祝・追放 11   作:高見南純平

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第463話

 ララクの追跡は終わっていなかった。廊下を削るように踏み込みを重ねながら、視線は黒衣の背中に貼り付いたまま離れない。氷撃の余韻は、衣服に薄く残る霜だけ。動きは一切鈍っていない。

 

(射る時間が勿体ないな)

 

 結論は早い。走りの中で弓を引く一瞬、その遅れが致命になる。生成していた弓を手放す判断も同時だった。指先から力を抜くと、構えていた弓は形を保てず、光の粒へとほどけて消えていく。

 

(魔法発射型は、【追放エナジー】の副次的効果で強化されすぎている)

 

 思考はすでに次へ移る。【追放エナジー】による増幅は威力だけではない。規模と消費が膨らみ、連続使用の負担が跳ね上がる。【フレイムショット】【ウォーターボール】のような生成系は顕著で、【アイシクルスピア】ですら例外ではない。質量が増した分、走行と両立させるには重い。

 だから切り替える。

 

「【手裏剣殺法・追鼬】」

 

 ララクの手に刃が連なる。生成と同時に放たれた手裏剣は空中でばらけず、一本の流れを作る。前後に連なり、細長く伸びる軌道が獲物を追う獣のようにうねる。先頭が進路を取り、後続がぴたりとそれをなぞる。

 壁際をかすめ、床の反射を拾いながら、列は黒衣へ食らいつく角度へと収束する。乾いた回転音が連なり、空気が細く裂ける。

 

「異国の武器か、まだ知りえていないデータだ」

 

 黒衣の怪人は速度を落とさず呟く。首だけをわずかに動かし、背後の流れを視界に収める。

 

「ボクの母国ではない」

 

 ララクは間を置かず返し、さらに手を振る。刃の数が増え、列に厚みが出る。先頭が左右へ揺れ、回避の癖を読むように軌道を微修正する。単純な直進ではない。逃げる動きに吸い付く追尾。

 距離が縮む。黒衣の背へ、連なった刃が噛みつこうとしていた。

 

「【ウィンドシールド】」

 

 黒衣と手裏剣の間に、圧縮された風の層が立ち上がる。直後、廊下の空気が暴れた。横殴りの風が叩きつけ、掲示物が引き剥がされ、紙片が渦を巻いて散乱する。追尾していた手裏剣の列はその流れに呑まれ、軌道を失って四方へ弾かれ、壁や床へ打ち付けられて乾いた音を連ねる。陣は完全に崩壊する。

 

「ダイレクトアタックに限るか!!」

 

 ララクは即座に手裏剣を消滅させ、踏み込みを強める。風の壁へ突っ込む直前、体表に装備が形成される。【アーマークリエイト】。骨格に沿って組み上がる外装は風魔鳥の素材を基にした軽量装甲。羽根を圧縮した層が幾重にも重なり、表面には羽脈のような筋が走る。

 

 触れた風を受け止めるのではなく滑らせる構造で、衝突した気流は装甲の曲面をなぞって分散し、一点に圧が残らない。肩から背へ流れる外殻は空気の流線を整え、乱れた風さえ推進に変える。関節部はしなやかに追従し、走行の動きを一切阻害しない。突風が叩きつけても軸は揺れず、そのまま壁を押し切る。

 

 だが黒衣はすでに角を曲がり、視界から外れている。

 

「【透視】! +【グランドダイブ】 もう探すのはごめんだ」

 

 視界が透け、壁越しに黒衣の位置を捉えたままララクは床へ沈む。固体の抵抗が消え、身体がそのまま下層へ滑り込むが、次の瞬間、足裏に返ってきたのは土ではなく均された床の硬さだった。

 

「……! 地下にも部屋が」

 

 広がっていたのは美術室。白い壁面にスポットライトが当たり、大小のキャンバスが整然と並ぶ。油絵の厚みある筆致、水彩のにじみ、金属を組み合わせた立体作品、粘土で形作られた人物像。床には飛沫のように残る絵の具の跡、空気には乾いた塗料と溶剤の匂い。簡易の展示札が添えられ、作品ごとに作者の名前が記されている。数人の観覧者が静かに見入っており、近くでは製作者の学生が自作の説明をしていた、その最中。

 

 床からララクが現れる。

 

 足元が歪んだかのように人影がせり上がり、空間の均衡が崩れる。

 

「え……?」

 

「ちょ、今のどこから!?」

 

「床から出てきたんだけど!?」

 

 声が重なり、パンフレットが手から滑り落ちる音が続く。後ずさる者、作品から目を離せないまま硬直する者。静かな鑑賞の場が一瞬でざわめきに塗り替わる。

 

(まずいな。【グランドダイブ】は地下に潜り、解除すれば地上に出る。けど、この部屋に来た時点で解除されてしまった。地上に戻るには、燃費が悪いけど)

 

 思考は一瞬でまとまる。壁が目前に迫る。

 

【ファントム化】。

 

 身体が淡く透け、物質との干渉を断つ。存在を維持するための魔力が一気に削られる感覚。それでも速度は落とさず、観覧者たちの驚愕を背に受けながら壁を通過する。直後、床を蹴って跳躍し、上階へと抜ける。実体が収束し、着地と同時に視線を前へ戻す。

 

 黒衣の怪人。

 

 距離はまだあるが、軌道は完全に掴んでいる。逃げ切らせる間合いではない。

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