「んで、これがグレグリーライノのスキル核か」
カウンターの上に置かれたそれは、切り出されたとは思えないほど巨大だった。淡く光を保ち、内部の構造が崩れていないことをはっきりと示している。
「かなり高品質を保てたと思うんですが、どうでしょうか?」
ララクが問いかけると、向かいに立つ鍛冶屋クェイグの店主は、白く豊富なあご髭を撫でながらじっと核を見つめる。視線は鋭く、だがどこか楽しげでもあった。
「これなら変形、【可変形】っていったか。抽出したまま、その姉ちゃんのロッドを強化するのは不可能ではないな」
低く重い声が落ちる。
その横でゼマが一歩前に出る。ロッドを肩にかけ、核と見比べるように目を細めていた。
サイフウもその後ろで静かに観察している。視線は核とロッドを行き来し、すでに構造の関係を組み立てている様子だった。
「鑑定ありがとうございます。それで、この子に強化の仕方を伝授して欲しいんですが」
ララクがサイフウへ手を向ける。
サイフウは短くうなずく。
「構わん。お前たちの頼みを断ったら、この店がつぶれるさ」
店主が肩をすくめるように言う。
「んね、言ったでしょ。この人は私たちのいいなりだって」
ゼマがニタニタと笑いながらサイフウに言う。
「ゼマさん、ナチュラル失礼ですよ。ご厚意ですから」
ララクがすぐにたしなめるが、店主は気にした様子もない。
強盗団から店を救われた恩義。その重さは、多少の無礼で揺らぐものではなかった。
「鍛冶場は神聖な場所であるってことだけ、念頭に置いてくれりゃあいい。さっそく始めよう。少年、店の看板を準備中にしてくれるか?」
「サイフウさんの指導、お願いします!」
ララクは勢いよく頭を下げ、そのまま店の外へ駆け出す。「開店」と出ていた看板をひっくり返し、「準備中」に掛け替える。
店内に戻る頃には、すでに空気が変わっていた。
鍛冶場の奥。火床の熱と鉄の匂いが満ちる空間に、店主とゼマ、そしてサイフウが入っていく。
ロッドが作業台に置かれ、核はその隣で静かに光を放っている。
「モンスター素材からスキル石を抽出、出力できるようにするには正式な手順が必要だ。あとで設計図を書いてもらう。無銭でやるには、手間のかかりすぎる作業だぞ?」
店主の声は実務的で、同時に試すようでもあった。
「いいよ。将来それでお金を稼ぐための、投資的課外体験なので」
サイフウは迷いなく答える。その目はすでに工程の先を見ている。
火の揺らぎの中で、新たな技術が形になろうとしていた。
鍛冶屋での工程を終えたあとも、サイフウの研究は止まらなかった。
インテグラル学院へ戻り、フリーで使える研究室の一角。机の上には紙が何枚も広げられ、魔力回路の線が幾重にも引かれている。ペン先は止まることなく動き続け、構造が次々と書き起こされていく。
周囲もまた静かではない。別の机では小型装置が不安定に発光し、別の場所では圧縮音が断続的に鳴る。今にも爆発しそうな勢いで研究を進める生徒もいれば、細部の調整に没頭している者もいる。学際に向けた最終調整。その熱量が、部屋全体に満ちていた。
その中で、サイフウの隣にはゼマが座っている。
「聞かせていただくけど、もともとの大きさが変化するのは避けたいよね?」
ペンを動かしたまま、サイフウが口にする。
「先生って呼んで」 間を置かず返ってくる。
「はぁ、ゼマ先生は今の形を維持したい?」
「そうねぇ~、持ち運ぶのに重くなるのは面倒かも。それに【可変形】って、小っちゃい形にはできないんでしょ?」
サイフウは手元の図面に視線を落としたまま答える。
「そうですよ。魔力で形を変える、そして装甲を増やす事だけが可能だから。【伸縮自在】なら短くは出来るけど、重さはさして変化なし」
「だったら、このままの相棒は残して欲しいな~。戦闘中ならいくら変化していいっていうか、それが望みだけど」
ゼマはロッドを軽く持ち上げ、バランスを確かめるように振る。その動きには無駄がなく、すでに体に馴染んでいるのが分かる。
「製品作りって想像以上に、がんじがらめ。高性能なのはマストにしながら、小型化か形状の維持をしないとなんだから」
サイフウはペンを止め、ひとつの線をなぞる。
携帯型端末機のようなものだと考える。性能を詰め込むほどに大型化すれば、それは別の機器になる。用途が変われば価値も変わる。
武器も同じだ。手触り、重さ、振り抜きやすさ。そのどれもが使用者にとっては重要になる。
サイフウは小さく息を吐いた。
これまでは自分のための試作が中心だった。100以上の試作を重ねても、最終的に満足すればそれでよかった。
だが今回は違う。
使うのはゼマだ。納得させる必要がある。
(いい経験だし、知り合いだからスムーズだけど)
思考の中で整理しながら、サイフウはゼマの手元を見る。
ロッドの持ち方、重心の移動、力のかけ方。
(戦闘スタイルも把握しないと)
設計図の線が、少しだけ変わる。
ただ強くするのではなく、使い手に最適化する。その前提が、ここでようやく明確になった。