グレグリーライノの側面、その中腹より奥。外層の解体がまだ続く中で、そこだけは別の流れで進んでいた。
切り開かれた跡はあるが荒れていない。肉と皮膚の層は無理に断ち切られた形ではなく、順序よく分けられ、奥へと細い道が通っている。削り出すようなその経路は、解体というより採掘に近い精度を持っていた。
先頭にいるのはレッツタ。手にした磁力制御器具をわずかに傾け、内部の反応だけを拾い上げている。刃は使わない。磁場によって硬質成分を浮かせ、肉の層から分離させていく。
「角はもう外にあるしな……あれも候補ではあったけど」
ぽつりと呟きながら、校庭の端に転がされた角の位置を一瞬だけ意識する。
「でも今回は違う。あの時の動き、全身で変形してた。角だけで完結してる感じじゃなかった」
磁場の出力をわずかに上げる。奥の反応が変わる。
「だったら分散か、中にまとめてるか……どっちかだけど、外に残す意味は薄いな」
レッツタはそのまま一歩踏み込む。肉の層が静かにずれ、内部への空間が広がる。
そのすぐ横で、カライジがピッケルを構えたまま動く。露出した硬質部分を軽く叩き、余計な突起を削る。力任せではなく、レッツタの進行に合わせて形を整えるような動きだった。
「このあたり、硬質成分が偏ってる。防御じゃなくて、包む配置……中に何かあるときの形だな」
磁場を絞り、反応の強い部分だけを浮かせる。その隙間に器具を滑り込ませ、さらに奥へ。
カライジはその動きに合わせ、ピッケルで支点となる部分だけを的確に崩す。崩しすぎれば全体が歪む。だが削らなければ進めない。その境界を見極めながら、余計な負荷を逃がしていく。
「流れも揃ってる。全部、中心に向かってるな。隠してるつもりでも、こういうのは消せない」
レッツタの視線は一点に固定されたまま、思考だけが先へ進んでいく。
「この密度、この集まり方……たぶんこの下だな」
磁場をさらに集中させる。肉の奥で、わずかに異質な反応が現れる。
今までの硬質組織とは違う、安定した存在。周囲の影響を受けず、そこだけが固定されている。
レッツタの手がわずかに止まる。
「……あ、これだ」
その一点を中心に、周囲の層を慎重に分離していく。磁場の出力を落とし、余計な干渉を避ける。
カライジも動きを合わせる。ピッケルで周囲の支点だけを削り、圧が一点にかからないように逃がしていく。
静かに、確実に空間が開いていく。
そして、その奥。
肉の層に守られるようにして、それは存在していた。
淡く光を放つ紋様。周囲とは明らかに異なる質感で、そこだけが静かに輝いている。
グレグリーライノの内部、その奥。削り出された通路の先で、空気の質が変わる。圧は均一に整い、外側のざわめきが遠のく。中心に近い領域特有の静けさが広がっていた。
レッツタは手を止め、器具を持ち替える。
「ここからは磁力だと雑になるな……紋章に触れたら終わりだし」
取り出したのは試作品。名を「マナライン・トレーサー」。魔力そのものを探知し、反発と吸着で干渉する装置だ。起動と同時に、淡い波が周囲へ広がる。
次の瞬間、見え方が変わる。
「……やっぱりある」
肉の奥に、無数の線が浮かび上がる。血管のように分岐し、絡み合いながら流れている。物質ではなく、魔力の通り道。そのすべてが一定の方向へ収束している。
「供給ラインだな……全部、中心に向かってる」
レッツタはその流れを追いながら、出力を細かく調整する。魔力に触れないよう、反発で空間だけを押し広げる。
その横でカライジが動く。ピッケルを握り、流れを避けるように硬質層を削る。直線ではなく、わずかに反る軌道。魔力の線を傷つけないように、道を整えていく。
「この密度……隠してるつもりでも、偏りは消せない」
流れは徐々に太くなり、重なり、一つの束へと変わっていく。
「この先だな」
試作品の反発を一点に集中させる。最後の層が、触れられることなく静かに押し開かれる。
わずかに生まれた隙間。その奥に、異質な静けさがある。
「……あった」
淡く光る紋章。複雑な線が絡み合い、内部で魔力を循環させている。そこへ、今もなお流れが集まり続けているのが見える。
レッツタは距離を保ったまま操作を続ける。
「触らずに囲って、そのまま引く……これなら壊れない」
反発と吸着が働き、紋章の周囲だけがゆっくりと浮かび上がる。
カライジは即座に周囲を削り、流れを避けながら空間を広げる。ピッケルの一撃ごとに、余計な圧が逃がされていく。
破壊ではなく、抽出。
その工程の中で、紋章は完全に姿を現す。
グレグリーライノの中心。その核が、確かな光を放っていた。
紋章を中心に据えたまま、レッツタは「マナライン・トレーサー」の出力を維持する。反発と吸着で包み込むように固定し、周囲の構造ごとゆっくりと切り離していく。
カライジのピッケルが最後の支点を崩すと、重みが抜ける感覚が走った。
「……いけたな」
引き出されたそれは、想定よりもはるかに大きい。紋章単体ではなく、魔力の流れごと保持された塊。内側で淡い光が脈打ち、確かな機能を保っているのが分かる。
レッツタはしばらく無言でそれを見ていた。
苦労して辿り着いた中心。その結果が、今、手の届く位置にある。
カライジも静かに息を吐く。
達成感だけが、そこに満ちていた。
〇空き
第6校庭の端、簡易的に並べられた机と椅子。その一角を占拠するように、ゼマとララクは腰を下ろしていた。手元には学食の皿がいくつも並び、完全に観覧席の空気になっている。
「やっぱり来て正解だったな。ほら見ろ、あれ」
ゼマがロッドを軽く揺らしながら、視線を奥へ向ける。
「紋章、あのサイズで回収できるなら……強化、ほぼ確定だろ。しかも質もいい。流れ保ったままだし」
声には抑えきれない高揚が混ざっている。
ララクはパンを手にしたまま、校庭を見つめていた。
「すごいよな……完全に授業の域、超えてる」
ぽつりと漏らしながら、自分は動いていないことに気づき、少しだけ視線を逸らす。
「なんかさ、見てるだけってのも……落ち着かないな」
指先がわずかに動く。けれど、すぐに止まる。
その先で、生徒たちが声を上げている。成功を分かち合い、次の作業に移る。その表情はどれも明るい。
ララクはそれを眺め、ふっと息を吐いた。
「……でも、いいな。ああいうの」
ゼマは口元を緩める。
「だろ。ちゃんと繋がってるって感じするよな」
賑わう校庭を前に、2人はそのまま静かに食事を続けていた。