祝・追放 11   作:高見南純平

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第472話

 当時中等部の生徒だったクエディーカが研究へ参加してから、しばらく経過したころのトレンドタワー研究室は、機械工学というより実験生物の飼育場みたいな様相へ変わり始めていた。床には魔力伝導ケーブルが複雑に走り、壁際には分解途中の武装ユニット、素材検証中の鉱石、剥き出しの人工筋繊維が雑然と積み上がっている。

 

 研究空間として確保された中央区画には、透明素材で形成された細長い電子柱が複数設置され、その内部では青白い電流が液体みたいに循環していた。柱同士の間隔は均一ではなく、通路幅も角度もばらばらだ。接触回避能力、姿勢制御、瞬間判断を測定するための試験区画だった。

 

 その内部を、私は高速で滑走していた。

 

 搭載されているのは試作移動ユニット〈グライドチェア・MkⅡ〉。車いすを基盤にしながらも、通常の補助器具とは完全に別物だった。後部には大型魔力駆動輪が増設され、内部へ組み込まれた導電結晶が駆動エネルギーを循環させている。

 

 急旋回のたび、床との摩擦で白い火花が散り、車輪側面の排熱孔から熱気が尾を引いた。片輪が浮くほど重心が崩れても、即座に出力配分が補正されるため転倒しない。むしろ意図的に不安定さを維持したまま滑ることで、姿勢制御性能を測定していた。

 

 私の頭部には大型ヘッドギアが装着され、後頭部から伸びる接続端子が外部制御装置へ繋がっている。そしてその信号を扱っていたのが、研究端末前に座るクエディーカだった。

 

 彼の両手には、左右スティック型のリモートコントローラーが握られている。形状だけ見れば娯楽機器に近い。だが内部には魔力変換基板と複数の制御回路が埋め込まれており、僅かな入力でも駆動輪出力、姿勢補正、照準補助へ直接反映される構造になっていた。

 

 クエディーカの親指が滑るたび、私の軌道が変化する。

 

 電子柱の隙間へ斜め侵入し、壁際寸前で急制動。その勢いを殺さないまま横滑りへ移行すると、車輪が甲高い駆動音を響かせながら床面を削っていく。青白い電子柱の光が高速で視界脇を流れ、柱表面へ映った私の輪郭まで歪んで見えた。

 

「次、上体行動。射角は上部に」

 

 クエディーカはモニター群を睨みながら呟く。画面上では移動速度、傾斜角度、出力負荷、照準補正率が高速更新され続けていた。

 

 そして移動中の私の右手には、空気圧縮式試作拳銃〈ブリッツキャリバー〉が握られている。短銃身型ながら内部へ圧縮空気加速機構と魔力噴射装置が搭載されており、射出時には乾いた破裂音と共に白い衝撃波が発生する仕様だった。

 

 研究室上部では、複数の円形ターゲットがレール上を移動している。速度も高さも不規則で、一定周期ごとに軌道変更まで加わる。中心へ近いほど高得点となり、命中時には魔力文字が空中表示される仕組みだった。

 

 発砲と同時に空気が裂け、圧縮弾が高速でターゲットを撃ち抜く。

 

 81。

 

 発光文字が浮かび上がった直後、私はその真下をドリフトしながら通過する。減速はない。クエディーカの入力はさらに速くなり、スティック操作と複数ボタン入力が断続的に切り替わっていく。

 

 電子柱の間隔がさらに狭い区画へ侵入した瞬間、車輪出力が一気に上昇した。滑走軌道がほぼ横向きへ傾き、車体そのものが流れるように旋回する。その状態のまま銃口が持ち上がり、移動中のターゲット中心へ照準が固定される。

 

 次弾。

 

 白い衝撃波が天井方向へ走り、円形ターゲット中央を正確に撃ち抜いた。

 

 100。

 

 発光文字が研究室内部へ強く浮かび上がり、散った光粒が電子柱の青白い明滅へ混ざっていく。

 

 当時の私は、まだ意思も感情も持たない試験機に過ぎなかった。空間をどう認識していたのかも曖昧で、自分自身の移動を主体的に判断していたわけではない。ただ入力信号へ従い、設定された挙動を実行し続けるだけの存在だった。

 

 それでも記録映像として残されたこの光景には、確かにクエディーカの技量が刻み込まれている。彼の指先による繊細な入力がなければ、私は電子柱へ衝突し、姿勢を崩し、制御不能のまま停止していただろう。逆に言えば、この時の私を空間の中で成立させていたのは、クエディーカの操作技術そのものだった。

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