祝・追放 11   作:高見南純平

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第458話

2人の学生がとぎれとぎれの会話を交わしながら廊下を進んでいると、ふいに空気が変わった。差し込んでいたはずの光が鈍く感じられ、空間にわずかな歪みが走る。床や壁が揺れているわけではないのに、感覚だけがずれる。耳の奥で低い振動が鳴り続けているような、不快な静けさ。

 

サイフウは足を止める。呼吸を一度浅く区切り、周囲の気配を探る。背中にじわりと冷たい感触が広がった。

 

「仮装の出し物なんて、あった? 私、自分以外の把握できてないんだよね」

 

「……いや、あんなの情報に、ない」

 

カライジの声は抑えられているが、はっきりと緊張を帯びている。台車の車輪が止まり、わずかに軋む音を残して沈黙する。彼の視線は、廊下の先へと釘付けになっていた。

 

そこに立っている。

 

ボロボロに裂けた布が幾重にも重なり、その上から黒いロングジャンバーが垂れ下がる。フードは深く、影が顔を完全に覆い隠している。その奥にある仮面は、感情という概念を最初から持たないかのように、滑らかで無機質だった。光を受けても反射せず、ただそこに在るだけで異質さを際立たせている。

 

風はないのに、布の端がわずかに揺れる。動いていないはずの存在が、空間だけを震わせている。

 

「じゃあ、この学校に黒い不審人物がいるってわけ。明確じゃん、怪人って事が」

 

サイフウの声は平静を保っていたが、その内側では情報が高速で組み立てられていく。ララクたちが追っている存在。学院内で断片的に流れていた噂。中東部の生徒だったクエディーカ少年の亡霊とまで囁かれている黒衣の怪人。

 

初見であるはずなのに、違和感なく一致する。むしろ、目の前の存在がそれ以外である可能性の方が低いと直感が告げていた。

 

視線を向けているだけで、認識が曇る。人の形をしているのに、生物としての連続性が感じられない。立っているだけのはずなのに、空間の方が押し広げられているような圧迫感。

 

(なんでこんなタイミングで。……いや、どんな時でも先生案件か、こんな侵入者)

 

思考を切り替える。状況の整理と同時に、距離の把握。サイフウは半歩だけ後ろへ下がる。靴底が床を擦る音が、やけに大きく響いた。

 

その異様な存在は、ゆったりと一歩を踏み出した。床に触れる音はほとんどない。それでも確かに距離が縮まる。だが次の瞬間、動きが一変した。空気を裂くように速度が跳ね上がり、視界の中で黒が伸びる。低く沈んだ姿勢のまま、一気に間合いを詰めてくる。布の裾が遅れて揺れ、腕だけが先行するように伸びた。

 

狙いは、明確にサイフウ。

 

「っち。(戦闘ユニット、今日は無携帯だっていうのに)」

 

反射的に思考が切り替わる。逃げるよりも、どう迎撃するか。彼女の中で自然と戦闘の選択肢が立ち上がる。だが両手はノートパソコンで塞がれ、武器もない。重心を落とし、脚で迎え撃つ準備を整えようとした、その瞬間だった。

 

「サイフウ! 護身は任せてくれ!」

 

背後から飛び出したカライジが、サイフウの前へ割り込む。手に握られていたのは、短い柄。それが一瞬で変形し、内部機構が展開する音とともに刃が伸びる。鈍い光を放つ斧状の武器へと変わり、振り上げられた。

 

直後、怪人の腕と激突する。

 

金属同士がぶつかる硬い音が廊下に響き、火花が散る。怪人の腕にはガントレットのような装甲が装着されており、衝撃を受け止めていた。

 

「ブーストオン!」

 

カライジが叫ぶと同時に、斧の後方から熱が噴き出す。圧縮されたエネルギーが爆ぜるように放出され、その反動で刃が一気に加速する。振り抜きは鋭く、連続で叩き込まれる一撃一撃に重さと速度が乗る。空気が焼ける匂いがわずかに漂い、軌道の残像が光の尾を引いた。

 

怪人はそれをまともに受け続けることはせず、一度、大きく後方へ跳ぶ。距離を取り、姿勢を立て直す。その動きもまた、無駄がなく静かだった。

 

「校舎から出るんだサイフウ!」

 

「……はぁ、あんたもね」

 

短く返し、サイフウは即座に判断を切り替える。ここで戦況を分析するよりも、まず安全圏へ移動する。踵を返し、廊下の奥へと走り出す。抱えたノートパソコンがわずかに揺れ、足音が乾いた反響となって広がった。

 

サイフウはそのまま走り出す。靴底が床を打つたびに乾いた音が響き、廊下の先に広がる明るい玄関口が近づいてくる。外光が差し込み、視界が一気に開ける。そこにはまだ学園祭の空気が残っていて、数人の生徒が行き交っていた。状況を知らないまま、いつもの延長で動いている者たち。

サイフウは息を整える間もなく、声をかけようとする。避難を促すべきだと判断した、その瞬間だった。

 

足が止まる。

視界の中央に、黒が立っていた。

 

「最先端の警備は、節穴なのか……」

 

低く、乾いた声が落ちる。目の前にいるのは、先ほどの個体とは明らかに異なる存在だった。瞬間移動したわけではないと直感で分かる。空間の歪みも、接近の気配もなかった。ただ、最初からそこにいたかのように立っている。

 

同じく仮面をかぶっている。だが、その質感はより冷たく、均整の取れた造形をしていた。黒衣は無駄なく体に沿い、装飾すら削ぎ落とされている。その代わりに、全身へ細く走る紫電の光が浮かび上がっていた。筋のように巡る光が脈動し、わずかに遅れて空気が震える。静止しているのに、そこだけが不安定に揺らいで見える。

 

異質さの質が違う。

 

先ほどの怪人が不明瞭な存在だとすれば、こちらは明確に意図を持って立っている存在。圧が違う。周囲の生徒たちも、何かに気づいたのか動きが鈍る。

黒衣の怪人が、そこに推参していた。

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