シャーレ前交番勤務のヴァルキューレ警官-外道はこう語る 作:らんかん
扇皇ゼンヒ。
生まれて一歳、しかし学生の不思議な人間。特殊な出自を持っており、なんと拾われてから暫くは矯正局で保護されていた。
その後は尾形カンナの助けもあり、教育を受けてヴァルキューレへ所属。シャーレ前交番の巡査部長としてほぼ同時期に配属された後輩である白鳥ハクジツと共に、麻薬密売人の確保や強盗事件の解決で活躍した。
活躍する中で彼女を錦旗にしてヴァルキューレへ革命しようとした元SRT生のヴァルキューレ生に目を付けられたが、それを逆に利用し高度な軍事教育を受けていた彼女達を引き取って特別な部署を作りそこのリーダーに。
事件解決をきっかけにゲヘナの一部土地の利権を持っていた霊峰タリナからさらに知り合ったイオリ達風紀委員の力を借り、因縁が出来たアリウス過激派との叩きでは即席で出来上がったヒエロニムスを、武器の援助と火力支援を貰い撃破。
ゲヘナとヴァルキューレの協力という政治的な大事件と、中心となったヴァルキューレ……ひいてはSRTの実力をキヴォトスに見せつけた為に、扇皇ゼンヒと特別暴力対策課の名声は響く事となり、正式に稼働した今では軍事アドバイザーや警備任務を受け、警察から見ても独自の人脈開拓と独立した経営で一人歩きしていた。
そんな組織を束ねる、組織運営能力と警官としての戦闘力がある、シャーレには居られない少女は______
今は都市の共用墓地にいた。
無名の墓がいくつも新しく追加されたが、それは全員ヒエロニムスの降臨で命を捧げた名を知ることも叶わなかった、アリウス過激派の人間達。
この墓地は静かであるべきだと、警官の武装さえ墓地の衛兵に預けて手を合わせにやってきた彼女は、浮かない顔をしている。
「お前達がやった事は、多分無駄じゃなかった。マスコミというのは無能なもので、注目を集める為ならお前達のような弱者を絞り尽くし、着色し、感動させる為の道具にする。皮肉にもそれで、お前達がしたかった革命とやらが完成しそうだ」
どれだけ可哀想な人生を送ってきたのか、また、そうなるまでの経緯を掘り下げれば共感を集めて、善意を制御しきれないバカはテロリストを付け上がらせるようなことをする。
ゼンヒは社会から遠いまま政治機構の一員になったのだから、彼女にしては本当に唾棄すべきだと感じるものだったのだろう。考えただけで苛立つし、墓の向こうの亡霊を完全に超えられなかった無念さを感じた。
苦々しい顔はしているが、それでも死んでしまった者はもう償える事はないし、ましてや罪を重ねることもできない。その罪が波及しないようにする警察だから、死人に対する敬意と、計画を絶対に壊すという意思表明のために彼女はやってきたと言っていい。
「必ずお前らの望んだ世界はぶっ壊してやる。どれだけの時間が掛かろうとも、必ず残りの奴らを捕まえて、罪と共に社会へ引っ張り出してやるさ……!」
手を合わせて目を瞑るゼンヒ。
彼女達がどんな顔だったかは覚えてないし、ただひたすらに周りを破壊しようとしてたのだけが記憶に残っている。瞼の裏はその破壊を繰り返していた光景を見せてくるだけで、それを塗り替えるいい思い出は彼女にない。
目を開けると、雨の匂いはなくただ暗い曇天が広がる。緑は植えられた分だけで、とても気分が晴れるほどの自然はなかった。
ゼンヒはこれ以上用はないと、立ち上がる。
「……あれ」
「誰だ……?」
足音もせず近づいて初めて気づいた。行こうとした道から、薄紅色の髪をし、スーツを着た青色の眼を持つ少女が来ていたことを。
「ああ、すいません。私、邪魔だったかな?」
「気にするな。私も道の真ん中で黙祷しては邪魔だったな」
「いえいえ、私も一応この人たちに黙祷しようと思ってたので」
「アリウスの奴らに?」
ええ、と答える大人びた少女。何故だかシンパシーを感じるが、何処となく自分の匂いに似てる気がする。
「と言っても私も被害者なんですけどね。正確には、被害を受けたのは私の仲間なんですが」
「何か……?」
「私はあまり表に出ない人間でしてね、ブラックマーケットから更に奥のところにあるもうアングラもアングラなところで生活してるんです。色んなものを売り捌いて生計を立てて……その仲間の一人が、どうも不愉快だったんでしょう。見つかった時には顔面が余りに強く打たれて変形し、蝿が集ってました」
強盗や違法的な転売か、それで生活しているのだろうという事は予想できた。しかし、今目の前にいる人間がそれをしていた場面を見ておらず、確固とした証拠もない。
場所以外に警察活動をする正当性が今のところないため、ゼンヒは何の反応もせず世間話することにした。
「それは気の毒に……彼女達に復讐したかっただろうに」
「気にしないでください。私は必ず残りを見つけ出して、誰の縄張りで人を殺したかを思い知らせます。悪人を殺す事は、市民も反発はしませんから」
堂々と言ってしまう事に関しては、その精神状態に心配をしてしまうのがゼンヒらしい。目の前の少女に、どう声をかけていいかは分からないが______ともかく、身分上は大事なことを口にする。
「出来れば、貴女が殺す前に残りのメンバーを捕まえて改心させたいものだ。更生のチャンスが、という綺麗事は言わないが……彼女達自身が、司法というものが健在であり、いかに大切であるかを知ってもらうのが一番だと思ってる」
薄紅色の髪から見える少女の目は、ある種の物悲しさが見えた。自分とは違う正義の人間が正しいのを理解しているからこその、相容れなさ。それが現実と切って捨てれない者同士だが、それ以上のシンパシーが二人を貫く。
ゼンヒは相手に何かを感じ取ったが、その答えがまとまらないのに困って電子タバコを取り出して吸い始めた。
「タバコ、吸われるんですね」
「これは私のアイデンティティ代わりさ。警察の仕事で死んだとしても、私がそこに居た思い出にはなると思う」
「遺品を託したい方が?」
「ハクジツっていう後輩がいるのさ」
______ゼンヒは見逃さなかった。
目の前にいる少女の瞳に、光が多く吸い込まれたのを。眼を見開き、驚いた証拠。
「ハクジツを知っているのか?」
「ええ、えぇ……その……結構前にどこか行ったんですけど、その前までは仲良かったんです。ですから何をやっているのか、そもそも無事なのかどうかっていうのを気にしてたので……よかった、無事だったんですね」
「ハクジツ自身は無事だし、他人の無事を保証しているんだ。警察で同じ交番で働いてる」
「ああ……貴女がゼンヒ?」
ようやく気づいたのか、と言いたいところだが自分がそこまで有名ではないと思っても居たからか傲慢な言い草は口から出なかった。
「そうだ。シャーレ前交番の警部補をやっている。この前あった、ゲヘナでの事件の指示役だ」
「道理で警察にしては、こちら側と同じような殺意を……いえ、失礼でしたね」
「気にする事はない。本職の裏稼業がそこまで口にさせるほどの人間でなければ多分、こいつらに無名の墓を与えるまでにはならなかった。私の強さは多分、罪だ」
タバコを咥えたまま片膝立ちをして墓を見る。
〈己が世界を変えようとして神秘に溶けたもの、此処で眠る〉
実際はもう風になって消えているけれども、それでもせめて静かに寝れる家を作っておかねば浮かばれないだろう。ヴァルキューレの上層部もそこまでは流石に頭も回るから、結局ここに散った者を葬ったのだった。
「ところで」
ゼンヒは立ち上がり、彼女に尋ねる。
「良かったらの話なんだが、名前を教えてくれないか?」
「名前……?まさか、逮捕する気ですか」
「それこそまさか、だろう」
タバコを指で挟んで口から離し、話を続ける。
「一応法治国家のこの社会では、やったことの証拠と、そこからどの条例や法律に反したかの確証を得る必要があるんだ。何もないのに名前を聞いて、風聞だけで逮捕するなんて出来ないししたくない」
「ヴァルキューレの方とは思えないほど真摯なんですね」
「私も別に真摯であると微塵も思っては居ないが、せめて市民に不当な扱いをする警官は減ってほしいと思っているからな。ならば真面目にルールを守って、かつ大事な時はしっかり決める。それ以外にないだろう?」
尤もな発言を聞いて、内心安堵した薄紅色の髪をした少女。スーツの上からそっと胸に手を当て息をついた後、言葉を返す。
「その言葉を聞いたら安心しました。では、それを信じて彼女にこう伝えてもらって良いですか?」
「なんだ?」
「『ハクジツ、警察学校への入学おめでとう。私のことは忘れて幸せに生きてください』と」
ひどい遺言だな、とは思うものの頼めと言った以上無碍にするわけにもいかない。ゼンヒは頭をかいて困ったことは隠さずに、返事した。
「ああ、伝えとくよ」
「よろしくお願いします」
少女は踵を返す。
仲間を殺したやつらの墓を見て元気が出て、それに加えて大事な人への伝言を頼んだから満足したのだろう。
「では、お元気で。ゼンヒさん」
「そっちこそ。次に会う時は、お前の犯罪を担当しないように祈っておくよ」
「見つからずにやりますよ」
ゼンヒも反対側を向いて歩き出す。
(随分と変なやつだったな。ただ、あの様子を見るにヘルメット団とかと比べたらまた違う何かを裏社会で率いてるようだ。どうも、私の願いは叶いそうになさそうだ)
煙が浮くままに墓地を出て、街中へと消えていく彼女。シャーレ前交番までは歩けない距離じゃない。
今いた少女は一体誰なのだろうか、という疑問はこの伝言を伝えれば自ずと解決するのだろう。それを彼女が予測出来ないはずもない。しかしそれはあの少女も同じこと、きっと言い表せない関係である事は部外者でも理解できた。
ただし、そこに、扇皇ゼンヒにとって非常に大きなものが存在しているとは今は知る由もない。
彼女の足跡を這うように亡霊と過去が______
新たなる波乱の燻んだ炭として、燃えあがろうとしていた。