祝・追放 11   作:高見南純平

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第462話

学院の廊下を、二つの影が一直線に駆け抜けていく。先行する黒衣、その背を追うララク。踏み込みのたびに床が鳴り、氷が砕ける鋭い音が反響して広がる。壁に弾かれた破片が跳ね、乾いた連打のような音を残していく。

 

その一瞬の通過が、角を曲がった先にいた学生たちの視界に引っかかる。状況は断片でしか見えない。それでも異常だけは確実に伝わる。

 

「ララク先生が突っ走ってるってことは、あっちが噂由来の怪人かな。……じゃあさっきのは誰なのよ……カライジ、正答しなさい」

 

空気が詰まる。問いは逃がさない。

 

カライジの背筋に冷たいものが走る。さっきの光景が、急に現実味を帯びて浮かび上がる。自分が叫んだあの言葉。もう一人の怪人に向けて、確かに「逃げろ」と伝えてしまった。

 

「……っあ、うっぇ、察しちゃった……?」

 

声が崩れる。誤魔化しきれない焦りが滲む。

 

「恨まれていたとは予想外。そんなに関わっていたつもりなかったけど」

 

淡々とした一言が追い打ちをかける。

 

「恨む……!? めっそうもありませんよ……なんて弁明すれば……」

 

思考が空転する。だが、このまま沈黙を続けるわけにもいかない。ここまで事が大きくなれば、何かしら説明しなければならない。

 

胸の奥で別の事実が重く沈んでいる。

 

この一連の流れ、その発端に自分が関わっていること。

 

サイフウの気を引きたくて選んだ行動。その軽さが、今は妙に重い。

 

カライジは一度目を伏せ、意識を過去へと引き戻す。

 

学園祭の準備日。学院の外れ、菜園の脇に置かれた木製のベンチ。日差しは強すぎず、葉の影がまだらに地面へ落ちている。遠くでは作業の声が混ざり合っているが、この場所だけは少しだけ静かだった。

 

そしてカライジがレッツタに、サイフウとお近づきになるためにはどうすればいいのか相談した時の事だ。レッツタはすぐに思いつき、その作戦の全貌を話した。

 

「マッチポンプ型ストーリー。簡単に言えば自作自演。俺がフェイクでサイフウを襲い、それをカライジが守れば正義のヒーローが簡単に誕生できる。それが恋愛感情に発展しない可能性も高いけど、助けられた感謝は永遠に消えないから。特にサイフウのようなお堅い人格なら、律儀にそれを胸に刻み続けると思う」

 

間を置かず、言葉が連なる。組み立てられているというより、すでに完成していたものを読み上げているような速さだった。

 

「ベタだなぁ、ラブコメ映画で見たことあるぞ」

 

カライジは肩をすくめる。だが否定しきれない響きが混じる。

 

「言ったっろ、古来からの手段だって」

 

「けど、その名前ってあれだろ……マッチで火をつけてポンプで自ら火を消すってやつ。犯してるよな、罪」

 

乾いた笑いが混じる。冗談にしては引っかかる言葉だった。

 

「放火なら重罪だろうね、俺たちはすでに未成年ではないし実刑かもしれない」

 

レッツタの声音は変わらない。事実を並べるように淡々としている。

 

「いやいやいやいや、なしなしなし。倫理観終わってるって」

 

カライジは即座に否定する。だが完全に切り捨てる勢いでもない。

 

「話の段階なんだから全貌を聞きなよ。俺が襲うのはあくまでカライジ、君だよ。サイフウと2人でいる空間を作り、襲撃する。だけどそもそも彼女を傷つけるつもりはないし、それを君が守るわけだ」

 

理屈は通っている。危険は制御されている前提の話だ。だが現実味があるぶん、妙に生々しい。

 

「模擬戦みたいにするって事か? いやけどさ、今その時のビジュアルを考えたんだけど、レッツタが襲うんじゃただのじゃれ合いじゃね?」

 

カライジは少し顔をしかめる。頭の中で情景が勝手に再生される。

 

二人で並んで作業している場面。そこへ現れるレッツタ。爪のような装備をつけて、いかにも襲撃者らしく振る舞う。自分がそれを迎撃する。

 

勝つ。守る。

 

そのあと、サイフウが近づいてきて。

 

脳内で台詞が浮かぶ。「カライジ、謝礼が必要だね」

 

軽く頭を下げる仕草まで、やけに具体的に想像できてしまう。

 

カライジは顔をしかめ、その映像を手で振り払うように空を切った。

 

現実に戻ると、土の匂いと、横にいるレッツタの静かな視線だけが残っていた。

 

菜園の脇、木製のベンチに並んで座る二人。土の匂いが風に乗り、遠くの作業音がかすかに混じる。その中で、会話だけが妙に輪郭を持って浮かび上がっていた。

 

「危険度の高い物を用意すればいいだけだよ。モンスターが理想的だけど、テイム能力はないし、用意するには非現実的な難易度だ。こういう時そういった作品じゃ、どうベタな恐怖を演出している?」

 

レッツタは視線を少し上げ、記憶の引き出しを開くように問いを投げる。

 

「え、ベタだと……あー、サングラスかけた反社とかな。目出し帽被って強盗とか」

 

カライジは曖昧に答えながらも、どこか現実味のなさを感じている。

 

「サイフウはリケジョで、勘も鋭いと仮定すると、それだけじゃ俺の骨格をすぐに特定してしまうかもしれない」

 

即座に切り捨てるレッツタ。理屈は明確だった。

サイフウは成績優秀。特に工学分野において突出している。武器開発に携わる以上、人体構造の理解も深い。歩き方、体格、癖。そういった要素から正体へ辿る可能性は十分にある。

まして相手はカライジとレッツタ。日常を共にする関係性だ。違和感はすぐに結びつく。

 

「他に頼る相手なんていなくね? てか、話したくないしお前以外に。この、その、恋心ってやつ……」

 

カライジは唇を突き出し、視線を逸らす。照れを誤魔化すような仕草だが、言葉は本音だった。

レッツタはその様子を一瞥し、すぐに次の案を口にする。

 

「最適なのがこの学院には渦巻いているから。黒衣の怪人。正体を隠し、この学院に存在する不法侵入者として利用できそうだけど」

 

空気がわずかに変わる。

現実に存在しているものを、計画へ組み込む発想。

 

「……学校の不思議に、なってくれるっていうのかよレッツタ」

 

カライジの声には半信半疑と、わずかな高揚が混ざる。

 

「学院祭までの作戦会議が楽しくて仕方がないよ」

 

レッツタはわずかに唇を緩める。目の奥に光が宿る。思考が回転している時の、あの独特な熱。

彼にとって考えることは呼吸に近い。止められない。望んでいるかどうかとは別に、常に動いてしまう。

だが今回は、そこに理由があった。

 

友人のため。

そして、怪人を模倣するという発想自体が、彼の思考に強く噛み合っていた。いつもよりわずかに肩が上がり、体の奥から熱が漏れているように見える。

それが今回、レッツタが怪人を模倣した理由だった。

 

しかしその計画は、いつの間にか前提から外れていた。

同時に存在するはずのないものが、重なってしまった。

偽物と、本物。

二つの異質が同じ舞台に立つことになるとは、この時点で誰も予想していなかった。

当の本人たちでさえ。

そして、本物の怪人ですら。

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