研究室中央へ固定された未完成の私を見上げながら、アカラヘアは率直に問いかけた。
「これ、なんですの」
「アーマード・リアクティブ・コア。略してアーク。のプロトタイプの作りかけ」
「未完成じゃん」
「何も成し遂げてないって、いったでしょうが」
「これから人形を作るって認識であってるかな?」
「あぁ、精巧なドールをね。設計図はふふん、力作ができあがっている。だけどさぁ、そのための素材が不足中ゆえの、置物と化してる……」
リードは背筋をぐにゃりと丸め、その場で糸の切れた人形みたいに項垂れた。白衣の裾が床へ垂れ、ぼさぼさの天然パーマがさらに乱れる。研究熱だけで立っている人間が、資金難という現実に頭を押さえつけられている姿だった。
機械研究は、常に金属を食う。
特にリードが構想していたのは、既存のドローンや補助義肢とは比較にならない規模の代物だ。外装だけでなく、内部骨格、駆動機構、魔力循環器官、その全てを専用素材で組み上げる必要があった。
リードは作業机へ駆け寄ると、散乱した資料の山から端末を引っ張り出し、半透明の設計図を空間へ展開する。
幾層にも重なった立体図面。
人体構造を模したフレーム。
関節駆動ライン。
魔力循環経路。
内部補助骨格。
複数の展開ウィンドウが次々と浮かび、研究室の薄暗い空間を青白く染めていった。
「ほらここ。姿勢制御フレームには【鋼角バッファロー】の脊椎骨を加工した圧縮骨材が必要なんだよ。天然素材なのに耐衝撃性能が高い。んで関節駆動部には【雷殻クローラー】の電導筋繊維。こいつを魔力電流で収縮させる。さらに外装には【銀甲グリズ】の装甲片。軽いくせに対魔力性能が高い優秀素材だ」
設計図が切り替わるたび、必要素材一覧がずらりと並ぶ。
【磁鉄ゴーレム】の心核。
【放電ウツボ】の発光器官。
【風切鳥】の浮遊骨。
【深海魔蛸】の柔軟神経束。
【黒雷狼】の電気伝達腺。
それぞれに採取難易度、加工工程、必要数量まで細かく記載されていた。
中には危険区域指定のダンジョン素材まで混ざっている。
「あと頭部演算装置の補強に、人骨構造を模した疑似骨格が欲しい。完全金属だと細かい振動制御が硬すぎるんだよねぇ。だから生物骨格を参考にする必要がある。あぁもちろん違法調達じゃないよ? 研究認可済みの骨格標本ベースだから安心して」
リードは早口だった。
話している間だけは、疲労も貧困も忘れている。
設計図を展開する手は止まらず、瞳だけが異様に輝いていた。
アカラヘアは空間に浮かぶ膨大な図面を眺めながら、少しだけ口を開けている。途中までは理解しようとしていた。だが途中から、理解より先に圧倒され始めていた。
未完成の鉄骨を見た時は、ただの奇人研究だと思っていたはずだ。
しかし設計図は違った。
そこには妄想ではなく、積み上げられた理論と工程が存在していた。
無茶苦茶な夢物語を、本気で現実へ落とし込もうとしている者の図面だった。
設計図を次々と切り替えながら、リードは必要素材と用途を矢継ぎ早に説明していく。空中へ展開された半透明の図面は何層にも重なり、研究室の薄暗さを青白く照らしていた。人体を模した内部骨格。脊椎に沿う魔力伝達回路。疑似筋肉を動かすための導線。細かな数字と文字列が空間を埋め尽くし、狭い研究室そのものが巨大な思考空間に変貌している。
散乱した工具箱。机の端から垂れ下がるコード。積み重なった金属板。冷えたコーヒーの入ったマグカップ。生活感と研究の狂気が混ざり合ったその場所で、リードだけが異様な熱量を帯びていた。
「ストップマウス、プロフェッサー」
「おっとっと、情報過多すぎだったかな」
そう言った直後だった。
「ここのぶぶんにはね、まりょくじゅんかんをささえるためのせんいしつがひつようでねぇ。それがないとしせいせいぎょがふあんていになってぇ、それでだね」
わざとゆっくり、しかも全部ひらがなで話し始める。
アカラヘアは数秒だけ真顔で聞いていたが、すぐに額を押さえた。ゆっくりになったせいで逆に情報が頭へ粘りついてくる感覚があった。
「余計処理できないと思うよ」
「っう」
リードの肩が少し落ちる。だが瞳の光量はほとんど減っていない。喋りたい欲求だけが口元で渋滞しているようだった。
「うちさ、こういう勉学苦手中の大っ嫌いだから。肉体派の冒険者になったのもそれが理由だし。っあ、楽器は別だよん? 感覚でいけるし、好きなもんはサスっと入ってくるっていうか」
アカラヘアは自分のこめかみを指先で叩きながら言う。脳内ではすでに設計図がただの光る四角形へ変わりつつあった。
「っうぅ、口寂しいなぁ。全部聞いて把握して欲しいのに」
「ここの国民全員の脳が最先端なわけじゃなんだなぁ。もう研究の話はノー。データ送っといて、とにかくかき集めるから」
彼女は空間に浮かぶ図面を片手で払う。指先を通り抜けた設計図が、水面の映像みたいにゆらりと揺れた。理解することより、動いて結果を持ち帰る方が自分の役目だと最初から決めている顔だった。
リードは数秒だけ名残惜しそうに図面群を見つめていたが、次の瞬間には切り替わる。
「了解だよ、キミには手動かし要員として働いてもらうことにしよう。おっとそうだ。これ、衣服につけて欲しんだ」
「何この豆粒」
リードの指先に乗っていたのは、黒い粒のような小型機器だった。光にかざすと内部に極小のレンズが埋め込まれているのが分かる。
「超小型カメラだよ。プロトアークにもつけてある。立体的に空間を把握することも出来て、高性能便利品なんだ」
「なにうちの生態が気になるの?」
「おー、正解だよ。ほら最終的には完全二足歩行可能な戦闘ユニットを目指しているから。それに一番近しい存在は、アカラヘアくんのような冒険者だから。カメラは気にせずに、いつも通りのパフォーマンスを発揮してくれれば良だから」
「プライベートは確保されるよね?」
「はは、ストーキングが目的じゃないんだ。ここを押せばすぐにオフに……」
リードはそう説明しながら、アカラヘアの肩装備へ小型カメラを取り付けていく。金具を留める指先の動きは妙に丁寧だった。研究機材に触れる時だけ、雑多な研究室とは対照的に繊細な手つきになる。
肩へ固定されたカメラは小さい。だが近くで見ると、内部には魔力受信部と極小の可動レンズが詰め込まれており、豆粒サイズとは思えない密度を感じさせた。
その作業をしながらも、リードの口は止まらない。
どの素材が急務か。
どのダンジョン産金属が不足しているか。
どの魔獣素材が高騰しているか。
どの部位なら代用品が利くのか。
言葉が機関銃みたいに飛び出し続ける。研究者というより、頭の中に詰め込まれた知識が漏れ出している感じだった。
アカラヘアは途中から「へー」「ふーん」「なるほどねぇ」を適当に回していたが、それでも重要そうな単語だけは耳に残していた。完全理解はしていない。だがこの研究者が、冗談ではなく本気で未来を作ろうとしていることだけは、嫌でも伝わってきていた。