お嬢様がGBNにいるわけないだろう! 作:プラ板の削りカス
【悲報】夏休み、終わる
「あ゛ー……」
かくして迎えた9月1日──振り返れば、充実した夏休みだった。
新しい友達ができたり、ヒロトくんとイヴが現実で再会したり、ヒナタちゃんがGBNを始めることになったり──そう、本当に楽しかった。
だからこそ、起きるのがしんどいのだ。
お嬢様らしからぬダミ声で呻いている理由は、シンプルに夏休みが終わってしまったからだというのと、もう一つ。
『ピケスト、パルくんとの夏休みは楽しんできた?』
『……はい。それはもう……ですが』
『ですが?』
『お嬢様に一つだけ残念なお知らせをしなければなりません。長年、とてもお世話になりました。このご恩は言葉では表しきれません。本当に感謝しております。ですが、私は……この度、ヤエザクラ家よりお暇をいただかなければなりません。私は──この度、パル様の妻となることが決まりましたので』
昨日帰ってきたピケストが、いきなりらしからぬ態度で殊勝に頭を下げてきたから何事かと思いきや、左手の薬指に指輪がはまっていたのよね。
そりゃもう驚いたわよ。
パルくんと仲が深まればいいな、ぐらいのつもりでプレゼントした有給休暇で、まさか婚約──というか、結婚して帰ってくるとか思わないじゃない。
そんなわけで、引き継ぎとかはやってもらっているけど、ピケストは事実上ヤエザクラ家を去っていくことが決まって、嬉しいやら悲しいやら寂しいやらで、一睡もできなかったのだ。
わかっている。パルくんと婚約通り越して結婚まで行ったのなら、遥かに身分が劣る私に仕え続けることはできないと。
だけど、長いこと私を育ててくれて、GBNでも楽しく暴れ散らかしていた仲間が、いなくなっちゃうのは寂しすぎる。
「はぁ、もう……憂鬱ね……」
でも、我慢しなきゃ。
本当にピケストの幸せを考えるのなら、笑って送り出してやるのが、元主人としての最後の役目でしょう。
夜にシャフリさんからかかってきたホットラインで、近々パルくんは日本に移住するつもりだとか聞かされたから、あっちの王位継承権問題とかにも関わらなきゃいけないのも憂鬱だけど、やるしかない。
私は、ヤエザクラ・ツミキなのだから。
やってみせなきゃ。
完璧なハッピーエンドこそが、私の信条。そうじゃなきゃ、気持ちよくないのだから。
今日は自分の手で着替えを済ませて、私は「学園」へと戻る準備をする。
次期当主の座を射止めたから、多少は肩で風を切って歩けるのが不幸中の幸いだろうか。
あー、でもさぁ。やっぱ夏休み、終わってほしくなかったなあ。
†
「ああ、ヤエザクラ様とシロガネ様とアマツガ様の御三方が並んで歩いてらっしゃいますわ……!」
「なんてお美しいのでしょう、まるで一枚の絵画を見ているよう……」
「アマツガ様のご容態も安定されたと風の噂で耳に入れましたから、なによりですわ」
ルカに頼んで、リナさんを連れてきてもらって、私とロミカを含めた3人で登校してきたところ、生徒たちは今までロミカをレアキャラ扱いしていたのが嘘のように手のひらを返してもてはやし始めた。
けっ、そういうとこだぞそういうとこ。
これだからロミカが人間不信になったり頭痛くなったりするのよ。
「……学園長にかけあって、同じクラスに転属させていただき、ありがとうございます。ミキさん」
「構いませんわ。気分が悪くなったら、いつでも私やルカを頼ってくださいまし」
「わたくしも、ロミカさんとご学友として共に歩めることに、感謝しておりますから」
「……ありがとうございます」
そんなわけで、ロミカを新しく「学園」でのお友達に迎えて、高等部の校舎へと歩いていたときだった。
「なにやら、中等部の方が騒がしいですわね」
「……喧嘩、してるみたいです」
「穏やかじゃないわね……行ってみるわ」
ざわざわと喧騒が聞こえてきたから何事かと思いきや、ロミカの読心曰く喧嘩が発生しているとか。
夏休み明けからなにやってんのよ厨房どもがよ。
どうせ、くだらない家柄マウント合戦がヒートアップした結果なんでしょうけど。
「聞きましたか?」
「ええ、クワジマさん、先日はガンダムベースなんて庶民の遊び場でお戯れになっていたそうですわね……」
「まあ、なんてはしたない……やはり所詮はアパレルブランド出身の成金。庶民と変わらないということですわね」
「その通りですわ、卑しくも『学園』に籍を置いていながら、淑女の学舎たる『学園』に泥を塗るなんて!」
「このような体たらくでは『学園』に相応しくありませんわ。即刻退学していただきたいですわね」
騒動の渦中に飛び込むと、いかにもなお嬢様たちが、赤みがかかった桃色の髪を二つのシニヨンにまとめた女の子を取り囲んで、淑女とは? と疑問を投げつけたくなる罵倒をぶつけていた。
うわー。噂には聞いてたけど、この「学園」って旧財閥系とか歴史ある家に生まれてないと、スクールカーストは最底辺が確定するって本当だったんだ。
それでも娘を「学園」に通わせようと思ったのは、ここを卒業することで「一流の淑女」として箔付けをしてやりたかったんだろうか。
そんな箔に、価値なんてないのに。
「なんとか言ったらどうですの? 卑しい庶民上がりのクワジマさん」
「これではわたくしたちが悪者みたいではないですか」
「悪いのは貴女と貴女の卑しい生まれですわ」
「……ヒメは……ヒメは、悪くない! お父さんのことを悪く言ったの、今すぐ謝りなさいよ!」
どうやらマウント合戦で不利に立たされている女子生徒は、怒りが限界に達したらしく、目の前の女子生徒に掴みかかろうと立ち上がった。
いや、ダメよそれは。
暴力はどんな理由があっても先に振るったやつの負けになる。だから、そろそろ飛び出して止める頃合いか──と、思ったときだった。
「おやめください」
「キソジ様!?」
「私のお友達を悪く言うのは、私を悪く言っていることと同じ、です。この意味は、わかりますか」
後ろから駆け寄ってきた小柄な、短めな銀髪をツインテールにまとめた女の子が、割って入って、二人が殴り合いの喧嘩になりそうだったところを止める。
「ぐ、ぐぬぬ……庶民を庇うなどと、貴女も淑女の学舎たる『学園』に泥を塗るおつもりですのね、キソジ様! 失望しましたわ、生徒会にかけあって──」
「おやめなさい、と彼女が仰っていたのが、聞こえなかったのですか?」
「こ、高等部のヤエザクラ様!? それにシロガネ様も、アマツガ様も……!」
ヒメ、と名乗っていた女の子をよってたかっていじめていた女子生徒集団から、庇うような位置に立って、私はキソジちゃんの援護射撃をすることにした。
任せなさいよ後輩。
私はこのくだんねー家柄マウントバトルで、伊達に勝ち抜いてきたわけじゃないんだから。
「この『学園』の門戸を叩いた時点で、皆、平等に淑女を目指す学友なのです。庶民の出であることが『学園』の名に泥を塗る……そのような発想が既に淑女として品性に欠けていると、おわかりにならないのですか?」
「ヤエザクラ様、しかし!」
「ああ、ごめんなさい。貴女は私の言葉がお気に召さなかった、ということですのね」
要約するなら、「ヤエザクラ家の次期当主に内定している私の言葉を無視できるとはいいご身分だな? お?」ということである。
く、くだんねー。
あまりにもしょうもなさすぎる。勝っても全然気持ち良くないのよ、家柄マウントバトルは。
『……失礼いたしました、ごきげんよう』
ヒメちゃんたちをいじめていた女子生徒は、露骨に表情筋を引き攣らせながら去っていった。
ざまぁ見ろこの敗北者どもめ。
家柄で他人を攻撃するから、こうやって家柄で他人から攻撃されるブーメランが返ってくるんだよ。
「ありがとうございます、ヤエザクラ様」
「……ありがとうございます」
地面にへたり込んでいたキソジちゃんとヒメちゃんは立ち上がり、私たちにカーテシーを添えて一礼した。
「別にお礼を言われるようなことはしておりませんわ、あの方々は淑女として品性に欠けている振る舞いをされていた。それを嗜めただけです」
「でも、ヤエザクラ様はシナノたちを助けてくれました。このご恩を、どうお返しすればいいのか……」
キソジちゃんの下の名前はシナノ、というらしい。なんだか可愛らしい響きね。
そういえば陰険ないじめグループがガンダムベースどうこう言ってたし、この子たちもガンプラバトルを嗜むのかしら。
ちょっと気になるわね。
「でしたら、放課後、旧校舎の音楽室にお二人で来ていただけますでしょうか?」
「旧校舎……どうして、そんな……あっ、そのような、使われていないところで?」
「ふふふ♡ それについてはわたくしからお答えしますわ。クワジマさん、キソジさん。答えは……とっても素敵な、退屈を吹き飛ばせることが待っているからですわ♡」
「……っ!」
「この『学園』で溜まったフラストレーションを発散するには、いい機会……だと思います」
ルカとロミカの援護も得て、私は改めて二人をエスコートするように手を差し伸べた。
シナノちゃんとヒメちゃんは顔を見合わせると、躊躇いを振り切るように頷き合う。
そして、私の手を取ってくれた。
「ありがとうございます。それでは放課後、お待ちしておりますわ」
二人に一礼し、私たちは高等部の校舎へと戻っていく。
あー全く。夏休み明けからくだんない家柄マウントバトルをしてしまった、という虚しさはあるけれど。
もしかしたら新しいガンプラ仲間ができるかもしれない、という期待の方が大きかったから、差し引きではプラスといったところかしらね。
夏休みが終わるとどうなる
知らんのか、学校生活が始まる