狼型ホログラムが床面を蹴り砕き、赤い残光を尾みたいに引きながら研究区画を一直線に駆け抜ける。その速度は単なる映像投射では説明できない圧迫感を伴っていた。〈グリムグリッド〉が生成しているのは視覚だけではない。質量錯覚、衝撃再現、魔力反応まで組み込まれた高負荷戦闘演算であり、接近されるだけで本能が危険を認識するほど完成度が高い。
「速度上昇。右から来ます」
クエディーカの低い声と同時に、コントローラーを握る親指が深く沈み込む。制御信号がヘッドギアを通して私の内部へ流れた瞬間、人工筋繊維が弾けるように収縮した。右脚側へ高出力が集中し、床へ沈んだ重量が反発力へ変換される。私は斜め後方へ滑走しながら回避軌道へ入り、崩れかけた重心を〈オービット・スパイン〉が強引に引き戻した。
『グリィィィイィィッ!!』
狼型ホログラムが咆哮を撒き散らしながら通過する。牙が胸部装甲の目前を掠め、空気が裂けた衝撃だけで表面へ火花が走った。しかし回避した直後には、すでにクエディーカの右指がボタンを叩いている。
私の右腕が駆動し、〈ブリッツキャリバー〉の銃口が狼型へ追従する。圧縮空気が砲身内部で炸裂し、白い衝撃波が一直線に撃ち放たれた。着弾と同時に狼型の頭部が赤い粒子へ変換される。だがクエディーカはそこで終わらせない。
「追撃、いきます」
入力がさらに深くなる。
私の左脚が床を踏み砕き、機体が前方へ加速する。崩壊途中の狼型へ体当たり同然に踏み込み、そのまま肘部装甲を叩き込んだ。赤い粒子が爆散し、研究区画へ光の破片が飛び散る。
「うっわ、今の当て方すっご」
後方でアカラヘアが笑う。
だが休む暇はない。左側の電子柱の陰からゴブリン型ホログラムが飛び出し、棍棒を振り上げながら突進してくる。クエディーカは回避ではなく迎撃を選択した。
私の左脚が前方へ踏み込み、未完成の歩行機構が軋みを上げながら推進力を発生させる。ぎこちなさは残っている。だが未熟な制御だからこそ勢いが死なない。そのまま重量と加速が衝突力へ変換され、振り下ろされる棍棒の内側へ潜り込んだ。
『ギャアアアッ!!』
ゴブリン型が叫ぶ。
次の瞬間、私の左腕がその腕部を掴み止めた。衝撃が研究区画へ響き、電子柱の光が細かく震える。ホログラムのはずなのに接触圧だけは異様に現実的で、関節内部の補助フレームが軋み音を立てた。
「そこで固定」
クエディーカの入力。
私の右腕が至近距離から〈ブリッツキャリバー〉を押し当てる。発砲。圧縮空気が内部から炸裂し、ゴブリン型の胸部が赤い粒子の霧へ変換された。しかし破裂の勢いで機体バランスが崩れ、私の上半身が大きく傾く。
「クエくん、倒れる倒れる!」
アカラヘアの声。
それに反応するように、クエディーカの指が高速で動く。〈オービット・スパイン〉が背部から強制補正を行い、私は転倒寸前の姿勢から無理やり立て直された。
さらに足元では、青白い粘液状のスライム型ホログラムが床を這いながら脚部へ絡みつこうとしていた。クエディーカは無理やり機体を旋回させる。今度は車輪補助ではなく、両脚による姿勢制御だった。重心補正が一瞬遅れ、機体が大きく傾く。それでも背部支柱が支え続け、私は転倒寸前のまま旋回動作を成立させる。
上半身が捻じ切れそうな勢いで回転し、その遠心力を乗せた右脚が横薙ぎへ振り抜かれた。
『ババギャアアア』
装甲踵がスライム型へ直撃した瞬間、半透明の肉体が弾け飛び、青い粒子が豪雨みたいに研究区画へ散乱する。電子柱の青白い光へ混ざり込んだ粒子が空間全体を不安定に明滅させ、実験室の空気そのものが脈打っているみたいだった。
「歩行制御のわりに、かなり動けてるねぇ……!」
少し離れた位置で、リードがモニターを覗き込みながら呟く。目の下には濃い隈が刻まれていたが、その瞳だけは異様な熱量で光っていた。
クエディーカの指先が止まる。
研究区画には電子柱内部を流れる電流音だけが細く残り、戦闘終了の空気が漂い始める。だが、その静止は一瞬だった。後方区画の天井回路が遅れて発光し、新たなホログラムが生成される。
現れたのは鳥型だった。
細長い翼骨格。鋭利すぎる嘴。高速空中機動へ特化した赤い機影が、生成された直後から空気を裂くように急降下してくる。
「後ろ……!」
アカラヘアが反応する。
クエディーカの入力で私の機体が振り返るが、対応が僅かに遅い。鳥型ホログラムの爪と嘴が、頭部装甲目前まで迫っていた。
その瞬間、銀色の斬光が横殴りに研究区画を貫いた。
爆音。
『ギィイイイイイッ!?』
鳥型ホログラムの頭部が嘴ごと吹き飛び、赤い魔力粒子が羽毛みたいに宙へ散乱する。その奥ではアカラヘアが〈レイヴンエッジ〉を片手に構えており、斬撃直後の刀身からは薄い熱気がゆっくり立ち昇っていた。
「ごめん、体が参加したいって言っててさ」
肩へナイフを担ぎながら、アカラヘアは楽しそうに笑う。当然ながら、この時の私は返答できない。意志も感情も会話理解能力すら存在しておらず、ただ外部入力へ従って動作を実行するだけの試験機だった。
「……俯瞰で確認できていたのに。アカラヘアさん、僕の未熟をカバーしてくれて感謝します」
クエディーカはモニター群を見つめたまま、悔しさを押し殺すように呟く。後方区画で追加生成されたこと自体は認識していたはずだ。だが複数戦闘処理へ意識を割きすぎ、対応入力が僅かに遅れた。
アカラヘアは気にした様子もなく笑った。
「ふふん、良いのよって。こいつは我が子だから。生んだ記憶あるし。んね、プロト」