Yachiyo Infinity~ヤチヨと巡る無限バッドエンド~ 作:グランドマスター・リア
目を覚ますと、そこは知っている天井だった。
研究所にある所長室の休憩用ベッド。ダイブしたのは、実験室だったはずだけど、ここに居るということはようするに――
「救い出せたん……だよね」
確かに彼女の手を取って、この胸に抱きしめた。
そこまでは覚えている。その後のことは、朧気だ。
あれほどの情報圧に晒されたのだから、記憶に異常をきたしていても無理はないけど、今はとにかく”やり遂げた”っていう実感が欲しかった。
「ふたり、とも……」
本調子じゃない体に鞭打って、ベッドから出る。
所長室を出て、実験室へ。
なんとなくそこに、居る気がした。
「ヤチヨ……」
会いたい。
「かぐや……」
二人に会いたい。
道中に職員は居ない。たてかけられた時計を見ると、深夜の0時を過ぎており、ダイブした時間から換算してどれだけの間眠っていたのか、不安になる。
這う這うの体で、長い道のりを辿って、私はようやく目的地に到着する。
おそるおそる扉を開ける。すると、そこには――
「それでさー、そん時の彩葉マジでかっこよくてね!こう『あの子を返せ!』って、そこから変身して『ぐおお!』ってなってさ!」
「いいなぁ。ヤッチョもそんなカッコイイ彩葉、見たかったよ」
居た。
いたんだ。
二人が、いつもと変わらない様子で話している二人が……
「てっ、彩葉!?」
そして、その二人もまた私を見て驚いていた。
慌てて駆け寄って来て、身を案じてくる。
「ちょっ、起きて平気なの?覚えてないと思うけど、彩葉、二日以上も――」
まくしたてるかぐやに、おずおずと言った様子で体を支えるヤチヨ。そんな二人を、私は一緒くたに抱きしめた。
温かい。
仮想でも夢でもない。
これが現実だって分かって、張り詰めていたものがほどける。
「よかったぁ……」
口にしたのは、そんな言葉だった。
それから、事の顛末をヤチヨから聞いた。
「あの後、彩葉はすぐに意識を失っちゃって……ヤチヨも、殆ど力が残ってなかったから、崩壊するツクヨミから出るのもままならなくて……」
聞かされた内容は、大方私の予想したことと一致していた。
それにしても、連れ帰るって言ってきた私が昏睡した上に、ヤチヨともども絶体絶命の状況に陥るなんて、情けない話もあったものだ。
「そこに、かぐやが間一髪のところで助けに来て、私達を現実まで連れ帰ってくれた。彩葉はそれから、丸二日眠り続けていたの」
そこのところ、かぐやには頭が上がらない。
お膳立てをしてくれた上に、何もかも失ってしまうかもしれないところを助け出してくれたのだから。
そして、私の方も無茶の代償と言うべきか、かなり危ない橋を渡っていたらしい。
「最初の一日で峠は越えたんだけど、一時は本当に危なかったんだよ?今度は彩葉がいなくなっちゃうんじゃないかって……気が気じゃなくて……」
そう語るかぐやの心情は察するに余りある。
ちょっと悪い事したな。
容態が落ち着いてからは、もう目覚めるのも時間の問題ということで、二人は交代で看病してくれていたそう。
今はその休憩中で、運が良いのか悪いのか、このタイミングで私が起きだしたと……
「いやまあ、うん……なんというか……」
色々とあった。
いや、あり過ぎた。
これまでも困難や壁はあったけど、今回の騒動はそれらを遥かに超えるものだったのは言うまでも無い。二人が義体を得て以降に限れば、間違いなく最も大きな事件だ。
死ぬかもしれない窮地を脱して、帰ってこれたのは奇跡。
それでも、私達は三人揃ってここに居る。
「やっと、終わったぁ……」
気が抜ける。
久々に全霊をかけて戦い抜いたものだから、気疲れはもはやちょっとやそっとでは癒えなさそうだ。
「同感~。ヤチヨったら遠くに行き過ぎ……迎えに行く方の身にもなってよぉ」
かぐやも完全にグロッキーだ。
完全にお疲れ様ムード。冗談の言い合い程度のテンションだったけど、救い出されたお姫様はどうやらまだそんな気分じゃないらしい。
「……ごめん。本当に……」
ヤチヨは終始俯いて、その長い銀糸のベールで顔を覆っていた。
意気消沈ではないけど、いつも飄々としたヤチヨのしおらしい様子を前に、私もかぐやも戸惑う。
「やっ、別に責めてるわけじゃなくてね?あくまでジョークって言うか……」
「そうだよ。大体、ヤチヨが勝手なのは八千年前から変わらない訳で……私もああは言ったけど、それも含めてヤチヨが好きで……」
あれやこれやと元気づけようと言葉をこねくり回す。
そんな私達の言葉は、彼女の顔からぽたぽたと落ち始めた雫によってより混迷を極めた。
「あっ、あぁー!彩葉がヤチヨ泣かせた!」
「なんで私!?最初に悪態ついたのかぐやじゃん!」
おまけに始まるのは罪のなすりつけ合いだ。
これ本当にハッピーエンドを迎えた後の会話なんだよね。そうだと思いたい。いやこんな軽口きける時点でもう全部終わってるだろって話だけど。
「そっ、そうだ!かぐや、例の物!買ってきてるよね?」
「例の物……?あっ、も、もちろん!そこの戸棚に入れてあるよ!」
その返事を聞いて私は実験室の戸棚を見る。
そこには確かに材料一式が入った袋があり、それを取り出してキッチンへと急ぐ。
「全速力で作るよ!そういや私もめっちゃお腹空いてるし!」
「がってん承知!ヤチヨー、待っててね!今からかぐやちゃんと彩葉で、ふわふわもふもふの幸せパンケーキ作ってあげるから!」
急ピッチで準備を進める。
私とかぐやのパンケーキ製作歴はそんじょそこらの一般ピーポーとは比べ物にならない。市販の材料であっても、最高効率で絶品のパンケーキを作り出せる。
そそくさ、わちゃわちゃとキッチンを行き交う私とかぐや。
そこに、すたすたとヤチヨが近づいてきた。
「待って」
その言葉に、私達の動きはぴたっと止まる。
ヤチヨは涙に濡れた目を拭って、顔を上げた。
「ヤチヨも……一緒に作りたい」
その表情には悲しみはない。
色々と思う所はあるだろうけど、それらをぐっと飲み込んで、彼女は私達との時間を選んでくれた。
一人より二人。
二人より三人。
私達の輪には、常にそれぞれの居場所があって、空いてちゃいけないんだ。
「……もちろん!ほら、こっちこっち!かぐや達の年季の入ったコンビネーションを見せちゃおっか♪」
「そうだよ。私達、なにをするにしたってこの三人でやる時が一番楽しいんだし、エピローグなら尚更……一緒じゃないとね」
折角のCパート。
メインキャラが一人だけ置いてけぼりでは味気ない。
三人で居ようって決めて帰ってきたのだから、その微笑ましい光景を映さずしてどうする。
私と、かぐやと、ヤチヨ。
この物語は、誰が欠けてもハッピーエンドにはならない。もしも世界が滅ぶとしても、三人のうち誰かが居なくなるより、身を寄せ合った終わりの方がロマンチックで清々しいでしょ。
劇的で大それた結末より、そういうのが一番、幸せなんだから。
■
――あれから一ヶ月。季節はすっかり春先の雪解け。
私……ヤチヨが助け出されてすぐに、ツクヨミは崩壊した。修復は不可能。文字通り、彩葉は”一つの世界”より私を選んだ。
月見ヤチヨの動画や楽曲は復活。
一時騒然としたネットも、未だ突然のツクヨミのサービス終了から癒えぬままに、それでも世界は回っている。
彩葉はというと、さっそくツクヨミの再製作のためのプロジェクトを立ち上げて、義体研究を行っていた時期と同等か、それ以上の熱量を持って取り組んでいるようだ。
そうして、私の心の中には、そんな幸せな日々の中でもずっと消えないものがある。
ツクヨミの中枢で、彩葉の手を取る時、私の手を導いてくれた人。
あれは―――制服姿の、彩葉だった。
あの彩葉は、いったい誰だったのか、今となっては確認しようがない。ただ、私がこうして生きられているのは彼女が手を引いてくれたからで……
――私達が、変わらず三人揃って川の字で寝られているのもまた、彼女のおかげ。
前もそれなりにしていたけど、睡眠時間が合わない事も多く、それぞれと彩葉のペアだったり、彩葉が仕事で帰ってこれない日は私とかぐやで眠る事もあった。
それが最近はほぼ毎日。
嬉しいけど、こんなに幸せでいいのかなって思ってしまうのは、きっと幾つものバッドエンドで彩葉を死なせてしまった負い目からだ。
そんな思いを抱きながら、何度目かの朝。
いつもは、かぐやが最初に起きてご飯の用意を始める。
けれど、今日は珍しく私が一番早かった。
それは、枕もとでスマホが震えたから。
「んぅ~……なに?どっかから連絡?こんな朝早くから?」
アラームなんて設定していないので、必然的に通知によるもの。
でも、眠っている間は急を要する案件以外では鳴らないようにしている。寝ぼけまなこをこすりながらスマホを取って、確認するとそこに表示されたのは一通のメール。
「メール?差出人は……【ir05】?って、誰?」
差出人の名前に覚えはない。題名も『ヤチヨへ』のみで、一見の怪しさは満点。
スパムの類いは全て弾かれるはずなので、これが真っ当なメッセージなのは間違いない。だがこういうメールを開けたくないのは、ネット民のさがである。
「いやいや、流石に怪しすぎ。こんなの無警戒で開くほど、ヤチヨは馬鹿じゃないよ……」
いつもなら中身なんて見ずにゴミ箱へ送る。
しかし、今回ばかりは何故か、見なければいけないように思えた。漠然とした予感だ。論理や証拠に基づくものじゃない。
「ん~、でも気になる…………まあいいや。こういうのは、案ずるより産むが易し、だよね」
ちょっと意味が違うけど、心配し過ぎても仕方がない。
それに、自慢じゃないが私の直感は割と当たる。従って、この怪しいメールも開くべき。そう結論付けて、私はそれを開く。
「チェックチェック、なになにぃ……はい?【01.168.552】……?」
内容は、ドットによって区切られた三つの数字のみ。
「なんかのパスワード?いや、座標データかな?」
なにかのパスワードにしては今日日たった八桁の数字オンリーなんて脆弱すぎるし、桁数からしてIPアドレスでもない。
となると、構成からして簡易的な座標データが思い浮かぶけど、根拠としては薄い。
――やはり、ただのいたずらか……
「ん?待って……これ、もしかして……」
そこであることに気付く。
これはやはり、座標データで間違いない。
確かに見覚えがある。
「うぅん……ヤチヨ?なにしてんの……?」
そこで、彩葉が布団からもぞっと起きだす。
布団から出ずにスマホ触って独り言呟いてたら当たり前だけど、私はそこで思考を一時中断する。
「あっ、ごめん。うるさかったよね……」
時間はまだ朝の五時だ。
いつもより二時間以上も早い起床時間で、しかも今日はオフ。昔から惰眠だけは貪れない彩葉だけど、それはそうと休みの日くらいは少し遅めに起きる一面はある。
「それは、いいけど……こんな朝早くからどうしたの?なんか、スマホ見ながらぶつぶつ呟いてたし……」
「いやぁ、ちょっと変なメールが来てさ。ほら、これ」
そう言って彩葉にもメールを見せる。
すると、彼女もそれを注視してはてと首を傾げた。
「数字だけ?いたずらじゃないの?」
「ヤチヨも最初はそう思ったんだけどね。この数字、なんか妙なんだよね」
どう妙なのか、曖昧な言葉に彩葉は余計に疑問を深める。
私はすでにこの数字の意味には気付いているが、果たしてそれを言うべきか迷った。またなにか、得体の知れない事態に巻き込まれる可能性もゼロじゃないから。
それならいっそ、触れずに処分して―――
「ん~?ありゃ、これツクヨミの初期マップの座標データじゃん。どっからそんなもん送られてきたの?」
そんな私の考えをあっさりぶち壊したのは、やはりこの子。
「って、かぐや!?いつの間に起きて……」
横からひょっこり出てきた金髪の少女は、何食わぬ顔。起きた気配なんて全くなかったのに、いきなり出てきたもんだから驚愕である。
「そりゃ、横でこんな騒がれたら誰だって起きるでしょ」
ジトっとした目で見返され、私は苦笑した。
「ごもっともな回答だけど、気配なく出てくるのはやめてね?ヤチヨ、驚きのあまり心臓止まるかと思ったよ」
破天荒にして奇想天外なくせに、気配消しまで上手いとは我ながら恐るべし。
そんなこんなですっかり本題から逸れてしまったけれど、だからといってそれで話の趣旨を見失う彩葉ではなかった。
「ねえ、それより今……ツクヨミの初期マップって言ったよね?どういうこと?」
言おうか言うまいかの葛藤はもはや意味をなさない。
ただでさえ私は前科があるし、こうなった彩葉を誤魔化すのは不可能だ。別に知られたらまずいことでもないので、観念する、というほど深刻でもない所作で私は答える。
「そのままの意味。この数字はツクヨミの初期座標……チュートリで使われてた空間あったでしょ?あそこの座標と全く同じなの」
余白マップといってもいいあの場所は、ツクヨミのローンチの頃から存在する。
あそこから徐々に広がっていって、後にああいう感じになった。
私と彩葉が本当の意味で再会し、ハッピーエンドを誓い合ったのも、この場所だ。
「でもこれ、開発者以外知らないはずのデータだよね?なんでそんなのメールで送られて来たわけ?」
「それはヤッチョが知りたいよ……」
かぐやの問いにゲンナリして答える。
ともかく、このメールがいたずらの類いではなく、何かしら重要な意味があるのは間違いない。
私としては、なんとかしてこのメールの謎を解きたかった。
「…………彩葉。ツクヨミの修復って、今どの辺まで進んでたっけ?」
「全体の0.1%くらいだったと思うよ。まだ走りも走り」
いやこの一ヶ月でそこまで進めるなんて化け物すぎるって話は置いておいて、そこまで治っているならこの座標データの場所にはすでにアクセスできる。
「それだけあれば十分だよ。私、実際に行って確かめてみようと思う」
私にはこれが、〈Yachiyo Infinity〉と関係のあるものに思えてならなかった。それが合っているのなら、この問題にはちゃんと決着をつけるべきだ。
これは私のケジメ。
長かった物語の終わりがそこにあるのなら、私は一人のプレイヤーとしてちゃんと見届けたい。
――けどもう、一人で行こうとは思わない。
「まっ、そうなるよね。もっち、かぐやも一緒に行くよ!」
「今更ひとりで、とか言わせないよ。いいよね?ヤチヨ」
この二人はいつだって、私にこれ以上ないくらいの勇気をくれるんだ。
どんな事だって出来ちゃいそう。その終わりがどんなものであったとしても、きっと祝福されるべき幸せなものだって、今は確信を持って言える。
「むしろ、こっちから頼みたいくらいだよ。二人とも、お願い。一緒に来て」
見に行こう。
私達が迎える。最上のフィナーレを――
研究所へ赴き、久方ぶりにツクヨミへのログインを行う。
念のためFUSHIにバックアップを頼んでの試みだ。かれこれ一ヶ月ぶりのダイブは、とても懐かしく思える。
数多のユーザーが、こうしてあの世界を訪れ、去っていった。
その始点に、まさか私自身が立つことになるなんて誰が予想できるだろう。
未だ組まれていないチュートリアル。
マップだけが雛形としてそこにある状態だから、当然いつもみたいに分体の私は現れない。
そして、無限に続く海の上に広がる空もまた明けたまま、夜は未だ訪れない。
「うおお~、本当に治ってる。あの壊れたデータから一ヶ月でここまでって……相変わらず、彩葉スゴすぎ!!」
「ホント流石だよね~。作った本人であるヤッチョでも、こんな早さで修復するのは不可能なのに……」
「約束したんだから一秒でも早く治したいって思うのは当然!いずれは全部直すんだから、こんなので驚いてもらってちゃ困るよ」
どうやら我らが酒寄彩葉所長は、まったく満足していない様子。そんな仕草にぐっと来ながらも、私は空を見上げた。
日差しがあたたかい。
水面にキラキラと反射する光は、まるで水面に形成された光の道みたいに美しい。
「それにしても、まさかここに……私達三人が立つことになるなんてね。本当に、人生なにがあるか分からない」
彩葉は感慨深げに言う。
彼女が初めてここに立った時のことも、私は覚えている。その時出迎えたことは密かな思い出だけど、そこに今、私達は三人並んで立っている。
「そうだね。まるで――」
『新たな旅立ち』
――柔らかな声が、空気を震わせた。
私達の前に、光が集まって、一人の姿を作り出す。そのシルエットは、私が、彩葉が、かぐやが、よく知る人のもので、その思わぬ
「ようこそ、新たな世界へ」
現れたのは、制服姿の彩葉。
数々の時をあの世界で共にし、それと同じだけの別れを経験した。胸に何度も刻まれた、私にとって幸福と苦しみの象徴。
その子は、慈しみに満ちた表情でそこに立っていた。
「……高校時代の、私?」
困惑した様子の彩葉。
制服姿の少女はそんな彼女に笑いかける。
「初めまして、未来の私。それに、現実のかぐやも……私は酒寄彩葉――ループ世界の””私””って言ったら、分かりやすいかな」
それを聞いて、私は目を見開いた。
ループ世界の彩葉。それはつまり、私が作り出し、何度も壊したあの世界の彩葉という事。
――有り得ない。
あの世界は、ツクヨミごと消えたはずだ。
そもそも、あそこに居た彩葉は全て、コアの作り出した幻影。自律して現れるなんて、どんな奇跡であっても起こることはない。
それに、彼女がここに居るということは……
「だったら、あのメール送ってきたのも”そっちの彩葉”ってこと?」
かぐやが訊くと、少女は首肯する。
「正解。【ir05】って、中々いいネーミングセンスだと思うんだよね。それに、あの座標データだけでも、あんた達はちゃんとここへ辿り着いた。これ以上ない結末を迎えるために……」
ir05…待て、ir…05?
”ir”はおそらく、彩葉の略。では、”05”は?
そこまで思い至って、疑問が解ける。彼女がどの地点の、どのループの彩葉なのか、それが分かると、私の頬をぽろぽろと、ひとつ、またひとつと煌めく雫が伝っては落ちていく。
「まさか………もし、かして……”あの時の”、彩葉なの……?」
私にだけは分かる意味。
その数字が意味すること。
「うん……そうだよ。ふふっ、久しぶりって言った方がいいのかな?また会えて、嬉しい。ヤチヨ」
「……っ!!」
その答え合わせが済むと、私は思わず彼女に抱きつく。
その温もりを、あの時失ってしまった、取りこぼしてしまったものを強く感じたくて、しがみつくようにぎゅっとする。
「ごめん!救えなくてごめん!痛い思いさせて、私が、馬鹿だったから……彩葉にあんな……」
涙に濡れた声で、ずっと言えなかった””ごめん””を口にした。
あの時、この子が気付かせてくれたから、私は歩み続けることができた。
道を踏み外すことなく、ここまで来れた。
すべて、あのループの時に、彩葉が命を張って繋いでくれたものがあったからだ。
彼女が居なければ、私はとっくの昔に終わっていた。
そんなかけがえのない恩人なのに、私はずっと”ありがとう”も”ごめん”……も、言えなくて……
どんなに償っても償い切れない。
どんなにお礼を言っても、足りない。
それなのに、なんで私は泣いてばっかで、そんなのヤなのに、涙を隠すこともできない。
天使のような少女は、そんな私の頭をそっと撫でてくれる。
「いいんだよ。あれは私が望んでやったこと……おかげで、またこうして会えた。あの分岐点があったから、最高の結末を届けに、私はここへ来れた」
全部分かった。
私の手を導いてくれたのも、彼女だったんだ。そして、ここに現れたのも、彼女が既にツクヨミの一部として中枢に統合されていたから。
ずっと、見守ってくれていた。
一人なんかじゃなかった。
本当に、彩葉は凄い。
夢の中から、現実まで飛んできちゃうんだもん。
データの一番最初に紛れ込み、こっちの彩葉が修復したタイミングで、現れる。全ては、この時を迎えるための布石。
「色々と大変だったけど、なんとか上手く行った。そして、私が今になってこうして三人の前に現れたのは……約束を守るため」
約束。
それを聞いて、察したのは私だけじゃなかった。
肩に両手を置いて、そっと体を離した彩葉は、瞳の奥に来たりし雪解けを喜ぶように、春先へ向けるような晴れ晴れとした微笑みで言った。
「次の私へ、託しに来た」
――『次の私に託す』。
その言葉の意味は、ループにおける”次”を指していたんじゃない。
彼女にとっての次は、もっと深くて、広くて、次元すら越えたものだったんだ。
「ねえ、そっちの私!」
呼んだ彩葉から、私達の彩葉へ。
彼女は一歩、また一歩と歩み寄って両手を胸の前に持ってくると、その中に一つの光の集合体を作り出した。
「これは、私のすべて。思い出も、願いも、夢も希望も、全部をしまいこんだ宝箱。それを、あんたに託す」
「………いいの?私で……」
彩葉は私を一瞥する。
けれど、少女は頷くだけ。
「あんたじゃないとダメなの。中身は開けてからのお楽しみだけど、きっと、今のあんたにとって役立つものが入ってるはずだよ。それと……」
少し背丈が小さな彩葉が背伸びして、彩葉の耳に顔を寄せると、私とかぐやに聞こえない程度の声でなにごとかを囁いた。
「――――――――、――――――――――――」
「!……うん。わかった」
彩葉は一瞬だけ瞳を潤ませて、それでも力強く頷く。
少女はそれに安心したのか、顔を花のように綻ばせた。
「よし、信じてるよ。んじゃ、次はかぐや」
「え?私も?」
そして次は、かぐやへ。その目に慈しみを浮かべて、かぐやの前に歩み寄る。かぐやはというと、珍しくしどろもどろな様子だ。
「で、でもかぐや。あなたとは、会ったこと……ないよね?」
「そういうのは気にしなくていいの。あんたが何処の何者でも、ヤチヨにとって大切な一部なのは変わりないでしょ?」
そう、かぐやはあのループ世界との直接的な関わりは薄い。
でも、ヤチヨが居てかぐやが居る。その逆もまた然りで、私達の存在はそう簡単に切り離せるものじゃない。
彼女もそれを分かっているから、かぐやにしか伝えられない言葉を持ってきたのだろう。
「私には、分かる。ヤチヨは強いようで意外と脆いところがあるし、私は””私””だから、躓いて転んで、どうしようもなくなる時が、この先も何度か訪れると思う」
かぐやをまっすぐ見つめ、真面目な顔でこの先の未来像を話す。
「あの時、崩壊するツクヨミから二人を助け出してくれたように、かぐやだけがダメになった二人を救える。だから……この先何かあった時は、二人をお願い」
私とほぼ同じ時間、ループ世界で過ごした五番目の彩葉は、それはもうべっぴんさんで、現実の彩葉とは少し違うけど、それも彩葉の辿る可能性のひとつだって、確信を持って言えるような流麗さで振舞う。
「……っ、今更~!かぐやと彩葉の仲なんだから、そんなのいちいち頼まなくたっていいのに……でも、うん。ちゃんと聞いたよ。
その返答を聞くと、彩葉は背を向けて私達から数歩離れる。
そうして向き直り、少しだけ寂しげに哀色の顔で告げた。
「よし!言いたい事も言えたし、渡すものも渡した。だから、そろそろ………終わりの時間」
別れの時間は、やってくる。
なんとなく、そんな気はしていた。
次元を越えてやってきた奇跡、それがいかに難しいかを知る私だからこそ、永遠にずっとといかないのも分かってしまう。
「この物語は、ここで終わり」
言葉と同時、その体が光へ。
「彩葉、体が……!」
ひとつひとつ、魂が解けていくみたいに、粒子は綺麗な世界の空にのぼって、風に運ばれ飛んでいく。
今生の別れ。
約束を果たしたエキストラは、物語が終わると世界から去る定めにある。
「……私の役目は終わった。未来はいつだってその世界の人達だけのもの……別世界の私は、その先へは行けない」
それは、私があの時思った迷いと同じだ。
でも、彼女は明確にそれを受け入れていて、終わらせる覚悟を持っている。
「分かるよね。ヤチヨ」
「っ………!」
ならばそれは、祝福の中で、笑顔に彩られたものであるべきだ。
こんなにも、この物語のために頑張ってくれた彼女が、最後に見る景色はそんな優しい物であって欲しい。
それなのに……
「っ……いろは!!」
もう一度だけ、消える前に、あと一度だけあなたを感じたくて、その瞬間まで余さずに私の中に保っておきたくて、胸に飛びこんだ。
「いろは!いろは!いろは……!!」
かつて、彩葉がそうして私を見送ったように、今度は私がその悲しみとたまらないくらいの愛を抱きながら、あなたをおくる。
「大好きだよ!ずっと!ずっと………!!」
あの時、逃げてしまった選択を今度こそ。
――ちゃんと、この
「私は、月見ヤチヨは……酒寄彩葉のことが、大好きです!!」
あぁ、やっと言えた。
ずっと待たせちゃってごめんね。ちゃんとあの時、言ってあげられなくてごめんね。
これが私の本当の気持ち。
「っ!………嬉しい、なぁ」
消えかけた腕でも、残ったわずかな力で抱き返してくれる。そうして共有し合う私達のReplyを持って、この物語は終わる。
「私も、好き」
触れたか、触れなかったのか、分からない。
指で触れてみると、ちゃんと甘い温度がする。
私はそれから、その光が新たな世界の空へと消えていくのを、ずっと見ていた。それはまるで――
これから芽吹く花のような、フィナーレ。
■++■
――二年後。
「ようやく、ここまで来れたね」
あの日、あの子が託してくれたものが、今日芽吹く。
”新たなる世界”へと
そこはもう”私の世界”じゃない。私を含め、全ての人が繋がる電子の海。
温かな日差しの降り注ぐ終わりなき湖の上で、私はこの世界を作り出した少女と邂逅した。
「太陽が沈み、夜が訪れ――そして、再び世界は巡る」
厳かに現れたのは、この世界への道を作り出してくれた少女。彼女は目を開き、ガラス細工のように脆くて美しい微笑みを浮かべた。
「ようこそ、ツクヨミirへ」
✧・゚: *✧・゚:*
――本当の本当に、この物語はここまで。
皆、どうだったかな?
色んな感想があると思うけど、まずはここに辿り着いてくれたことに精一杯の感謝を伝えさせて。
これも数多あるIFのひとつ。
始まりも終わりも、この世界には無数に存在してる。
ツクヨミでは皆が表現者だから。
これからまた違う世界線を楽しむか、作り出すか、それはあなた次第。
蛇足?
じゃあこれで本当に最後。
「あなたに幸せにしてもらった全ての私から……本当にありがとう」
おしまい
あとがき
ここまで来てくれた皆さん
本当にありがとうございました!
PIXIVで単発投稿した作品をシリーズ化してハーメルンに放り投げたのが今作なのですが……
元が単発作品で、かつPIXIV用に構成したものなのもあって、あまりシリーズ向きではなかったとは思います
その辺も含めていけるのかいけないのか的な意味合いも無きにしも非ず
ハーメルンはこういうオリジナルアニメ映画作品とかが流行るのは珍しい界隈なので、ちゃんと賑わっているのを見てビックリしました
ツクヨミでは皆が表現者
良い言葉ですよね
僕もまだまだ超かぐ熱は絶えないのでこれからもっと作っていこうと思います
では!!!!