祝・追放 11   作:高見南純平

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第460話 

襲われた怪人の仮面に、細い亀裂が走っていた。衝撃の芯が残っているのか、そこからじわじわとひびが広がり、白い面に歪な線を刻んでいく。綻びの怪人は崩れたダンボールの中から体を引きずり上げ、肩を揺らしながら立ち上がると、そのまま逃走へ移った。足取りは乱れているが、止まるという選択はない。

 

校舎を飛び出し、渡り廊下を駆け抜ける。人の流れが一気に視界へ入り込む。学園祭の中心へ繋がる導線、視線が突き刺さる。

 

「え、なにあれ!?」「ちょっと待って、演出じゃないよね!?」「スタッフどこ!?」

 

ざわめきが膨れ、空気がざらつく。綻びの怪人は一瞬だけ進路を迷い、すぐに判断を変える。人混みを避け、校舎裏へと回り込む。

 

外周路。人影が減る。だが完全な静寂ではない。遠くから悲鳴と足音が追いかけてくる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

呼吸が荒い。仮面の奥で息がこもり、吐くたびに音が漏れる。

 

その背後、黒衣の怪人が迫る。一定の速度で距離を詰め、無駄のない動きで追い続ける。踏み込みのたびに、地面の微細な砂が弾け、紫電が脚部を走っては消える。

 

「発砲は……最小限で調整するか」

 

片腕が変形し、装甲が滑るように開いて銃口へと収束する。内部で凝縮されたエネルギーが、わずかに空気を歪ませる。

 

「〈プラズマバレット〉」

 

細長い電撃が放たれる。一直線に空気を焼き、白い線を残しながら迫る。

 

「変形機構内蔵型……!」

 

綻びの怪人は横へ飛び、地面を転がるように回避する。だが完全には避けきれない。マントの端が焼け、瞬間的に炎が走る。焦げた布の匂いが後を引く。

 

邪魔だと判断し、マントを乱暴に引き剥がして捨てる。露わになったのは簡易的な銀色のアーマーと、その下の分厚いボディースーツ。呼吸のたびに胸部が上下し、疲労がはっきりと見て取れる。

 

それを見た黒衣の怪人は、わずかに歩みを緩める。

 

「……人間か……」

 

低く、確かめるような呟きが落ちる。

 

外で広がる混乱は、遅れて校舎の中へ流れ込んでいた。ざわめきが廊下を伝い、足音が増え、扉の向こうからも声が漏れ始める。誰かが走り、誰かが立ち止まり、振り返る。まだ全容は知らないまま、ただ不安だけが共有されていく。

 

校舎の3階。研究室や倉庫が並ぶフロアの一角では、最先端のリラクゼーションマシーンが低く唸るように稼働していた。淡い光が内部を満たし、循環する魔力がゆっくりとゼマの全身をほぐしていく。

 

「うぉ~……これやば……天に昇るやつ……」

 

力の抜けた声が漏れる。戦闘で張り詰めていた筋肉がほどけ、指先までじんわりと軽くなっていく感覚に身を委ねていた。

 

そのすぐ近く、廊下の窓際でララクは紙容器に入ったモロたこ焼きをつまんでいた。まだ温かい。指先にわずかな熱が残り、生地を割ると中から魔蛸の弾力が返る。濃いソースとマヨネーズが舌に広がり、鼻へ抜ける香りが食欲を刺激する。

 

(魔蛸、美味だし、なんだか魔力が回復しそう)

 

ほんの一瞬の安らぎ。その最中、廊下の奥から流れ込む違和感が空気を変える。人の動きが速くなり、視線が一方向へ吸い寄せられる。「外でなんかあったって」「いやさっきのやつでしょ」「違うって、今のやばいって」と断片的な声が重なり、意味を持たないまま不安だけが膨らんでいく。

 

「怪人だ!!」

 

その一言が、空気を切り裂いた。

 

ララクの手が止まる。咀嚼の途中で意識が切り替わり、心拍がわずかに早まる。

 

「ついに出没か……!?」

 

低く呟き、すぐに窓際へと歩み寄る。人が押し寄せ、肩が触れ合う中で身を滑り込ませる。三階から見下ろす視界は広い。校舎裏の外周路、その先まで見渡せる。

 

その視界の中心に、2人の怪人がいた。一方は息を荒げて肩を揺らし、もう一方は直立に近い姿勢で静止している。紫電がかすかに走り、空気が歪む。風が吹き抜け、砂が流れ、2人の間を横切る。それでも距離は縮まらない。だがすでに間合いは戦闘の内側にある。

 

張り詰めた空気の上から、影が滑り込んだ。三階の窓枠を越え、ひとつの人影が空を裂く。落下というより、軌道を選んで降りてくる動き。身体は無駄に揺れず、着地点を正確に捉えている。その最中も、口元だけが忙しなく動いていた。

 

頬をふくらませたまま、ララクは中央へ降り立つ。足裏が地面に触れた瞬間、砂がわずかに押し広げられ、すぐに収まる。衝撃はほとんど逃がされていた。

 

指先で喉元を軽く押さえ、飲み込む準備をしながら顔を上げる。

 

「……その容姿、雨の日の」

 

黒衣の怪人の音声が低く鳴る。歪んだ機械越しの声。それでも意味ははっきりと届く。

 

ララクの視線が合う。仮面の奥にある気配、立ち方、間合いの取り方。過去の記憶と重なる。

 

トレンドタワーでの遭遇。

 

ララクは強く首を縦に振った。その反動で、口の中のたこ焼きを一気に喉へ押し込む。熱が一瞬遅れて落ちていく感覚が残る。

 

「もっと味わいたかった……。それで……今意味不明なのは、何故もう一体?」

 

言葉を吐きながら、視線はすでに横へ流れている。もう一体。だが同じではない。装備の状態、立ち方、呼吸の乱れ。情報が噛み合わない。

 

特に目につくのは体格差だった。片方は均整の取れた戦闘用のシルエット、もう片方は厚底のブーツで底上げしてなお、小柄さが隠しきれていない。外装が崩れたことで、内側の線が露骨に浮き出ている。

 

ララクの思考が収束する。

 

「……まさか、こっちが本物の亡霊……?」

 

噂と実像が重なりかける。その瞬間、ひび割れていた仮面が限界を迎えた。乾いた音とともに亀裂が走り、断片が剥がれ落ちる。綻びの怪人は躊躇なくそれを外した。

 

現れたのは、汗で濡れた若い顔。呼吸は荒く、肩は上下している。それでも瞳だけは忙しく動き、状況を追い続けている。焦りの奥に、計算が残っていた。

 

「作戦大失敗だなぁ。カバーの仕方を考えないと」

 

生の声が空気に触れる。

 

ララクの目が見開かれる。認識が一気に追いつく。

 

「レッツタくん!?」

 

記憶と一致した名前が飛び出す。

 

「先生は食べ物で誘導できたのに、怪人を呼び覚ましちゃったよ。可能性の思考不足だった」

 

レッツタは息を整える余裕もなく、言葉を組み立てている。視線が左右へ跳ね、黒衣の怪人の位置、距離、動線、自分の体勢を同時に計算しているのが見て取れる。

 

綻びの怪人。その正体は、ララクが一時的に教えていた生徒、思考中毒者レッツタだった。

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