Yachiyo Infinity~ヤチヨと巡る無限バッドエンド~ 作:グランドマスター・リア
そこに広がったのは、まるで現実と見紛う世界だった。
一瞬だけ、自分がログアウトしてしまったのではと錯覚するほど、高度に再現された街並みと人々。
「ここが、ツクヨミのコア・ブロック?」
とてもじゃないが、ツクヨミの全システムを管制する心臓部とは思えない光景だ。
「――を、ヤチヨが改造した状態だね。今のヤチヨはコアとリンクしてるから、ここは多分、あの子の夢の中なんだと思う」
物憂げに世界を見るかぐや。確かに、FUSHIが言っていた内容とも一致する。
それなら、この世界のどこかでヤチヨは今もエラー処理という名のバッドエンドをループし続けているって事だ。
「だったら、ここでヤチヨを見つけ出せば……」
「いや、表層部で見つけても意味はないよ」
そう言って、私の言葉をかぐやが遮った。
その表情は見たこともないくらい真剣にこの世界の空を見つめており、まるで探っているような印象を受ける。
「周囲を見て。かぐや達、NPCから反応されてないでしょ?多分、途中から入り込んだ異分子はこの世界の流れには干渉できないんじゃないかな」
「……そうか。仮にもツクヨミを守るために作られた世界だもんね。なら、見つけたとしても、そもそもヤチヨとは話せない」
理解できる話だ。
この世界はコア・ブロックそのものを転用した、エラー処理を行う装置のようなもの。そう簡単に外から来た奴がめちゃくちゃに出来たらまずい。
となると、ここから考えられる方法は一つ。
「スリープ状態に入ってるってことは、眠っているヤチヨの本体がどこかに居るはず。それをどうにか見つけ出して、連れ出す」
「うん。かぐやも、それしかないと思う」
この世界にいるヤチヨは、いわばコントローラー、或いは端末のようなものだ。
コアとリンクした状態のヤチヨは、恐らくこの世界のもっと深くで眠りについている。彼女をかっさらい、現実へ連れ戻せば私達の目的は達成だ。
後は、その本体を見つける方法だけど――
「っ……今の、ヤチヨ?」
かぐやが、不意にあさっての方向を向いた。
「どうしたの?」
訊くと、かぐやは胸に手を当てて目を閉じた。
「感じるの。ヤチヨの鼓動って言うのかな……なにか、細い糸が繋がってるような……」
それが同じ月人だからか、輪廻を越えた深い繋がりを持つ二人だからかは分からない。
でも、ここがヤチヨの夢の中だと言うのなら、根本的に同一の魂を持つかぐやが何か感じるのはおかしなことじゃない。
「こっち」
かぐやが歩き出し、私はそれについていく。
時に路地へ入り、大通りを抜け、歩道橋を渡る。その街に感じる既視感は、私の勘違いじゃない。
ここは、私の故郷である京都だ。
幼少期ずっと過ごした街だから、間違いない。
よく作り込まれた仮想世界。こんなリアリティのあるグラフィックが可能なのは、ひとえにコアの計算量がぶっ飛んでいるが故なのか。
ヤチヨを探して彷徨い歩く私達は、その街である奇妙なものを見つけた。
「……なにこの、浮いてるやつ」
道の真ん中にぽつりと球状の物体がふわふわと浮いている。
中は見通せず、それだけがこの現実と瓜二つな世界で唯一ファンタジーチックな姿をしているものだから、凄い違和感だ。
「ヤチヨっぽい気配は、
かぐやの問いに私は首肯した。
手掛かりがこれしかないのなら、悠長に安全性とかを検証している暇はない。
「まあ、触れてみるしかないっしょ」
「言うと思った♪それじゃあ、せーので行くよ」
頷き合って、球体の前に手をかざす。
「「せーの」」
そうして一息に触れる。
すると、周囲の景色が急激に変化する。
変化の後に広がったのは、私達にとって原点とも言える、あの六畳間の部屋。温かな思い出の在り処であり、ヤチヨにとってもそれは同じ。
本来なら、懐かしく思うところだ。
「ここって、私達の住んでたボロアパート?……なっ!?」
問題なのは、そこにある光景だった。
隣りにいるかぐやも、驚愕のあまり目を見開き、口元を押さえている。
『いろ、は?え……赤い……血?』
そこに居たのは、ヤチヨだ。
私達に気付いている様子はなく、顔を青ざめて、ある一点を見つめて固まっている。その視線の先にあるのは、真っ赤な花畑。
その中心で、力なく横たわっている――高校生の、私。
『っ、いやああああ!!!』
ヤチヨの慟哭が響く。
「なによ……これ」
そんなショッキングな絵図を前に、身を震わせる。
『彩葉!いろはぁ!なに……なんでこんなことになって……』
放心している間にも、情景は進んでいく。
私を抱き起して、泣き叫ぶヤチヨは、あまりにも痛々しくて見ていられなかった。でも、目を逸らすこともできない。
私はそれを”見なければいけない”と、本能が告げていたんだ。
『っ、これ、自分で刺したの……』
そんなことをのたまう酒寄彩葉と、嗚咽をもらすヤチヨ。
なんとなく分かった。
これは、ヤチヨの記憶だ。彼女が経験した。バッドエンドの記録。
『私と、話す時……ヤチヨ、ずっと怖い顔してた………』
言葉や、情報だけで知っていたことが、実際にはどういうことなのか。
それをまざまざと突きつけられる。
『ヤチヨは、私を笑顔にしてくれるのに……私には、できない……』
血を吐きながら、それでも必死に言葉を紡ぐ酒寄彩葉の気持ちが、私には痛いほど分かった。
何があったのか知らないのに、彼女の感じている悔しさが、無念が、胸にすっと入ってくる。
『綺麗な、ヤチヨの笑顔が……好きだから』
残酷な描写であるのに、赤く濡れた少女の笑顔は、かくも美しい。
『今回は無理でも………次の私に託す』
やがて、少女の腕から力が抜けてすとんと落ちる。
記録は、ここで終わりだ。
元の場所に戻ってきた私達は、互いの手を強く、握りあっていた。
「ヤチヨは……今も、あんな体験を繰り返しているんだよね」
あんなにも優しい少女に課せられた非情な運命。
「そう、だと思う……」
――酒寄彩葉を喪う。
これが、この世界で行われている〈Yachiyo Infinity〉の仔細。バッドエンドの内容だ。
「……進もう。ヤチヨを、一秒でも早く助けないと……!」
私達が足踏みすれば、その間にもバッドエンドがヤチヨの心を壊す。もう一度だって、彼女にそんな思いをさせたくない。
再び、かぐやの先導に従って世界を歩み始める。
改めて、ヤチヨの見ている夢がなんなのか、それに思いをはせる。
彼女が見ている。私との夢。
その内容はとても残酷で、同時に温かなもの。それは有り得なかった日常、『月見ヤチヨと酒寄彩葉が出会った世界線』のIF。
ヤチヨが最期に見たいと願った。優しい夢。
それからも数度のバッドエンド記録を経て、私達は心に深い哀憐を抱きながらも、今もその中心に居る少女に追いつくために進み続けた。
そうしてようやく、その終点に辿り着く。
「……この辺かな」
そこは、私が幼い頃に何度も来た近所の河川敷だ。
「この河川敷……見覚えはあるけど、そんなに思い出深い場所じゃないよ。なんでこんなところが……」
分からない。
だけど、妙な温かさがある。自然と、それまで先導していたかぐやの隣を歩く。ここまで来れば、私にもなんとなく分かる。
「これって、ベンチ?」
そこにあったのは、なんの変哲もないベンチだ。
特別さや不自然さの欠片もない。それなのになぜか、ここに居るだけで心が満たされ、穏やかになっていく。
――私はここで、ヤチヨと会っている?
そんなはずはないのに、そういう確信を得る。
かぐやもまた柔らかに笑って呟く。
「そっか。ここはヤチヨの、大切な場所なんだね」
私達の知らない、ヤチヨの大切な場所。
ここで何があったのか、どんな思い出を紡いだのか、それは分からないけれど、そこに秘められた思いの丈は痛いほど伝わってくる。
そして、なんでそこに導かれたのかも。
「心の内側に入るには、最も柔らかな場所から……」
ヤチヨの心に一番近い場所が、ここなんだ。
「かぐや。できそう?」
「問題なし!ここからなら、開けられる!」
かぐやがコンソールを呼び出し、世界になにかしらのコマンドを打つ。
「行くよ――!!!」
それに応答し、空間が歪む。
ベンチの前に現れたのは、人が一人通れる程度の光の門だ。直感的に、その先が”とある少女”が眠る聖域であることを予感する。
「これでオッケーっと……早速あのバカ姉を――」
かぐやが意気揚々と踏み出そうとしたと同時に、けたたましいアラートが鳴り響く。
「今度はなに!?」
周囲には幾つもの赤い警告が表示され、私達を取り囲む。そこには〈Logout・・・〉と書かれている。
「これ、ログアウト処理の?まさか、私達を追い出すつもり!?」
いくらなんでもそれはあんまりじゃなかろうか。ここまで死ぬほど苦労して来たというのに、本人は否が応でも会いたくないらしい。
その対話拒否とも取れる真意の現れたそれらを見て、かぐやはため息をついた。
「はぁ……ほんっとうに、往生際が悪い。そういう駄々っ子で、わがままなところは、やっぱかぐやにそっくりだよね」
かぐやがコンソールを高速で叩く。
それによってログアウト処理の文が消え、また現れ、消えてを繰り返す。
「は?来ないで?そんなの……勝手すぎるっての!」
かぐやは光の門の向こうに居るであろうヤチヨに向かって叫ぶ。
普段は見せない険しく真剣な表情で、追放の手を捌き続けている。基本的に、かぐやとヤチヨの能力は同一。どっちかに傾くことはない。
「さっきは彩葉が戦ってくれたから、こっからはかぐやの番!」
凄まじいほどの情報処理速度だ。
それでも、一瞬でも手を離せばたちまち私達は現実世界へと送り返される。つまり……
「――行って!彩葉!」
「っ、ありがとう!かぐや!」
動けるのは、私だけ。
私は光の門へと飛び込む。
その瞬間、まるで水の中に飛び込んだような浮遊感が訪れる。そこは、暗闇に幾つもの光が浮かぶ幻想的な空間だ。
その光一つひとつに、私の知らない『ヤチヨの日々』が浮かんでいる。
「ヤチヨ!どこにいるの!」
そこを泳ぐようにかき分けて、ヤチヨを探す。
無限にも等しい星の海で、結んだ絆を頼りに、かすかなものを辿って進む。どれだけ進んだか、無限にも等しいほど、その最奥に――
彼女が居た。
今も尚、この世界を守るために、命をとした眠りについている彼女が……
そこへ何とか近付こうと腕を伸ばす。
「来ないで」
そんな声が、響いた。
ヤチヨは目を開け、私の方を見る。それは、哀しんでいる少女の瞳だ。
「もういいの。私は、
拒絶して、追い返そうとする彼女の意思が、波のように私を襲う。
その勢いで押し戻されそうになるのを寸前で耐えて、ヤチヨの所へ。少しでもいい。彼女に手が届く所まで、私は行かなくちゃならないんだ。
「大丈夫。彩葉には……かぐやが居る。ヤチヨじゃなくても……私が傍にいなくても、きっと、あなたなら……」
その言葉に、私の感情は限界を迎えた。
「ふざけんな!!」
なんでそんなふうに言うんだ。
私が、かぐやが――私達自身の意思で一緒に居たいって言っているのに、それを『居なくても』だなんて……
「かぐやは”かぐや”!ヤチヨは”ヤチヨ”!世界に一人だけのあんたなの!どっちも代わりになんてなれない!」
――勝手に諦めて、決めつけないでよ。
私の言葉を、願いを、ちゃんと聞いてよ。
「じゃあどうするの?ヤチヨがやらないと、ツクヨミが消えちゃうんだよ?」
ヤチヨの語気が強くなる。
その言葉に込められた感情は大きく、生半可な返答はできない。それでも私は、一歩も譲るつもりなんてなかった。
私の願いは、祈りは、世界よりも重い。
それを分かって欲しかった。
「ツクヨミがなに?世界を守るのがなに?その為にヤチヨが居なくなるんじゃ意味がない!そんな世界なら、私はいらな――」
「勝手なこと言わないでよ!!!!!」
今度はヤチヨが悲鳴のような叫びをあげた。
「彩葉は知ってるよね。私がどれだけ、この世界を大事に思ってるか……」
キッと睨んで、目端に涙をためて、ありったけの感情をぶつけてくる。
「たくさんの人が、この世界で喜び、笑って、涙を流してきた。ヤチヨだってそう……彩葉との出会いも、積み上げてきた思い出も、ここにある……その繋がりは、私にとって命より大事なものなんだって、彩葉の方こそ分かってよ!」
怒鳴り声じゃない。
泣き声だ。
ヤチヨは泣いていた。
別れの悲しみを、覚悟で覆い隠して頑張ってきた彼女は、もう内側からなにもかもぐちゃぐちゃだったんだ。
この空間では、ヤチヨの感情が形を持ち、波になる。
無限にループするバッドエンドを経て、それでも『守りたい』と願ったヤチヨの決意がどれほど強く、優しく、美しく、眩しいものなのか。
その真っ直ぐさを前に、私の持ち得る解はひとつだけ。
「だったら、私が―――また作るよ!」
その宣言に、今度こそヤチヨは目を見開いた。
「ヤチヨが望むなら、ツクヨミのひとつやふたつ、私が作り直して見せる!」
「――っ!」
押し返す力は、ヤチヨに近づくほど強くなる。
現在も無数のエラーを取り込み続けているヤチヨの周囲は、荒れ狂う情報の海。そんなところに身を乗り出せば、ただでは済まない。
進むごとに、頭の中を激痛が駆け抜ける。
アバターの表面がひび割れる。
「だから……一緒に帰ろう!ヤチヨ!!」
あと一メートルの距離が遠い。
手を伸ばして、それが僅かに届かないのが、こんなにももどかしい。手を取って、ヤチヨ。私達との日々を選んでよ。
「手をとって、私を選んで!」
ヤチヨは、迷っている。
私の手を取ろうとしては、けれども怖がるようにひっこめようとした。その時だった。
『行ってーーーヤチヨ』
「え?」
ヤチヨの手を、傍から
目を丸くしたヤチヨが見るのは、少女のシルエットをした、見覚えのある誰か。けれど、私が認識したのはそこまで。
「っ、うああああぁあああ!!」
手を取り、一気にヤチヨを抱きよせる。
そのままヤチヨを連れて、中枢域から離れていく。胸の中でヤチヨは名残惜しそうにそれを見ていたけど、やがて私の方へと視線を戻した。
「ごめん、彩葉。私、結局なにも出来なかった」
勝手に連れ戻しに来たのは私達なのに、ヤチヨは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ううん、もういいの。ヤチヨが気に病む事じゃない。これは、私が選んだ結末……ヤチヨは精一杯がんばった」
私は、世界よりも一握りの幸せを選んだ。
その罪も罰も私にあるのであって、どんなことがあろうとヤチヨのせいなんかじゃない。
「……そうかな。そうだったら、いいな……」
二人抱き合って、離さず、帰っていく。
ツクヨミを失うことになるとしても、ヤチヨは生きている。今はそれでいい。それだけでいい。
その余韻を感じながら、私とヤチヨは微睡みながら、一つの世界が終焉する時の中心で、いつまでも抱きしめ合っていた。
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