祝・追放 11   作:高見南純平

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第465話

「……魂だけ。非業な現実だとしても、か……」

 

 怪人の声は低く、研究室の空気へ沈むように響いた。機械越しの音声でありながら、その一言だけは妙に生々しい重さを持っている。紫電を帯びていた指先が、ほんのわずかにララクの額から離れた。それを見た瞬間、ララクの肩から力が抜けかける。ここまで追い続け、ようやく会話が成立したのではないか。そんな期待が、一瞬だけ胸の内に生まれてしまったのだ。

 

 研究室には電子機器の駆動音だけが静かに流れていた。長机に散乱する部品、壁際に積まれた教材端末、無数に立てかけられた試作ドローン。そのどれもが、薄暗い照明の中で鈍い反射を返している。だが次の瞬間、その静寂は容赦なく撃ち抜かれた。

 

 怪人の指先へ魔力と電流が圧縮される。紫色の雷光が細い輪となって巻き付き、周囲の空気を焼き始める。焦げた臭いが鼻を刺した直後、発砲音が研究室を叩き割った。

 

 至近距離から放たれたエネルギー弾が、真正面からララクの額へ撃ち込まれる。

 

「!!?」

 

 頭蓋を貫かれたような衝撃だった。視界が白へ塗り潰され、首が後ろへ弾け飛ぶ。身体ごと吹き飛ばされたララクは、床を滑りながら研究室の扉へ激突した。重たい金属音が鳴り、ロックされた扉が震動する。周囲の壁までびりびりと揺れ、棚の上の工具が跳ねる。

 

「……っう、っつ……。こ、殺そうとしますか、あの流れで」

 

 額を押さえながらララクが呻く。そこには円形の赤黒い痣が浮かび上がっていた。普通の人間なら、頭部ごと吹き飛んで終わっていた威力だ。だが【追放エナジー】によって積み上がった耐久力が、皮膚も骨も貫通させなかった。とはいえ無傷では済まない。脳を直接揺さぶられたような不快感で平衡感覚が狂い、耳鳴りが止まらない。視界の端では光がちらつき、吐き気がじわじわと込み上げてくる。

 

 それでもララクは床へ手をつき、膝を立て、無理やり身体を起こした。その姿を怪人は静かに見下ろしている。

 

「頭を貫けない相手を前に、ここから脱出を試みるのは計算しきれない問題だ。……いつかは第三者に語り継がねばいけないとは感じていたんだ」

 

 その声音には、先ほどまでの排除の圧が薄れていた。ララクは呼吸を整えながら理解する。この怪人は最初から試したのだ。自分がどこまで耐える存在なのかを。そして、話を託せる相手なのかを。

 

「一言一句聞き逃しませんよ。あなたに何が起きたのか、そしてあなたが誰なのか」

 

 ララクはまだ額を押さえながらも視線を逸らさない。怪人はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと自身の仮面へ手を伸ばした。

 

「トレンドタワーの関係者なのだろう、キミは。だったら見覚えがあるはずだ、この顔に」

 

 紫電の走る仮面が外される。深いフードの影に覆われていた顔へ研究室の照明が落ち、その輪郭を浮かび上がらせた瞬間、ララクの呼吸が止まった。

 

「そんな……どうして……え、なぜその顔が」

 

 そこにあったのは、人間と寸分違わぬ配置を持ちながら、人間ではありえない無機質さを宿した顔だった。目も鼻も口も存在している。だが皮膚の奥から滲み出るのは体温ではなく金属的な冷たさだ。感情を宿すための器官だけを忠実に再現し、中身だけが空洞のまま動いているような異様さがあった。

 

「この顔は……アーク……! 何故、存在して……」

 

 ララクの喉が震える。

 

 それはプロフェッサー・モドムが発表した自立型戦闘ユニット、アークと完全に同じ顔だった。ガルアークの素体。髪こそ存在しないが、そのぶん人工皮膚と金属フレームの輪郭が露骨に浮き出ている。皮膚を剥がされた人体模型が、そのまま歩き出したような不気味さだった。

 

「正確にはプロトタイプだ。私の製作者はプロフェッサー・リード。協力者も加えれば、冒険者アカラヘア、学生のクエディーカ。その結晶体が、私だ」

 

「!! それじゃあ爆発事故で消えたプロトアークが、怪人の正体……! でもありえない、はずだ。完全自立は、様々な場所での稼働を実現していないはず」

 

 ララクの脳裏で、研究発表の内容が一気に繋がっていく。人工知能、姿勢制御、自立歩行、人型戦闘ユニット。その全ては未完成で、理論止まりだったはずだ。しかし目の前には、その夢の成れ果てが現実として立っている。

 

「話さなければいけない事実とは、私の姿勢制御、思考能力、つまり脳に当たる部分だ。結論から言えば可能なんだ、私のように自由に外界を渡ることは。だがそれは再現性が低く、それ以前に二度と起きてはいけない事故だ」

 

 怪人の声は最後まで平坦だった。だが、その平坦さが逆に重い。誇りも歓喜も存在しない。ただ、自分が成功例ではなく、失敗そのものだと理解している存在だけが持つ冷えた響きがそこにはあった。研究室の壁に並ぶドローン群が沈黙した観測者のように2人を見下ろす中、人類が到達できなかった技術と、その裏側で発生した悲劇が、今まさに語られようとしていた。

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