お嬢様がGBNにいるわけないだろう! 作:プラ板の削りカス
『でしたら、霞ヶ浦に行ってみるのはいかがでしょう?』
昨日、ルカに夏休みの予定を聞いたら、返ってきた第一声は予想もつかないところだった。
霞ヶ浦かー、茨城県の観光名所よね。
ルカに観光なんてものを楽しむ思考回路があることが意外だったけど、たまにはガンプラから離れて、ゆっくりのんびりしてみるのも悪くはないかもしれない。
「お嬢様」
「なによピケスト、着替えと髪型のセットならもう終わってるでしょ?」
「いえ、差し出がましいようですが、質問がございまして……」
「質問?」
いつもの着替えを終えて、あとは登校するだけかってときに、ピケストがらしくもないことを問いかけてくる。
でも、喜ばしいことね。
今まで口を開けばちくちく言葉か、そうでなくても命令にはきっちり疑問を挟まずに生きてきたわけだし。
「私に答えられることでよければ聞くけど、なに?」
「ありがとうございます、その……私はお嬢様の権限で昨晩に、溜まっていた有給休暇を消化させていただく運びとなったわけですが……休暇とは、なにをすればいいのですか?」
わー、思ったより深刻だった。
ピケストは仕事の合間にきっちりサボりながらやってるタイプだから、長期休暇もきっちりとプラン立てて消化するタイプだと勘違いしてたけど、実態は重度のワーカーホリックだったらしい。
でもそうよね、年下の小娘の面倒を一年中見なきゃいけなくて、それが下手したら一生続く可能性がある仕事なんだもの。
「そうね……だったら、まずはあんたのヴィシャスを修理したら?」
「それは、わざわざ休暇にすることなのですか? ヴィシャスの形状は完全に把握しております、元に戻すのでしたら業務の合間にサボ……休憩をいただいてやれることでもございますが」
「なに言ってんのよ、あんた。せっかくの機会を逃すつもり?」
「と、申しますと?」
「パルくんと一緒にガンプラ修理してきなさいってことよ。パルくんはあんたにない自由なイマジネーションを持ってて、あんたは高いバトル力を持ってる。リアルでもGBNでも仲を深めるチャンスじゃない」
ピケストが、フルスクラッチとはいえ、どうして原型機から全く変化のないヴィシャスを使っているのかがようやく理解できた。
この女、「自由な発想」というものが致命的に欠けている。
小さい頃から、ある意味では運命に雁字搦めにされて育ってきたから仕方ないんだけど、「反抗」することでしか自由と快楽を実感できないから、反発や逆張りは上手でも、創造性のあることをするのが下手なのだ。
……っていうとボロクソに貶してるみたいだけど、要するにデッサンはめちゃくちゃ上手いけど、「自分で自由に絵を描いてみなさい」って言われると途端に描けなくなるタイプってだけの話だった。
「パトリック様の……発想……」
「モルジアーナを見てあんたはなにも思わなかったわけ? あれほど創造性と想像性に富んだSD、中々お目にかかれないわよ」
「……仰る通りでございます。では、パトリック様の……」
「二人の間では、『パルヴィーズ』でしょ?」
「そ、そんな! 恐れ多いです!」
今まで私を散々音の鳴るオモチャとして振り回してくれた腐れメイドの面影はどこにもなく、今ここにいるのは純粋に恋心を抱く乙女だった。
うーん、喜ばしい。
でも砂糖のゲロ吐きそう。
「逆にあんたがパトリック様呼びしてたら傷つくわよ、パルくん。本人が望んでいるんだから、素直にパルって呼んであげなさい」
「うっ……しょ、承知いたしました。ではこの長期休暇、誠心誠意パル様に奉仕させていただくことにいたします」
「奉仕もいらないわよ。ただやりたいことをやるの。やりたいことってのはパルくんが教えてくれるだろうから。回答はこれでいい?」
「ありがとうございます、お嬢様」
ふっ、とピケストは柔らかく微笑んだ。
こんな笑い方もできたのね、あんた。
どんなときも表情変わんない鉄面皮だと思ってたから、本当に新鮮で仕方ないわ。
「それじゃあ、車を出してくれるかしら」
「かしこまりました。それと、車内でももう一つ質問をよろしいでしょうか」
「じゃあ今聞いちゃいなさいよ」
「ありがとうございます。では……私服、というのは、どのようなものを着用すればいいのでしょうか。その……パル様の隣にいるにあたって、メイド服では失礼かと存じます。なので、パル様に恥をかかせないような服を教えていただけると……」
「……長くなるけど、いい?」
照れ照れと顔を赤く染めて、両頬に手を当てながらピケストは俯き気味に、私から視線を逸らした。
この女、完全に恋する乙女の顔になってやがる。
まー喜ばしいし、長年の従者……にしては最近できた腐れ縁の悪友みたいな感じがする相手が幸せを掴もうとしてるから、全力で応援はしてあげるけど。
初々しすぎて、さっきから砂糖吐きそうなのよ。
お前らは付き合いたての中学生か。いや、ピケストは多分私より年上で、パルくんは私より年下だけど。
はー、それはともかく、ブラックコーヒーをがぶ飲みしたい気分だわ。
†
「……ってことがあってね、ピケストは今不在」
「まあまあ、まあまあまあ! なんて素敵なことなのでしょう! 身分差! 禁断の恋! これほど刹那的で素敵なことがありますか!? 決めました。わたくしはあの二人を『推す』ことにいたします!」
翌日、夏休みを迎えた「学園」から無事脱出できた私は、ルカの家が持ってるリムジンバスに乗って、ことの経緯を説明していた。
ルカは完全にノリノリでピケストの恋路を応援することに決めたようだ。
そうよねー、刹那的よね。でもパルくんはやると決めたらやる男だから、絶対あの目はピケストをお嫁に迎えるつもりだと思うけど。
「リナさんもすみませんねー、バス出してもらって」
「いえ……ルルカ様にお仕えすることが私の喜びですので。ルルカ様のご学友であらせられるツミキ様のご要望でしたら、なんなりと」
なんだか地味で影の薄い印象を受ける黒髪ロングにメカクレぱっつんのメイドさんが、私の言葉に折り目正しい答えを返す。
どうやらピケストと一緒に、陰で私たちを見守ってくれていたらしいこの人は、カゲクラ・リナさんというらしい。
見た目は完全に15歳、私たちと同じ年頃に見えるけど、これでも成人済みだとか。
「それでルカ、急に霞ヶ浦なんてどうしたのよ。観光でも楽しむつもり?」
「いえ? そのような退屈なことは全く。ただ単に、霞ヶ浦にはわたくしが『推して』いる中古ショップがあるのですわ」
あーね。
中古屋といえば、レアキットが眠っていたり、組み立て済みのジャンクという名のお宝が眠っていたりする、ビルダーにとっては宝の山だ。
でも、GBNブームに伴うガンプラブームで、東京のめぼしい中古屋は大体プレ値がとんでもないことになってたり、そもそもジャンク品に至るまで狩り尽くされたりしているのが現状だった。
だから、比較的人が少ない茨城か。
全国津々浦々に展開されるガンプラブームの影響を受けていないとは考えにくいけど、あのルカが「推し」ているぐらいなんだから、さぞかし掘り出し物が眠っているに違いない。
うーん、そう考えると俄然楽しみになってきたわね。
「ミキ、わたくしは考えたのです」
「どうしたのよルカ、いつになく真剣な顔して」
「はい。真剣な問題ですから。今のイカロス・ユニットはわたくし一人でガンプラバトルを楽しむために最適化された形ですわ」
「そうね、どっちかというとタイマン向きよね」
ルカのイカロス・ユニットの出来栄えは見事なものだし、性能も高い。
だけど、弱点を挙げるとするなら、対多数を極めて苦手にしていることだ。
大火力や牽制のための兵装に乏しい、というのは、フォース戦を前提に考えたらGBNでの戦いには、不利だといってもいい。
「そこでわたくしは相手の気持ちを考えることにいたしました。どうしたら相手がもっと嫌な顔をして憤死なさってくれるのかと」
「最悪で最高な考えね」
「なので、わたくしがもっと気持ちよくなるために今回のお誘いをかけたのです」
最低で最高にイカしてるわね、私の親友。
ときには私さえも自分が気持ちよくなるためのファクターとして使うことに躊躇がない。
いいねいいね、そういうロックな精神、私は大好物よ。
「それじゃあ私もなにかしら考えてみようかしらね」
「ふふっ、ミキも後継機を作るのでしたら……一緒に交わらせてください♡」
「もちろんよ」
そんな他愛もないことをペラペラと喋っている間に、バスは茨城へと到着してくれたようだった。
適当な駐車場でバスを停めると、リナさんは同乗していた何人かのメイドさんにバスの警護を任せて、すとん、と駐車場に降り立つ。
私たちもまた、茨城の大地を踏み締めて、お宝発掘の旅路についた。
レンタカーと徒歩で霞ヶ浦の商店街に向かうと、そこにあったのは。
「おお……でっかい中古屋だ……!」
「ふふっ、気に入っていただけたようでなによりですわ。さて、お宝を探しに……あら?」
「どうしたのよ、ルカ」
ルカが突然、背後に視線を向けたから私もつられてそっちを向くと、見えたものは、「学園」の制服に身を包んだ女子生徒の姿だった。
……そういえばこの子、見覚えあるわね。
えっと、確か。
「あー、思い出した! この前突然鼻血出して気絶した人!」
「ですわね。ごきげんよう、貴女もガンプラにご興味を?」
鼻血出して気絶した子は、私たちから声をかけられたことに困惑したのか、小首を傾げて左右で色が違う瞳を白黒させる。
「ええ、と……どうして、ヤエザクラ様とシロガネ様がこのような場所に……?」
「そりゃもちろんガンプラ買うために決まってるじゃない、ね、ルカ?」
「はい♡」
「が、『学園』と態度が全然違う……でも、言ってることと考えてることは同じ……」
ぶつぶつとなにごとかを呟いて、鼻血出して気絶した子は、考え込む様子を見せた。
えーっと、誰だったっけ。
確か、「学園」でも結構有力な家の子だったから思い出せそうなんだけど。
「アマツガ様は、なにを目的に?」
「あー、思い出した! アマツガ・ロミカ! 貴女、アマツガさんね!」
「は、はい……確かに私はアマツガですけれど……」
一週間に多くて2回ぐらいしか登校してこないから、学園のレアキャラ扱いされてる子だった。
多分病弱で苦しんでいるのだろう。
そんな子をはぐれメタルみたいに扱うんじゃないわよ、全く。
「でしたら、わたくしたちと交わりませんか?」
「は、はい!?」
アマツガさんの手を取って、ルカはいつもの調子でにこやかに微笑みかけた。
ひどく困惑した様子だ、まあ、あまりにも唐突な話だから、無理もないんだけど。
それでも、アマツガさんはやがて意を決したのか、ぺこりと頭を下げる。
「確かに私はガンプラに詳しくはないので……お願いします、ヤエザクラ様、シロガネ様。妹も待たせているので、少々待っていただければと」
「承知したわ。それとアマツガさん、私たちのことはミキとルカでいいわよ」
「は、はい!?」
「ガンプラ好きな人に悪い人はいないって言葉があるじゃない。私たち、もう友達でしょ?」
まともな人もいないって続くって? うるせえ。
「あー! お姉ちゃん! その人たち誰ー!?」
「み、ミナカ。この人たちは『学園』でも指折りの有力者で……」
「ただのガンプラバカよ。あんたは?」
「私はミナカ! アマツガ・ミナカだよ!」
Tシャツにホットパンツという、姉とは対照的に極めてラフな格好をした女の子──ミナカちゃんは、元気に名乗り出た。
グラマーなアマツガさんと違って、ミナカちゃんはなんというかうすほそって感じだけど、多分双子なのだろう。
位置は反対だけど同じオッドアイだったり、顔の作りはよく似ていた。
「……それでは、乗りかかった船です。よろしくお願いします、ミキさん、ルカさん」
「新しいお友達? やったね、お姉ちゃん! これでお姉ちゃんもGBN始めても困らないね!」
ほう?
どうやら、アマツガさんはGBNニュービーか。
これはいい機会ね……じっくり丁寧に、沼へと沈めてあげるしかないわね!
初心者は丁寧に優しく沼に沈めねぇとなぁ!