居酒屋『鳳翔』。
艦娘の1人である鳳翔が営んでいる居酒屋。
鎮守府から離れた場所に建てられた小さな飲食店であり、彼女が趣味で開いている店である。
利用しているのは主に提督である俺や成人している艦娘たち。子供である駆逐艦なども利用することはあるが大人ほど頻繁ではない。
店が開く時間が夜であることと居酒屋であるためにメニューが大人向けであることが原因だ。
白色灯に照らされた店内には4人掛けのテーブル席が複数配置されており、その席の一つに俺は座っている。テーブルの上には刺身の盛り合わせとすでに空となっている酒瓶が散らばっていた。
店内の客はまばらで座敷席で酔いが回り切った常連の酒呑みたちが寝転んでいる。店主である鳳翔は彼女たちに慣れた様子でシーツをかけてあげていた。
そんな彼女を眺めながら酒を呷る。
渋味と熱さ、その中にほんのりと覗く甘みが喉を焼く。
同じテーブルで向かい合う龍驤は珍しい俺の姿に愉快に笑っている。
「キミ、今日はよく飲むやなかいか。そんなに鹿島に振られたのが堪えたんか?」
「振られたわけじゃないやい」
「振られたようなもんやろ。意地張ってもええことないで。まあええ、何があったか知らんけど今は飲み。ほれ、注いだる」
酒が回っている俺の酔いをさらに進めるように、コップに酒が注がれていく。
「うぅ〜〜……ありがと」
表面張力のギリギリを攻める透明な酒がコップに満たされる。
素面なら入れすぎだろと文句の一つでもいいそうな量だが、気にするでもなく俺は小さく感謝する。
「かまへんかまへん。嫌なことがあった日は飲むのに限る。ジャンジャン飲み」
忍び笑いを漏らしながら龍驤も同じように酒に口をつける。
少女にも見てとれる彼女の喉に酒が注がれていくのはどうにも不釣り合いで不安を誘う姿である。
彼女は龍驤。軽空母の艦娘である。
龍驤型一番艦、龍驤。
駆逐艦と勘違いしそうにもなる少女体型をしており、茶髪にツインテールの少女──否、女性。所謂合法ロリな艦娘。
彼女自身気にしていることであるから口にしたら怒るが、気さくで話しやすいとても気の良い女性だ。
珍しく……というか本当になぜと聞きたくなるが口調が関西弁をしている。話しているとかつての世界でのアニメや漫画の面白キャラを思い出して時折思い出し笑いをしてしまいそうになるのは内緒だ。
彼女とは気が合うのか妙に話しやすく、仕事の後などに食事を共にすることが多かった。今彼女が同席しているのも、俺から誘ったからである。
「そんで、実際何があったんや。ウチが聞いたるさかい、言ってみ」
どんなことでも受け入れてくれてくれそうな包容力を感じる笑み。その柔らかな微笑みに、俺の口が解けていく。
「実は………──」
吶々と告げていくのは今日あった出来事。
本来なら秘しておくべき鹿島への欲情と画策が龍驤の耳を打つ。
「プッ──アッハッハッ!」
大爆笑であった。
「大した酒も飲まないキミが酒浸りになるなんて何があったんやと心配しとったんやけど、まさか下着見たさにアレコレとするなんてなあ。この龍驤さんもびっくりやで!」
腹が捩れるほどの哄笑が響く。
酔い潰れた客を介抱していた鳳翔が何事かと見てくるが、机を叩きながらの龍驤の笑いは止まらなかった。
「くぅ……だって見たかったんだよう。仕方ないだろ、見たくなったんだからさあ」
酔いのせいか、情けなく机にへたりながら涙ながらに話すと再び大きな笑いが湧き上がった。
「そんなに見たかったんやったら直接言えばよかったやんか」
「それで見せてくれるわけないだろ」
「そりゃそうや。どない痴女やねんってな!」
アッハッハッと笑い続ける龍驤にムカっ腹が立ち始めるが、それ以上に情けなさが先立つ。
それを隠すように酒に逃げ、俺は机に身を落とした。
「まあ実際、鹿島は妙な責任感を負っとるからなあ。諦めるんなら、早いほうがええで」
「……? 責任感?」
諦めたほうがいいという方には触れず、胡乱な目を向ける。
「せや。アイツはなあ、キミを立派な司令官にせなあかんと思っとる。それが自分の役目やとな」
「役目……」
ずっしりと胸の奥に届いたその言葉の意味を咀嚼する。
役目、責任。
異世界からやってきた俺を拾い上げ、提督という立場に押し込んだ彼女。鹿島がそこに負い目を感じているのかはわからないが、龍驤のいう通り責任感を感じているというのは理解できる事柄だった。
「せや。ああ! だからと言ってキミが重荷に思うことはないで。鹿島のやつが勝手に背負っとるもんや。気に病む必要なんてない」
重たくなった空気を吹き飛ばすように、龍驤はからからと笑う。
気遣っているというよりも、事実を告げているという口調であった。
「ちと悪辣な言い方になるけどな。言ってしまえばアイツはキミを見とらへんねん。本当のキミは艦娘を見ればセクハラしたくなる変態や言うのにな!」
「俺は変態じゃない!」
耳に届いた悪評に反射で否定する。
「いや変態やろ。なあ、鳳翔」
ニヤニヤと龍驤が振り返る。
カウンターには酔っ払いたちの介抱を終えた鳳翔が立っていた。
「えっ、私ですか!? あ〜えっと、そう…ですねえ……ん〜〜ごめんなさい」
突然水を向けられた彼女は哀れみを誘うような俺を見て言葉に迷うように顔を背け、苦笑で返した。
「ほれ、鳳翔もキミが変態やって言うとる。諦め」
「うぐぅ……」
潰れたカエルのような濁声が漏れる。
鳳翔の反応は言外に同意していると言っているのと同じであった。
和服の上に割烹着を着た彼女。
たおやかで優しく、母性のようなものを感じる彼女に変態であると思われたのは少々悲しく胸に響いた。
「はあ〜まあ俺が変態であるかは置いとくとして」
「置いとかんでもキミが変態なんわみんな知っとる」
「うるさい。置いといてっだ。なあ龍驤、俺はどうすればいいと思う?」
なんとも抽象的な問いだった。
明確な解答がある質問でもない。聞きたいことが明瞭にもされていない。あやふやで曖昧な質問。
それに対し龍驤は呆れるでも怒るでもなく真っ直ぐに見つめ、淡々と考えを口にする。
「意味不明な質問やな〜。付き合う方法が知りたいんか諦めたいんか。それとも変態という蔑称を払拭したいんか。どれでもええけど、ウチが言うことは一つや」
言葉が切れる。
それから散歩でもするように、誰でも知っている当たり前を教えるように彼女は告げた。
「キミのしたいようにしたらええ。変わらず鹿島を追うのもええし、諦めて他を探すのもアリや。開き直って色んな女性に手を出すのも、キミならできるやろ」
それから「ただしキミの艦娘に限るで」と警告するように付け加え、彼女の口は閉じた。
俺はポカンと間抜けな顔を晒し、彼女の言葉に引き寄せられるように宙を見上げる。
「やりたいようにかあ」
思い出す。
結局自分は何がしたかったのだろうと。
偶然か必然か、この世界に来て言われるがままに提督となった。
不満があるわけではない。
目的は明瞭でハッキリとしている。
『海の平和を取り戻す』
なんでと当初感じていたことも、今ではそれが俺の成すべきことと受け入れている。ただ、そこに全霊をかけられるほどに真面目にもなれない。
というより、もっと望んでいたことがあったはずなのだ。
鹿島に惹かれる想いよりもずっと強く、望んでいたことが──。
机を挟み龍驤が物静かに答えを待っている。
鳳翔もまた、カウンターの裏で俺の出す回答を伺っている。
邪魔しないように知らず知らずのうちに気配を薄くした2人。
そんな2人を忘れ、朧げな記憶の糸を手繰り寄せ過去を遡っていく。
一つずつ、深海に潜るように。
行き着くのは鹿島に抱きたいと求めたあの時か──?
違う……と途切れ途切れになる意識の狭間で思う。
求めるものは、もっと深い場所にある。
確信を抱きながらそこに手を伸ばす。
一つずつ、記憶のページを戻していく。
始めて近海の海を晴らしたとき──?
それともこの世界に迷い込んだとき──?
いやいやもっと前だ。俺が求めたのはもっと……そう、艦これをしていた頃の──。
「あーそうだ。俺は……」
底の底に辿り着き掘り起こした願望。
誰が聞いているかなど関係なく、思い出したものを取り出す。
恥も外聞も、酔いに紛れさせ言い尽くす。
「俺、付き合うとかじゃなくて……ただ艦娘の皆んなとイチャイチャしたかったんだよなあ」
揺らぐ意識で、口にした。
「アッハッハッ! 青葉の記事通りやないか!!」
思い出したかのように突然気配を露わにした龍驤の笑いが静まっていた空気を破壊した。
「まっ、人間素直になるんが一番や。なんのかんの言っても、それが本心なんわ変わらへん。だったら下手に誤魔化すより受け入れるのがいいと思うで」
次いで、撫でるようなとても優しい声が届く。
それは死と隣り合わせにある彼女だからこその言葉だった。
いつ死ぬのか。明日かもしれない。ならば今日という日を悔いのない時としよう。
潰れそうな意識を繋ぎ止める俺の耳にはそう聞こえた。
「どれ、試しにあそこの鳳翔見てみぃ。キミ、あれ見てどう思う」
聞き耳を立てていた鳳翔がピクリと反応する。
「……カワイイ、抱きしめたい。服の隙間に手を挿し入れたい」
「おうおう、ええやんか。他にはもっとないんか?」
酔いのせいか、本人のいる場でもスラスラと欲望が漏れてくる。
それを横目に聞く鳳翔の顔が見る見るうちに赤くなっていくのがわかる。
「他……他は……」
回らない頭で考える。
鳳翔にしてほしいこと。母のような、母性を感じる彼女に望むこと。
「──膝枕をしてほしい」
それが最後の言葉になった。
限界を迎えた俺の頭部が机に落ちていく。
酔いに潰れていく視界の隅で、鳳翔が落ちていく俺を受け止めるのが見えた。
*
「どう言うつもりなんです龍驤さん。提督を焚き付けて」
慣れない酒を過剰に摂取し、意識を落とした提督を膝に乗せた鳳翔が龍驤に問うていた。
座敷席に移動した彼女は先を憂うような表情で龍驤を見つめている。
「どうも何も、そうなったらええなと思っとるよ」
本心からの言葉であった。
龍驤からすれば現状は不健全に見えているためだ。
突然、どこからか鹿島が連れてきた司令官……いや、
その彼を練習巡洋艦である彼女が教え導く。
それは納得できる。
立派な司令官にするために多少厳しくするのもいいだろう。
しかし、そのために彼の欲や願望を抑えつけようというのはいただけない。それが多少公序良俗に反することであってもだ。
流石に嫌がる娘に強引に。などということを行う相手ならこのようなことは思わないが、鳳翔に膝枕されスヤスヤと眠る彼がそのようなことをするとは思えない。
結論、龍驤は現状に不満を抱いているということだった。
「それで本当に提督が誰かれ構わず手を出そうとしたらどうするんですか。鎮守府が崩壊しかねませんよ」
「そうなったらその時に考えたらええ。別に艦娘は司令官に絶対服従ってわけでもないんやし、嫌な娘は拒絶するやろ」
そう言ってグラスに残る酒を飲み干し、自身にセクハラかましてきた場面を思い浮かべる。
「………」
悪い気はしなかった。
好意と呼べるものかは不明だが、彼のことは憎からず想っている。
多少の触れ合いも許容できるぐらいには好意を抱いている。
これが恋愛的なものか、司令官に対する艦娘としての情なのか。金剛のように情熱に走る性質ではない龍驤にはわからない。
ただ許せる。
それだけは確かであった。
「大事になるのを心配してるんです。提督は人間なんですから、私たちのように頑丈ではないんですよ?」
「──!」
鳳翔はどうなんやろと、彼女に伺おうとした矢先のことだった。
思考が削がれる。
脳裏に一瞬過ぎる流血の雨。
手を出そうとして大事になりそうな何人かが思い浮かんだ。
長門、龍田、あとは大井あたりが有力候補か。
尻とかに触ろうとしたら叩くどころか握り潰したり切り落としたりしそうやと、嫌な汗が流れる。
「………まあ、死にはせんやろ」
自分でも確証の持てぬ楽観的な見通し。
声が多少震えていたのは拭えない可能性の未来に恐れを抱いたため。
不吉なイメージを祓うためにグラスを傾けるも、鳴るのはカランという氷の音のみ。
「ん……鳳翔、酒の代わり用意してくれへんか」
気づいた龍驤がグラスを向ける。
しかし鳳翔は困った顔をしながらも動こうとはしない。
彼女の手は膝の上に乗る彼に向けられ、そこ以外へと向けられようとはしなかった。
「客より司令官の希望が優先か? ええけどな」
微苦笑でその無言の答えを受け取り腰を上げる。
カウンターから目ぼしい酒瓶を取り出し注ぐ。
満たされ、グラスから反響する氷が心地よい音を奏でた。
「命短し恋せよ乙女ってな。なんもかんも、最期に笑って逝くための日々や。そうやろ?」
誰に向けたものでもなかった。
ただの独り言。
変わらず司令官を愛おしむ鳳翔と心地よい夢の中へ行った彼には届かない。
グラスに囲われ、溶けゆく氷は僅か。
もう多くは残されてない。
囲われているのはどちらか。
囲っているのは何か。
水面に浮かび、消えていくのは誰か。
くだらへんとそれを口に中で噛み砕き、龍驤は心から嗤うのだった。
龍驤の口調がイマイチよくわからなかった。
あとそろそろ主人公に能動的にセクハラさせるようにしたい。受動的な主人公は難しい!