お嬢様がGBNにいるわけないだろう! 作:プラ板の削りカス
果たして私が予想した通り、ピケストがシャフリさんとパルくんを案内したのは、ツカサくんが普段拠点にしている廃倉庫だった。
「ふむ……普段、ミキくんたちはこの建物を隠れ蓑に活動しているんだね」
「なんだか、秘密基地みたいです! ガンプラに作業台に……これは……フィアさんの、お人形?」
パルくんが、今はスリープモードでプラネットコーティング補給中なフィアに手を伸ばした瞬間だった。
ぱちり、とフィアの瞳が開いて、視線と視線がコンタクトする。
や、やべー。シャフリさんとパルくんにはELダイバーのこと、なんにも話してないんだった!
「やあ、お客様かな? ぼくはフィア。こっちはぼくのお父様のツカサだよ」
「わ、わわっ!? フィアさんのお人形が、フィアさんの声で喋ってる!?」
「これは……素晴らしい出来の美プラだね。この国では万物に魂が宿るというけれど……どういうことか説明願いたいね、ミキ」
あ、はい。
いや全然シャフリさんに隠そうとかそういう意図は全くなかったんですよ、世間の目とか色々あったから黙ってただけで。
まあでも、遅かれ早かれバレてたことか。だったら、腹を括って全部話すしかない。
「ええ、と……話すと長くなるんですけど──」
かくかくしかじか。
私はシャフリさんにこれまでの大まかな話を、要点をかいつまんで説明した。
もちろん、私が転生者で原作を知っている、というポイントだけは秘匿して、可能な限り、嘘偽りなく。
「なるほど……にわかには信じがたいことだね。だけど、こうしてフィアくんが『モビルドール』として現実で動いている姿を見ていると、ミキくんの話にも納得してしまうよ」
「フィアさんが……電子生命体……」
「そういうこったよ。そんでテメェらはどこの誰だ? おい腐れメイド、人の隠れ家にあんまり客を呼んでくるんじゃねェよ」
わー! わーわーわー!
ツカサくん、露骨に不機嫌な顔しない!
この人たち王族! 中東の石油王! とっても偉い人!
私が慌てて静止しようとすると、シャフリさんは無礼千万な態度を気にした様子もなく、フィアと見つめあっているパルくんを一瞥すると、ツカサくんに向かい合った。
「この世界では初めまして、かな? 私はシャフリヤールだよ。ここでは、これ以上の挨拶はいらないだろう?」
「……マジかよ。あのシャフリヤールだと……!?」
「ミキくんの話では、君はケイワンくんのチームメイトだったそうじゃないか。君の所業とガンプラへの愛を私の天秤にかけるのは中々難しかったけれど、フィアくんがこうして生き生きとしている時点で、禊は済ませたようだね」
「……あァ。許せなかったんだよ、GPDを忘れちまったやつらが。でもな、忘れられてなかった、忘れなかったバカがここに二人いるからよ。気づけば俺もバカになっちまった」
ツカサくんは私とルカを一瞥して、憑き物が落ちたような顔で不敵に笑った。
そうよね、GPDは確かにこの世界で廃れてしまったかもしれないけど、私たちはその技術を使って、GBNを一歩出し抜いたといってもいい。
シャフリさんが、フィアのことを口外するにしろしないにしろ、度肝を抜いてやったことに間違いはないだろう。
「ブレイクデカールの修正パッチを配ってくれた贖罪と、そして……電子の海でしか生きられなかったフィアくんをこの世界に招いた愛。この二つに免じて、私は君を赦すことにする。しかし、またGBNに危害を加えようとするのなら」
「あァ、好きにしろよ。もうわだかまりなんてもんはねェからよ……ところで、ここにきたってことは、
「感謝するよ、ツカサくん。それでは……パトリック、ピケスト。準備は整ったようだ」
ツカサくんはGPD筐体の電源を入れて、シャフリさんと一緒に、フィアと言葉を交わしていたパルくんを呼び止めた。
ピケストも、今回は流石に目がマジだ。
無言で前に歩み出て、腰に上手いこと隠しているガンプラホルダーからN-EXTREMEガンダム・ヴィシャスを取り出す。
「それでは、参りましょう。ここから私は修羅になります、決して手は抜かない。貴方の大切なモルジアーナ様を守りたければ、殻を破って果敢に挑みかかってきてください、パルヴィーズ様」
「……はい! 行くよ、モルジアーナ。僕は……もう、過去に怯えたくない!」
パルくんとピケストが筐体を挟む形で向かい合って、スキャン台にヴァルキランダーとヴィシャスを配置した。
なんの因果か、同じ「ドラゴン」をモチーフにしたガンプラ同士の対決だ。
これは面白いことになりそうね──と、ルカに目配せすると、既にアメジストの瞳はキラキラと輝く星を纏っていた。
全く、この子は。
苦笑しつつ、私はバトルが始まった筐体へと視線を戻した。
この戦い、パルくんが勇気を出せなければ、原作よりもきっと悲惨な結末が待っている。
ピケストは決して「仕事」に手を抜かないことを私は知っている。
だから、私にできることは、信じることだけだ。
祈る必要はどこにもない。どうやったって、どう諦めようとしたって諦めきれない、「大好き」という気持ちが、パルくんの中にはしっかり眠っていることを、私は知っているから。
†
「はぁ……っ、はぁっ……!」
僕── パトリック・アレクサンドル・レオナール・アルジェこと、パルヴィーズは、必死にGPD筐体の操縦桿を握り締めて、上空から襲いかかってくる凶弾から逃れていた。
ピケストさんのヴィシャスは、事前に通告された通り、一切容赦することなく、僕とモルジアーナを追い詰めてくる。
この射線から逃れるためには、空を飛ぶしか選択肢はない。
でも、怖い。
例えGPDの空が、GBNの空が作りものだとしても、この両脚が動かなくなってしまったあの日の事故を思い出して、竦んでしまう。
僕は、変わりたいはずなのに。ミキさんたちを見習って、僕だって剥き出しの僕になりたいのに……っ!
「恐ろしいですか。怖いですか。この空が」
「僕は……っ!」
「しかし言ったはずでございます、私は一切容赦も手加減もしない。ここでモルジアーナ様と共に散り果てることです」
ピケストさんのヴィシャスが、竜人形態に変形して、禍々しく、紅い稲妻を纏った翼からメガキャノンを放とうとする。
チャンスがあるとすれば、この一瞬しかない。
僕が勇気を出さなければ、僕がこの恐れを踏み倒さなければ、モルジアーナは修復不可能なほどに砕け散ってしまうだろう。
刹那の時が、永劫にも似た感覚へと引き延ばされていく。
僕は。モルジアーナは。
事故の記憶と空への憧れ、モルジアーナへの想いと戦いへの恐れが脳裏で明滅し、フラッシュバックする。
ああ、こんなに──こんなに、苦しい思いをするのなら。
逃げ出してしまおうか。
GPDからも、GBNからも、ガンプラからも逃げ出したら、楽になれるのだろうか。僕も、モルジアーナも。
──大丈夫さ、パル。
逡巡と明滅するフラッシュバックを切り裂くように、フィアさんの声が聞こえてきた。
多分、幻聴なのだろう。
だって、こんなに情けない僕なんかに、ミキさんも、ルカさんも、フィアさんも──
「なにやってんのよパルくん! あんたの勇気はそんなもんじゃないでしょうが!!!! 事前には散々自慢しといて、いざ本番になったら一回ポッキリで折れるとか情っさけねえ中年の素人童貞みたいなことしてんじゃねえよ!!!!」
「あは、あははははは!!!! 飛べよ!!!! テメェの自慢のイチモツはなんのためについてんだ!? 憧れを──諦めたくても諦められないものを掴み取るためだろうが、このイ◯ポ野郎がよ!!!!」
「そうさ! きみのガンプラは……モルジアーナは、飛びたいと言っている! きみはどうしたいんだい、パル! ぼくと交わした言葉は……勇気を出したいという言葉は、嘘だったとでも言うつもりかい!? 自分でおっぱじめたくせに、勝手に萎えないでよ、このフニャチ◯野郎!!!!」
ミキさん。ルカさん。フィアさん。
僕のために、こんな……兄さんもいるのに、なりふり構わず。
だったら、僕は──ッ!
「お願い、僕と一緒に飛んで! モルジアーナぁぁぁぁっ!!!!」
僕は、封印していた翼の封印を解いて、上空へと退避することで、メガキャノンの照射を間一髪で回避することに成功していた。
これが、空を飛ぶ感覚。
久しく忘れていた。高空から地上を見下ろし、遮るものもなにもない空を飛ぶ、この快感を──ああ、滾ってくる!
とめどなく溢れてくる!
僕なら、僕とモルジアーナなら、きっとどこまでだって行けるという、あの空の果てを目指してみたいという気持ちが!
僕が──ミキさんたちの激しく、剥き出しな戦いを見て、ガンプラバトルに憧れたあの気持ちが!
「さあ行くよ、モルジアーナ!
「ようやく、自らの想いへ正直になれたのですね。喜ばしいことです──さぁ、枯れ果てるまで踊り狂いましょう!」
僕が振り翳したGNガンソードをビーム・ウォーサイスで受け止めたピケストさんは、怒涛の攻撃を繰り広げてくる。
斬撃の軌跡が見えていても、身体の反射が追いついてくれない。
だったら、強引にでも!
僕は、モルジアーナの損傷を覚悟した上でGNガンソードを突き出して、全力でピケストさんのヴィシャスへと突撃していく。
「その勇気は素晴らしいものです、ですが……ハイパーアーマーでも纏っていない限り、安易な格闘ブッパはこうして止められるのです」
「しまった、ドラゴンロア!?」
もう一度、ドラゴンモードに変形したヴィシャスが咆哮すると同時に、音圧による振動がモルジアーナの動きを阻害した。
全力で操縦桿を押し込んでいるのに、押し返されてしまいそうだ。
それに、相手はこのヒットストップを利用した上で、必殺の一撃を繰り出してくるはず。だったら!
「さあ、終いでございます」
「そんなことは……させない! モルジアーナ! 全力の中の全力を! ガンドランザム!!!!」
背後に回ってきたヴィシャスの攻撃を、ガンドランザムを利用した急速上昇でかわして、僕は高空を取る。
凄まじいスピードに、機体の制御が追いつかない。
少しでも気を抜けば、モルジアーナを握る手綱を離してしまいそうになる。でも。
「見せてやる……僕はもう、弱虫でも泣き虫でもイン◯野郎でもない! これが、僕の……『パルヴィーズ』と『モルジアーナ』の全力だ!」
「は、はははは! はははははは! この土壇場で更なる力に目覚めるとは! このピケスト、興奮で胸が張り裂けそうでございます!!!!」
ガンドランザムを利用した一撃離脱に対して、ピケストさんはビーム・ウォーサイスを利用したカウンターを取る形で、互いにダメージを与えていく。
蓄積するダメージに、モルジアーナが悲鳴を上げているのがわかる。
関節が悲鳴を上げている、武器が軋みを立てている、それでも、それでもだ! もう少しだけ、僕に力を貸してほしいんだ、モルジアーナ!
「素晴らしい! 素晴らしいです、パルヴィーズ様! 初心者という話が嘘だと思いたくなるぐらいに、荒々しくも素晴らしい操縦! このピケストに、一歩も退かず喰らいついてくるとは!」
「行くよ、モルジアーナ! 最後の……一撃を!」
「でしたらこちらもギアを上げるのみです……尻尾の一撃は予想外でしたでしょう!?」
びたーん、と叩きつけられたテール・ロッドが、モルジアーナの右手が持ったGNガンソードの刀身を叩き折る。
だけど、構うものか。
怯むものか。
僕は、威力が足りないことを自覚しながらも、真っ直ぐに折れた剣先をヴィシャスのコックピットへと突き立てた。
だけど、予想通り僕の一撃は致命に届くことなく、止まってしまう。
……冗談じゃない!
「うわあああああっ!!!!」
「ならば、腕部ガトリングで──」
「戦うんだ、勝つんだ、僕のモルジアーナぁぁぁぁっ!!!!」
「なっ──!?」
刹那に、蒼く輝く稲妻の閃きが見えた。
だけど、もう恐れない。僕はこの雷さえも喰らって、この身の力の糧とするんだ!
腕部ガトリングの直撃を喰らいながらも、僕は、繰り出した渾身の頭突きで折れた刀身を無理やりヴィシャスのコックピット深部へと押し込んでいた。
『Battle Ended!』
『Winner! Player2!』
そして、システムが僕の勝利を告げる。
払った犠牲と代償は決して小さなものじゃなかったけど。
得られたものは、見えたものは、計り知れないぐらいに大きなものだった。
空って、自由ですか