それからアカラヘアは、疲労を押し潰す勢いで連続してクエストを受け続けていた。
もちろん、それらはリードが直接依頼しているクエストではない。ギルドに山積みされた依頼群の中から、必要素材が確保できそうなものをアカラヘア自身が選別しているのだ。討伐のついでに骨格素材を持ち帰り、採掘のついでに伝導鉱石を回収し、護衛任務の帰路で希少樹木を搬出する。そうすることで研究素材を集めながら、通常のクエスト報酬まで受け取れる。研究協力者でありながら、実際には素材回収専門の冒険者部隊を1人で回しているような状態だった。
【狩猟クエスト・猿鬼種群の討伐任務】
【採掘クエスト・旧坑道マギア鉱石搬出】
【調査クエスト・エルダー樹海の内部環境確認】
【討伐クエスト・サンダーリザード群制圧】
【防衛クエスト・採掘キャンプ護衛オーダー】
【採集クエスト・ブラックウッド樹液回収】
【調査クエスト・古代ラボ跡地の異常腐食確認】
【討伐クエスト・ウェアウルフ出没区域制圧】
【採掘クエスト・フロート磁鉄石採集補助】
【採集クエスト・古木森コア材搬出依頼】
リードが必要としていたのは、一言でいえば“人体を成立させる素材”だった。ただ硬い金属では駄目で、骨格を支える硬度と衝撃を逃がす柔軟性を同時に持ち、なおかつ魔力と電力を滑らかに循環させる伝導性まで要求される。
その日彼女は、進化植物群に侵食された危険区域へ足を踏み入れていた。幹は金属みたいな光沢を帯び、葉脈は青白く発光し、巨大植物同士が互いを呑み込むように絡み合っている。露出した根は地表を蛇行するだけではなく空中へ浮き、途中で枝分かれしながら脈動していた。踏み込むたび、内部を液体が流れる鈍い音が返ってくる。湿った空気には胞子が漂い、呼吸するだけで喉の奥へ苦味が張りついた。
その異形の森を、猿鬼種の群れが暴れ回る。角を持つ大型種。異様に長い前腕。熱を逃がすためか、黒い体毛の隙間から赤熱蒸気を漏らしている。枝を蹴るたび樹木が裂け、重量級の衝撃が空間を揺らした。
【腐蝕するダークナックル】効果……相手の防御力を低下させる打撃を放つ。
【バーストナックル】効果……爆破性の高い打撃を放つ
猿鬼種たちは雄たけびを重ねながら拳を振るう。闇色の拳圧が植物群を抉り、殴打された幹が腐るように崩れていく。さらに別個体の爆破拳が炸裂し、熱風と共に紫色の胞子を吹き上げた。その暴威の中心へ、アカラヘアは低姿勢のまま踏み込んでいく。彼女の武器は、多機構式ナイフ〈レイヴンエッジ〉。内部へ複数の特殊刃を格納し、側面ボタンひとつで用途ごとに切り替えられる構造になっている。
「鬼さんこちら、死が待つ方へ」
軽い調子で言いながら、指先が装置を弾いた。飛び出したのは、鋭い歯列を幾重にも刻み込んだ高速共振刃〈ハウルファング〉。振動によって空気そのものを細かく裂き、刀身の周囲で甲高い唸りを発している。
「【ソニックスラッシュ】」
姿が揺らいだように見えた次の瞬間、猿鬼種の脇を通過していた。遅れて黒皮膚が裂け始める。共振刃が熱を帯びた外皮を削ぎ、焼けた体毛が火花混じりに飛散した。痛覚へ火がついた猿鬼種が絶叫し、爆破拳を叩き落とす。地面が吹き飛び、根が千切れ、発光樹液が霧みたいに舞う。だがアカラヘアはすでに頭上へ移っていた。浮き上がった根を蹴り、半回転しながら次の刃を展開する。
赤熱光を内部へ蓄積する高温貫通刃〈ソルブレイカー〉。刀身中央を赤白い光が走り、周囲の湿気を蒸発させていた。
「そこ、柔くなったね」
アカラヘアは猿鬼種の背後へ滑り込み、先ほど削いだ損傷部へ深々と刃を突き立てる。
「【刺突・破壊】」
圧縮された熱量が内部へ流れ込む。猿鬼種の全身が痙攣し、次の瞬間には毛穴、鼻孔、口腔、眼窩、そのすべての放出口から白熱光が噴き出した。内側から焼き切られた巨体が絶叫しながら崩れ落ち、周囲の進化植物を巻き込んで倒れる。発光樹液が飛び散り、胞子混じりの煙が視界を白く染める。
けれど群れは止まらない。樹上では別個体が枝を踏み砕き、地上では複数の猿鬼種が拳を振り上げている。爆炎が森を赤く染め、腐蝕衝撃が根を侵食していく中、アカラヘアはナイフを軽く払って血を落とした。その指は、もう次のブレード切替ボタンへ触れている。
「叡智の糧となってほしいなり」
そう呟くと、彼女は胞子煙の奥へ駆け出した。枝を蹴る音が連続し、散開する猿鬼種たちの咆哮が森の深部へ広がっていく。その背中は、獲物を追い立てるために進化し続ける、本能的な狩人だった。