お嬢様がGBNにいるわけないだろう! 作:プラ板の削りカス
自動ドアを潜って、中古屋の店内に入ると、思わず前世の記憶が蘇って胸が高鳴った。
ガンガンと遠慮なく炊かれている冷房に、「学園」とは違う、互いが互いに興味を持っていないような空気。
目の前のお宝を探すために、皆マジになっている。そんな空気が、肌を突き刺すように感じられた。
「これよこれ! このギラついた空気感、たまんないわよね!」
「わかっていただけましたか、ミキ。くだらない建前もなにもなく、ただ自らの欲しいレアキットや有用なパーツを一身になって探す殺伐とした空気。ここがわたくしの魂の地ですわ♡」
ルカがどこか恍惚とした表情を浮かべて、言った。
そうよね、吉野家コピペじゃないけど治安がすっかり良くなったこの世界のガンダムベースにはない、独特の殺伐としたアングラさがいいのよね。
表通りに店を構える立派なレストランもいいけど、たまには裏路地でひっそりやってる、ボロくて小さな店に行きたくなるのと同じで。
「……確かに皆、自分が欲しいもののことしか考えてない。落ち着くかも」
「アマツガさんも気に入った感じ?」
「気に入ったというか、落ち着くというか」
「そっか、いいことね。それじゃあ早速……宝の山を漁りに行きましょう?」
「宝の山……ジャンクコーナー、ですか?」
アマツガさんは私の考えを言い当ててから、きょとんと可愛らしく小首を傾げた。
なぜバレた。私って、考えが顔に書いてあるタイプのわかりやすい人間なのかな。
まあいいんだけど。とにかく、わかってくれたなら話は早い。
「そ、邪道かもしれないけど、ジャンクコーナーには組み立て済みのガンプラもあって、補修とかは必要になるかもしれないけど、1から組み立てるより楽にGBNへ参入できるって隠れたメリットがあるのよ」
ガンプラに限らず、プラモデルは自分で作ってこそだろ、という意見もわかるし、私も自分で作るのは苦にならないタイプだ。
でも、アマツガさんもそうとは限らない。
最近のガンプラはHGでも色分けや分割が工夫されるようになった分、立体パズルのように組み立てがややこしいものもある。
そこで躓いて、GBNという神ゲーを諦めちゃうぐらいなら、裏道から入って、必要に応じて、次第にスキルアップを目指していく、というのも悪くはないんじゃないかしら。
「そのようなメリットが……」
「そうなの。安くて組むのが簡単な
「……なるほど」
アマツガさんは小さく頷いて、きょろきょろと可愛らしくジャンクコーナーに群がる客へと忙しなく視線を向けていた。
挙動不審になるのもわかる。
普段は陸の孤島かってぐらい閉ざされた「学園」に通ってるお嬢様が、こんな中古屋に来るのは場違いだから──とか、考えてるのかしらね。
「安心して、アマツガさん」
「はい……?」
「オタクは自分が好きなこと以外にあんま興味ない生き物だから」
「ありがとうございます。確かに皆、目の前のガンプラに夢中ですからね」
たまになんだこのお嬢様、みたいな目を向けられることはあるけど、すぐにガンプラの吟味へと戻っていくからガノタというのは自分の欲望に正直でよろしい。
「それではミキ、わたくしはミナカ様とレアキットを探しに行ってきますわ」
「お姉ちゃんもお気に入りのガンプラ探すの、頑張ってねー!」
うおでっか。声が。
うすほそなボディのどこから出力されてるんだってくらいに大きな声で、ミナカちゃんは私たちに手を振った。
そして、ルカと一緒にガンプラの箱が山積みになっているコーナーへと足を運んでいく。
「ごめんなさい、いい子なんですけど」
「気にしてないわ。お姉ちゃん想いのいい妹じゃない」
「……本当に気にしてない……あ、ありがとうございます。ミキさん」
「?」
なんかさっきからアマツガさんの独り言が多いのはちょっと気になるけど、他人の癖なんて指摘したって直るわけでもあるまい。
直してほしいとも思ってないしね。
個性ってそういうもんでしょ、多分。めいびー。
「私はなんかちょうどよくシリンダーパーツとかないかなーってジャンク箱探してみるけど、アマツガさんは?」
「私は……ガンプラのことにはあまり詳しくないので、ミキさんが言っていたように、組み立て済みのコーナーを探してみます」
「いいわね。なんかわかんないこととかあったら遠慮なく聞いてちょうだい。なるべく早口にならないように答えるから」
初心者は丁寧に沼に沈めてあげないといけない。
これは多分オタクの合言葉だけど、前世から問題になっているのが、「教えたがり」の存在だ。
善意からくる過剰な説明と早口でかえって相手の興味を削いでしまう、誰も幸せにならない結末が約束されている暗黒の黄金パターンね。
ユッキーくんのことをちょっと脳裏に浮かべちゃったのは申し訳ないけど、一般人はそもそもガンダムの種類どころかガンダムとザクの区別もつかないのよ。
「さてさて、私のお目当てはあるかしら」
ウイングガンダム・フェアリアルも、決して悪くはないガンプラだと自負している。
でも、ルカの考えが変わったように、アマツガさんが勇気を出してGBNに参入しようとしてたり、ピケストがようやく年頃の女の子らしさを取り戻したように。
私だってなんか、変わってみたいというか、とにかくなにかをしたいって欲がビンビンに刺激されててたまらないのよね。
†
私──アマツガ・ロミカには、少しだけ人と変わった体質がある。
強い想いや、人の考えていることを、無差別に受信してしまう体質だ。
……だから、嘘と建前で塗り固められた「学園」のことは大嫌いだった。
この体質に悩まされて、ろくに学園に通うことができない私のことを皆、内心では蔑んでいるくせに、建前だけでの、上辺だけでの心配をするというのが嫌で、余計に頭が痛くなって早退する──いつもこの、繰り返しだった。
代々警視庁の有力なポストについてきた、先代の警視総監を祖父に持つ私を、自らの価値を高めるトロフィーとしてしか見てくれないし、その癖内心では見下している。
ミキさんとルカさんのことを知ったのは、そんな、閉ざされた「お嬢様」の世界に、嘘と建前だけの人間に絶望しかけていたときだった。
『あー、かったりぃー。早く家に帰ってGBNで思う存分にイキ狂って暴れ散らかしてぇー!!!!』
『ふふふふ、ふふふふふふ……FXXK! FXXKが足りていませんわねぇ! もっと刺激的に! 激しく! ミキと一緒にGBNで交わりあいたい!!!!』
一瞬、「学園」に不審者が紛れ込んだのかと勘違いしそうになるぐらい、誰のことも気にかけていない強烈なエゴ。
そのときは過激な内容に当てられて気を失ってしまった。
でも、それだけ人を惹きつける「GBN」とやらがなんなのかが気になって、ミナカに聞かせてもらって、今に至るというわけだった。
ガンダムのことなんてわからない。
ガンプラを組み立てる自信もない。
でも、ミキさんはそんな私を肯定してくれて、裏道からでもGBNを楽しむ方法を教えてくれた。
だったら。
変わりたい。
楽しくなりたい。嫌なことばっかりの人生を、この手で私も変えてみたい。
願うように、パッキングされた手元の袋に手を伸ばそうとしたときだった。
(聞こえているのだろう、呪われし乙女よ……)
強い想いを、誰かの、なにかの「声」を私の脳が感じ取った。
誰? なに? どうして私に呼びかけてくるの?
中古の組み立て済みガンプラが吊るされている袋ではなく、それもジャンク箱の底から。
(ククク……気づいたか、呪われし乙女よ……我を忌々しきジャンク箱の封印から解き放つのだ……この「黒薔薇の悪魔」の力は貴様にこそ相応しい……)
「アマツガさん?」
気づけば、私はミキさんと一緒に、一心不乱になってジャンク箱を漁っていた。
(麗しき、呪われし乙女よ……確かに我が身は傷つき、傷を癒さねば本領は発揮できぬ……それゆえ価値を不当に見積もられているのだ……この怒りと憎しみは貴様にもわかるだろう……さあ、我を封印から解き放つのだ……)
……なんか痛々しい言葉遣いだけど、ジャンク品扱いされてて割引されてるから、買ってください、ってことなのだろう。
私は、ジャンク箱の底の底から、ようやく「声」の下へと辿り着く。
そうして、手のひらに収まったのは。
「全塗装の完成品ね。でも、すごい出来……! そうそう、こういう掘り出し物が埋まってるから、中古屋巡りはやめらんないのよね!」
ミキさんが笑顔で親指を立てる。
手のひらに収まったガンプラは、どこか刺々しく禍々しい外見をしていたし、出来も……ミキさんが言うように、多分いいのだろう。まだ、私にはわからないけど。
でも、他のどのガンプラよりも、作り手の強い「想い」が感じられた。それだけで、私は十分だった。
「貴方は、『ローゼン・シニスタ』というのね……」
不当に価値を見積もられ、箱の底でいつか誰かが買ってくれることを夢見続けていたガンプラ。
ローゼン・シニスタの「声」は、なんの因果か、蔑みの目を向けられるお嬢様社会から解き放たれたくて仕方がなかった私とよく似ていた。
胸に、ぎゅっとローゼン・シニスタがパッキングされた袋を抱き寄せる。
──きっと私たちは、出会うべくして出会ったのだろう。
「いいじゃない、アマツガさん。その子にしちゃえ! とっても気に入ったなら、好きなら、それ以外の理由はいらないから!」
……そう、きっと、ミキさんとも。
「……ロミカ」
「えっ?」
「ロミカ、と呼んでいただけると……嬉しいです」
私は意を決して、ミキさんへと胸の内を伝えた。
本当は怖い。
馴れ馴れしいやつだと思われていたり、お前なんか本当は友達じゃないと思われていたりするのが、私はすぐわかってしまうから。でも。
「そうね、私だけアマツガさん、って呼ぶのもなんかよそよそしいし! 改めてよろしくね、ロミカ!」
「はい……ありがとうございます。ミキさん」
ミキさんの言葉と笑顔に表裏はなく、真っ直ぐに私の心へと突き刺さった。
ああ。
ミキさんとも、ローゼン・シニスタとも、
これから、私は幸せになるんだ。
絶対に、なってみせるんだ。今から未来をやり直すんだ。
私に生まれて初めてできた、本当のお友達と、ガンプラと、愛する妹と一緒に。
厨二病ガンプラくん「はい……ぼくは持ち主に手放されジャンク品扱いされて割引セールされてる哀れなガンプラです……なのでどうか買ってください……」