猿鬼種の群れを突破したあとも、アカラヘアの移動は止まらなかった。討伐証明部位を回収し、腐蝕熱で変質する前の骨格を解体すると、そのまま次の地域へ向かう。彼女が受けているのは、あくまで各地の通常クエストだ。だが選定基準には、常にリードの研究素材が混ざっていた。報酬を得ながら必要物資まで確保する。危険度が高い依頼ほど、未知素材へ近づけるからだ。
【落盤地帯の導電虫調査】
鉱山地帯では、落盤事故の原因となった電殻虫の群生調査へ参加した。地中を走る虫たちは、青白い殻内部へ電流を蓄積しており、刺激されるたび坑道を閃光で染め上げる。放電が走るたび鉄骨が震え、鉱夫たちの置いていった工具が火花を散らした。
「うわ、バチバチ系。髪爆発したらどうしてくれんのさ」
軽口を叩きながらも、アカラヘアの動きは速い。絶縁布を巻いた〈レイヴンエッジ〉を振るい、節足を断ちながら坑道深部へ踏み込んでいく。砕けた殻から導電結晶を回収し、巣穴位置まで記録。帰還時には調査報酬だけでなく、魔力伝導率の高い鉱石まで袋へ詰め込んでいた。
【沈み古道の測量任務】
湿地帯では、水没した旧街道の測量依頼を受けた。黒水の中には腐敗植物が浮遊し、足場代わりの石柱には粘液状の藻がへばりついている。そこへ巨大両生種が水底から飛び出し、泥水ごと襲い掛かってきた。
「これはブーツの洗いがいがあるねぇ」
そう言いながら、彼女は沈みかけた石柱を蹴り上げる。空中で刃を切り替え、薄青色の冷却刃〈フロストペイン〉を展開。関節部へ深く突き刺された魔獣は、そのまま脚部から凍結崩壊していった。アカラヘアは倒れた巨体から硬質骨だけを抜き取り、荷袋へ放り込む。後日、その骨盤構造を見たリードが「うぉぉぉぉぉぉ」と奇声を上げながら研究室を走り回っていた。
【鉄羽鳥からの夜間護送】
廃樹林地帯では、夜間限定の護送クエストへ同行した。荷車を狙うのは、磁気を帯びた嘴を持つ鉄羽鳥の群れ。羽ばたくだけで周囲の金属を引き寄せる厄介な魔獣だった。護衛冒険者たちの装備が引っ張られ、荷車の鎖まで軋み始める。
「っお、これ研究素材として当たりじゃない?」
アカラヘアはむしろ楽しそうだった。荷台へ飛び乗ると、〈レイヴンエッジ〉から投擲刃〈スティングレイ〉を射出。空中旋回する鉄羽鳥の翼関節へ次々と突き刺していく。墜落した個体から羽軸を抜き取り、その軽さを確かめながら何度も振っていた。
「軽いのに硬い。うん、プロフェ絶対好きだこれ」
【氷窟深部の発光樹調査】
極寒地帯では、氷窟内部に生育する発光樹の調査依頼へ参加した。白霧の充満する洞窟内では、氷壁そのものが淡く脈動し、結晶化した樹木が地下水を吸い上げている。天井から垂れる氷柱には光が閉じ込められており、洞窟全体が静かな水晶臓器みたいに脈打っていた。
「ここ、綺麗だけど絶対住みたくない系だ」
足場は脆く、踏み外せば氷底湖へ真っ逆さまだ。それでもアカラヘアは崩落寸前の足場を飛び渡り、透明樹芯を次々と回収していく。帰路では雪原狼の群れに包囲されたが、彼女は逆に笑っていた。
「はいはい整列。素材提供ありがとうございまーす」
白銀の刃閃が雪霧を裂き、数分後には討伐証明用の牙と、研究用素材が綺麗に分別されていた。
そうして数え切れないクエストが積み重なっていく。戦闘記録。環境データ。骨格素材。伝導鉱石。変異植物。リードの研究室には、通常なら絶対に同じ場所へ集まらないような素材群が山積みになっていった。そしてその中心には、少しずつ人型へ近づいていく、未完成の私が立っていた。
研究室の空気も、最初とは別物になっていた。以前は空き機材と埃に埋もれていた部屋だったが、今では解体途中の魔獣素材、分類済みの金属部品、魔力導線、試作フレームが所狭しと並んでいる。壁には立体設計図が投影され、机の上では半透明のウィンドウが幾重にも開かれていた。床にはケーブルが蛇みたいに這い回り、天井付近では小型ドローンが工具を抱えて飛行している。研究室というより、未完成の生命工場だった。
その中央で、リードは完全に目の下を黒くしていた。
「きたきたきたぁ……! ようやくだよぉ、骨格ベースの構築段階まで来れた……!」
興奮した声で叫びながら、巨大な脊椎フレームを抱きしめる。猿鬼種の硬質骨を基盤に、伝導鉱石を内部へ混ぜ込み、さらに人工筋繊維を編み込んだ特殊構造。金属だけでは再現できない柔軟性を追い求めた結果、それは骨格標本と兵器を無理やり融合したみたいな質感になっていた。
「なんかこう、生命体寄りになってきたねぇ」
アカラヘアは作業机へ腰掛けたまま言う。だが視線はちゃんとフレームを追っていた。最初は意味不明だった設計図も、長期間付き合わされるうちに、少しずつ輪郭だけは理解できるようになってきている。
「寄せてるんだよ。二足歩行を甘く見ちゃいけない。人類の姿勢制御は、現代技術でも意味不明な塊だから」
リードは工具を咥えたまま答え、別モニターを高速操作する。すると吊り下げられていた腕部フレームが下降し、未完成の私へ接続されていく。内部では細い人工筋繊維が脈打ち、半透明の導線内部を魔力光が流れていた。その光景は機械整備というより、生物へ神経を通している作業に近かった。
「アカラヘアくん、その肩部固定お願いぃ」
「はいはい雑用係ですよっと」
軽い口調で近づくと、彼女は大型固定器具を片腕で持ち上げ、そのまま接続位置へ押し当てる。普通の研究者なら数人がかりで扱う重量だったが、アカラヘアは重さより角度を気にしていた。リードはその横で狂ったように数値確認を続けている。
「ズレると可動域が死ぬ、でも詰めすぎると摩擦熱で焼き切れる、あぁでもこの構造美は捨てたくない……!」
「プロフェ、今ちょっと気持ち悪い顔してる」
「研究者への褒め言葉だねぇ!」
金属音が研究室へ絶え間なく響き続ける。工具火花。魔力炉の低音。駆動試験中の関節音。様々な音が混ざり合う中で、私の輪郭は徐々に完成へ近づいていった。脚部には雪原狼の腱素材を応用した高伸縮筋繊維。脊髄部には導電虫から抽出した伝導結晶。関節内部には鉄羽鳥の軽量羽軸。胸部フレームには発光樹の透明樹芯を利用した魔力循環核。アカラヘアが命懸けで集めた素材たちは、単なる部品ではなく、互いを補完し合いながら私の内部へ組み込まれていく。
そしてある日、ついに上半身だけだった私へ脚部ユニットが接続された。
「……っお」
アカラヘアが小さく声を漏らす。それまで置物だった存在が、急に“立ち上がりそうな形”へ変わったからだ。無機質な骨組みだったはずなのに、人型へ近づいた瞬間から、視線の置き場に困る妙な存在感が生まれていた。
リードは深く息を吐き、机の奥から有線接続された起動用コントローラーを持ち上げる。複数の魔力計測盤と連結されたそれは、試験兵器の起爆装置みたいな外見をしていた。研究者の指先が汗で滑り、何度か持ち直す。そして震える親指が、中央の起動ボタンをゆっくり押し込んだ瞬間、私の内部へ魔力光が一斉に走った。
透明樹芯が淡く脈動し、導電結晶が青白く発光する。人工筋繊維が内部で収縮し、骨格各部から駆動音が連鎖的に響き始めた。胸部から低い唸りが漏れ、視覚補助用レンズに光が灯る。研究室中のモニターへ波形が乱れ飛び、床を這うケーブルが細かく震えた。そして右手指が僅かに跳ねるように動き、その直後、腕部全体がぎこちなく持ち上がる。関節が擦れる硬い音を鳴らしながら、未完成の私は初めて、自力で空間へ動作を返した。
「…………動いた」
掠れた声だった。長年積み上げてきた理論が、ようやく現実へ触れた瞬間だったから。
工具を落とす音が響いた。リードだった。アカラヘアも珍しく無言だった。普段なら茶化していたはずなのに、その時だけは目を細めたまま、静かに私を見上げていた。
未完成の戦闘ユニット、プロトアーク。それが、私という存在の始まりだった。