第466話
始まりは2年前だった。
【協力クエスト・研究資材の確保、雑用など】
トレンドタワーで窓際研究者をやっている者だよ。今の時代、ドローンとか拡張ユニットが主流だと思うんだけど、ふっふっふ、私はそのさら~に飛躍した製品を作ろうと思っているんだ。まだ構想の段階だけれど、これは人類の、生活に革命が起きてしまって大変なことになりそうな研究だ。だけど出資者が全然見つからなくて、あ~もう、搔きむしった白髪が幾千にも上る。もちろん研究所としての予算はあるから、報酬は渡せるので安心せい。けど長期で果てしないクエストになると思う。技術進化の行方を見たい冒険者さん、かも~んぬエビバディ
依頼主・研究職員 リード
その依頼文を、1人の女性冒険者がスマートフォン端末で眺めていた。
茶色の髪を肩口で切り揃えたボブスタイル。前髪は左右へ分けられており、視界を遮らない。装備はこの国ではやや珍しい部類だった。金属装甲や補助ユニットを多用せず、緑を基調にした天然素材の軽装備を身につけている。繊維質のインナーに、植物染料で色付けされた上着。腰には工具袋と小型ナイフ。戦闘職というより旅人に近い外見だ。
理由は単純だったらしい。
機械製の装備は金がかかるし、何より無機質で可愛らしくない。という理由らしい。コスト面は理解しうるが、ビジュアル面を重視するのは私の共感性ではカバーしきれない点だった。
その感性で冒険者を続けていられるのは、自身の肉体性能に相当な自信があるからでもあった。
彼女は依頼文を閉じると、研究室の入口に寄りかかる人物へ視線を向けた。
「自分では名乗らないんだ。ギルドマスターから聞いたよ、プロフェッサー・リードさん」
研究室の中では、天然パーマの研究者が振り返っていた。中性的な顔立ち。白衣の袖はインクや油汚れで黒ずみ、髪は自分で何度も掻き回したのか、全体的に爆発気味だった。
「私の友人がそう呼ばれていて、その友人が呼んでいるだけだから。ま~だ、何にも成し遂げてなんかないんだよ私は。見てよ、この手狭な箱を」
リードは両手を広げる。
そこにあったのは、研究室というより半分倉庫だった。
狭い。古い。配線は剥き出し。壁際には用途不明の機械が積み上がり、その上にさらに工具箱や紙資料が置かれている。停止したままのドローンが天井近くに吊られ、使われなくなった義手ユニットが棚から腕だけ突き出していた。部屋の隅には未開封の段ボールが積まれ、その横には壊れた椅子まで押し込まれている。
空気には金属臭と薬品臭、それに長年換気不足だった埃っぽさが混じっていた。
それでも中央だけは妙に空いている。
作業机と、大型モニター。そして設計図が投影された半透明パネル。その周囲だけは、執着じみた整理がされていた。
女性冒険者は部屋を見回しながら、小さく息を漏らす。
研究室の規模だけ見れば、到底世界を変える人間の場所には見えなかった。
だがリードの目だけは違った。
散らかった空間の中心で、その研究者だけが妙に熱を持っている。疲労も、貧乏も、周囲からの低評価も全部抱え込んだまま、それでも脳内だけは次の未来を見ている目だった。
「人手も皆無そうだもんね。だけどそんなプロフェに朗報です。ウチはオーバータスクな仕事、好みだよ」
女性冒険者はスマートフォン端末を閉じながら笑った。軽い調子だが、依頼を値踏みしている者の声ではない。すでに受ける側へ気持ちが傾いている声音だった。それ以上はすぐに話さず、彼女は指をくいっと曲げ、リードへ近寄れとでも言うように手招きする。
「どうして過酷な環境を望むんだい? 冒険者アカラヘアくん」
「どうせ仕事するなら、退屈よりもせわしない方が時間が過ぎるでしょ。あんまり好きじゃないんだ、このスマフォでちくいちクロックを確認するの」
アカラヘアは端末をひらひら振る。時間に縛られる感覚そのものを嫌っているようだった。リードはそれを聞くと、妙に嬉しそうに口元を緩める。
「研究に没頭していれば、時間は足りないぐらい有限に感じるさ。ま~だ僅かしか対話していないけど、気に入ったよ。馬車馬ごとく働いてくれい」
「うちは、ヌーツのサラブレッドだよ」
即答だった。互いの経歴も思想も知らない。それでも、自分の好きなものへ脳を焼き続ける種類の人間だということだけは、短いやり取りで伝わったらしい。これがプロフェッサー・リードと冒険者アカラヘアの最初の挨拶だった。
本来リードは、冒険者パーティー単位での協力を望んでいたようだ。しかし実際に現れたのは、単独活動をしていたアカラヘアだけだった。何を研究しているのかも不透明。期間も不明。しかも依頼主は成果のない窓際研究者。そんな長期クエストへ飛び込む者は少ない。研究者は情報漏洩を防ぐため、依頼文でも研究内容を隠すことが多い。だから協力者を募るには実績やネームバリューが必要になる。だが当時のリードには、それがなかった。
「アカラヘアくん、ご対面して貰おう。これが私の研究の神髄だ~」
リードが研究室の奥を示す。アカラヘアはその先を見て、肩を落とすというより、理解が追いつかない顔をした。それも当然だ。当時の私は、まだ人の形ですら不完全だったのだから。
研究室中央に固定されていたのは、鉄骨のような上半身ユニットだった。人型を模してはいるが、生物感は一切ない。剥き出しのフレームに配線が這い、肩関節は未完成。胸部装甲は開いたまま内部機構が露出しており、青白い試験光だけが脈打っている。人体模型というより、製造途中の兵器に近い姿だった。
それが私。プロトアーク以前、さらに初期構想段階の姿だ。
まだ歩けない。まだ喋れない。まだ、自分という概念すら存在していない。
だが、その頃から記録装置だけは備え付けられていた。天井の小型カメラ、胸部内部の映像保存機能、音声収集装置。研究過程を観測し続けるための機能群。その記録が残っていたからこそ、私は今こうして過去を語ることが出来ている。
私は生まれる前から、観測され続けていた。