犠牲にする覚悟でヤチヨを連れ戻すという選択すら、私達にはできない。

 悔しい。

 これほどの無力感は、久しぶりだ。

 かぐやを見送るしかなかった時と、似ている。

 

 沈黙が場を支配する。

 私達がそれぞれ、同じ悔しさと無力感に打ちひしがれていると、不意にピコンと音が鳴った。

 

「……待て、ヤチヨからメッセージだ」

 

 その言葉に、私もかぐやも弾かれたようにFUSHIを見た。

 

「なっ――」

 

 そこで、私達は初めてFUSHIが動揺する姿というのを目にした。

 苦虫を噛み潰したような表情で私達を一瞥して、無言でメッセージの表示されているであろうホロウィンドウを私達に飛ばした。

 

「内容は……僕の口から言うより、お前たちが確認した方がいい」

 

 それだけ言って、FUSHIは背を向けた。

 

「これは……音声ファイル?」

 

 『無題』の音声ファイルは、無機質にファイル形式を表示するだけ。

 その再生ボタンは、まるでパンドラの箱のように思えた。開けたら最後、後戻りできないことを私は肌で感じた。

 

 かぐやを見ると、不安そうに瞳を揺らしながらも、頷く。

 それで私も覚悟を決めた。

 ダブルタップすると、ファイルが再生される。

 

『聞こえてる?ちゃんと送れてるかな』

 

 聴こえてきたのは、今なによりも求めていた少女の声。

 

『まあいいや。聞いてるって前提で話すね♪』

 

 いつもと変わらない声色で、一見安心してしまいそうになる。

 けれど、違和感がぬぐえない。それはまるで、今生を諦めたような穏やかさに思えてならないのだ。

 

『まず……ごめんね、二人とも。こんな事になっちゃって、色々と勝手に進めたのも、悪いとは思ってる』

 

 寂しそうなのに、悲しみは感じない。

 どんな気持ちで語っているのか、すぐには分からない。それだけ多くの想いが、言葉の一つひとつに込められている。

 

『FUSHIからはもう、詳しく事情を聞いてると思うけど……ツクヨミの崩壊を食い止めるには、こうするしかなかった。ヤッチョは、少しも後悔してない』

 

 申し訳なさの中にも、揺るぎない信念。

 本当にかぐやらしい、ヤチヨといった感じの語り口。

 

『こんな残酷なこと、本当は言いたくない。だけど、勝手ながら言わせてもらいます』

 

 そうして、音声ファイル越しに途方もなく離れた場所でいまも戦い続けているヤチヨが、決定的な宣告を口にした。

 

 

『妹みたいに可愛いかぐやと、誰よりも愛おしい彩葉のところに、帰れるように努力はしたけど………無理そうです』

 

 

 その言葉を聞いた時、足元の感覚がなくなった。

 奈落に落ちるような感覚で、立っているのが不思議に思えるくらい。

 

『私はここで、永遠を共にして……ツクヨミを守るために、逝きます』

 

「ヤチヨ……」

 

 届かない。

 これは録音された音声だ。そこにヤチヨが居るわけじゃない。

 

『ツクヨミは、皆の繋がる大切な場所。たくさんの人達の大切な思い出が、想いが、ここには詰まってる』

 

 手を伸ばせど、そこに彼女は居ない。

 目の前に、いつもみたいに微笑んで言葉を紡ぐヤチヨが、見えているのにその距離は凄まじく遠い。

 

『なにより、この世界は……私達の故郷だから……』

 

 分かっている。

 分かっているんだ。

 ヤチヨがツクヨミを作り上げた経緯と、その想いを、私は実体験で知っている。かぐやもそうだ。

 その言葉が紛れもない本心で、義務でも責任でもなく、純粋な想いなんだって。

 

 

『私は……彩葉と、かぐやと、私の生きるこの世界を大切にしていたい』

 

 

 でも違う。

 一人で行かないで欲しいんだ。

 置いてかないで、今度は協力して、皆でどうにかしようよ。

 

『二人には、温かい思い出をたくさんもらいました。ずっと……愛してるよ』

 

 悲愛の言葉。

 まるでラブソングの一節のように、彼女は自身の持ちうる最大の愛を告白する。

 

「……!ヤチヨっ!!」

 

 耐えきれなくて、その名を叫んだ。

 

 

『――ありがとう。そして、さよなら』

 

 

 その一言を最後に、音声は終わる。

 シンクバーは終端に辿り着き、それ以上先はない。腕の中に、喪失の虚しさと、微かに残る体温の名残が、何度もリフレインする。

 抱きしめることも出来ないまま、訪れた別れに、私はその場で崩れ落ちた。

 

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