正門から校舎を抜け、その奥へ進むと裏庭が広がっていた。建物に囲まれた空間は外よりも少し静かで、空気もやわらいでいる。整えられた花壇には赤や青、淡い紫の花が段を作るように並び、風に揺れるたびにかすかな土の匂いが立ち上った。
その中央に、人だかりができている。
ララクは足を止め、視線を向けた。
背丈が肩を越えるほどの高い植物が、まっすぐ立っている。長い茎の先に開いた花は円を描き、形はヒマワリに近い。だが花弁は細く、淡い金色に透けるような質感をしている。中心は深い青で、内側に光を抱えたように静かに揺れていた。風が通るたび、縁から細かな光がこぼれ、周囲の空気に溶けていく。
札に刻まれた名が目に入る。
「ルミナリア・ソルフロール」
その前に立つカライジが、少しだけ緊張した様子で口を開いた。
「えっと、本日は見ていただいて、ありがとうございます。このルミナリア・ソルフロールなんですけど、元は野生の種をベースにして、調整を加えた個体になります」
言葉を選びながらも、なんとか伝えようとしているのが分かる。丁寧ではあるが、どこか学生らしいぎこちなさが残っていた。
「その、もともとこの種って、途中で成長が止まっちゃうことが多くて、開花までいくケースがほとんどなかったんですけど……」
一度だけ視線を花へ向けてから、また観客へ戻す。
「環境の条件とか、栄養の流れを調整していったら、こういう形で、開花まで持っていくことができました」
少し早口になるのを自分でも気にしたのか、カライジは小さく息を整える。
「まだ、その、完全に安定してるわけじゃないんですけど……人工的な環境でも、ここまで育てられるっていうのは、確認できたかなって思ってます」
最後は少しだけ声が弱くなる。それでも、周囲からは感心したような空気が広がっていた。
その中には、彼の先生として一時的に機能していたララクもいた。自身よりも高い明るい花をみながら、その説明を聞いていた。視線は花から離さない。
(最先端の国は、生物学も進んでるんだな)
開花まで誘導できる。その一点だけで価値は十分すぎる。条件さえ詰めれば、再現性も見えてくるはずだと、自然に思考が進む。
バイオテクノロジー。機械学のイメージが強かったこの国、ヌーツの科学力の凄まじさを感じていた。
ルミナリア・ソルフロールは風に揺れながら、静かに光を散らしている。作られた存在でありながら、そこに立つ姿には確かな重みがあった。
「学際に間に合ったのは喜ばしい、結果なんですけど……実は再現性で言うとかなり低くて……」
カライジはそう言いながら、手元のパソコンに触れる。指先の動きは慣れているが、どこか急ぎ気味だった。
直後、花壇の前に設置された投影機が低く唸るように作動する。空気中に淡い粒子が集まり、形を持ち始めた。魔力を媒介としたホログラムが展開され、透明な像がゆっくりと上へと伸びていく。
細い幹が空間を貫くように伸長し、さらに上へ、さらに上へと続いていく。
周囲の人々は思わず顔を上げる。視線が引き上げられ、首が追いつかなくなるほどの高さまで、光の植物は止まらない。
ララクの目が見開かれた。
「!? これが、本来の全長……?」
カライジは頷き、少しだけ息を整えてから答える。
「野生、自然界での最長観測記録は19.7メートルなんです。人工的な土地では限界があるのか……そもそも、ボクはまだルミナリア・ソルフロールを野外で研究させてるわけではなくて。やっぱり、現地に赴いて土壌や水質、周辺のモンスター環境も関係があるのかと」
言葉を探しながらも、視線は真っ直ぐだった。ホログラムの巨大な花が、空中でゆっくりと開いたまま静止している。現実の花壇にある個体とは比べものにならない規模。その差が、はっきりと突きつけられていた。
カライジは一度だけララクの方へ目を向ける。そのまま、少しだけ声を強めた。
「そのために冒険者になって、過酷なフィールドワークを中心に研究を進めていきたいと思います。発表はここまでですけど、展示はずっとやってるんで、心癒され続けてください。以上です」
言い切ると同時に、周囲から拍手が起こる。緊張がほどけたのか、カライジはわずかに肩を下ろした。
ホログラムはゆっくりと消えていき、空間は元の高さへと戻る。
ララクは人の流れが緩んだタイミングで、カライジのもとへ歩み寄った。
「君なら、植物学者としても冒険者としても大成する気がするよ」
カライジは一瞬きょとんとしたあと、すぐに表情を崩した。
「褒められたら、頑張ろうって思うタイプなんで。じゃんじゃか褒めちゃってください」
軽く笑いながらも、その手はすでに次の操作に移っている。資料の切り替えや機材の確認で忙しそうだ。
「おっと、次はあそこの展示か」
視線だけで次の場所を示す。ララクもその方向を追った。
「そっちも手伝うんで、見に来てくださいよ」
「仲間が出るんだ。病欠以外は出席するよ。……あー、でも、レッツタくんは? キミが彼の付き添いをしないなんて珍しい気がして」
ララクの問いに、カライジは一拍だけ間を置いた。
「はは、あいつも目的思考中の時はきりっと動きますよ。……今は、クラス展示の用事とか、だった気が」
少しだけ歯切れが悪い。それでもすぐに動き出し、歩きながら機材をまとめていく。
「そっか、彼だってライノ討伐の功績があるんだから、見て欲しかったけど」
「録画はしてるんで……行きましょ、ララク先生」
カライジは軽く振り返り、歩幅を上げる。
ララクもその後を追った。人の流れを抜け、校舎の影を横切り、開けた場所へと出る。
第3校庭。すでに椅子や簡易ステージが整然と並べられ、次の発表の準備が進んでいた。