Yachiyo Infinity~ヤチヨと巡る無限バッドエンド~   作:グランドマスター・リア

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第7章

 まだ、歌ってほしい曲がたくさんある。

 まだ、一緒に遊びたい。

 全然終わってない。これからって時なんだ。

 

 なのに、なんなのこれ。

 これで終わりだって?

 そのまま姫の犠牲で世界は守られました。めでたしめでたしって、そうやって終わるつもりだったの?

 

 現実を頭が拒否する。

 

 私達はもう運命共同体だ。幸せな時、苦しい時、そしてやがて朽ちる時も、全ての時間を共に過ごそうって、そう約束したんだ。

 

 

 ツクヨミからログアウトして、帰ってきた自宅はがらんとしている。その静けさは、かぐやが居なくなったあの時と酷く似ていた。

 

『彩葉……』

 

『ごめん。今はちょっと、一人で考えさせて』

 

 そう言って、研究所を出てきた。

 このまま終わるなんて、嫌だ。

 実際、諦めるつもりなんて微塵もない。それでも、突きつけられた事実をちゃんと受け止める時間は必要だった。

 

「ヤチヨ……」

 

 部屋を訪れど、居ない。

 彼女の義体は今研究所にあるから当たり前だけど、そうじゃない。魂の痕跡とでも言うのだろうか。ここには、色んな思い出がある。

 

 かぐやとヤチヨ、二人がコラボ配信してる光景。

 私のキーボードをこっそり借りて弾いていたり、部屋を模様替えする時は、三人総出で駆り出されて、一日かけてほぼリフォーム上等の改装をした。

 

 私にも、かぐやにも、それぞれの思い入れがある。

 

「ねえ、ヤチヨは……本当にそれで良かったの……?」

 

 ツクヨミを守るために、命を懸ける。

 その行いを尊いとは思っても、愚かだとは思わない。

 彼女がどんな想いでツクヨミを作り、育て、維持してきたのか分かっているから、否定するつもりはないんだ。

 文字通り、その名は”故郷”。

 私達の想いが生まれ、育った場所と言ってもいい。

 

 私だけじゃない。

 かぐやだって、そう思っているはずだ。むしろ、彼女はヤチヨと記憶を共有している分、その想いは私よりも強い。

 

 守りたいのは、みんな一緒だ。

 それなのに何で、ヤチヨだけが戦う必要がある?

 

「言ってくれたら、私もかぐやも……何処へだって一緒に行く。二人が居れば、死ぬのだって怖くない。それなのに……」

 

 その想いは届かず、ヤチヨは先に行ってしまった。

 FUSHIによれば、動画や曲を消したのも、世界がいずれ自分を忘れて悲しみから巣立てるように……という意図があったらしい。

 ――なんだよ。それ……

 

「取り残される方の身にも、なってよ」

 

 私には、泣く時間が必要だった。

 置いて行かれた悲しみを清算しなければ、前に進めそうにない。

 幾つになっても弱い私。誰かと依りあう人生を選んだ時点で、こうなるのは必然だ。

 違う点があるとすれば、それは――

 

「そんな遠くに行かれたら……迎えに行くの、大変なんだから」

 

 うじうじ腐っている時間が、前よりも減ったことかな。

 

 

 

 ショックだった。

 ああ、ショックだったよ。

 迎えに行くのが難しいから?――違う。

 

 どんな場所に居ようと、どんな形になろうと、見つけ出して連れ戻すのは変わらない。

 私が辛いのは、置いて行かれたことだ。語彙にして言い表せない悲しみは、心を削るのに十分な威力がある。

 

 立ち直るには、一度感情として吐き出すしかない。

 

「……ただいま」

 

 一頻り家で泣いて、一区切りして研究所に帰ってきた。

 

「あっ、彩葉!」

 

 かぐやが出迎えてくれ、その顔を見ればもう迷うことなんてない。

 

「もう大丈夫なの?その……泣いた痕、あるけど……」

 

 そう心配するかぐや。

 苦笑しながら、そっと彼女の目元(・・)に触れる。

 

「そっちだって、同じ(・・)じゃないの。ごめんね。一人にして……」

 

 化粧で誤魔化すこともせず帰ってきたもんだから、お互いこの有様だ。そんな彼女を抱きしめると、体温が共有されて心の内側にあった悲しみを覆う。

 

「かぐやこそ、もう大丈夫?」

 

「私は、全然……すぐに泣き止んだもん」

 

「ええ?そうには見えないけどなぁ」

 

 私達は時偶に仕草が似ていると言われる。

 特に、目が似るのだと言う。

 外見は似ても似つかないが、心は通っている部分がちゃんとあるって、そう思えて言われた時は嬉しかったものだ。

 

「でもまあ、この調子なら心配はいらないか。私達のお姫様、迎えに行かないとね」

 

「当然。バカ姉どつき回す」

 

 物騒だなオイ。

 そういやバッドエンドをハッピーエンドっぽく演出するの、この子の地雷だったな。

 

「んじゃ、まずはこの事態について一番よく知ってる奴に、話を聞きに行こう」

 

 そう言って、私達は示し合わせたようにスマコンを装着した。

 

 

 

 再びツクヨミへログインすると、私達はFUSHIへと詰め寄ってこう言い放つ。

 

「やっぱ迎えに行く事にした」

 

 そう言葉にすると、FUSHIは一瞬だけ驚いたような顔をして、次に呆れたように息をついた。

 

「予想はしていたが、まさかここまで決断が早いとはな。分かっているのか?それはヤチヨの想いを踏みにじる行為かもしれないんだぞ?」

 

「先にかぐや達の想いが踏みにじられたんでおあいこですぅ。よって、待ったを聞いてやる義理はない」

 

 かぐやもかぐやで、今回の件はそうとう腹に据えかねているようだ。

 私はその様子を見て、微笑む。彼女が、私だけじゃなく、ヤチヨのことでもちゃんと泣いてくれたことが、たまらなく嬉しい。

 

「そうは言ってもな。方法はどうするつもりだ?コア・ブロックが封鎖されているのはさっきも言っただろう」

 

 その問いに関しては予想していたし、策も考えている。

 

「方法ならあるよ。かぐやのIDを使うの」

 

「え?わたしの?」

 

 これは最近分かった事だけど、このツクヨミにおいて、私とかぐやのユーザーIDは少々特殊な仕様になっている。

 プレイヤーにして、限定的な管理者領域へのアクセス権を付与され、更にかぐやに至ってはヤチヨと同一人物。

 それらの要素が色々と絡み合って、更にはヤチヨがぽんぽん権限を付与するものだから、ちゃんと見たら中身が結構デタラメなのだ。

 

 勿論、それはヤチヨからの信頼と親愛の証だ。

 それを今回は利用させてもらう。

 

「正確には、かぐやと私のIDを複合する。それぞれの持ってる権限を掛け合わせれば、プロテクトを開けるくらいはどうにかなるはずだよ」

 

 例えば、管理者の持つ権限が1000項目あるとして、私とかぐやがそれぞれ違う権限を500持っていれば、それを掛け合わせると同じ数だ。

 あくまで例えの話であり、物事はそう単純じゃないけど、糸口にはなる。

 

 これを利用し、鍵穴の性質を分析する。

 ようは電子版のピッキングのようなものだ。

 普通じゃそんなこと出来ないが、ツクヨミを構成する複雑なコードの中には、月の技術も流用されている。

 月の技術への理解は、一部だけならヤチヨよりも私の方が深い。

 

 それに加えてかぐやの処理能力はヤチヨと同等。私達が力を合わせれば、十分に勝算はある。

 

「筋は通っているが……それを試すには、コア・ブロックに直接アクセスできる場所まで行く必要がある。道中のセキュリティは想像を絶する厳しさだぞ」

 

 その返答に私はにやりと口角を上げた。

 

「でもあるんでしょ。()……」

 

 語るに落ちるとはこの事だ。

 今のは『難しいけれど不可能ではない』という言質に他ならない。

 

「むっ」

 

 FUSHIはしまったと口を噤む。

 経路があるなら、勝算はゼロじゃない。コンマ1でもあるのなら、そこから上げていく算段だって立てられる。

 その為に、今はとにかく情報が必要だ。

 

「全部教えてもらうよ。FUSHI」

 

 戦いはすでに始まっている。

 

 

 

 

 FUSHIからコア・ブロックまでの道筋に関する情報をもらって、一旦、準備のために現実の方に戻ってきた。

 これから情報を整理して、対応策などを練る。

 

「かぐやは一度、着替えとか取りに家に帰るけど……これ(・・)、本当にどうにかなるの?」

 

 かぐやが示唆したのは、コア・ブロックまでに配置されているセキュリティの情報だ。

 コア・ブロックまでの道には、プレイヤーが撃破することがほぼ不可能なガーディアンが配置されており、遠隔でのハックも、私達の試みる物理的な侵入も困難。

 

 FUSHIが想像を絶するとまで説明した理由がこれだ。然し……

 

「大丈夫。策はあるから」

 

 問題はない。

 私がこの十年以上に渡って、どんな仮想敵を想定した上で過ごしていたかなんて、言うまでもないことだ。

 それに比べたら、たかだかセキュリティBotくらいどうってことない。

 

「ほら、お夜食も作って来てくれるんでしょ?楽しみに待ってるから」

 

 促すとかぐやはしばし逡巡し、頷いた。

 

「……分かった。彩葉が”大丈夫”って言うなら、信じる。かぐやも腕によりかけて夜食を作るから、一緒に頑張ろう!」

 

 言って、仲良しのおまじないをする。

 かぐやには信頼できる職員を付けて家へと向かってもらい。私は早速、スマホを取り出してある人物のアドレスを開いた。

 

「……さて、私も準備を進めないとね」

 

 その相手は、今回の作戦を行う上で協力を欠かせない人物。

 

「――あ、もしもし?お兄ちゃん、ちょっといい?」

 

 こちらも全力を投入する。

 私の全力をもって、ヤチヨを必ず連れ戻す。

 

 ――例えそれが、結果的にヤチヨの願いも信念も踏みにじる結果になったとしても、だ。

 

 

 ヤチヨが行っているエラー処理はすでに全体の90パーセントが終了しており、残り時間は計五十時間ほどだ。

 九割方終わっているなら、途中で辞めても大丈夫なように思えるけど、今回のケースだと1パーセント残っていたらダメみたい。

 問題を先送りには出来るけど、大元を断たなければウイルスのように蔓延して終わる。

 

 そして、彼女の自我がまだ崩壊していないのは、FUSHIのモニタリングを通して把握している。

 FUSHIの出した推測では、最後の処理が終了した時点で、ヤチヨの自我は99パーセントの確率で全損するとのこと。

 

 準備時間はあまりないが、幸いなことに徹夜は私とかぐやにとって得意分野だ。

 

 作戦開始は、二日後の午前0時。

 丸一日で研究所職員の力も借りて、急ピッチで準備を完遂する。

 

 

 一晩明けて、そこからまた日が沈んで、夜も深まる時間帯に私とかぐやは再びツクヨミへと潜る。

 研究室にある二つの実験用ベッド。それぞれにかぐやと私が横たわり、頭にはまだ発売されていないバイザー型をした最新型のスマコンが装着されている。

 このデバイスなら、フルダイブは勿論、従来のスマコンでは有り得ないほどの速度のレスポンスが期待できる。

 

 準備は整った。

 あとは私達の意思一つでツクヨミへ接続できる。

 

「……かぐや。怖い?」

 

 隣にいるかぐやに声をかける。

 

「ううん、全然。彩葉のことは信じてるし……それに、私もヤチヨを助けたいから」

 

 そう。

 これから私達は、二人で大事な家族を迎えに行くんだ。

 

「そうだね。絶対に、連れ戻そう」

 

 手をつなぐ。

 不思議だ。かぐやと居ると、どんな困難も怖くない。なんとか出来るって思えちゃう。

 

「――行くよ。せーの」

 

 私達は同時に目を閉じ、ツクヨミへログインする。

 意識が魂の単位で仮想世界へとダイブするこの感覚を、今は心地よく思う。

 接続はすぐに終わり、そこは見慣れた天守の神楽殿だった。

 

「来たな。こっちの準備は終わってる。いつでも行けるぞ」

 

 FUSHIは相変わらずぶっきらぼうにそう言い放つ。

 

「作戦開始まで残り三十分。ギリギリだったけど、なんとか全行程終了ってとこ。後は私たち次第だね」

 

 日付変更と同時に私たちはFUSHIの構築したルートを通って、コア・ブロックへと向かう。

 急造ではあるが出来ることは全てやった。

 

「よし、じゃあ最後に確認だ」

 

 FUSHIは目を光らせて、ホログラムで情報を表示させた。

 そこには、すでに穴があくほど見た資料が映っている。

 

「コア・ブロックまでの道は一直線。転移ポイントからは、巨大な穴を真上から降下していく形になる。足場を用いつつ、ガーディアンとの戦闘は極力避けながら進め」

 

 マップ情報が展開。

 円柱状の巨大マップを真上から目標に向かって、足場を用いて降りていく感じだ。

 

「ガーディアンの基礎ステータスは分かっていないが、お助けヤチヨと同様に敵の戦力に応じて上昇する仕様となっている。故に、プレイヤーが二人以上入ると攻略の難易度はとてつもなく跳ね上がる。その辺の対策はしてきたんだろうな?」

 

「当然――かぐや」

 

「りょーかい!かぐやちゃん、変身!」

 

 かぐやがそう言いながらコマンドを実行すると、彼女のアバターが光に包まれてシルットはみるみる小さくなる。

 最終的に手のひらサイズにまで縮小した状態で、光は解けて、ミニヤチヨみたいになったかぐやが姿を現した。

 

「なるほど、アイテム化(・・・・・)か。考えたな」

 

 FUSHIは珍しく感嘆した様子で言葉にした。

 

「そっ。かぐやをアイテム化して連れてくことで、プレイヤーの参加数を私ひとりにする。こうすれば、私達二人でコア・ブロックのゲートまで行ける」

 

 ガーディアンの戦闘能力は、対プレイヤー数が一人でようやく倒せる限界ギリギリまで下がる。

 もし私とかぐやが一緒に挑めば、たちまち蹂躙されて終わりだ。

 そうなると必然的に、突破は私一人で行うことになる。

 

「かぐやは彩葉のフードに入ってしがみついてるから!思う存分やっちゃって!」

 

「言われずとも、絶対に負けない」

 

 そう言って、ミニかぐやは私のフードの中に入り込んで顔だけひょっこり出す形になる。いや可愛いなおい。折角苦労して開発したコードだし、これが終わってもまたやってもらおうかな。

 

 ――その為にも、ヤチヨを連れ戻す。

 

「作戦説明は以上だ。僕はルートの確立で手が離せなくなるから、以降は二人の判断に任せる。お前たちに―――ヤチヨの運命を託す。必ず勝って帰って来い」

 

「もちろん。ご主人様のことは私に任せて」

 

 言って、私とかぐやはFUSHIが用意した転移ゲートへと歩を進める。

 円形のゲートの上に立って、FUSHIが操作すれば、すぐさま私達は決戦マップへと飛んでいく。

 いわば旅立ちの門。

 そこに立って、私はフードの中に居るかぐやに声を掛けた。

 

「かぐや。これ終わったら、三人で(・・・)ドンキに買い出し行って……パンケーキ作ろう!」

 

「っ……うん!」

 

 これまで色んなことがあった。

 二人が義体を獲得して、現実でも活動できるようになって、それからは波乱の連続。順当とか、平々凡々なんて言葉は似合わない。

 そんな騒がしくて、楽しい日々だったんだ。

 

 一秒を永遠にして、それを何度も繰り返し、私達は未来へと歩いて行く。

 姉妹みたいに仲のいいかぐやとヤチヨがそこに居て、私はそんな二人に包まれて、これ以上ない幸せの中で死ぬって決めている。

 だから――

 

 

「こんなバッドエンド。認めない!」

 

 

 転移開始。

 私達の仮想の体が、まだ誰一人として挑んだことのない未知のマップへと転送され、その一瞬はとても長く、永遠にも思える。

 緊張で強張った体を叱咤したと同時に、視界にその光景が広がった。

 

「――っ、これが!」

 

 遥か下まで続く奈落。

 KASSENのマップが丸々入りそうなくらい巨大な円形の穴の最下層に、僅かにだが目標のゲートが見える。

 その天井付近の浮遊物に、私は立っている。

 

「うえー、いかにもラストマップって感じ」

 

 フードから顔を出したかぐやも、そのあまりのスケールに絶句している。未だかつて、ツクヨミにこんな巨大なマップは存在しなかった。

 無数の浮遊物を伝って、あの一番下にあるゲートに辿り着けば私達の勝ちだ。

 

 しかし――

 

「かぐや、フードに入って。早速お出ましみたいよ」

 

 口角を僅かに上げる。

 マップ内に次々と出現する光は、エネミーがポップする際の光だ。私はすぐに浮遊物を飛び移りながら、降下を開始する。

 

 ワイヤーアクションは非常に活きそうな構造だが、いかんせん下までが長すぎる。

 悠長にしていては、ポップしたエネミーに取り囲まれておしまいだ。

 

「んっ……やっぱりアレ(・・)か」

 

 出現したエネミーは、案の定私にとってトラウマの象徴とも言える怪物の数々だった。

 神々しさを放つ数々の異形。

 かの決戦時に猛威を奮ったボスクラスの月人が、今度はガーディアンとして顕現。

 四方八方から次々と出現してはこっちへ向かってきている。

 

「そりゃ一番大事な場所を守るんだから、最強のヤツを置くよね。流石ヤチヨ、抜かりない」

 

 それらが持つ武器は様々だ。

 棍棒だったり、砲撃を行える杖だったり、タンバリンのような物を使ってくる個体も居る。中でも一番厄介なのは獣みたいなヤツだ。

 

 瑞獣と呼ばれているらしい神獣を模したような姿は一見弱そうに見えるけど、あれはチートを使ったお兄ちゃんですら手を焼くような化け物だ。

 戦闘は最優先で避ける必要がある。

 

 だが、それ以外ならどうとでもなる。

 

「でも、私がこの十年以上なにの相手を想定して準備してきたと思ってるの?」

 

 周囲にはざっと十体のガーディアンが立ちふさがる。

 これ以上は通さないと言った構えだ。

 

「その先にうちのお姫様が居るんだ。悪いけど……通らせてもらうよ!」

 

 疾走。

 駆け抜ける勢いで、ワイヤーアクションを絡めて超高速で接近してガーディアンのうち一体に至近距離からウルトを見舞う。

 包囲網を突破したら他は無視だ。

 

 目の前に出てくるのだけ倒して、目標への到達だけを考える。

 

「そこを―――どけぇッ!!」

 

 切り裂き、飛び、切り裂き、飛びをひたすら繰り返す。

 ここはまさに死地だ。

 一時でも止まればたちまち一斉攻撃を浴びる。

 

 それでも私の思考は逐一冷静に進行と対処を実行する。あの時は手も足も出なかった相手に、偽物とはいえ戦えている。

 

 すでにマップ進度は半分。

 HPはまだ二割も減っていない。

 このまま、貫く。

 

 ――ヤチヨ!

 

 あの笑顔をもう一度見たい。

 

 ――ヤチヨ!

 

 私を救ってくれたあなたを、今度は私が救うんだ。

 

 ――ヤチヨ!!

 

 危機的死線を搔い潜る度に、何度も何度もヤチヨとの思い出がリフレインし、それだけで、こんなにも力が湧いてくる。

 

「残り二割!このまま――」

 

 調子付いて、行けると思ったその刹那、私の横から赤い閃光が走る。

 

「ッ!!」

 

 私は咄嗟に双剣を重ねて、それを受けた。

 しかし、防御してもなお私のアバターはその一撃によって軽々と吹き飛ばされる。浮遊物の大地に激突して止まると、それを行った敵を私は視認した。

 

「うぐっ……やっぱ、そう簡単にはいかないか」

 

 そこに佇むのは、私が最も警戒していたガーディアン。

 二振りの錫杖(しゃくじょう)のようなものを携えた、獣人のような巨躯。

 接近されるまで気付かないほどのスピードと、防御を無意味とするパワーは、他のガーディアンとは別格。

 

 ――瑞獣型のガーディアン。

 このマップのラスボスとして相応しい登場を果たした。

 

「上等よ。こちとら、死ぬまで暴れてやるつもりで来たんだから……不意打ち一回当てた程度で、負かしたと思わないで」

 

 勝負はここから。

 ゲートはもう目前だ。

 奴を倒せば、もう邪魔する者は居ない。

 

「っ、らあ゛っ!」

 

 ワイヤーアクションを利用して、ガーディアンへ仕掛ける。

 あのガーディアンは常にゲートを守る位置取りを崩さない。倒さないと進めないなら、少しでも牙の立つ戦法を取る。

 

 銃撃とウルトを四方八方から放ちながら、まともな接近戦は避ける。

 だが、ゲートからは決して離れない。

 上から他のガーディアンが降りてきて囲まれたら終わりだ。時間はあまりない。

 

「タイミングが大事。落ち着くのよ、私……」

 

 秘策はある。

 あとはそれを切るタイミングが重要だ。ミスは許されない。

 

 私は待つ。根気強く、何度もヒット&アウェイを重ね、翻弄する。

 まだか。まだか。焦れた私の心へ一筋の刃を立てるように、ガーディアンが動いた。

 

「――来たッ!」

 

 瞬時の反応で防御行動。

 そこに高速で接近してきたガーディアンが杖を振り下ろす。

 私は剣を受け止めたまま浮遊物の台地に叩き付けられ、押し込まれる。

 

「ぐっ、うぅ……」

 

 足が地面にめり込む。

 この防御を破られたら、HPは一撃で消し飛ぶだろう。

 

 圧倒的な力を前に、私は再び窮地に立たされる。あと少しの所に、ヤチヨが居るのに届かない。あの時もそうだった。

 この怪物を倒さなければ、彼女のもとへは行けない。

 

「ヤチヨは……犠牲になんて…させない」

 

 それなら、私はなんだってやってやる。それこそ、自らの尊厳を切り捨て、悪魔に魂を売る事さえ―――ためらわない。

 

 

「あの子を、返せ!」

 

 

〈include…〉

 

 瞬時、無数のプログラムコードが出現しては消滅し、私に規格外の力を与える。

 空間を歪ませるほどの熱気を放って、私は力任せにガーディアンの攻撃を押し返し、弾いた。

 その勢いで、ガーディアンを蹴り上げ、引き戻したワイヤーで絡めとって一段下層にある浮遊物へ叩き付ける。

 

「第二ラウンド……」

 

 額に雪の結晶がごとき禍々しい紋様を浮かべ、尾の数は九つへ変容。

 髪も肩程まで伸び、見下ろす姿は九尾の妖を彷彿とさせる。

 全攻撃ステータス、スキルやウルトの値、それらを無制限に増幅。お兄ちゃんから貰ったチートコードに、私が独自の改良を行った虎の子だ。

 

 今回だけ、FUSHIのオペレーションによって、二分間このコードをシステム側に悟られることなく使用できる。

 

「ここで、決める」

 

 ズバァンと轟音を響かせ、地を蹴る。

 コンマ数秒以下による本来では有り得ない速度での接近にも、瑞獣型のガーディアンは対応してくる。

 私のチートコードはパワーもそうだが、速度特化型だ。

 更には遠距離攻撃にも固有のバフを付与している。

 

 それを交えつつ、一気にこのガーディアンを破壊してゲートまで突き抜ける。

 処理速度は限界を越えて加速しており、脳への負荷は甚大。思考回路が焼き切れるんじゃないかってくらいに悲鳴を上げている。

 

「おっ、らあああああ!!」

 

 だけど、ここが正念場だ。多少後遺症が残ろうがどうでもいい。

 

 超高速の三次元戦闘は、巨大な円柱マップに幾条もの光の糸を作り出す。

 それらは絡み合いながらも何度も衝突し、一進一退の攻防を繰り広げる。

 あの時は、お兄ちゃんや、乃依くんや雷さんにだけ使わせてしまったこの力を、今度は私が使用してこの伝説の獣を討つ。

 

 決着は――今。

 残り十秒のアラームが出たタイミングで、私は遠距離攻撃によって隙ができた瑞獣型のガーディアンの錫杖を弾き飛ばした。

 

「これで、落ちろぉおお!!」

 

 上空から双剣を叩き込むようにして、ガーディアンに突き立てる。

 そのまま何度も銃撃を喰らわせながら、ゲートへと一直線に落下していく。

 間もなくゲートへ激突するといった所で、ガーディアンが最後の抵抗に巨椀で私を振り払おうとする。

 

「っ、うおりゃあああ!!」

 

 それを躱して、双剣を二閃。

 ガーディアンを四等分に切り裂く。

 

〈CHEAT DETECTION〉

 

 チートモードが切れるのと、撃破はほぼ同時だった。

 私は上空で身を翻し、ゲートの上に着地。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が切れる。

 私が立っているそれは、扉というかまるでそこをすっぽりと覆う巨大な蓋だ。

 

「――彩葉!」

 

 そこでフードの中に隠れていたかぐやが出てくる。

 

「っ……分かってる」

 

 上空には残党のガーディアンが迫ってきている。もはや一刻の猶予もない。

 かぐやはアイテム化を解除して、隣りに立つ。

 私は武器をキーボードへと変えて、私とかぐやはそこへ手を置いた。

 

「息を合わせるよ。感覚は、ライブでの演奏と一緒」

 

「うん……」

 

 焦りは禁物。

 ただ目の前の扉をあけることに集中する。

 ツクヨミが出来て以降、誰も侵入したことのない中枢システムのコア・ブロック。そのプロテクトを突破する為の複合IDだ。

 

〈ok!〉

 

 ひとまず認証は成功。

 

〈count…〉

 

 すかさずカウントが開始する。

 

〈5…〉

 

 まだ油断はできない。

 

〈4…〉

 

 早くと焦る気持ちを必死に抑えて、目の前のタスクに集中する。

 

〈3…〉

 

 あと少し、もう少し。

 

〈2…〉

 

 周囲をガーディアンが埋め尽くした。

 

〈1……Open〉

 

「開いた!」

 

 巨大な蓋が左右に開き、私達はこの世界で最も純粋にして神性な場所へと踏み込んだ。

 

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