当小説の成人向けシーンの投稿、始めました。目次に該当ページへのURLがありますので、興味がありましたら読んでいただけたら。
また、今回の話の最後らへん、なぜこうなったって展開がありますけど、ノリで書いてたらこうなりましたとしか。本当に申し訳ない。
春の陽気な風が窓から吹き抜けていく。
降り注ぐ日差しは草木に活力を与え、大地からの芽吹きを目覚めさせている。オーシャンブルーの輝きを見せる海は変わらず美しい命で満たされている。
そんな春の陽気に当てられ眠気に誘われてしまいそうなある日。いつものように仕事をしていた俺は、1人の艦娘に絡まれていた。
「提督〜何かすることないの〜。鈴谷暇なんだけど〜」
派手な少女だった。
爪に規則にギリギリ抵触しそうなネイルを施し、腰まで伸ばした薄緑色の髪を黒いヘアピンで留め、暗い土色のブレザーとスカートは鮮やかな髪と反比例することで彼女の明るさをより一層引き立てている。
そんな彼女は今、暇を持て余しているようで俺の背中にへばりつき、これでもかと体重をかけてきていた。
「特にないなあ。最近は大本営から送られてくる任務も変わり映えないものばかりだし」
「えーじゃあ何するのさあ。私初めての秘書艦ってことでかなーり張り切ってたんですけど」
「うーん」
今日の秘書艦は珍しく鹿島ではなかった。
ずっと働き詰めだった彼女だ。たまには休んだほうがいいと言って休暇を取ってもらったのだ。
その代わりとしてやってきたのが鈴谷だ。
最上型3番艦、鈴谷。
艦種としては重巡洋艦の1人で、見た目はいかにも友達と街でウィンドウショッピングを楽しんでそうな女子高生。語尾に「〜じゃん」とか「チーッス」とか付け加えるあたり、かなり陽気な性格をしている。
心を許した相手には距離が近くなるのか、腕を組んできたり今みたいに背中にくっついてきたりとスキンシップが激しい。
しかし秘書艦に向いているかというと、不真面目な子というわけではないのだが、特別真面目というわけでもないため微妙だ。
ではなぜそんな子を鹿島の代わりに秘書艦として選んだのかというと──。
「鈴谷、食堂でなにか軽い食べ物でも作ってきてくれないか?」
「えー、食べ物〜? 提督、鈴谷をメイドかなにかだと思ってない?」
「思ってないけど、秘書艦だし。頼むよ」
半眼で抗議する鈴谷に拝むように頼み込む。
「んーまっ、しょうがない。提督の頼みだしね。この鈴谷様に任せないっと」
ステップでも踏むように俺の背中から離れ執務室から出ていった。
と、このように面倒くさがりつつも頼めばやってくれるからだ。
単純な事務能力なら鹿島に軍配が上がるが、扱いやす……じゃない。接しやすさでは鈴谷の方がやりやすい。
一度作ってもらったことがあるが、料理もできるし気立もいい。あとこれは特に関係のないことだが、軽い感じでありながら肌を見せることに関してはガードが硬いのもいい。その恥じらい、貞淑さ、実にいい!!
さすが、彼女にしたい艦娘で上位にきそうな子は伊達じゃない(当社比)。
などと考えながら待つこと20分。鈴谷がお盆を手に載せて帰ってきた。
「おっ待たせー! 鈴谷お手製ドーナツだよー!」
「おっ、待ってた……って、ドーナツ!?」
意気揚々と机の上に置かれたものを見る。
中心に丸い穴が空いた砂糖がふんだんに
かつて、元の世界で幾度か食べたミスターがつくお店。そこで作られていたものと瓜二つ。
信じられないことだが、熱々に湯気がたっているそれは、紛れもなく出来立てのドーナツだった。
「そっ、どーよドーナツ。美味しいじゃん?」
「いや確かに美味しいけど、この短い時間でドーナツ作るって、どうやって!? 作り方はよく知らないが、20分で作れるものじゃないだろ!」
まさか購買で買ってきた?
いや、ない。
店売りのものがこんなに熱々であったことなど見たことがない。それに購買にドーナツは売ってねえ。
だからこれは正真正銘鈴谷が作ってきたということになる。
だが、こんな短い時間でできるはずが……!
「ふっふーん。驚いてるみたいだね提督」
「そりゃ驚くよ! おにぎりとか来るかなと思ってたらドーナツが来たんだぞ」
「これ、妖精に手伝ってもらったんだー。そうじゃないと爆速で作れないからね」
「へー妖精に……」
鈴谷が発した何気ない単語。
妖精という単語が俺の耳目を揺らした。
「鈴谷、妖精っていたの?」
「いるに決まってんじゃん。何言ってるの提督」
お互いに目があったまま、時が止まる。
鈴谷の当たり前に、俺の当たり前が追いついていかなかった。
妖精、艦これの世界にいた不思議極まる存在。
基本的に艦娘のサポートをする生き物としているみたいで、手のひらサイズのデフォルメされた人間のような姿をしている。
ゲームをしている時は海域攻略において艦娘の進む先を決定づける羅針盤を回す羅針盤娘だったり、ゲームがエラー落ちした時のエラー娘とか色んなのがいたのを覚えている。
だからこの世界に来た当初、俺は当たり前のように艦娘がいるなら妖精もいると考えていた。
だが鹿島に提督の業務について教えられている間も、その後も一向に見かけることも話題に出ることもなかったためあれはゲームの仕様みたいなものでこの世界だと存在しないのかと納得していた。
しかし鈴谷はいると言った。
妖精は食堂にいて、手伝ってもらったのだと。なら、そんな身近にいたと言うならなぜ俺は見かけなかったのだろうか。
「えー、提督なのに妖精が見えないって。提督ってもしかして提督じゃないんじゃない?」
「なんでだよ。妖精が見えないだけだろう。もしくは会ったことがないだけか。ともかく俺は提督だよ」
にっしっしと揶揄うような口調で笑う鈴谷にむっとしながら返す。
俺が提督じゃないとしたら、なんでここにいるんだよという不安を追い払うように。
「まっ、そんなことは置いといてさ。早く食べようよ提督」
「そうだな。せっかく作ってくれたんだ。冷める前に食べないと、それじゃ、いただきまーす」
アチチとおっかなびっくりドーナツを掴み、一口つまむ。
甘ったるく、それでいて程よい柔らかさと強い油の暴力が一瞬で口内を暴れ回る。
一噛みごとに油がねっちょりと絡みつき、かつて食べたドーナツよりも心なしか粉っぽい。
「……提督、どう?」
「う〜〜〜ん。微妙……かなあ?」
「だね。やっぱり高速建造材で端折ったのがダメだったのかも。ごめんね、提督」
「いや、まあ味は美味しいから。うん、謝らなくていいよ。なんか作ってって頼んだのも俺だし」
2人してなんとも言えない感想を漏らしながら、もう一度ドーナツを口に含む。油がしつこい。若者特攻の甘さもなかなか強烈だ。
聞き間違えか、高速建造材を使ったとかいう余計な情報はシャットアウトし、甘みを打ち消すコーヒーで喉を鳴らすのだった。
*
午後、ドーナツの後味が残る中あまりにも暇だ暇だと言う鈴谷に請われ俺は彼女と一緒に海に出ていた。海上を進む影は2つ。小舟の上で胡座を描いて座る俺と海上を滑るように疾る鈴谷だ。
「結構、静かなんだな」
「ん、何か言った?」
「いや、涼しいな〜ってさ!」
前を進む鈴谷の背中に大きく反応しながら、青い海の果てに懐かしいものを感じる。
日々の任務の傍ら、休みがてら外に出ることはあるが海に出たのは初めてであった。
なにせ海には深海棲艦がいる。鈴谷がいるとは言え人が、それもこんな人が2人も乗れば限界な頼りない小舟で出るなど危険極まりない。もし鹿島がいればまず許可を出さなかっただろう。
ロープを握る鈴谷の牽引もあり波間を裂いて進む小舟は思いの外快適で、時折強い波で揺れることと飛沫で濡れること以外は不満はなかった。
「提督はさ、海に出たこととかあるの?」
海上を疾走しながら鈴谷が聞く。その目は普段の軽い調子の彼女に反して、注意深く海の様子を眺めている。
「昔な、漁師やってた爺ちゃんに船で沖まで連れてってもらってたよ。まあ、船酔いでよく吐いて魚の餌にされてたけどな」
「へー珍しいじゃん。このご時世に漁師やってる人がいるなんてさ」
「昔の話だよ。ある程度したら爺ちゃんも俺も乗らなくなったし、今はもう昔の話ってやつだ」
「ふーん。じゃあ久しぶりって感じなわけ。海に来るの」
「ああ。この潮風は昔を思い出すよ」
かつての記憶、元の世界で田舎に帰省していた頃のことを思いながら会話を続ける。
「沖に連れてってもらった時は海に飛び込んで泳いだこともある」
「へー、提督もやるじゃん。鮫や深海棲艦に出会わなかった?」
「出会ってたらここにはいないよ」
「それもそうだね……っと!」
小舟を牽引していた鈴谷が止まった。奥に見えるのは暗雲立ち込める闇色の空。危険信号を発する未だ安全とは言えない深海棲艦たちが支配する危険地帯。
鈴谷は小舟の端に腰掛けながら、空を見上げた。
「ここまでだね。こっから先は鈴谷1人じゃ危なくて近寄れそうにないや」
同じように空を見上げる。
奇怪な空だった。
闇が渦巻いたような空。雨雲とは違う。自然現象として起こったものとは決定的に違うものが空を支配している。その奥にあるものは見えない。あまりにも闇が光を遮っているために、人である俺には見通すことができなかった。闇の中で何があるのやら、かろうじてチカチカと雷のような閃光が見える程度。
人間への恨みが積み重なった結果生まれた海域。か弱い人間が立ち入ることを禁止しているようにも見える禁止海域にじわりと緊張の汗が滲む。
「提督は、いつかあの先にも行くのかな」
「そうだな。それが俺がここにいる意味だろうし。それは鈴谷も同じだろ?」
「……まあ、そうだね」
少しの間があった。
何がしか、考えを挟んだような間であった。
「違うのか?」
思わぬ反応に、腰が上がりかける。慌てて、鈴谷が言い直す。
「ううん。違わないよ! アイツらまーじキモいからあんまり関わりたくないだけ」
「あーそういう」
「そっ、だってアイツらヌメヌメしてるんだよ。タコかってんだ」
一口に深海棲艦といっても様々な種類がいるが、鈴谷が言っているのは人型のヤベーやつ以外のことだろう。
ゲームでも基本的に下位のものほどより原始的な、触手をもつ機械的な要素のある生物であり、上位に行くほど人型に近づいていく。
特にイベントとかでボスを張るような最上位のやつは普通に喋るしこっちをブチギレさせるくらいには強い。まあ、どっちかというと道中大破でキレることの方が多かった気もするが、それは置いておこう。
キレる、ダメ絶対。
行きすぎるとその矛先が艦娘の方に行くからな。
ともかく、この世界ではそのような人形の深海棲艦は見たことがない。いないのか、それともまだ海域が遠すぎて出てきてないだけか。それはわからないが、今は目の前のことを一つずつクリアしていくしかないだろう。
例えば、目の前で闇を展開している海域とかな。
「さて、珍しいものも見れたしそろそろ帰るか鈴谷」
「もう? まだ来たばっかじゃん」
「もう夕方だぞ。帰り時間を考えたらこれ以上いたら日が暮れちまうよ」
口を尖らせる鈴谷だが、夜の海は昼間など比ではないくらい危険だ。
そんな海に鈴谷がいたとしても長居したくはない。
何を言われようと、ここは帰る一択だ。
「しょうがないか。あーあ、提督ともっとデートしていたかったんだけどなあ」
「またそのうちな」
「いつよそれ〜」
ぶつくさと文句を言いながら小舟から降り後ろに回る鈴谷。彼女に引きずられるように小舟も闇に背を向けるように旋回を始める。
そうして緩やかに帰宅を始めようとし──鈴谷の足が止まった。
「提督はさ、海が平和になったらなにしたい?」
海上に留まる彼女の視線の先には闇色の空。
釣られてそこを見る。
「そうだなあ……とりあえず、美味いもん腹一杯食いてえなあ」
「えぇ、それって今のご飯は美味しくないって不満? 鹿島に言いつけちゃうよ?」
「違う違う。今も十分美味しいけどな。それとは別に、世界中の美味いもの食いたいなあってこと」
元の世界にいた頃から俺は食べることが好きだった。
そのためだけに遠出をすることもあった。
この世界では、それができないでいる。それが少し、悲しかった。
「ほら、この海じゃ海外との交流も一苦労だろ。旅行なんて無理筋だし、だから平和になったらしたいことは色んな飯を食べたいだよ」
火器を持つ深海棲艦が蔓延る海だ。
その危険範囲は空にまで及ぶ。通信や特別な地位にいる人は別として、一般的な旅行なんて危なくてできやしない。
だから、平和になったら何したいと聞かれたら、それはもう外国の飯食ってみてえとしか言えない。
「へぇ、じゃあ鈴谷とちょっと同じなんだ」
「そうなのか?」
「うん。私もさ、平和になったら熊野と提督と色んなところへ行きたいんだよね。欲しいものも、見たいものもたくさんある。だからさ、その時は一緒に行こう、提督」
美しい微笑みだった。差し出された手には山のような夢が詰め込まれている。彼女の夢見る未来、そこには勝ち取った平和と、それを享受する自分たちがいる。
暮れの逆光を背に受けながら、吸い込まれるようにその手を取ろうとして──。
「うおっ!?」
大きな波が小舟を襲った。
「ちょっ、危ない提督!」
一瞬の浮遊感、落ちる──と迫り来る海面に顔面からダイブしようとし、寸前、水柱を立てる前に白い腕が俺を受け止めた。
「もう! 危ないなあ提督は。いくら私に触りたかったからって船の上で立っちゃダメじゃん」
気がついたときには、俺は鈴谷の胸に抱き抱えられていた。
上から降ってくる呆れた声。そこに目線を向けると、鈴谷の少女らしさが残る美しい造形の容姿と、それをさらに際立たせる安堵に満ちた微笑みが暮れゆく太陽に照らされていた。
「あっ」
と呟いたのはどちらだったのか。至近距離にあるお互いの顔に鈴谷はみるみるうちに頬を赤らめさせ、飛び退くように船から離れた。
「ご、ごめん提督! わざとじゃないの! つい、ケガしちゃうって思ったら手を伸ばしちゃって!!」
パシャパシャと水面を蹴り潰し、飛沫を上げながら離れた鈴谷。海上を滑れることも忘れるほどに余裕を失っているようだった。
「いや、こっちこそ危なかった。鈴谷、ありがとうな」
「あ、うん」
小さく縮こまり、コクリと鈴谷が頷く。
桜色に染まった頬はまだ、彼女から照れがなくなっていないことを教えている。
「しかし鈴谷、いつもくっついてくるのに、今のは照れるんだな」
「私からはいいの! あんな風に突然来られたら、心の準備ができないじゃん!」
羞恥からの怒りを見せる彼女に、肩をすくめて笑う。
それをバカにされていると受け取った鈴谷はさらに顔を真っ赤に迸らせ、船を牽引するロープを勢いよく引っ張った。
「ちょォっ!」
「さっ、帰るよ提督!」
行きよりも激しく飛沫を上げて船は進む。
矢の如く波を切り裂いて進む船は驚くような速さで鎮守府への道を突き進むのだった。
*
夜、月明かりが照らす鎮守府に提督を送り届けた鈴谷は艦娘が住まう寄宿舎で自室へと向かっていた。その足取りは明るく、気を抜けばスキップでもしてしまいそうなほどに軽やかだ。
トンッ、トンッと足音が廊下に響く。
夕暮れ時、間近で抱き止めた提督の温もりを思い出し、つい足が浮いてしまった音だった。
それに、反応するものはいない。
本来、100名を超える艦娘が住んでいるはずの寄宿舎は不気味なほどに静まり返っていた。
まだ20時を超えていない。
子供の多い駆逐艦であっても起きていて可笑しくはない時間帯だ。
でありながら、鈴谷はこれが当たり前であると知っているかのように蛍光灯が照らす寄宿舎内を進む。
その歩みを廊下の陰から現れた女性が止めた。
「こんばんは鈴谷さん。ご機嫌ですが、いいことでもありましたか?」
鈴谷の気分が急転直下する。
陰から現れた銀髪の女性にゲンナリした表情を隠そうともせず、彼女は女性の名前を口にした。
「こんばんは鹿島。ちょうど今不機嫌になったところだよ」
その反応に気分を害した様子もなく、鹿島は笑顔を崩さず応えた。
「今日一日、
にっこりと強調されて紡がれた言葉に鈴谷の眉間に皺が刻まれる。人気のない廊下に鈴谷の静かな怒気が拡がっていく。
それを意に返さず鹿島が続けた。
「ですが、提督さんを海に連れて行ったのは軽率にもほどがあります。危機管理という言葉を知っていますか?」
煽られている……。
普段の鹿島からは考えられない様子に鈴谷は自身の頭がスーっと冷えていくのを感じた。
「安い挑発するじゃん。鹿島でも怒ると口が悪くなるんだね。提督が知ったらガッカリするんじゃない。そんなに提督とデートしてたのが気に障った?」
ピキリと、鹿島の笑顔にヒビが入る。
細められた青い目が殺意にも似た感情の波を鈴谷に伝えた。
「勘違いしてほしくはないのですが、私は別に誰が提督さんと仲良くしようと気にはしません。寧ろ奨励する立場です」
「提督からの誘いを断っといてよく言うよ。恋人にならないなら仲良くするのは嫌だって青葉の記事に書いてあったけどなあ。あれ鈴谷の見間違えだった?」
クルクルと薄緑色の髪を指先で巻き取りながら視線だけは外さずに記事のことを挙げる。恋人になりたいとか思ってる人が奨励だのと、何を言っているんだという気持ちが嘲りという形で表出していた。そこに秘書艦という立場を独占し続け離そうとしないことへの嫉妬がないとは言えなかった。
「ならよかったじゃないですか、私が恋人にならなくて。まあ、貴女が提督さんとデートをしようが何をしようが、最初に求められたのが貴女ではなく私である事実は変わりませんけど」
「ギリッ」
鈴谷から歯を食いしばる音が響く。
それと同時に彼女の右手が鹿島へ牙を向いた。彼女の拳は槍のように突き出され、鹿島の顔目掛けて突き出される。
「──シッ!」
それを紙一重で避けながら、鹿島もまた同じように拳を突き出す。
強烈なカウンター。
岩を砕くほどのエネルギーが鹿島の拳から繰り出される。
「な──!」
それを見た鈴谷の目が開く。
一瞬先に自身の頭が砕かれる未来が見え──咄嗟に左手で受け止めた。
まるで熱された金属が破裂したかのような音が廊下の端にまで響き渡る。人を超えた艦娘の全力の攻防。ガタガタと震える窓ガラスが、その衝撃を物語っていた。
鈴谷は鹿島の拳を受け止めた左手を見る。
痺れはあるが骨は折れていないと冷静に状態を把握し、しかし想定よりもずっと重たい衝撃であったことに驚く。
流石は提督の1番のお気に入り。艦娘としての練度が尋常じゃないと、さらに嫉妬の炎が燃焼するが艦娘という、ある種の戦闘種族としての側面が冷静に相手の戦力を推しはかろうと働いていた。
(軽巡とは思えない力。だけど、艦種の差を覆せるほどじゃない。単純な力なら重巡の私の方が僅かに上。技は、相手に軍配が上がるかも。ちょーっち、まともにやり合うのは危険な相手……でも!)
自身で僅かしか力に差がないと分析したことに驚嘆しつつも、次は確実に当てると拳を握る。
それを見た鹿島もまた、構える。重心を落とし、呼吸さえ忘れるほどの集中力で一撃で意識を落とそうと一歩踏み出し──。
「!?」
横合いから割り込んできた影が2人の拳を受け止めていた。
「金剛さん!?」
鈴谷がその影を認識し、声を荒げる。
少し変わった巫女服に長く伸ばされた茶髪。何があろうとも揺らぐことのない金剛石のような強い芯が見える瞳。
それは紛れもなく提督が鹿島と同じか、近いレベルで信頼を向けている艦娘である金剛であった。
「oh〜、なにやら騒がしいと見にきてみれば、2人とも何やってるデース」
「金剛さん……帰ってきてたんですね」
鹿島が目を丸くし呟く。
金剛は幾人かの艦娘を連れて海へと出撃していたはずであったからだ。
「ハッハー。なにやら胸騒ぎを感じたので私だけ早めに切り上げて来たんデース。迷惑でしたかー?」
「いえ、お帰りなさい金剛さん。お疲れ様でした」
鹿島が肺に溜め込んでいた息を怒りと一緒に吐き出し、先ほど見せていた怒気が嘘であったと見紛うような笑顔を金剛に見せる。鈴谷もそれを見てうげーっと口を歪ませながら全身から力を抜いた。
「金剛さん、海はどうでしたか?」
「あまりよくないデスね。もう、長くは持たないかもしれないデース」
「そうですか。ありがとうございます」
「それよりも……」
返答の中身が予測できていたのか、特に落胆した様子もなく鹿島が答える。それに対し、そんなことはどうでもいいと、金剛は今起こったことへの疑問を投げた。
「それで、2人ともなんで殴り合ってたデスか?」
「なんて言うか、売り言葉に買い言葉で……ってやつで」
「いえ、私が挑発するような言い方をしてしまったのが原因です。鈴谷さんが悪いわけではありません」
バツが悪く、鈴谷も鹿島も同様に肩を落としながら説明していく。
鈴谷が提督を危険海域直前まで海に連れて行ったこと、それについての注意喚起が感情的であったこと。それにカチンと来てしまった結果、煽り合い、最後には鈴谷から手を出してしまったことなどを。
「理由がなんであれ、手を出すのはイケないデス。鈴谷も鹿島も反省するネー」
「はい」と、2人で神妙に頷く。
どう考えても先ほどの行動に正当性がないことは明白であったために。
そして今日はもう解散するネーと金剛が締めたことで鈴谷がトボトボと自室へ向かおうとし、ふと何かを思い出したように鹿島に振り向いた。
「鹿島さー、提督は外に行きたがってたよ。いつか、海が平和になったら外国に行ってみたいって。熊野もいなくなっちゃったし、提督を籠の鳥にしとくのも限界じゃん。だから、進むにしても戻るにしても早めにしてね。手遅れになる前にさ」
そうして去っていく鈴谷の背を見ながら、鹿島は何も言わなかった。
ただ事実から目を背けるように俯いている。
「鹿島、顔を上げるデース。落ち込んでも始まらないネー」
「……はい」
「私たちにとって一番大切なものは提督ネ。どうすることが提督のためになるのか。それを忘れなければ大丈夫デース!」
気合いを入れるような金剛の励まし。
鹿島は普段の綻んだ笑みを見せ、金剛と寄宿舎を歩いていくのだった。
ほんのちょいシリアスを混ぜるつもりが、気がついたら殺伐としてた。見切り発車の弊害。とりあえず書いてから考えるスタイル!
あとこんな話を書いといてなんですが、感想や評価などをいただけるとモチベーションの維持につながりますので、もしよろしければ書いていただけると嬉しいです。