「ごほん、それでね、雇うと思うの優秀な雑用さんを」
アカラヘアは咳払いをひとつ挟み、さっきまで蛸みたいにだらけていた姿勢から少しだけ身体を起こした。とはいえ真面目な会議という空気には程遠く、椅子へ逆向きに座ったまま背もたれへ腕を乗せ、軽い調子で話を続けている。
「雇う、つまり君が得たクエスト報酬から? でもそれじゃあ、結局アカラヘアくんの負担になるんじゃ? 私としては望みたいけれどさ」
「仕事の、冒険者のシステムを考えた時にさ、どっちかっていうとソロで周回してるうちが珍しいっていうか。ほら、パーティー組んでたら報酬は分割するじゃん。うちの代わりに、こっちのさぁ、プロトちゃんのお世話係をマネーで頼むって事」
アカラヘアは座ったまま親指でこちらを指す。プロトちゃん、と呼ばれた存在である私は、その時も起動台の上へ固定され、姿勢制御試験の途中で停止していた。膝関節には補助器具が噛まされ、背部ケーブルからは魔力光が細く漏れている。
「ほほう、つまりマネーロンダリングだね」
「絶対意味間違ってるよ」
即座に返された突っ込みに、リードは「あれぇ?」とでも言いたげな顔で首を傾げる。
こうしてもう1人、私の研究員が増えることになる。それが、いま私がここにいる場所、この学院の所有者の少年だった。
◇◇◇
「そ~んな流れで、アシスタントが必需になりまして。んで、プロフェがこの学校の校長と知り合いで、その校長が君なら天才で有能だし、トレンドタワーにも行きたいだろうって。うちのバイトにならない? えっと、クエディーカくん」
場所は学院内、その少年専用に与えられている研究室だった。中等部生の個室とは思えないほど広く、壁際には工具棚と電子端末が並び、作業机には解体途中の小型機械が散乱している。床にはコード類が這い、窓際では自作らしい小型ドローンが充電待機状態のまま吊り下がっていた。片付いているわけではない。だが乱雑さの中に法則性があり、本人だけはどこに何があるか完璧に把握している類の部屋だった。
その中央で、丸刈り頭に眼鏡をかけた少年が工具を動かしている。まだ中等部生だから背丈は高くない。だが肩幅や骨格には安定感があり、細いというより圧縮された密度を感じさせる体格をしていた。それがクエディーカだった。
「学長の学外労働が承認されているなら、拒む理由はないですね。戦闘ユニットの、プロの研究に携われるのは、中等部の僕からしたら恵みのようなもの」
彼はそう言いながら、机上のラジコンカーを調整している。小型車体には装甲板が追加され、前面には小口径の弾丸射出口まで取り付けられていた。しかも子供の遊びの改造ではない。重心や駆動効率まで考慮されており、工具痕からも試行錯誤の回数が見て取れる。
「プロって言っても、うちのプロフェは実績不足の隔離職員らしいけど」
アカラヘアは部屋を見回しながら笑った。クエディーカの研究室には、すでにリードから渡されたらしい設計データも映し出されている。半透明モニター上には、人型骨格の立体構造図や、魔力循環経路の試作案が浮かんでいた。
「リード……革新的な攻撃システムを考案していた人だった気がする。っが、コスト面を度外視、ずさんすぎた記憶がある」
「その人で合ってるよ。うちがその度外視部分を担当してるから」
アカラヘアは即答する。危険地帯を回り、素材を集め、クエスト報酬まで研究へ突っ込んでいるのだから、間違ってはいない。
「なら、その革命に立ち会えるかも、ですか」
クエディーカの視線が、モニター上の未完成ユニット設計図へ固定される。人型戦闘ユニット。現代技術では実現困難とされる領域。その研究工程へ、中等部生の時点で触れられる機会など普通は存在しない。
「バイト代、最低時給だよ?」
「無論、学生なので」
「よっし、雑務係に決定! 眼鏡、拭いちゃう」
次の瞬間、アカラヘアは持っていたハンカチを伸ばし、クエディーカの眼鏡を勝手に磨き始めた。レンズには細かな油汚れと金属粉が付着していたらしく、布へうっすら黒が移る。クエディーカは急接近してきた距離感に一瞬だけ動きを止めたが、特に抵抗はしなかった。
「あなたの事は全く知らなかったけれど、刹那の時間で深く理解しました」
嫌悪ではない。ただ、異常な熱量を持つ生物へ遭遇した研究者みたいな目をしていた。アカラヘアの、勢いのまま他人の懐へ踏み込んでくる独特の波長を、クエディーカはこの短時間ですでに理解し始めていたのだと思う。