「【スイングインパクト】サイスチューン!」
ゼマがロッドを振り払う。魔力が一気に流れ込み、内部構造が変化する。先端が分岐し、まず十字架のような形へ展開、その直後に左側の突起だけが異様な速度で伸び、外側へ大きく張り出す。
棒としての軸を保ったまま全体の輪郭が歪み、疑似的な大鎌のシルエットが形成される。振りの軌道は円を描き、伸びた刃状部分が空間を広く薙ぐ。範囲が拡張されるだけでなく、振り払いの勢いをそのまま突きへ変換できる構造が生まれていた。
ガルアークは腕を前へ出し、前腕装甲を交差させて防御姿勢を取る。だがゼマの軌道は正面を外す。わずかに角度をずらし、脇腹のラインへ滑り込む。
「かっぱらうぞ、その体!」
伸びた突起と十字の交差部、その隙間へ機体を引き込むように合わせる。叩くのではなく、挟み込む動き。ガルアークの胴体がクロス部分にぶつかり、そのまま拘束される形になる。
「異変確認」
短い機械音声の直後。ゼマの足が地面を強く踏み込む。軸足に体重を乗せ、腰をひねり、肩から腕へと力を連動させる。ロッドがしなり、その反発で回転が始まる。捕らえたままのガルアークが外側へ引き出され、質量が遠心力として膨れ上がる。芝生が削れ、足元から土が弾ける。
回転は止まらない。半周の時点で速度が乗り、ガルアークの体が持ち上がる。補助魔力が姿勢を戻そうと働くが、引き回される力がそれを上回る。装甲の継ぎ目が軋み、空気が唸る。ゼマの腕に伝わる重さがさらに増すが、それを押し切るように体ごと回し続ける。
一周。
さらに加速した勢いのまま、回転の頂点で一気に振り抜く。支点を外へ滑らせるようにロッドを送り出し、溜め込んだ遠心力を解放する。ガルアークの体が弧を描いて放たれ、制御を外れたまま地面へ叩きつけられる。芝生が大きくめくれ、鈍い衝撃が広がった。
「緊急離脱してみなよ」
ゼマがにんまりと笑う。ロッドの先端は杭のように地面へ深く突き刺さり、疑似的な鎌形状のフレームがガルアークの胴体を挟み込んで押し付けている。十字に交差した部分に固定された機体は、芝生へ沈み込むように拘束され、自由を奪われていた。
ガルアークがあがく。脚部が地面を掻き、内部の出力が一気に引き上げられる。関節が唸るように連動し、押し返そうとする力が膨れ上がる。
「拘束状態確認。出力増加。離脱処理、実行」
低い音声とともに、機体がわずかに持ち上がる。地面が盛り上がり、芝生がめくれ上がる。ロッドごと押し上げるほどの力で、拘束にわずかな緩みが生まれる。それでもゼマは動かない。片手でロッドを押さえ込み、体重を乗せて支点を固定する。軸を崩さず、逃がさないままその力を受け止める。
「いいねいいね、そのパワー。だから押さえがいあるんだよ」
ガルアークの出力はさらに上がる。土が膨れ、今にも拘束が破られそうになる。
その瞬間。
「終局だな」
プロフェッサーモドムが静かに呟く。それと同時に電子音が会場へ響いた。設置されていたタイマーが点滅し、模擬戦の終了を告げる。10分。その区切りを迎えた瞬間、ガルアークの動きがぷつりと途切れた。全身の力が抜け、支えを失ったようにそのまま地面へ沈み込み、完全に停止する。
「ふぅ。完璧勝利とは思ってないよ。でもサイちゃんの発表の場としては、だ~いぶ貢献できたんじゃない?」
ゼマは肩で息をしながらも笑い、ロッドを引き抜く。拘束が外れ、ガルアークの体が横へ崩れる。
「充分上々、かな」
サイフウが静かにうなずく。視線は最後まで戦闘の痕跡を追い、機体と武器の状態を確認していた。
その直後、乾いた拍手がひとつ鳴る。プロフェッサーモドムだった。
「模擬だが、状況的にアークの、私側の敗北だな。皆さま、優れた可変武器と学生に、そしてこの場で戦い続けた冒険者に賞嘆を」
言葉に続き、拍手が広がる。波のように会場を満たし、歓声が重なって熱気が戻ってくる。ララクもその中で手を叩きながら、目の前の光景を見つめていた。
(初めましての感情だ。教え子、というには浅いかもだけど……喜んでしまうな。ゼマさんは、通常運転さすがパフォーマンスだし)
胸の奥に、これまでとは違う温かさが広がる。自分が関わった存在が、大勢の前で評価される。その事実が、静かな実感として心に残っていく。
近づいてくるプロフェッサーに、サイフウは静かに一礼する。視線を上げたそのまま、抑えた声で感想を口にした。
「人型の戦闘ユニットで、冒険者以上の機動力と破壊力には、感銘です。人類の憧れ、プロフェッサーモドム」
「っは、君の中で私は大それた存在なようだ。技術力に自信はあったが、私の研究は地についているけどな」
軽く笑いながら、プロフェッサーモドムは視線を横へ流す。芝生に倒れ込んだガルアーク。その装甲には先ほどの衝撃の痕が残り、関節部にはまだわずかな熱がこもっている。その傍らでゼマが胡坐をかき、メタリックな頭部を指先でつついていた。金属を叩く乾いた音が、静まった空気の中でやけに響く。
「……プロフェッサーはどうして人型に専念を? 四足歩行の獣型なら、完全自立やモンスターのような動きが可能になりそうだけれど」
サイフウの問いに、プロフェッサーモドムは一瞬だけ目を細める。その表情には、すでに通り過ぎた試行錯誤を思い出す色があった。実際、彼は過去に獣型の試作機もいくつか組み上げている。四肢で地を蹴り、重心を低く保った高速移動を実現した個体。だがそれらは、制御と判断の面で決定的な壁に突き当たっていた。
「……獣仕様も難点は多い。人工知能は、人の脳を模している。モンスターの脳内構造に合わせたAIを作れば、今度は人のような理性的思考が芽生えづらくなる」
「人工の人的知能、それがアークの内部構造だと」
「ああ。元々は人が操縦するように作成されているからな、プロトタイプは。それでは完全自立を可能にできなかった。そして私は、前任の研究を元に専用AIを開発したが、結果は理想の半ばだ」
サイフウはわずかに顎を引く。問いは的外れではなかったが、深さが足りなかったことを理解する。
「すみません、未熟な提案をしてしまった」
その言葉に、プロフェッサーモドムは首を横に振る。
「君たちのおかげで、私の立てた仮説を信じる気になったよ」
「仮説、よければ拝聴したい……んですけど」
「続きを述べよう。ララクくんと話したことなんだ。アークAIにまずは人体構造を理解させる。これまで、ラーニングは過剰に熱を帯びるほど繰り返した。だがそれだけでは〈ひとりでに歩くという〉赤子の親が喜ぶことが、いくら経っても無理だ」
「ララク先生はなんて?」
「人体の神秘、と言っていたな」
「へ~、シンプルな意見。理解できぬ領域が、人の中にはあるってことか」
プロフェッサーモドムは小さく息を吐き、再びガルアークへ視線を戻す。拘束から解かれた機体は沈黙したままだが、その内部に積まれた試行の積み重ねが、そこに在ると主張しているようだった。
「だが今日、ほんの少しだけその神秘に触れた気がした。ゼマくん、彼女の恐怖心に抗う気合と根性。おかしいよ、合理性を突き詰めると感情論に行きつくのかもしれない。いや、もともとそういう分野か、人工知能は」
「確かに、ガルアークも同様に格上の相手に突き進むことは可能だと思う。だけど……危険と、恐れを抱きながら戦い続けるのは、人にしか……ゼマ先生、冒険者ならでは」
「反骨精神、高みを目指す向上心、もっと人の心理思考は複雑な迷路なんだろう。……それが、自立歩行と直結しているかどうかは、これからの論文テーマだな」
「貴重な仮説、聞けて光栄です。ありがとう」
「私も、早急に誰かに話し言葉を形に成せて良かった」
そう言ってプロフェッサーモドムは歩き出す。芝生を踏みしめ、倒れたままのガルアークの元へ近づく。その途中で、胡坐をかいたまま機体をつついているゼマへ視線を向けた。
「君の脳内をインプットするのが近道の可能性が出てきたよ」
「追加クエストならいいよ~ん」
ゼマは満足げに笑いながら軽く手を振る。その気軽さに、プロフェッサーモドムはわずかに苦笑する。だがその内側では、別の思考がゆっくりと形を取り始めていた。
(人脳をトレースしたとして、それは人体生成、クローンのような領域になりそうだが……)
自らの発想に、微かな違和と危うさを感じ取る。それでも思考は止まらない。視線の先にあるガルアークへと歩み寄りながら、その先の可能性を探るように、静かに考え続けていた。